ねこと一緒に転生しちゃった!?
028話 そうか……
カヤを連れ帰って来て三時間が経つ。カヤは眠ったままで、まだ目覚めていない。それだけの心労があったのだと考えると、凄く罪悪感を感じる。
「ただいま戻りましたー」
「おう、おかえりー」
フィーか帰って来るのが早いが、恐らくそれはカヤを心配しての事だろう。あんな事があったのだ。心配でない訳ない。
「カヤはどうですか?」
「まだ寝てる。多分、色々あって疲れたんだろうな」
「そうですか……」
今のカヤの状態を聞いたフィーは声のトーンを落とした。
フィーの気持ちも分からなくはない。カヤがあんなに泣いたところを見るのは初めての事だ。そうさせてしまったことに対する謝罪をしたいのだろう。
そしてそれは、俺も同じだ。まさかカヤが泣くとは思わなかった。あまりの出来事にまだ信じられないくらいだ。
カヤがいくら最強で、猫なのに人の言葉を話せると言っても、精神年齢、実年齢共にまだ幼いのだ。ましてや人の言葉、心、感情の揺らぎを敏感に感じれるとなると、それはとてつもないストレスとなるだろう。
「カヤに無理をさせてしまったな……」
「はい……。今日一日、とは言ってもまだ正午ですが、その時間だけで私がどれだけカヤに依存していたのか思い知りました」
「それはお互い様だ。俺だって――」
「いいえ。今回、カナタさんは何も悪くは無いです。ただ、突然現れた脱獄犯に人質にされ、その後で私にお説教をしてくれて、最後には私の事を考えてくれて……。人質の件はともかく、それ以外は全部私の我侭が招いた事です」
三時間。それは決して短くなく、そして長くもない。
そんな時間の中でフィーは自分を見つめ直し、自分の何がいけなかったのか、何が悪かったのか、それを明らかにしていた。
「私はカヤが大好きです。今でも、カヤの為なら世界を敵に回してもいいと思います。……ですが、カヤが大好きな事とカヤに依存する事は全く違うという事を、カヤを泣かせてしまってから気付きました」
フィーの声が湿っている。声が震えている。声が消え入りそうになっている。
自分がどれだけカヤに迷惑をかけてきたのか計り知れないと、どれだけカヤに嫌な思いをさせてきたのか分からないと、そう言っている気がした。
「カヤを泣かせてしまってからずっと考えていました。どうすれば、カヤへの依存から抜け出せるか。どうすれば、カヤを泣かせずに済むのか。どうすれば、カヤの笑顔を見る事が出来るのか。ずっとずっと考えてました」
人一倍、努力をするフィーだ。根は真面目で、とても優しい人なのは間違いない。
ただ、そんな彼女が誰かを泣かせた、ましてや、大好きな人を泣かせたとなれば、どれだけの責任を感じるのか。俺には全く分からない。分かるなんて無責任な事を言うつもりもない。
「……そんな時、協会からの申し出で緊急の長期遠征に行かないかというものがありました」
「――まさか!」
「はい。その申し出を受けてきました。期間は四ヶ月程度。早くなる事もあれば遅くなる事もあるようです。そして、その間は二人から離れる事になります」
「どうしてそんな事を一人で……」
「カナタさんが言ったんですよ? 大事な会談はメリットしかないって。この長期遠征に行けば、階級が一つ上がります。そうすれば、収入が増えますし、カナタさん達にももっと楽をさせれます」
まさか、こんなところで自分の言った言葉が返ってくるなんて思わなかった。
「私にとって、カナタさんとカヤは気の置ける唯一の存在です。それは家族と同じくらいの繋がりをもったものだと思ってます。……家族と言うのは成功を祈ってくれるものなんですよね?」
フィーの緋色の目がユラユラと揺れながら、俺を真っ直ぐに射抜く。その緋色の瞳に映る俺は一体どんな顔をしているのだろう。困惑? 悲壮? それとも……。
しかし、どんな顔をしていたとしてもフィーのこの目を見れば返事は一つしか無いだろう。
「あぁ、フィーが無事に帰ってくる事を祈ってるよ……!」
俺は込み上げる様々な気持ちを抑えて、出来るだけ笑顔を作る事を心掛けた。
「ありがとうございます。これで心置き無く行けます」
フィーは笑った。
ただ、その笑顔は心の底からのものではない事くらい、俺でなくても分かる。
本当はフィーだって辛いはずなのだ。三週間、カヤと離れるとなっただけであれだけ荒れたのに、今では務めて普通で居られるようにしている。
既に、フィーのカヤに対する贖罪は始まっているのかもしれない。これから先、カヤを困らせることなく、ずっと笑っていて貰うために。
「出発は?」
「一週間後の正午です」
「それはまた急だな」
「遠征先に危険な魔物が現れたようで、各地の冒険者協会から腕の立つ冒険者を至急連れてきてくれと言われたようです。幸い、この都市で腕の立つ冒険者達がパーティとして活動していて、そのパーティも遠征に参加するようです。私の知り合いなので、そこまで寂しくはありません」
「そうか……」
「はい。無事に戻って来れるかは少し分かりませんが、やれるだけの事はやります」
フィーは既に覚悟を決めている。俺がとやかく言う必要はない。だから俺はもう問題ない。
だが――
『……フィー居なくなっちゃうの?』
カヤはこの事をどうやって受け止めて、どう感じ、何を思うのだろう。
「ちょっと長い事家を空けるだけですよ。この前の三週間と一緒です」
フィーは目覚めて横になったままの話しかけるカヤに優しくそう語る。しかし、その内容は曖昧だ。
彼女は嘘は言っていない。ただ、肝心なところを暈して話しているだけ。カヤに要らぬ心配をかけたくないのだろう。
『や、やっぱり、仲直り出来なかったから……』
「そんなことはないです。私とカナタさんはちゃんと仲直り出来ましたよ!」
『じゃあ! じゃあどうして……もしかしてわたしの事きらいになった……?』
「カヤの事を嫌いになるなんて、そんなの絶対ないですよ! 私はカヤの事、大好きなんですから!」
フィーはカヤの頭を優しく撫でながら、心の底からそう答えた。フィーにとってカヤの事が好きだと言うのは、嘘偽りない言葉だ。
『フィー……居なくなっちゃやだ……』
フィーは俺に助けを求めてきた。また泣きだしそうになるカヤを見て、どうすれば納得してもらえるのか分からなくなったようだ。
いつもはカヤ優先だが、今日ばかりはフィーの覚悟を尊重しようと思う。
「カヤ? 良く聞くんだ。いいな?」
『うん……』
「フィーが今からいなくなって後で帰ってきてずっと一緒に居られるのと、フィーと今から一緒にいて後で一生会えなくなるの。どっちを選ぶ?」
『……ずっと一緒に居られる方』
「そうだな。俺もそっちがいい。だったらさ、フィーは絶対帰ってくるって信じて待ってようぜ。フィーの事が好きなら信じられるよな?」
『うん……』
「よし、いい子だ」
俺はカヤの手を握って出来るだけ安心させる事を心掛けた。カヤは優しい子だ。それはフィーも同じ事。見ようによって、二人は仲のいい姉妹に見えるだろう。
「ありがとうございます、カナタさん」
「これくらい、今まで受けてきた恩に比べれはまだ足りない。これからコツコツ返していく予定だ。だから、ちゃんと帰って来てくれるとありがたいんだが……」
「全く、素直じゃないですね」
「うるせ! これでも頑張った方だっての!」
「ふふふ。分かってますよ」
「くっ! なんで俺がこんなに恥ずかしい思いをしなければならないんだ!」
「それはカナタさんがカナタさんだからですよ。ふふふ」
「カナタさんを蔑称みたいに言うのやめろぉ!」
『…………いつもの二人に戻った……♪』
その後は、なんの蟠りもなくフィーともカヤとも普通に接する事が出来た。
相変わらずフィーは俺の事をからかうし、カヤの事は大好きなまま。カヤはいつも通りに俺やフィーに甘えてきたり、お昼寝と言って布団の上で寝たり。俺も勉強しながら、ボーッとしたりフィーと寛いだり。
平たく言えば、いつもの日常だ。ただ変わった事と言えば、フィーのカヤへのスキンシップが激しくなくなったくらいだ。恐らく、四ヶ月の遠征の為に準備をしているのだろう。
長い事会えないのはフィーにとってはキツいことのはずだ。それに今のうちに慣れておくつもりなのだろう。
そして、ついにその一週間が過ぎた。
俺達はドギマギもせず、いつものようにフィーを送り出す事に決めている。これは、カヤと二人で決めた事だ。
言い出しっぺは驚く事にカヤだ。カヤは大好きなフィーに怪我なく帰ってきて欲しいから、ちゃんと送り出したいらしい。実に健気で可愛いと思う。
こんな事を考えれる人は少ないはずだ。俺だって怪我なく帰ってきて欲しいと言うのはあるが、ちゃんと送り出せるかは微妙なラインだ。
だが、カヤと約束したのだ。その約束は意地でも破らない。
「ふぅ……少し荷物が多いですね……」
「それはしょうがない。何せ、向こうに着くのが馬車で三週間後だったっけ? その間の食料も必要だしな」
「長旅は辛いので極力したくないのですが」
「まあ、それだけ期待されてるって事だろう。俺達も応援してるから無事に帰って来てくれ」
『フィー……元気でね! わたし、ずっと待ってるから!』
「はい! カヤも元気でいてくださいね! 私、ちゃんと帰って来ますから!」
フィーが猫の状態のカヤを撫でる。カヤは目を細めて、最後になるかも知れないからと、目一杯甘えているのが分かる。
ただ、これが最後にはなる訳がない。フィーは帰って来ると言ったのだ。もうカヤを泣かせないと心に決めたフィーが、カヤとの約束を破るとは思えない。
「忘れ物はないか? 着替えは? お金は? えーとえーと……」
「大丈夫ですよ、カナタさん。どっちかと言うと、私はカナタさんの方が心配です。洗濯は遅いし、料理も出来ないし、カヤがいないと何も出来ないんですから……」
「そ、それは、この四ヶ月でどうにか……」
「はぁ……やっぱり心配です。カヤ、カナタさんの事、任せましたよ? くれぐれも私の部屋に入れないようにお願いしますね」
『うん! 分かった! フィーが帰ってくるまで絶対に入れない!』
「俺、そんなに信用ないか? 前回だって入ろうとさえしてないのに……」
信用されずに落ち込んでいる俺を見て、二人して笑ってる。絶対分かっててやったに決まってる。腹ただしい奴らめ!
「……それでは、そろそろ出発の時間なので」
「もうそんな時間か。……いってらっしゃい。風邪引くなよ」
『フィー、いってらっしゃーい!』
「はい! 行ってきます!」
フィーは元気良く玄関から飛び出して行った。あの調子なら、多分大丈夫だろう。無理してる様子もなかった。これから四ヶ月間、精一杯頑張って欲しい。
「さ、フィーも行ったな。もう、泣いていいんじゃないか?」
『うぅ……が、我慢する……』
「そっか。カヤも強くなったな」
『うん……強くなった……』
「……一緒に遊ぶか」
『あそぶ……!』
なんだかんだ言って、カヤはフィーがいなくなるのが嫌だったようで、今の今まで泣くのをずっと我慢していた。そしてこれからも我慢するようだ。
フィーがいなくなると聞いて嫌だと言っていた、一週間前とは見違える程に成長したなと思う。
「……こっからだ……こっからが大変なんだ……」
頑張らないといけない。俺の第一目標。料理を出来るようになる。これを達成しない限り、毎食ねこまんまになるのは必至。別に不味くはないのだが、それだけは避けねばならない。
全身全霊をかけて覚えよう。そう心に誓った。
◇◆◇◆◇
「フィーさーん! こっちだよー!!」
いつものように大手を振って私を呼ぶのは、いつしかのハピネスラビットの彼女。前と相変わらず元気一杯だ。
前回の遠征から帰って来てから、ほとんど顔を見てなかったが、みんなちょっとずつ強くなっているのを感じる。やっぱり、彼女達は頼りになる。
私は少し嬉しくなりながら、駆け足で彼女達の元へ向かった。
「皆さん。お久しぶりです」
「久しぶりー!」「「「「お久しぶりです」」」」
元気のいい彼女以外は至って普通の挨拶だった。彼女だけが浮かれているのだろう。
「フィーさんと一緒だからって浮かれすぎだ。これから向かう所は死地なんだぞ。いつ死んでもおかしくない」
「わ、分かってるよ……でも、だからって暗くなるのとは話が違うもん!」
「はぁ……何を言っても無駄か……」
「あんたら、それ、フィーさんに見せつけとるん? 仲良いアピールでもしてるん?」
「「ち、ちが……!」」
「まあまあ、いつもの事じゃないですか。でも、死ぬ時は一緒だ〜、とか、命に変えてもお前を守る〜、なんて事を言ってないだけましですよ。もしそんな事言ってたら、流石の僕も引きますし」
「「…………」」
「あれ? 二人ともどうしたんですか? もしかして、二人きりの時に既に……? うわぁ……引きますわ……」
「「うぅっ……」」
「くははっ! 野暮なこと聞いてやるなよ! こいつら、週に三回はチュッチュしねぇと気がすまねぇんだからよ!」
「「もうやめてぇ!」」
いつも通りの彼女達でなんだか安心する。何も変わってない。それがどれだけ心に安寧を齎すのか。それを今知ったような気がする。
「ふふっ。お二人共、まだまだアツアツなんですね? 幸せそうで何よりです」
「フィーさんまで……どうして俺がこんな目に……」
「それは、あんた達が人目もはばからずにイチャイチャするからとちゃう?」
「ししししてねぇし! お、俺のどこがっ!」
「狼狽えるとアカンよ? 否定してもやってるって言ってるようなもんやし」
「…………ぅ、うわぁぁぁっ!!」
追い込まれた彼は、みんなから逃げる様に叫びながら馬車の中へと入っていった。
それを見ているみんなは、笑っていたり、困った顔をしたり様々だった。けど、それはみんなの絆が強いからなんだろうなと感じた。
「じゃ、うちらも行こか」
「みんな一緒に行こー!」
「はぁ、そのノリについて行く僕達の身を考えて欲しいです……」
「いいじゃねぇか。こいつがいなきゃ俺達はアイツをからかえねぇんだからよ。くははっ」
私は先を歩くハピネスラビットを追いかけながら、馬車へと乗り込んだ。
今から四ヶ月。カナタさんとカヤとはお別れをしなければならない。それを考えれば少し悲しい。ただ、この四ヶ月で自分を見つめ直して、二人に改めてよろしくお願いしますと言いたい。
何かが変わるかもしれない。もしかしたら何も変わらないかもしれない。それでも、私は二人と共に居たいとそう思う。それは四ヶ月過ぎた後でも変わらないはず。
ガタン、と音を立て動き始めた馬車から外を眺めて私は思う。この街に必ず帰ってくる。そして、カヤとの約束を果たしたいと。
流れゆく景色に様々な思いを込めて、四ヶ月という長い遠征へと旅立った。
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