ねこと一緒に転生しちゃった!?
019話 夜って寂しい
この世界に来て四ヶ月が過ぎた。この四ヶ月は地球ではなく、エクスウェルトの四ヶ月である。従って、丁度四分の一年が過ぎたという事になる。
この間、一切外に出ていない俺は順調に養分を蓄え、更には養分過多となり、徐々に徐々に肥満への道を歩んでいる。
それが分かっていて流石に動かないのはまずいと思い、最近始めたのは筋トレだ。腕立て伏せ、腹筋、背筋とまあそこら辺を鍛える様にしている。時間は全体通して三十分程度。これで痩せるのかと言われれば微妙としか言いようがない。
また、四ヶ月の間で変わった事は筋トレを始めた事以外にもある。それが勉強で、読み取りの終了と聞き取りの開始となった。
読み取りの方は強制では無くなったと言った方が正しいかもしれない。読み取りの勉強が終わった後も何度か読んだ本を取り出して、読む様にしているからな。
聞き取りの方は、フィーが日常的に標準語を使う様にして、分からなかったらその都度教えてくれる感じになっている。最初は何を言っているのか全く分からず、泣きそうになったが何とか今まで堪えてきた。そのおかげか、ゆっくりであればまあ聞き取れるかなーくらいにはなったと思う。
四ヶ月での俺の成長ぶりは如何だろうか。依然として魔力は少ないが、知識ならある程度は蓄えたつもりだ。無論、この世界の常識も学んでいる。外に出ても常識的には恥ずかしくない男へと変わったはずた。
そして、変わったのは何も俺だけではない。
カヤは偶にふらっと居なくなる様になった。時々、外から大きめの悲鳴が聞こえてくるのはそのせいかと思う。大方カヤは縄張りを広げているのだろう。猫の本能という訳だ。
稀にほくほく顔で帰って来る時があり、一体何をした後なのだろうかといつも考えている。ちなみにカヤに聞いても教えてくれなかった。けれど、ほくほく顔で帰って来ると一段と甘えてくるのでそれもいいかなと思ったりしている。
フィーの変化は顕著で、最近は仕事が捗り始めたらしい。この四ヶ月の間で『階級』というものが二段階上がったそうだ。
この間に至っては『スライムを蒸発させて来ました! それも一人でですよ! 私どんどん強くなってきてます! これなら収入もかなり増えそうです!』と自慢げに語っていた。
何ともツッコミどころ満載で、『蒸発って何!?』とか『普通は一人じゃ出来ないの!?』とか言いたかったが、水を指すのも悪いと思いぐっと堪えた。
また、階級が短期間で二段階上がった事でこの街ではちょっと有名人になりつつあるらしい。外に出ていない俺には分からないのだが、相当凄いようだ。
そんな有名人のフィーは今日から遠征に行くらしい。三週間程家を空けるとの事。『カヤに三週間も会えないとか死んでしまいそうです……というか死にます。さようなら』とか言ってベランダから飛び降りたのは良い思い出だ。
まあ、部屋は一階だし飛び降りたくらいでどうということはないのだが、フィーのメンタル的には相当な衝撃があったらしい。玄関から戻ってきたフィーは啜り泣いていた。その時ほどフィーに同情した事はないだろうと思う。
「うぅっ……遠征行きたくないですっ! 何で階級がBになると遠征が強制されるんですかっ! それを断ったら降格なんてそんなの酷いですっ!」
「まあ落ち着けって。三週間って事はたった十五日だろ?フィーなら耐えられる」
「たった十五日じゃありません! 十五日"も"あるんです! カヤと離れるなんて考えられないのに……」
フィーはあからさまに落ち込んでいる。そこまでしてカヤと一緒にいたいのかと思う。ここまで来るとなにかの病気じゃないのかと疑うレベルだ。
でも彼女にとっては仕方のない事だろう。カヤのこのキュートでプリティーな姿に抗う事は誰もが困難を極めるからな。
「カヤ……私がいない間、カナタさんを頼みますよ? 色々お世話して上げてください。特に、私の部屋に入らせないようにしてください。もし入った形跡があったら二人ともお仕置きですからね?」
「にゃ」
「俺がそんな事するわけ……ない……だろう……?」
「それ不安しかないですよ? いいですか? カナタさんはカヤの言う事を聞いて大人しくしているんですよ? 決して変な気は起こさないように。分かりました?」
「分かってるって。俺三十超えてるんだぞ? それくらい言われなくても分かる。俺は大人だから」
「自分を大人とか言う人は大概子供だとおもうんですけど……まあいいです。カナタさんを信じてますから」
それから、フィーは行ってきますと一言だけ告げて遠征へと向かって行った。
バタンといつも通りの音を立てて閉まるドアには、どこか虚しい音が混じっていた。そんな気がする。
これは俺の気持ちが起こした幻聴なのか、だとしたら俺はどれだけフィーを必要としていたのか。それはこれからの三週間で分かるだろう。
「カヤ、フィーがやってくれてた家事を一緒にこなしていこうな」
「にゃん」
「よっしゃ、まずは洗濯物を干すところから始めようか。カヤは人間になって俺の服をちゃんと着てから手伝ってくれな?」
「にゃ〜」
カヤは、てとてとという擬音語が似合う軽い足取りで脱衣場に向かった。
フィーのいない三週間、カヤと二人で頑張ろう。そう思いながら、カヤが戻って来るのを待っていた。
◇◆◇◆◇
私は家を出てから、ずっと走り続けていた。何故なのかというと、今回の遠征に行くにあたって集合場所は『南門』と予め決められていて、また、集合時間も決められているからだ。
けれど、カナタさんと話していたら、集合時間を少しオーバーしてしまった。協会よりも南門の方が遠い事を失念していたせいだ。
急いで南門付近に行くと、冒険者らしき人達が大手を振って私の方を見ていた。多分、この人達が私と一緒に遠征をする事になっているパーティだ。
「おーい! こっちこっちー!」
「遅れてしまってすいません!」
「いーのいーの。さ、これで全員揃ったし、馬車の準備も出来てるから出発しようか」
カナタさん達の心配をしていて集合の時間に少し遅れてしまった私を咎めることなく、受け入れてくれたのは『ハピネスラビット』という名のパーティ。
そのパーティは誠実さをモットーとして活動していて、男性三人と女性二人で構成されている。戦闘になると各々が兎のような身軽さで戦場を駆け回る事で有名なのだ。その身軽さを活かすため、五人とも常に軽装で実に動きやすそうな格好をしてる。
そんな彼等と共に馬車に乗り込んで、目指すはここから一番近い町『コルン』。今から出発してコルンに到着するのが、早くて明日の午後になる。
野宿は慣れていない為不安が大きいけれど、何も一人という訳ではないので、ハピネスラビットの人達に頼っていこうと思う。
早速馬車は南門を出て、コルンを目指して走り始めた。馬車の中の座席は向かい合う様になっていて、片方が三人ずつの計六人が座れるようになっている。
私が座ったのは、入って右の座席の出入口に一番近いところで、横には女性二人が並んで座った。その為、丁度男女で別れた形になった。
馬車はガラガラと揺れながらつつがなく進んでいく。ハピネスラビットの人達はパーティ内で盛り上がってる為、私は何もする事がなくてただそこでじっと座っている事しか出来なかった。
本当は、魔法の練習をしたかったところだったけど、馬車を破損させてしまう恐れがあったので自重した。
とそんな時、ハピネスラビットの女性の一人が私の肩を叩いた。
「はい、何でしょう?」
「あのね、フィーさんってずっと一人で活動してるよね? パーティに入ったりしないの?」
「そうですね……パーティに入ると自分がやりたい事が出来なくなる事がありますから、あまり好きではないです」
「そっかー。今ね、新しくパーティメンバー募集しようかって話をしてたんだけど、どうせなら女の子がいいよねって話になって、でも私達クラスのパーティに入れるくらい強い女の子って既に他のパーティに入ってるよねってなってね、じゃあ誰がいるかなーって考えてたら、最近話題になったスライムを蒸発させたフィーさんがいるじゃんってなって、じゃあダメ元でもいいから誘ってみようってなったの」
「……要するに私をハピネスラビットにスカウトしたい、と?」
「そういう事! やっぱりダメかな?」
その女性は言動が少し幼稚ではあるものの、パーティ入らないかという事を強制することはなく、しっかりと私の事を考えてくれている事が伝わって来た。
他のメンバーの人も入って欲しそうではあるが、強制するつもりはないみたいだった。さすがは誠実さをモットーに活動しているだけはある。
カナタさんにも見習って欲しい。特にエッチなところを。
「お誘いは嬉しいんだけど、今のところ私はパーティに入る気はないの……ごめんなさい」
「ううん、いーの! 無理に頼んでるわけじゃないから! でも、ここで一緒になったのも何かの縁だし、これからも仲良くしていこうね!」
「はい、こちらからもよろしくお願いします」
この会話の間も馬車はコルンを目指して何事も無く走り続けていた。
私達はさっきの会話が切っ掛けとなって彼女達と打ち解け、日が暮れるまで話をしていた。コルンへの街道には魔物はほとんど出没しないため、今日の所は安全だった。
日が暮れ、夜になると馬を休ませる為に馬車は走るの止め、次の朝まで休憩という事になっている。
その休憩の間は野宿となり、危険がないよう交互に見張りを立てる。大体一人一時間ずつ交代で見張りをする。
見張りは女性陣から初めて、私は三番目になった。女性が初めなのは、寝る時間を多く取れるからという事で、これは男性陣からの提案だそうだ。
カナタさんはこんな提案出来るだろうか? 実に怪しい感じがする。
太陽が完全に落ちて月が登り始める中、私達は焚き火を囲んでいた。
野宿をした事がある男性曰く、野宿の時は眠れる時に寝た方がいいという事だったので、ならばと眠る事にした。
馬車の中にずっといたことが思いの外疲れる事だったのか、すぐに眠りに落ちた。
その後二時間ほどしてから、見張りが私の番になり起こされた。
「フィーさん、見張りよろしくね。多分何も来ないけど万が一があるから気をつけて。もし何かあったら大きな声で知らせてね」
「分かりました。では、おやすみなさい」
「うん。おやすみー」
さっきまで見張りをしていた女性はすぐに寝息を立て始めた。
焚き火のパチパチという音と共に、みんなの規則正しい寝息が聞こえてくる。
ここにいるのは私だけではないのは見れば分かるが、何故か寂しさを感じていた。慣れない野宿で心が細くなっているのかも知れない。
こんな時にカヤやカナタさんが居れば、寂しさなんて感じずに済むだろうにと思った。
「はぁ……」
小さなため息がこぼれる。そして、
「思ったより、夜って寂しいな……」
という呟きが漏れる。だが、その呟きは誰の耳に入る訳でもなく、月明かりに照らされた闇夜に消えていくのだった。
◇◆◇◆◇
「ご馳走様でした」「にゃ」
完全に日が暮れた夜中。いつもより断然遅い夕食をとった俺とカヤ。
「まさかどれがどんな食材か知らず料理が出来ないことを、料理を作ろうとして気付くとは……カヤがいなければ夕飯、というか飯全般が食べれなかった説がある。マジありがとう」
「にゃ」
今日の夕飯はカヤお手製のねこまんまだった。
人間姿のカヤは、俺が料理が出来ないと分かるや否や、何処からかエプロンを持ち出してあろう事か料理を作り始めたのだ。
何でも出来るとは言っていたが、何でもとは全てにおいての何でもだったようで、カヤ一人居れば本当に何でも解決してしまう。やっぱり俺要らない子だった。
「にゃん……」
「いつもならフィーと遊んでるのにって? まあそうだな。いつも寝る前にフィーと遊んでもらってるもんな」
「みゃ〜ぉ……」
「そうだな。フィーのいない夜って寂しいもんだな」
珍しくカヤが落ち込み気味で、しょんぼりしている。カヤの中でもフィーと戯れる事が日課になっていたのだろう。
ならば……!
「カヤ、俺と遊ぼうぜ! フィーの代わりで悪いけどな!」
「にゃ!」
カヤは顔の周りをキラキラと輝かせるエフェクトを使って自分の気持ちを表現していた。能力の無駄使いにも程があるが、俺は気にしない。能力なんて使ってなんぼだ。ただし、俺の能力は除く。
そういう事で、カヤと遊ぶ事しか出来ないという俺の無能っぷりが更に露呈することとなった。まあ家事については三週間でどうにかしていこうと思う。多分どうにかなるだろ。というかどうにかしないとカヤもフィーもいなくなったら、生きていけない。
かくして、俺とカヤ二人だけの大変な一日が終えたのであった。明日からも頑張ろう。
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