ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

029話 何事もなければいいんだが……


「にゃ〜」

――チロッ

「うぅん……後五ふ――」

――カプッ

「――うぉい! 噛むのは卑怯だって!」

「にゃん」

「あーはいはい。起きますよ」

 手荒な目覚めを迎えた今日は、フィーが遠征に行って丁度一週間だ。前回の遠征の時もそうだったのだが、いつも一緒に居た人が欠けると途端にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちになる。
 一週間も経てば大分慣れるが、カヤはまだ寂しいらしい。寝る時は人間の姿になって俺から離れない様にぎゅっと抱きしめてくる。抱きしめる力が思いの外強くて痛いのだが、カヤの気持ちを考えるとそうそう無碍に出来ず、結局抱き着かれたまま夜を過ごしている。
 また、一番ネックだった料理は驚くべき事に、上達が物凄く早かった。人間、命の危機というか生活する上で立ち塞がる壁があると、生きる為なら適応が早いという事を実感した。美味しいご飯が食べれるようになって嬉しい。

『ご飯は?』

「ちょっと待ってな。すぐに作るから」

 俺はキッチンに立って、朝食の準備を始める。今日はパンとベーコン卵でいいだろう。カヤにはまた別なものを用意するけども。

『わたしも同じのがいい!』

「卵とか大丈夫なのか?」

『人になれば大丈夫! 多分だけど、そう思うの!』

「多分って……まあいいか。ダメだったとしてもカヤなら大丈夫そうだし」

『わぁーい!』

 どうやら今日は、カヤ用の料理を作るのではなく、俺と同じものを用意すればいいみたいだ。
 楽って言えばその通りなのだが、如何せん初めての試みだ。もし、カヤがどうにかなってしまったら、俺は一緒に命を絶つ。死ねないとかそんなの関係ない。俺はカヤを一人にしたくないからな。

『ねーねー、フィー今どの辺に居るのかな?』

 カヤは人間の姿になって、椅子に座っていた。地面に届かない足をぷらぷらさせて、外を眺めている。無意識に遠くにいるフィーを感じようとしてるのかもしれない。

「さあ、俺には全く予想もつかないな。平地に居るのか、はたまた山奥を進んでるのか、もしかすると危険な道を行ってるかもしれないな」

『うぅ……フィー大丈夫かな……』

「フィーなら大丈夫だとは思うぞ。ただなあ……」

 フィーのあの強さと性格なら何があっても大丈夫だろう。いつだったか、スライムを蒸発させたと言っていたし、強いのは確かだ。
 しかしながら、フィーは事件に巻き込まれる事がしばしばある。
 前回の遠征でも、誘拐され強姦までやられそうになっていた。本人に言わせれば、あんなのは屁でもないようなのだが、事件に遭遇したという事実は変わらない。

「何事もなければいいんだが……おっと! 焦げるところだった」

『フィー大丈夫だよね? 帰ってこなくならないよね?』

「信じて待ってれば帰ってくるさ。……さ、パンも焼けたし、ベーコン卵も良い感じに出来たから、あったかいうちに食べようか」

『うん』

 出来たての朝食をテーブルの上に並べる。良い感じに焼けたパンに、黄金色の焦げ目の付いたベーコンの上に乗っている半熟の目玉焼き。我ながら、いい出来だと思う。

『おぉ! おいしそぅ!』

「自分の成長が恐ろしいぜ……全く……」

『いただきまーす!』

「あっ、おい。あんまり急いで食べると――」

『――ッ!? ん〜〜!!』

「――って言ってるそばから……ほら、水飲みな」

『ゴクゴク……プハー……死ぬかと思った』

「一気に食べたらそうなるわな。今度は気を付けて食べる事。分かったな?」

『うん!』

 カヤはゆっくりと啄むようにむしゃむしゃしている。喉に詰まらないようにちびちび食べているのだろう。見ていると心が安らぐ。やっぱりカヤは可愛いな。

「じゃ、俺も食うか。いただきます」

 そして、新しい一日が始まった。



   ◇◆◇◆◇



「あかん! そっち行った! フォローお願いするわ!」

「私に任せてください!」

 私が遠征に出てから早一週間。
 日は高く登り、順調に進んでいた。しかし今は、ゴブリンの群れと遭遇して戦闘中。
 馬車を守りながらの戦いの為、普段よりも戦いにくい。ましてや、魔物と言っても、多少知恵のあるゴブリンを相手にしながらとなると、余計に馬車を守るのが難しくなる。

 私は、ハピネスラビットの人達が取りこぼしたゴブリンの処理をしている。本当は、直接戦いたいのだけれど、私の魔法は広範囲に影響を及ぼす事もあってハピネスラビットの人達から必死に止められた。
 正直、何もそこまでしなくてもと思った。しかし、私が進んで戦う理由もないので、言われた様に引き下がった。その時のみんなは、死を免れたかと言う様なくらいにほっとしていた。
 取り敢えず、私の仕事は取り零しの処理という事で落ち着いた。今も、その処理をしているところだ。

 一匹のゴブリンが戦闘をするりと抜けてきて、馬車に向かっている。
 私は、そのゴブリンに向かって手のひらサイズの炎の玉を飛ばす。しかしただ飛ばすだけでない。魔法はカナタさん曰く、イメージが重要なのだ。
 この火の玉ですら、イメージを強く持つ事で高速に撃ち出す事が出来、貫通力を高める事が出来る。頭をを狙えば、ゴブリンの場合は即死を狙う事が出来る。しかし、弱点として真っ直ぐにしか飛ばせないので、遠くから撃つ時は相手の行動を先読みしなければならない。
 カナタさんはイメージでどうにかなるって言っていたので、もしかしたらこの弱点も追尾性能を持たせるイメージをすれば克服出来るのかもしれない。まだ私の力ではそこまでの能力は使えないが、いつか出来るようになりたいと思う。

「はぁッ!」

 いつもの様に無詠唱とイメージによって作られた魔法は火の玉となり、高速で撃ち出されるとゴブリンの頭へ直撃した。
 ゴブリンは手のひらサイズの火の玉が当たった事で頭の大半を消失させ、声を上げることもなく地に伏せた。傷の断面は炎によって焼かれ血は流れていないが、肉の焼ける嫌な臭いが残る。

「ナイスだぜ! フィーさん!」

「うわぁ、あれはえぐいですね。僕達の攻撃が可愛く見えますよ」

「お前さ、剣をゴブリンの心臓に突き刺しながら言う事がそれなのかよ……」

「だって確実に息の根止めたいじゃないですか。本当なら頭を飛ばしたいところですけど、返り血すごいですから」

「サラッとこえぇ事言ってんじゃねぇよ」

「お前ら! 戦闘中に無駄口を叩くとは、後で説教だな?」

「「よっしゃ! やるぞ!」」

 説教という一言で、俄然やる気を見せる二人。こういうやり取りはあまり変わらなくて、懐かしい感じがする。

「はぁ……なんであいつらは学習しないんだ……後で言われたことをしっかり出来るように言い聞かせるか……」

「「聞こえてるから! ホントにやめて!」」

「やめて欲しいなら行動で示して欲しいんだか?」

「「承知いたしましたァ!」」

 ゴブリンと戦いながらだと言うのに、これだけふざけていてもなんら問題ない彼等の力量は、言うに及ばず、目を見張るものがある。

「ま〜たやってるん? 懲りない人達やねぇ」

「あの人、お説教とか言ってるけど、本当は仲間に入れて欲しいだけなんだよ?」

「そうなん? へぇ、そんな事もあるもんなんなねぇ」

 当の本人が聞こえていない所で、恥ずかしい事が暴露されているのを聞いてしまった。訛りがある女性の方は、『しめしめ、いい事聞いた』みたいな顔をしてる。
 これをいつ本人にばらすのか楽しみだ。それとばらされた時にどんな反応をするのか見てみたい。

「よっと。これで一応全部か? こんくらいだったら余裕だぜ」

「そうですね。殆ど皆さんだけで終わらせてしまいましたからね」

「フィーさんを本気で戦わせたらヤバいからなぁ。俺達まで丸焦げにされちまうよ。あのスライム戦で見た炎が出てきたら、どんな奴でも即死だろ。敵味方関係なしに……うっ……想像しただけでも死ぬ」

「私、そんなに敵味方見境なしですか?」

「というか、広範囲すぎて味方が巻き込まれちまうって感じ」

「範囲を絞れば狭い範囲も出来ますけど?」

「それはさっきの戦いを見てたし、分からなくもないんだけど、一度刻まれた恐怖はどうしても拭えねぇんだよなあ」

 話を聞く限り、私の魔法は怖いらしい。自分では良く分からないけれど、周りから見ればそうなんだろう。私は別に誰かを怖がらせたつもりはないんだけど。図らずも怖がらせてしまっていたみたいだ。

「ははっ。見た目と言動に似らず臆病なんですねぇ」

「うるせぇ! お前だって臆病だろうが!」

「僕はそういうキャラですからねぇ。『ひぃ……や、やめて……ください……』的な事、余裕で出来ますし」

「お前、もう冒険者やめて演技で食ってけよ。そっちの方が向いてるっぽいぞ?」

「あ、そう思います? 僕もそう思ってます」

「おい、お前達。ちょっと話がある――」

「「逃げろ!」」

「おいこら待て!」 

 ワーワー言いながら、結局遊んでいるように見える彼等の行動。しかし、彼等は至って真面目で、逃げる者は絶対に捕まりたくない、追う者は絶対に捕まえたいという事気持ちなのだ。
 ここ数週間一緒に居て、それが理解出来た。というか、してしまった。

「男共は気楽やなあ」

「楽しそうにしてますし、放っておいて大丈夫じゃないですか? 彼等なら何かあってもどうにか出来ると思いますし」

「あんな男共にでも優しいとか、フィーさんはいい人やねえ」

「今頃知ったのー? 前回の遠征の時もいい人だったじゃん」

「そーやけど、なんて言うか大人になったって言うんやろうか? 余裕があるやん?」

「そう? 私はあんまり変わってないと思うけど?」

「あ、あの……その話、私の目の前でさせると恥ずかしいんですけど……」

 恥ずかしいけど、周りから自分がどう見えているか知るいい機会だったと思う。
 私を見る人によって大人になったって思うか、前回から変わらないって感じるかに差があるような気がする。
 カヤを泣かせてしまった経験から、もう泣かせないようにと落ち着いた事が大人になったと思われる部分だと感じている。ただ、戦闘ともなると遠慮はしないので、そこは待ったくもって変わっていないところだ。そういうところを見ると、何も変わってないと感じるのだろう。

「そろそろ馬車に戻りませんか?」

「そやね。おーい、男共ー! 馬車に戻れー! 戻らへんなら置いてくよー!」

 遠くで未だに追いかけっこを続けている男性達に呼びかけると、一応その場に留まった。

「ちっ、捕まえれなかったか――」

「今回は、逃げ切りましたね……」

「あぁ、結構際どい部分もあったがな……もうこれで一安心」

「――馬車の中で説教になるが、まあいいだろ。じゃお前ら行くぞ……ん? 何、突っ立ってるんだ? 早く行くぞ」

「「俺(僕)達が逃げた意味って一体……」」

 結局説教を受けて呆然と立ち尽くすだけの彼等に少し同情する。ちょっと考えれば分かった事なのに可哀想。
 まあ私は関わらない事にしてるし、見てるだけで楽しいから、そんなこと教えようとなならない。彼等は彼等でどうにかするのがいいだろうと思う。

「じゃ、しゅっぱーつ!」

 みんなが馬車に乗った事で、馬車が再出発を開始した。地面の凹凸でガタガタと揺られながら目的地を目指す。
 さっきの戦闘後だが、倒したゴブリンの死体は焼いて、他の魔物が寄り付かないようにちゃんと処理した。
 この処理はどの地域、何の魔物でもやらなければならない規則、冒険者の掟となっている。冒険者は言ってしまえば、街に住む人達を魔物の脅威から事前に守る事なので、他の魔物を集める様な事はご法度となっている。
 なので、もし放置されているのを見つけた時は焼く、というのも冒険者としてやらなければならない事だ。

「いいかお前ら。戦闘中に私語をすると言う事はだな、自らを危険に犯しているのと同義なんだぞ? ましてや、今回のように何かを守りながら戦うというのは、普通の戦闘よりも何倍も難しい事はお前らも知っているだろう! もし、お前らの内どちらかが戦闘続行不可となった場合、そのフォローに誰かが入り、一人一人の戦闘範囲が拡大し、疲労速度が加速。そして、本来なら倒せたはずの相手に負けるという事も有り得るんだぞ。それをお前らはしっかり認識しているのか!?」

 揺られる馬車の中、女性陣の目の前でお説教が始まった。聞いていると、言っていることは至極真っ当な事で何も間違っていない。と言うより、冒険者としての心構えみたいなのを教えているように取れる。

「…………その話何度目だよ……」

「な ん だ っ て ?」

「いえ! なんでもありません!」

「あはっ、怒られちゃってますね。余計な事言うか――」

――ゴツンッ!

「〜〜ッ!? いったァ!? 何で僕を殴るんですか!」

「あぁ、お前が一番危機感なさそうだったからな」

「そんな馬鹿な事があるわけないじゃないですか! 僕がこの男より危機感無いとかその目は節穴ですか!?」

「ちょ、おま! 前々から口悪いと思ってたが、普通、味方にもその口の悪さを向けるか!?」

「そんなの、この人の目が節穴だからですよ! 自分に彼女が出来て嬉しいのは分かりますが、その照れ隠しで僕達に当たってるなんて事、とっくの昔に気付いてるんですよ!? この事全部ぶちまけてもいいんですか!? いいんですね!?」

 もう既にぶちまけてにしまっている事に言っている本人は気付いているのだろうか? それとも知った上でなお、これを言っているのだろうか?
 もし後者なら、食えない人だ。何せ、偶然を装った上で相手の弱点を晒し、それをみんなに聞かせるという事をやってのけるのだから。
 前者だったら、ただの馬鹿だろう。

「ちょ、おま! それマジか!? 気付いてたなら早く言えよ! 俺ら仲間じゃねぇか!」

「言いたくてもあなたには言えませんでした」

「何でだよ!」

「だって、あなたは隠し事出来ないじゃないですか。僕知ってるんですよ? テンションが上がると口が滑りやすくなる事。偶にあなたの口を滑らせるようにしてますし」

「お前さ。何気に腹黒だよな。ほんとに俺達の仲間なのかよ。その腹黒さは流石の俺でも引くわ」

「ふん! いいんですよ! 僕みたいな腹黒野郎を仲間にしようなんて思うのはあなた達しかいなかっただけですし! 別に仲間なんて必要なかったし! 一人でも戦えたし! お、お金だって! ひ、一人の時間もいっぱい――」

「……その辺でもうやめておくんだ。そしてその涙をふけよ。…………その……なんだ……済まなかったな。お前の地雷踏んだみたいでよ」

「仲間なんて……仲間なんて…………うわぁぁん!!」

「――お前ら。変な芝居した所でこの俺の目は誤魔化せんぞ? これは説教を倍にする必要がありそうだな」

「「誠に申し訳ございませんでしたぁ!!」」

 今までのやり取りは全て芝居だったようだ。ちなみに私は完璧に引っかかってしまった。妙にリアルで可哀想になったくらいだ。

「アホなことするなあ。自分の首を締めてるっちゅう事にいつ気付けるんやろね?」

「男の人ってバカって聞いた事あるよ? だから気付かないんじゃない?」

「なんにせよ、彼等は彼等でどうにかしようとした結果がああなってるんですし、いつか良い方法が見つかるまで見守る方がいいと思いますよ」

「そやねぇ。でもま、あの男共の事や。良い方法なんて見つからんやろうけどな」

「……その可能性が高そうですね」

 再び変な策を弄して、無残に散っていく男性達を見ていると、一生かかっても無理だろうなと感じてしまった。
 いつか、自分達の策がどれだけ意味の無いものなのかに気付いて欲しい。

 その後は更に続く説教を傍目に、こちらは女子会のような会話で話が弾んだ。主に、最近彼氏とはどうなっているのかという事で話が進んだが、偶にどこ何処の誰々がカッコいいみたいな話もした。
 私としてはカヤ以外にはあまり興味がないので、カヤの可愛さを一生懸命伝えた。みんなのウケもよく、話して良かったと思っている。

 そしてこの調子で月日が経ち、出発してから約三週間が過ぎてようやく、目的地の街に着いたのだった。

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