ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

027話 よーく聞けよ?


「覚悟してくださいよ! カヤを泣かせた罪は万死に値します!」

 顔を鬼と化し、声に凄味を乗せ、威圧感たっぷりに敵意をむき出して、一歩ずつ踏みしめるように近寄って来るフィーは、別段敵意を向けられていない俺ですら恐ろしくて鳥肌が立っている。なんでこんなになるくらいカヤの事が好きなのか知りたいわ……。多分理屈じゃないんだろうけど。
 それはともかく、こんな敵意を向けられている本人はたまったものじゃないだろう。俺だったら失神ものだ。それを踏まえると気絶していない冒険者は相当な気の持ち主なんだと思う。そんな気を持ってたとしても足は震えていて、瞬きを忘れているが。

「……ま、待て……こっちの……話を……」

 冒険者の震える声で必死に絞り出した言葉は、けれども、

「うるさいですね、その口。喋れないようにしましょうか?」

 フィーの更に凄味を増した言葉に、後を続ける事は出来なかった。

 俺は直感的にこれはヤバい事になったと感じた。
 事情も聞かずに感情に流されて突っ走るフィーと、その怒気にやられ思う様に誤解を解けていない冒険者。俺は双方に言いたい事があるのだが、ここでは飲み込んで置く。
 まずしなければならない事は、衝突の回避、並びにフィーのご機嫌取りだ。これをしなければ何も始まらない。フィーが反応するキーワードと言えばカヤだろう。
 そしてそのカヤはと言うと……。

『やっちゃえ! フィー!』

 と、結構ご乱心な様子。目が赤くなってる事を見るに、フィーの言ったように泣いたあとなのだろう。そこまでして、俺とのデートを楽しみたかったと言えば男冥利に尽きるのだが、考え方を変えれば、いつでも出来るデートを一回潰されただけであれという訳だ。流石にやりすぎなのではとも思う。まあ猫なんだからしょうがないけど。
 一方で、カヤから声援を受けたフィーは更にやる気を出している。このままでは本当にヤりかねない。

『いけいけー!』

「カヤ! ちょっとこっち来い」

『ん?』

 フィーをどうにかするにはまずはカヤからだ。早い話、元に戻すだけでいい。それが出来るのかはまた別の話だが、何となく行ける気はする。

『なに?』

「てぇい!」

『〜〜ッ! あうぅ……いたい……』

 古来より、元に戻そうとする時は斜め四十五度から叩けば治ると相場は決まっている。俺は古来のやり方に則って、テトテトと寄ってきたカヤの頭のてっぺんをはたいた。
 強くは叩いてはいない。第一、俺が強く叩いた所で、最強の能力を持ってるカヤにたんこぶすら作る事は出来ないだろう。
 それでも、痛いと言ったのは、条件反射で出てきたものに違いない。ゲームで自分の操作しているキャラがダメージを受けた時に痛いと言ってしまうあれと同種のものだ。

「カヤ。なんで叩かれたか分かってるな?」

『……うん。カナタを掴まえた人じゃないし、フィーにそれを言ってないし、逆にフィーにやれって言ってるし、それを楽しんでたからでしょ……?』

「お、おう。そ、そうだ!」

 思った以上に叩かれた理由が分かってて面食らったが、まだめげない。

「それが分かっててなんで怒られるような事をしたんだ!」

『だ、だってぇ……カナタとのデート……初めてはじめてで……嬉しかったんだもん……』

「うっ……」

 くっ! こんな所でそれを言われてしまっては強く出れない! その上、カヤの上目遣いにプラスして涙目ときた。
 俺とのデートが台無しになって悲しいと、そんな状態で言われてしまっては、俺の負け確定だろう。
 しかしこれとそれは話が別だ。このままでは関係のない冒険者が再起不能になってしまう。それだけは回避しなければ。

「……はぁ。カヤ、よく話を聞いてくれ」

『……うん』

「取り敢えず、カヤの言いたいことは分かった。まあなんだ。デートはまた今度、目一杯やろう」

『っ! うん!』

「だけど、今のフィーを止めない事にはこの約束は出来ない。カヤはフィーを止めれるよな?」

『うん!』

「じゃ、俺もカヤとデートしたいんだ。ちゃんと止めて来るんだぞ?」

『分かった! 行ってくる!』

 カヤは猫特有の軽い身のこなしでフィーの目の前まで走って行った。後ろ姿がとても嬉しそうだったのは見間違いではあるまい。
 フィーの目の前でピタリと止まったカヤに、フィーが目を向けた。なんでカヤがここにいるのか分からず不思議そうにしている。

「カヤ?」

『フィー! もういいの! もう大丈夫だから! ね?』

 カヤはフィーの腕の中に飛び込んでキュッと抱き着いた。
 突然の事に目を白黒させるフィーは一体何が起きてるのか分かってていないのだろう。

「でも、カヤを泣かせた罪は重いのですよ?」

『……フィーはわたしのこと、きらい?』

「と、とんでもないですよ! カヤは私の全てと言っても過言ではありません!」

 今の発言に『いや、過言だろ……』と思ったのは俺だけではあるまい。ただ、当の本人はそう信じているらしい。今回に限って言えば、それで良かったとも言えるだろうが。

『じゃあ、わたしの言うこと聞いてくれる?』

「勿論です! カヤを泣かせたりしません! カヤがやれって言うなら、世界を敵に回してもいいです!」

 いやそれは言い過ぎじゃ……ないな……。フィーならやりかねない。

『じゃあ、もう怒らないで……怒ってるフィー怖い……』

「――ッ! ごめんなさい……そんなことにも気付かなかったなんて……」

『ううん。わたしも悪かったから……』

「カヤ……」

『フィー……』

 ――ダキッ! 

 っとまあこんな感じだな。
 それにしてもやっぱりこの二人が揃えば絵になる。下手なモデルよりもモデルらしいのではないかと思う程だ。

「た、助かった……のか……?」

「すまんな、そこの冒険者さん。うちの……えーっと……娘と妻? でいいか。が迷惑をかけたな」

「い、いや、それはいいんだが……お前フィーさんの旦那なのか?」

「えっ、そこ!? 今までのやり取りで一番最初に聞くところがそこ!?」

「まさか、あのフィーさんに旦那が出来たとはなあ。感慨深いぜ……」

「あ、あれ? なんか俺が思ってた反応と違う? なんで?」

「お前さん、見たところ冒険者じゃないし、知らなくて当然だろう。教えてやりたいのは山々だが、フィーさんが教えてないのなら俺の口から教えるのは野暮ってもんだ。それで夫婦仲が崩れちまったら元も子もない」

 な、なんか引くに引けなくなってしまった。ついフィーを妻なんて言ってしまったが、それは説明がしやすかったというか、収拾がつきやすかったからという理由なわけで。別の意味でヤバい事になってきてる気がするのだが。

「……ちょっと待て。お前さん、あの白いワンピースの子供を娘って言ったよな? 確かに髪の色が黒でお前さんにどことなく似ている気はするが、もしやお前さん、フィーさんと結婚する時から子供を抱えてたのか!?」

 カヤの見た目は十歳程、そしてフィーは二十五歳前後、俺は三十超えたおっさん。常識的に考えて、フィーがカヤを産んだとは思わないだろう。
 それに、フィーがこの街に来た時には子供を連れてなかっただろうし、年齢的にも、十五歳で子を産むのは無理な話だろう。
 なら、俺に連れ子がいたという方がまだ納得がいく。

「計算上では確かにそうだが、それは――」

「やっぱりか! このご時世に、男手ひとつで育てるのは厳しかっただろう。よく頑張ったな! 同じ男として誇りに思うぞ!」

 逃げ道を塞がれた!? かくなる上は開き直るしか!

「お、おう! まあな。めちゃくちゃキツかったぜ。娘って言うのものあって、育てるのは厳しかったが、偶然、今の妻と出会ってからは娘が妻にベッタリでな。ならもう、夫婦になろうという話になったわけさ。ハハハ。よくある話だろ?」

「いや、全然よくある話じゃねぇよ! あんまり良くはないが、大抵の男は娘一人なら売ってしまうんだぞ? お前さんすげぇよ」

「あ、いや? それ程でもあるかな? ウハハハ!」

 調子乗りすぎた感が半端ないが、やってしまったものはしょうがないをなるようになれだ。

 その後も嘘に嘘を重ねて何が嘘なのか分からなくなるくらいに嘘を吐いて、話を合わせた結果、良く分からないストーリーが出来上がった。俺自身、なんて言ったのか分からないが、冒険者の方は分かってる様なので、噂は広まるだろう。
 うぅ……フィーの怒ってる姿が目に浮かぶ……絶対殺されるぞこれ……。

「じゃあな! フィーさんの旦那! また機会があれば話そうぜ!」

「お、おう!」

 冒険者は、いい話のタネが出来たと言って去っていった。人の口に戸は立てられないとは良く言ったものだ。まあ、そうさせてしまったのは他の誰でもない俺なのだが。本当にどうしよう……。 

「カナタさん」

「お、おう! フ、フィーか。どどどうした?」

「何を狼狽えてるんですか?」

「い、いや、ちょっとフィーが怖くてな……アハハ……」

「……そうですか。すいませんでした」

「べ、別に謝らなくても。カヤの為だったんだろ? なら怒っても仕方がない。なんてったってフィーはカヤが大好きだからな」

「はい!」

『わたしもフィーのこと好き』

「カヤぁ!」

 ――ダキッ! 

 フィーはとことんカヤに甘いな。別にフィーの気持ちが分からないでもないが、自制しない事には、またさっきと同じことが起きかねない。
 そんな場所に、俺、もしくはフィーを止める事がいるものがいなければ誰かが重症を追うことになってしまう。
 フィーの今後の課題は自制心をもっと強く持つって事だな。

「それで、フィーはなぜこんな所に? 協会から呼ばれていたんじゃないのか?」

「それなら途中で抜けて来ました」

「えっ? それいいの?」

「ダメですけど?」

「えっ? もしかして……カヤが泣いてたからすっぽかしたとか……」

「その通りですけど?」

「なに『当たり前ですけど?』みたいな顔してんの!? 大事な話じゃないの!?」

「カヤ以上に大事なものがあるわけないじゃないですか」

「おぅふ……」

 あまりの理由に何も言えなくなってしまった。フィーのカヤ依存は凄まじいものと言っても過言ではない。むしろ病気だと疑いたくなるレベル。

「はぁ……フィーいいか? よーく聞けよ?」

「はい?」

「世の中には何を捨ててでも出席が必要な会談がある。それら、出世がかかった会談と大事な商談の時だ。家族に何かあった場合を除くが大体、それは必ずなんとしても出席しなければならない。なぜか分かるか?」

「……いいえ」

「どっちの会談も今後の自分にとってプラスになる事しかないからだ。出世すれば収入が増え、家族を楽に養えるようになるし、商談が成功すれば会社にとってプラスとなり、その会談を成功させた功績で出世に一歩近付くからだ」

「ですが、それでは家族を蔑ろにするだけです」

「俺は別に家族を蔑ろにしろと言っている訳では無い。仕事も大事だが、重要な会談を除けば家族が一番大事だ。重要な会談なんて早々あるもんじゃない。普段仕事をしている時は家族を一番に考えればいい。今までのフィーのようにな」

 フィーは、はっ、とした顔をした。何か思う所があったのだろうと思う。フィーは賢い子だ。皆まで言わなくても、察する事が出来たのだろう。

「それに家族第一で考えてれば、大事な会談が失敗しないように、家族も祈るってもんだ。俺の場合は特にな」

 俺は結婚なんてした事ないし、ましてや家族なんて以ての外だ。でも、それが家族の在り方だって事は分かる。俺だってフィーやカヤと半年も近く一緒に暮らしてきたのだから。
 だが、そうだとしても、俺達は家族という訳では無い。
 同棲はしているが、フィーとは結婚はしてないし、付き合っている訳でもない。悪く言えば、同じ物を使っている赤の他人。良く言えばルームシェアをしている友人ってところだ。最悪な事を言うなら、俺とカヤがフィーに寄生しているだけだ。
 それを家族とは言い難い。もし、俺達がフィーの足枷となるなら早目に出て行った方がいいのかもしれないと思う。

「カナタさん、今良くない事考えてませんか?」

「まあ、フィーの邪魔をするくらいなら出て行った方がいいのか――」

「ダメですッ!!」

「――ッ!」

 いつになく真剣な眼差しで俺を見つめてくる。その眼差しには少し怒気が混ざっているような気がして、少したじろぐ。
 カヤはそんなフィーを見て、不安げに眉を下げて今にも泣きだしそうにしている。少し怖いのかプルプル震えながら、フィーの服の裾を握っていた。

「ダメです! 出て行くなんて許しません!」

「いや、だがな?」

「もう半年も一緒に過ごしたんです! 今更出て行くなんて……そんな……」

 尻すぼみになりながら、それと比例するように顔を俯けて目を合わせないようにしている。
 流石に考え無しに言葉を放ってしまった。フィーの言ったように、家族でなくても一緒に過ごした半年は消えない。そんな事を考慮しなかった俺も悪いだろう。

「あー……その……すまんかった……フィーの言った通りだ。今更出て行くなんて出来ないな」

「そうですよっ!」

 俺の言葉を聞いて勢いよく顔を上げ、その言葉に肯定する。そして、こう続けた。

「カナタさんが出て行ったら、カヤまで出て行くことになるじゃないですか! そんなの……そんなの嫌です!」

「………………ですよね〜」

 期待してなかったと言えば嘘になるが、単純に考えればすぐに分かる事だ。
 フィーはカヤが一番大事だと言っていて、そのカヤは俺について来る事がほぼ確定だ。もし、俺がフィーの元から立ち去った場合、カヤは俺と同じくフィーの元からいなくなり、フィーはカヤがいなくなったら泣きに泣き崩れ、最後には頭がおかしくなるだろう。
 フィーはたった三週間の間カヤと離れるとなっただけで、ああなったのだ。決して冗談で終わるようなことではない。

 だからこそフィーはこう考えたはず。『今ここでカナタさんがいなくなってしまったらカヤとも会えない。それだけは何としても止めないと』と。
 まあその気持ちも分からなくはないが、俺の事もちょっとは気にかけて欲しかったなと思う。

「…………カナタさんがいなくなったら寂しいですし……」

「ん? 何か言った?」

 少し、考え事をしていたせいで聞き取れなかった。ただ――

「いいえ。なんでもありませんよ」

 と、言って澄まし顔をしているフィーの耳が赤くなっていたのを見て、察する事は出来たので、別に聞き取れてなくてもいいやと思った。
 すると、今まで静かにしていたカヤが掴んでいたフィーの裾を二回程引っ張った。フィーを呼んでいるようだ。

「どうかしま――っ!」

 フィーはカヤの顔を見て言葉に詰まった。

 それもそのはずだ。カヤは今にも泣きだしそうな顔をしていたのだから。それを見れば俺だって何も言えなくなる。

『仲直り……した……?』

「ご、ごめんなさい、カヤ。また怖がらせてしまって……仲直りならしっかりしましたよ」

『良かったぁ』

 少し涙を溜めたその顔をフィーの胸に押し付けて、声を押し殺して泣き始めたカヤ。

 今回の件の一番の被害者はカヤだった。カヤ目線で見れば、周りで嫌な事や恐ろしい事が立て続けに起こっていたのだから。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「カヤ、ごめんな。もう大丈夫だから」

『うん……!』

 フィーの胸の中で出された声は、くぐもっていてが、喉の奥から精一杯絞り出すようなそんなものだった。

 それから一頻り泣いて眠ってしまったカヤを、俺は抱き上げた。

「取り敢えずフィーは協会に行って、事の顛末を話して来てくれ。詳しい事は、さっき走って行った冒険者に聞くといい。顔、忘れてないだろ?」

「そうですけど……カナタさんは?」

「俺は家に戻る。カヤがこれじゃデートも出来ないからな」

「分かりました。カヤをよろしくお願いします」

「おう、任せとけ」

 フィーはそれだけ聞くと足早に協会へと向かって行った。俺の言った事が通じているなら嬉しい。

「じゃ、戻るか。な、カヤ」

 俺は泣いて腫れた瞼をしているカヤを見てそう呟き、俺達の帰るべき場所へ足を進めた。

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