ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

032話 まだまだぁ!!


 ローティルの街に滞在を初めてから一ヶ月経った今日。私を含めた冒険者達は、ローティルの街を囲む様にして待機をしていた。
 何故待機をしているのかと言えば、こちらに向かって疾走している魔物の群れを見れば一目瞭然なのだけれど、簡単に言えば魔物の群れから街を守る為と言う事になる。
 ただ、その魔物の群れは尋常ではない数を帯びていて、ここから遠く離れているはずなのに、土煙がもうもうと立ち上っているのがわかる。

「おいおい、なんだよあの数は……前回の比じゃねぇ……」

「狼狽えるな。俺達が何としてでも食い止めなければいかんのだ。たとえ命が尽きようともな」

「それは分かってるがよ……」

 私の近くにいた冒険者達の会話が耳に入ってきた。一応、彼等も選ばれし冒険者であり、実力はかなりのものを持っている。
 しかし、そんな彼等でもこの魔物の数を見て狼狽するのだから、どれほど危険な数なのかを思い知らされる。命が幾つあっても足りないと感じるだろう。

 けれど、私はそう思わない。
 やってもやり尽くせないほどの数に、地平線を埋め尽くすように広がった魔物。そんな魔物が、障害物がない広大な平地をひたすらに真っ直ぐこちらに向かって駆けてくる。
 これ程までに、魔法を全力で撃つ為だけにあるような恵まれたシチュエーションは中々巡り会えない。

「フィーさん、ドカーンと一発、よろしくお願いします。俺達の街の冒険者は強いと言うことを見せつけてやりましょう。特にあの非常識な獣人の冒険者に」

「そうだよ! あの耳フサフサ獣人に見せつけてやって!!」

「任せて下さい。あんなに馬鹿にされて黙っている程、私は賢くないですから」

「うわぁ……フィーさん怒らせたんは失敗やろ。あの獣人さんも気の毒や。あんな公衆の面前で大口叩いたんにやり返されるとかダサいの一言やん」

「別にいいんじゃないですか? なんていうか小物臭のする人でしたし」

「確かになー。あの獣人、確かに強そうだったが威張り過ぎて弱っちく見えてたもんな」

「取り敢えずです! 私があの獣人の冒険者に目にものを見せつけてやりますよ!」

 魔物の群れを目の前にして、魔法を撃てる興奮があった。シチュエーションもバッチリで、気持ちよく撃てるのが分かっていたから、気分が高揚したのだと思う。
 ただそれ以外にも、私にやる気を出させた要因がある。それがさっきの会話に出てきた『獣人の冒険者』だ。これがまた、イラッとさせる事に長けたような奴で、私の嫌いなタイプの冒険者だった。というか、殆どの奴が嫌いじゃないのかと思う。

 そんな奴と私に何があったのか。それは十日程前に遡る――。



   ◇◆◇◆◇



 調査依頼を終えて報酬を受け取った私は、同じく行動を共にしていたハピネスラビットの人達と共に、ギルド内にある休憩スペースで一息ついていた。

「なんか、最近やたらウルフ系の魔物多くね? やり返す為に偵察にきてんじゃねぇかって思ってんだが、お前らどう思う?」

「俺も同じ事を考えていた。あれは十中八九偵察で間違いないだろう。でなければ先遣隊と言ったところだろうな。本隊はあれの何十倍何百倍の戦力があるはずだ。気が抜けないな」

「うわぁ……それって面倒くさくなるよね……」

「だが、俺達がやるべき事だ。面倒くさがらずにやらなければ誰が街の住民を守ると言うんだ」

「うぅー! それは分かってるけど! やっぱりあんなのがいっぱい来るって考えたら面倒くさくなるもん!」

「まあまあ、一旦落ち着いて下さい。その時になったら私が魔法で敵の数減らしますから」

 今の会話からでも分かるように、最近、やたらとウルフ系魔物を討伐している。多い時は、日に三十匹を優に超える。
 ウルフ系の魔物の特徴として、集団で行動し、戦闘の際には連携を取るというものがある。私達、冒険者が戦闘する際には気を引き締めでかからなければならない魔物のナンバーワンと言っても過言ではないかもしれない。
 そして、近々そんな魔物が大軍引き連れて襲って来るとなったら、迎撃する方も大変だ。だから、彼女は面倒くさいと嘆いているのだ。
 正直に言うと、私もちょっと面倒くさい。連携を取ってくるせいで思うように魔法が当たらないし、そもそも魔法を撃たせないようにしてくる。厄介極まりない相手なのは間違いない。

「協会側は、もうそろそろウルフ側の戦力も整って攻めてくるだろうと予測をしている。あとは視察に出ている冒険者達が帰ってくれば日付まで確定するだろう」

「じゃあその時が決戦の時になるん? 実際、こっちの戦力はまだ完全やないんやろ?」

「仕方の無い事だ。不測の事態というものはいつでも生じる。今回は戦力が不足した状態で乗り切るしかない。ただ……」

「ただ?」

 ふと私の方に視線を向けられた。
 何故、視線を向けられたのか分からず、少し首を傾げると、何故か溜息をつかれた。一体なんだと言うのだろう。

「うちにはフィーさんがいるからな……いなくてよかったかもしれない……」

「あー、確かにフィーさんがいるんやったら他の人はおらん方がええかもなぁ。」

「うん? それってどういう――」

 事ですか? そう続けようと思った矢先、私の背後から大きな影が落とされた。何者かが私の背後に立っているようだ。私達に何か用があるのだろうか?

「えーっと? 俺達に何か用ですか?」

「フィーって名前が聞こえたが、ここにいるのか? 誰だ。俺様に教えろ」

 いきなりの傲岸不遜ぶりに私達は面食らった。初対面なのに敬語を使わず、人にものを頼んでいるのに上から目線で、尚且つ自分を俺様呼ばわり。とても常識を知っている人と思えない。
 ただ、私達も大人であるのでそれくらいで腹を立てたりしない。

 私は一旦気を落ち着かせてから、その男の方を振り向いた。

「フィーは私ですけど……」

「なに? お前がか? 俺様はそこの男かと思ったが違ったか」

 そう言った男は、獣人で、耳の形からすると熊をベースにした獣人という事になるだろう。フサフサの耳をしている……触りたい……ではなく! 
 彼は筋肉隆々で、背中に斧を担ぎ、いかにも戦士のような格好をしていた。どうやら冒険者のようだ。恐らく、実力はハピネスラビットの人達と拮抗するかそれ以上だろう。そんな強者の風格がある。
 しかし風格があるが故に驕り慢心していて、自分が頂点に立っているかのような態度を取っている事が直ぐに分かった。

「いやいや、俺なんてあなたに比べたら……」

「まあ当然だろうな。見た感じお前が一番強そうだったが、所詮は雑魚だし。俺様の相手じゃないな」

「よっ、流石親分でやんす!」

「今日もカッコいいだよ!」

「はっはっはっ! 当然だ!」

 今まで見えなかったが、男の後ろに二人仲間がいたようだ。こっちの方はあまり強そうに見えないが、そこそこの実力は備えているみたいだ。ちなみに彼等も獣人で、親分と言った方がネズミ、カッコいいと言った方が犬をベースてしている。
 そんな彼等の担ぎ上げによってさらに増長したクマの獣人さんは、私達が不機嫌になってきている事を気にも止めず、更に続ける。

「人間領から精鋭が送られてきたって聞いて見に来たんだが、唯の雑魚みたいだな。こんなのを送ってくるなんて、人間領はよっぽど人手不足のようだ。なんなら俺様が手伝いに行ってやってもいいな。この獣人領にある都市一番の冒険者である俺様がな!」

「よっ、流石親分でやんす!」

「今日もカッコいいだよ!」

「はっはっはっ! 当然だ!」

「……さい……」

 今のやり取りと、クマの獣人さんが言った言葉によってぷるぷる震え出した彼女。下を向いていて表情はよく分からないけれど、雰囲気から怒っているのが良く分かる。

「ん? そこのお前。何か言ったか?」

「……るさ……って…………」

「なんだ? 言いたい事ははっきり言え」

「うるさいって言ってるの!!」

 遂に堪忍袋の緒が切れた彼女は、大きな音を立てて椅子を倒して立ち上がり、ずかずかとクマの獣人さんの目の前に立った。背丈が全然違うせいで見上げる形になってしまっているのはしょうがない事だろう。
 ただ、それでも一切臆する事無く、その目でクマの獣人さんの"耳"を凝視している。フサフサの耳に気を取られてしまったのだと思うが、私には彼女の気持ちが良く分かる。彼女は私の同志みたいだ。

「なんだお前? 俺様がうるさい? うるさいのは今のお前じゃないか?」

「そうだけどそうじゃない!」

「そこ、素直にならなくてもいいんだぞっ。だが、もっとやれっ」

「私達が楽しく話してたのに、あなたのせいで楽しくなくなったもん! それに私達は人間領の都市から来てる誇り持ってるもん!」

「そんなに弱そうなのにか?」

「私達強いもん!」

「はっはっはっ! お前、冗談上手いな!」

「冗談じゃないもん!」

「いやいや、どう見ても弱い。それにフィーとやらもな」

 どうしてここで私の名が出たのか全く分からない。

「フィーとかいう冒険者が支部長から特権を貰ったと聞いてどれほど強いものかと直接見てみたら、これ程までにひ弱そうな女とは思わなかったぞ。正直がっかりだったな。これなら、俺様が特権貰った方がいい」

「……ちょっと待ってください。今、私を馬鹿にしました?」

「馬鹿にはしていない。ただ、見たまま感じたままを言っただけだ。どうせその通りだろう?」

 『どうだ、図星だろ?』とでも言いたげな顔を見て、私の堪忍袋の緒も切れた。私の戦いも見ていないくせに言いたい放題言って、生きて帰れると思わないでもらいたい。

「ちょっ! フィーさん、落ち着くんよ! ここでフィーさんが本気だしたら、協会にいるみんなが死んでまうよ!」

「ですが、ここまで言われて落ち着けるほど、私の気は長くないです」

「そうやとしても、今協会の戦力を減らしたら、次の襲撃に対応しきれんなるんよ!」

「くっ……そうでした……一旦、落ち着けるように努力します」

 流石に協会を壊滅させる気は無かったけれど、彼も重要な戦力であり、彼女の言ったことは最もだったので、今回は折れる事にした。次会った時には必ず今回の報いを受けて貰う。

「結局何もしないのか。図星だったってことを認めたようなものだな。やはり、お前は弱い」

「あのさぁ? お前、俺ら舐めてんの? さっきから聞いてりゃあ、雑魚だの弱いだのいいやがってよ」

「だが、事実だ」

「あぁ? 何を証拠に――」


「次の襲撃だ。そこで俺達の力を見せてやる」


「――!? お前……!」

 いつも、説教説教と言っている彼が低い声で怒りを顕にしていた。珍しいなんてものではない。私が見たのはこれが初めてだ。ハピネスラビットの人達の驚きようから、もしかすると、彼等も見るのは初めてなのかもしれない。
 前回、私が誘拐された際も、彼は一本引いた所から見ていて、怒っていると言うよりは私を救う事を第一として冷静に行動していた。
 そんな彼が怒りを見せるとなると、それだけプライドを傷付けられたという事になるだろう。私だって、さっき堪忍袋の緒が切れたところだ。彼が切れてもおかしくはない。

「ふん。まあいいだろう。雑魚がどれだけ足掻いても雑魚は雑魚だ。精々死なない程度で頑張れよ」

「そっちこそ、俺達の力を見て冒険者辞める事が無いようにな? 特に馬鹿にしていたフィーさんの本気を見てな」

「そんなことは万に一つもない。……行くぞお前達」

 そして、クマの獣人さんは子分を引き連れて私達の元から立ち去って行った。私達のものに残ったのは行き場のない怒りだけだ。

「それにしてもあのクマさん、体格に似合わず耳フサフサでしたねぇ。ちょっとモフりたいと思ったのは僕だけでしょうか?」

「……うちもちょっと思った」

「ですよねぇ。あ、そうだ! あの耳だけちょんぎってきていいですかぁ? そしたら思う存分モフれると思うんですよねぇ」

「……獣人のプライドである耳をちょん切るとか、あんたも相当キレとるんやな」

「あはっ。そんな事もあるようなないような? まあ、そんなの些細な事ですよぉ。僕はただ、モフりたいだけですし」

「まあみんな落ち着け。みんなの怒りも分かるが、今はそんなことをしている暇はない。……それに、俺達はみんなを幸せにする為に活動している。あいつが生きていれば救われる人は増える。そうすれば幸せな人も増えるはずだ」

「そうですかねぇ。あのクマさん自身が不幸せを振りまくと思うんですけど」

「その時は俺が教育してやる」

「「「ひぃっ!」」」

「教育?」

 彼からは聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまった。何か地雷を踏んだ気がしてならない。

「教育って言うんは」

「僕と」

「俺と」

「うちの三人がハピネスラビットに入る前に受けた事のあるやつなんよ。恥ずかしい事に、うちら三人はグループで、人様に迷惑を掛けるタイプの人達やった。それに目を付けられて教育を受けさせられて、うちらは更生したんよ」

「へぇ、じゃあいい事じゃないですか?」

「それがその教育の内容が恐ろしいんよ……思い出しただけ悪寒が……」

 一体、教育とはなんなのだろう。教育を受けたという三人の怯えようから、聞くのが恐ろしい。

「取り敢えず話を進めるぞ。……次に起きる襲撃は、他の冒険者は無視して構わない。普段は抑えている力を出して殲滅だ。いいな? フィーさんも魔力切れギリギリまでお願いします」

「「「了解!」」」

「元よりそのつもりですから、私にまかせて下さい!」



   ◇◆◇◆◇



 という事があった。思い出しただけでも腹が立つ。

 ただ、クマの獣人さんのおかげで、ハピネスラビットの人達が本気を出す事になったのは嬉しい誤算だったかもしれない。私が本気を出したところは彼等に見られているが、私は彼等の本気を見たことがない。
 彼等の本気がどんなもので、どんな戦いをするのか興味を引かれる。ウルフの群れはもう目の前にいるので、それを見るのも時間の問題だろう。

『冒険者のフィー様に通達ッ!! これより作戦を開始しますッ!! フィー様の魔法で出来るだけ多くの魔物を殲滅して下さいッ!!』

 大きなスピーカーから、冒険者達に向かって放たれた言葉は、私一人に指示を出すものだった。
 ただ、それは私が頼んでいた事だ。乱戦時に本気を出すと味方を巻き込んでしまう為、初撃を私にまかせて欲しいと協会側に言っておいたのが、通っていたみたいだ。

 私は一人、冒険者達の前に躍り出た。そして身体中の魔力を総動員して魔法を発動させるイメージに入る。

「フィーさーん! 頑張ってー!」

 ハピネスラビットの人達の応援を背に、魔法のイメージを確固なものにしていく。
 そして、数秒で魔法のイメージが完璧なものになる。

「はあぁぁぁああ!!!」

 私は両手を前に突き出して魔力を注ぎ込み、一つの巨大な蒼炎の球を作り上げる。私三人分位の経はあるだろう。
 その球を空高く上げる。空には青い空と混じって蒼炎の球が太陽と共に浮いている。

「『蒼炎扇放射』ッ!!」

 私がそう叫ぶと、蒼炎の球から魔物の群れに向かって巨大な扇状の火炎放射が放たれる。
 その火炎放射は端から端までの魔物達を飲み込み、炎の温度、勢い、範囲は時間で変化する事はない。

「まだまだぁ!!」

 私は念入りに火炎放射を続ける。千度を超える炎に飲み込まれて無事だとは思わないけれど、万一の事がある。
 万一の事……それはウルフテンペスタが風魔法で私の魔法に対抗してきた時だ。
 今の火炎放射は広範囲に攻撃をする為に威力を落としてあり、上級以上の風魔法を使われたら対抗される可能性があった。ウルフテンペスタがこの群れの中にいるのかは定かではない。けれど居るものとして、戦った方がいいに決まっている。

 火炎放射をしてから数十秒後、魔力を八割程消費したところで魔法を解いた。流石にこれ以上は魔法を撃てない。魔力切れを起こしてしまえば、死んでしまうかもしれないのだから。

「これ以上は……もう……」

「フィーさんナーイスッ!」

 ハピネスラビットの人達に褒め言葉を貰ったが、魔物の群れは、二割ほど残っていた。それでもかなりの数がまだ残っている。
 もう少し減らしたかったけれど、自分の全力で持ってしてやった結果がこれななので、悔しく思う。

 また、二割のうちの半分以上はウルフテンペスタの風魔法によって護られた軍勢だった。
 ウルフテンペスタを中心に百メートル以上の範囲には被害が内容に見えた。やはり風魔法によって防がれていたようだ。念には念を入れても倒せなかったらしい。

「はぁはぁ……あとは……みなさんに任せました……」

「うん! 私達に任せて! 本気出すから、ね」

 魔力が半分まで回復しない事には動くのがしんどい私は、走って残りのウルフ達を倒しに行ったハピネスラビットの人達の背中を見ているだけしか出来なかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品