ねこと一緒に転生しちゃった!?
023話 聞いて驚け!
フィーが遠征に行ってから、三週間と一日が経過した。本来なら、遠征から昨日の内に戻ってくる予定だったはずなのだが、未だ帰って来ていない。
彼女に何か重大な事があったのではないかと、カヤと二人で考えているところだ。無事でいてくれればいいのだが……。
それはそうと、フィーのいない間俺とカヤはめちゃくちゃ頑張った。俺は洗濯や掃除を初めとして、偶にカヤと共に料理を作ったり、合間を見て勉強をしたりと忙しい毎日だった。特に料理においては言うまでもなく、下手くそだった。
産まれてから此方、料理と言える料理を一切してこなかった俺はカヤと共に料理を作る事にした。色々なレシピに挑戦していく中で、味噌汁を作っていたはずなのに目を離すとねこまんまになっていたり、肉や野菜炒めるのをカヤに任せると何故かねこまんまになったりと、三週間あまりをねこまんまで過ごしてきた。
流石にサラダがねこまんまになる事はなかったので、栄養バランスは決して悪くは無いだろうと勝手に思っている。まあこの三週間でフィーがいるという存在の大きさを身に染みて分かった。
「やっぱり、フィーってすげーよな。な、カヤ?」
「にゃ〜」
「うりうり、ここがええんか? ここがええんかー?」
「うにゃ〜ん♪」
――パタパタパタッ!
「!? にゃ!」
噂をすればなんとやら。この足音は久しく聞いていなかった足音だ。カヤもこの足音を立てている主が誰か分かっているみたいで、尻尾がピーンと立っている。耳も玄関の方を向いていて、今か今かと待っている。
俺の予想だと、カヤは玄関が開いた瞬間にトップスピードでそこまで走って行く。そして胸に飛び込んだら、幸せそうに『にゃ〜』と鳴いてごろごろ言い始める。絶対そう。間違いない。
――ガチャ
カヤは走り出す為にお尻を上げ、スタンバイOKの体制。
「ただいま戻りました! カヤ! 私の所へおいでっ!」
「にゃーん!」
玄関から入ってきたのはフィーで間違いなく、カヤは俺が予想した通りにフィーの方へと走って行った。今俺がいる所からフィーは見えない。だが、ほぼ俺の言った通りの事がそこで起きている事だろう。
「カヤぁ……元気でしたか? 何処か悪い所は? あぁ〜ん、いつもと同じふわふわぁ……。私、カヤがいなくて寂しかったです……。あぁこのもふもふ感久しぶりですぅ……」
「みゃ〜♪」
「はぅ……久しぶりでいつも可愛いカヤが、また一段と可愛く見えますにゃ〜」
「みゃ〜ん♪」
見えてはいないが、何が起こっているのかは目に浮かぶよう……。まさか、カヤと触れ合わなかっただけで、フィーがここまで壊れるとは。驚きの事実である。
「お〜い。ここまで聞こえてるぞ〜」
「はっ! カナタさんの存在を忘れてました……でも、思うんですけど今更じゃないですかね?」
「にゃ」
「カヤもそう思うって言ってますし」
玄関の方から開き直ったフィーがカヤを愛でながらリビングの方へ来た。フィーは上気した様子で尚もカヤを撫で続けている。撫でているその手は忙しなく動いていて、カヤの身体を余すことなく堪能せんとしている。何と必死な事か。
「そうは言っても羞恥心とかあるでしょ? それとも俺とフィーの仲はこれくらいじゃ羞恥を感じなくなっちゃった感じ?」
「まあそんな感じじゃないですか? 私はカヤ成分を補給する事で忙しいのです。羞恥とかそんなの今は考える必要ないのですよ。ね、カヤ?」
「んみゃ〜ぁ」
「あぁ〜ん! 可愛い! 可愛すぎる! カヤはなんでこんなにも可愛いんでしょう! この可愛さは人を殺せますよ! 現に私は萌えすぎて死にそうですし……ね……」
「にゃ?」
カヤの可愛さに悶えていたのも束の間。フィーは自分の気持ちを最後まで言った途端にソファに倒れ込んだ。
「お、おい、フィー? いきなりどうしたんだよ?」
ソファに倒れたフィーは目を覚ます気配がない。
俺は嫌な予感がした。もしかしてという考えが過ぎり、いやそんな事はないと頭を振ってその考えを頭の中から排除する。
そして呼び掛けても反応のないフィーに近付き、安否の確認をする。
「おい! フィー! 大丈夫か! 目を覚ま――」
「スー……スー……」
「って! 寝てるだけかよ! マジ焦ったわ! 寝るなら寝るで一言くれないとビックリするわ! 気絶する様に眠られたら誰でも焦るからな! 今回みたいなのは特に!」
「にゃ……」
朗報。フィーはただ寝ただけだった。
ソファに横になっているフィーは、カヤを離すことなくそのまま眠りについた。気絶する様に眠ったという事はそれだけ疲れていたという事だろう。本当にお疲れ様と労いたいくらいだ。
抱かれたままのカヤは暫く抱かれたままだったが、数分後に脱出を試みていた。何故過去形なのかと言うと、ガッチリホールドされていて脱出出来ずに諦めたからだ。寝ていてもカヤを離さないその気概は呆れを通り越して尊敬するまである。
「にゃお……」
「まあ、今は我慢してくれ。頑張って遠征に行ったフィーをゆっくり眠らせてやろうや」
「にゃん」
カヤも納得してくれたようで、フィーと一緒に眠り始めた。可愛い寝姿のカヤと寝てても分かるくらい美人なフィーのツーショットはスマホがあれば撮っておきたいほど。
しかしながら、この世界にスマホなんて殊勝なものはない。その為、このツーショットは俺の脳内にしっかりと永久保存させてもらった。
「おつかれフィー、おやすみ」
俺は眠っているフィーに労いの言葉をかけて、フィーとカヤが起きるまでの間、自分の勉強に勤しむのであった。
◇◆◇◆◇
「いやいやぁ〜! ホントに毎日が楽しそうだねぇ〜! やっぱりこの人間を選んで良かったよ! それに"テスタ"って名前も貰えたしね♪」
上も下も、右も左も、前も後ろも、そして時間の流れさえないその空間に、似つかわしくない陽気な声が木霊する。
「それにしてもこの人間の影響力はホント凄いね。まさか世界をマルっと作り変えちゃうなんて。これだから人間の観察は止められない!」
中性的な顔には、純粋な"面白さ"と"楽しさ"が浮かんでいた。見た目的には年相応。しかし、それ以外では異常ともいえる純粋なまでの感情。
それはまるで、その感情しか知らないかのようにも取れる。
「でも、この事がバレたら酷い目に遭いそうだなぁ。最悪消されちゃうかも。まっ、それはそれで楽しそうだけどね!」
口元に健気な笑みを携えて、己が消えるかもしれない事すら楽しそうと言う。
「もう少ししたら、また話してみようかな? この人間と話すのは、ここにいるつまらない奴達と違って、とっても楽しいもんね!」
歌という概念がなかったその空間に、リズミカルな音が一つ、また一つと繋がっていき、新たな概念が誕生していく。
それがその空間で、否、その次元で初めて起こった事象であることなど、当の本人は気付かない。それがどれだけ有り得ない事であろうと、興味はただ一点にしかなく、その興味を追い求めるが故の快楽を得る為だけにある人間を観察し続ける。
その次元に住む者として異常。人間として見ても異常。であるならば、『テスタ』と名付けられた彼の正常は一体何で、何処にあるのか。それは当の本人ですら認識し得ない事であった。
「さぁ、もっとだよ! もっともっとボクを楽しませてよ! 今やキミはボクの全てなんだ! そしてボク達に見せてよ! キミ達"人間"の可能性を!」
誰に届く訳でもなく。されど確かに誰かへと届けようとしたその声は、意思を持っているかのように虚空へと静かに消えていった。
◇◆◇◆◇
「んんっ……」
「おっ。起きたか」
「ふぁ〜……カナタさん……?」
「おう、そうだぞぉ」
フィーが眠って二時間。彼女が起きた時には日が完全に落ち、空には月が登っていた。今日は満月ようだ。
「……あっ! 今何時ですか!?」
「いつもなら、俺がもうそろそろ風呂から上がる頃だと思う」
「カナタさん! ご飯はまだですよね!?」
「うん、まあそうだな。俺が作っても失敗するし、カヤと作ってもどうせねこまんまになるだろうし。なら、フィーが起きて作ってくれるまで待っておこうと思って。フィーも晩ご飯まだなんだろ?」
「はい、今から作ってきます!」
フィーはエプロンをしながらキッチンの方へと向かって行った。この姿を見るのも久しぶりだ。やはり、キッチンにはフィーがいないとしっくりこない。
キッチンへ着くやいなや、忙しそうに色々な料理器具を取り出し始めた。そんなに手のかかるものを作るつもりのだろうか。フィーも疲れているだろうし、そこまでしなくても大丈夫だ。
「別に簡単なやつでいいぞー。俺はねこまんまじゃなければいいから」
「にゃっ!」
フィーが起きた事で、拘束が解除されたカヤが俺に飛び掛って来た。どうやらねこまんま以外と言ったことがカヤの琴線に触れたようだ。
しかし甘い。俺だってそれくらい予想済みなのだ。飛び掛って来るカヤを俺の動体視力と運動神経で捕えて抱き抱える。
「ふはは! 甘いなカヤ!」
「にゃぷっ」
「いってぇー! 俺、噛むのは無しだと思うぞ! うぉー!? 血が! 血がぁー! あ、止まったわ」
カヤの方が一枚上手だったようだ。俺がカヤの行動を読んでいた事を読まれていた。でなければあんなに流れる様な噛み付き方はしないだろう。そして今も尚、噛み付いたままな訳なんだけど。
くっ……俺は何時になったらカヤに勝てるんだ……!
「にゃぷっ」
「ってうぉーい!? せっかく血が止まったってのに! あぁー! 血がっ! 止まっ、止まらっ! あ、止まった」
「にゃぷっ」
「またか! 血が止まらっ! あ、止まった」
「にゃぷっ」
「うわぁー!――」
「にゃぷっ」
「ぎゃああああ!――」
「にゃぷっ」
「ぬわああああ!――」
・
・
・
「にゃぷっ」
「わ、悪かったって! ねこまんまサイコー! マジねこまんま! ねこまんまうめぇー!」
「にゃん♪」
「あぁ、やっと解放された……うっ、なんかフラフラする……血を流し過ぎたか……」
耐久戦ですらカヤに適わないとかもう勝てる要素が何処にもない。何だかんだ言って、カヤの方が頭良いし、ルックスもカヤの方が上だし、料理の腕もカヤの方が上、唯一俺が勝てるとしたらこのカヤを思う気持ちくらいだぜ全く……。
「くだらない事言ってないでこっちを手伝ってくれませんかー? 夕飯作り終わりましたから」
「くだらないって……まあ、いいか。りょーかい」
本当に死にそうになっていたのにくだらない事と言われるのは心外なのだが、よくよく考えれば俺は死んでも生き返る体質だ。それを考えると、死んだところで何ともないのだから、確かにくだらない事を言ったと思う。ただ、倫理的にどうかと。
それと豆知識なのだが、漫画やアニメ等で上司に指示を出されて『了解!』と言うシーンが良くあると思うが、これは上司に対する返答としては正確には間違いで、正確には『承知しました』もしくは『承知!』というのが正しい。
大学卒業後、入社する前にマナー講座みたいなやつで、『思ったよりも知らない! 間違った対応!』みたいなのを受けた時に知った。当然ながらそれ以降、上司には必ず承知しましたと言うようにしている。今は慣れで明らかに目上の人には『承知しました』と言うようになった。
俺とフィーみたいな関係の場合、承知と言うよりも了解と言った方が畏まらなくていい。
「それじゃあ、食べましょうか」
「おう」
「「いただきます」」「にゃ〜」
今日の料理はチャーハンだ。ねこまんまとさほど変わらないと思うのは気のせいだろう。
チャーハンと言えば、白米に色々なものを混ぜて炒めるものだ。そしてここでミソなのが白米があるという事。俺も後で知った事なのだが、白米は昔から食べられているらしく、何も珍しくないそうだ。
フィー個人は白米よりもパンが好きらしいので、今までパンが多かったのだ。ちなみに俺もパン派だ。
それはともかく、この世界には異世界転生ものの世界みたく米がないとかそういう事はないらしい。むしろ、地球にあった食物は殆ど似た形でこの世界にもあるように思える。料理の名前が全くの同一なのだから、似た食物がないと言うのは殆ど有り得ないと思う。
なんやかんや言ってきたが、結局の所美味いものを食べれるならそれでいい。フィーの作る料理は全部美味いしな。
俺はフィーの作ったチャーハンを口に運ぶ。
「あぁ……これだよこれ……いくらねこまんまが美味くても飽きるからな……生きてて良かった……」
「それで味の方はどうですか?」
「無論うまいぞ! 流石だ!」
「そ、そんなに褒められると照れちゃいますよ……」
久しぶりにフィーを交えての食事は楽しかった。俺はフィーから遠征の話を聞いた。ハピネスラビットのパーティと仲良くなったとか、語尾に『のじゃ』を付ける支部長のおじいちゃんがいたとか、面白い話が多かった。
ただ、暴れ牛の話を聞いた時はカヤと二人で外に出ようとした。くしくもフィーに止められてしまったが、もしフィーに止めて貰えなければ今頃暴れ牛はこの世に存在してないだろう。主にカヤの力で。あれ? 俺行く意味なくね?
「カナタさんはどうだったんですか? そういえば、私の部屋。入ってないですよね?」
「入ったらカヤに殺されるし、そんなの嫌じゃん? だから入ってない。それと聞いて驚け! なんと俺はカヤの言っていることが分かるようになったんだ!」
「……ん? 今までも分かってたんじゃないですか?」
「俺の言い方が悪かった。『にゃん』って言葉が全て標準語で聞こえてくるようになった」
「……何処か医療所に連れていきましょうか?」
「俺の頭は別におかしくなってないから。本当の話だから。そろそろフィーも標準語に聞こえてくるはずだぞ。カヤが言うんだから間違いない」
「カヤ、そうなんですか?」
『うん!』
「!? 今! カヤが『うん!』って言いましたよ! 『うん!』って!」
「おー。割と早かったな。これでカヤからの好感度が最大になった訳だ。おめでとう! おめでとうおめでとう!」
俺は立ち上がってフィーに拍手を贈る。フィーは驚きと喜びの表情をしている。そんなフィーも可愛いです。
カヤの言っていることが分かるようになるにはカヤからの好感度が大事らしい。俺は初日から好感度が最大だったとカヤに聞いた。
なんか、命を助けてくれようとしたのは色々な生き物を合わせても、俺だけだったらしく、今度は私が助ける番って事らしい。この話を聞いた時は、嬉しすぎて泣いた。しょうがない事だろう。
しかしながら、今までは大事をとって『にゃん』で通してたとカヤから聞いた。けれども、二人だけで過ごすと、言葉がないと不便だって事で俺に言葉が分かるようにしたらしい。カヤの気遣いに感謝だ。
「本当にカヤって何でも出来てしまうんですね」
「そりゃあ、俺自慢の相棒だしな」
「にゃ〜♪」
「「か、可愛い!」」
分かっててやってるんじゃないかというほどに可愛い。こういう場面で言葉を話すのではなく、『にゃー』と泣く方がいいということを知っているのではないかと疑いたくなる。
いや……これは確信犯か……。上目遣いにキラキラとしたエフェクトを付けているという事は分かっててやったって事だ。ただ、それが分かっても可愛いのだからぐぅの音も出ない。
俺とフィーはカヤに夢中になった。
ピクピクと小刻みに震える耳。プニプニと程よい弾力のある肉球。ふわふわとした肌触りのいい毛並み。顎下を撫でれば気持ち良さそうに目を瞑る。
猫じゃらしを見せれば、前足でチョイチョイと叩く。その姿は赤ん坊がオモチャで遊んでいる姿とそっくりだった。
「私にも子供が出来ればこんな感じなのでしょうか?」
「それを俺に聞くのはどうかと」
「それもそうですよね」
「なんでだろう……即納得されて負けた気になるのは……」
「それは子供がいないからですよ」
「そうなのかもしれないな……」
「「はぁ……」」
その部屋には悲しさ混じりのため息が二つと、『にゃ〜』という気持ち良さそうな鳴き声が同時に鳴り響いた。
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