ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

016話 結局、火は赤いまま


 翌朝。深い眠りから少しずつ覚醒を始めた俺は、身体にかかる圧に違和感を覚えた。
 いつもならば、カヤが上に乗っていてその重さが身体にかかっているのだが、今日はその倍くらいの重さが乗っかっている。もしかすると遂にカヤが分身をし始めたのかもしれない。
 テスタ曰く、カヤは何でも出来る最強の猫らしいから分身くらい余裕だろう。カヤが二人になれば、俺とフィーが同時にカヤと遊べて、更に寝る時も二人を別々にすれば、俺もフィーも寂しさを感じない。
 なんと心に優しい事なのだろうか。カヤへの負担は大きいかもしれないが、何でも出来るならこれくらいは朝飯前じゃないだろうか? というか絶対できる。

「……んっ…………」

 俺が身動ぎをすると、カヤのでもなく俺のでもない声が部屋に響いた。
 ちなみに声がした方は怖くてまだ見ていない。……違う、間違えた。俺は天井のシミの数を数えているだけだ。決して、怖くなんてないから。勘違いとかやめてよね!

「……すぅ……すぅ……」

「……んー。これは……」

 声の質感と高さ、更にはこの呼吸の感じと吸って吐くサイクルの長さから言って、カヤ以外にいるもう一人はほぼ間違いなくフィーである。
 判別の仕方がストーカー地味てるが、一緒に暮らしていればこれくらいは感覚で分かってくるものだ。多分、もうそろそろ足音でフィーかどうかの判別が出来るようになる。カヤは足音しないから判別どころではないけど。
 まあフィーとは一緒に暮らしているんだから、もう一人は必然的に彼女と言えるのだが、もしもの場合がある。例えば幽霊とかな。怖……くない! 怖くないぞぉ!

「おーい。フィーさーん? 起きて下さいな」

「……んっ……ふわぁ〜ぁ……」

「いやいや、そんな大きな欠伸してないで俺の上から降りてくれない? ついでにカヤも連れて行っていいから」

「……みゃ」

「……ん? んん? 私は何……を……はっ!? ご、ごめんなさい! ついうっかり寝てしまいました!」

「みゃ?」

 フィーは自分が何をしていたのかを思い出したのだろう。めちゃくちゃ焦りながら俺の上から離れて行った。しっかりカヤも連れて。抜け目がないフィーである。
 ただ、その行為だけを見ると、俺がフィーから嫌われていてそこにいる女性を助け出したみたいな感じになる。もしくは俺が気持ち悪くてカヤと一緒に離れたか。……俺はどうやっても悪者なのか。

 ちなみにフィーに連れて行かれたカヤは人間の姿から元の猫の姿へと戻った。その様は一瞬。目に追えない速さであった。瞬きをすればその間に猫に戻っていたという感じだ。一体カヤは何を目指しているのだろうか。
 そしてフィー自身なのだが、顔を赤くしてオドオドしている。今のフィーがどんな心境なのか俺には分かる。これは怒っているのではなく、ただ単に照れているだけだ。
 彼女は怒ると冷たい目線を向けてきて決して感情を表に出さない。説教されている時はずっとその目で見られているからもう慣れたけど。寧ろ、新たな境地へと達しそうだ。
 もし本当にそんな事になったらここから追い出されそうだから堪える事にしてる。最近は抑えきれてないような気がするけど、気にしない事にした。

「で、フィーは何でここで寝てたんだ? もしかしてあれか? 夜寝ている間に既成事実をってやつ」

「ち、違います!」

「うっ……自分が悪いのは分かってるんだけど、否定されるのも心にくるな」

「そのですね……昨日の復習をしていたら思ったよりも時間を取ってしまって寝る時間が……。その状態でカナタさんを起こしにきたら、カヤが幸せそうに寝ていたので、少しだけその寝顔を見ていようと思ったら、そのままここで寝ちゃったんです」

「何ていうベタな展開。これはフラグがたったな。勿論俺にではなくカヤに。やはり、世界は俺ではなく美男美女を選ぶのかっ!? だがしかしフィーとカヤか……それはありじゃね?」

 良く考えるんだ。美女のフィーと可愛いカヤが二人でくんずほぐれつしているところは今まで何回も見てきてる。見ているこっちまで顔が綻ぶ程の幸せな空間なのだ。
 これなら十分ありだと言えるのではないだろうか。

「あ、ありじゃありません! 女の子同士でそんな……」

「えっ? カヤは猫じゃん」

「えっ?」

「「えっ?」」

 致命的なまでの話の噛み合わなさ。それによりあらぬ誤解を招いているようだ。
 フィーの言った女の子同士というのはカヤが人間の時の事だろう。しかし俺はカヤが猫だからそれはありだと考えたわけだ。
 つまり、俺の言葉足らずが招いた誤解。フィーもその結論に辿り着いたようで、自分の失態に赤かった顔を更に真っ赤に染め上げた。恥ずかしがるフィーも可愛いな。

「いやー、朝からいいものを見せてもらってごちそうさまです」

「うぅっ……こんな辱めを受けたのは生まれて初めてです」

「まあ、そういうお年頃って事でいいんじゃね? 俺も、というか男全般が死ぬまでお年頃みたいなものだし。別に恥ずかしがる必要はないって。人前で晒さない限りは」

「……そうですよね。人前じゃ無いから大丈夫ですよね」

 ふぅ、と息を吐いて落ち着きを取り戻すフィー。だが、俺は密かに人ではないと言われて心の中で涙……もとい汗を流していた。
 フィーの俺に対する扱いが徐々に酷くなっていく。これ以上は酷くならない事を願おう。

「そういえばその服装をしてるってことは今日も仕事か?」

「はい。もう少し収入が良ければ休みを取りやすいんですけどね」

「俺がいるからなあ。ホントすまん」

「あ、いやそんな事を言ってるんじゃないんですよ! カナタさんには為になる勉強を教えて貰ってますし、カヤとも遊べるしで毎日が楽しいです。ですから、もっと休みがあれば自分の時間を取れるのにと……」

「そう言ってくれると嬉しいんだが、具体的に収入を増やすのはどうするんだ? やっぱり昇進があるのか?」

「はい、自分の力が充分についたと冒険者協会が認めてくれれば昇進できます」

「ほー。そういうところもまんま一緒なのか」

 異世界系の主人公なんて飛び級しまくるから殆ど意味を成さない昇進システム。実際は弛まぬ努力と独創的なまでの技術を以てして昇進するんだがな。

「力か……あっ、そういえば。結局、火は赤いままだな。この火を青くして、強い魔物を倒せれば力がついたって証明出来るんじゃないか?」

「そういえば、酸素とかそんな話が出たのは火の色が他にもあるって話からでしたね。すっかり忘れてました」

 多分、説明だけなら簡単だ。今まで教えた事を応用するだけだしな。

「説明は簡単ですぐに終わるが、仕事に行く前に聞いておくか?」

「よろしくお願いします!」

「よし。じゃあ恒例の問題。酸素って結局何だった?」

「燃焼に必要なもので、燃えるのを助ける性質を持った気体です」

「ちゃんと復習出来てるな。さすがだ。それが分かっていれば後は簡単。赤い火なのは、普通の空気中の酸素だけじゃ足りないだけだから、周りの空気を過剰に集めたり空気中から純粋な酸素だけを取り出して、そこに火を付けると足りなかった酸素がちゃんと補給される。後は分かるな?」

「その結果、ロウソクで見たあの青い火が出来るって事ですね? じゃああのロウソクの青い火は酸素がちょうどいい感じに供給されてたって事なんですね」

 飲み込みが早いって言うのはいいな。それにフィーは物事を推測する力が強い。これは伸びるだろう。

「そういう事。だけど、青い火を作るのに酸素は多すぎても駄目だし、酸素だけを吸うと身体に毒だから気をつけるようにな」

「はい! ありがとうございます! ではそろそろ時間なので行ってきます!」

「おう、行ってらっしゃい」

 フィーはドタバタと楽しそうに外に出ていった。多分、早く試したくて仕方がないのだろうと思う。
 簡単に言えば、青い火を作る為の実験をするって事なのだ。誰だって実験は好きなはず。それが成功すればそれだけで嬉しいのに、それが自分の力にもなるとなったら、楽しく感じるのは致し方がない。
 俺は彼女の実験が成功する様に願いながら、今日の絵本と朝食が置いてあるリビングへと向かうのだった。



   ◇◆◇◆◇



「おはようございます」

「フィーさん、おはようございます。今日は遅かったですね。何かあったんですか?」

「ちょっと、勉強を教えて貰ってました。もしかしたらもっと強くなれるかも知れません。少し実験をしたいので討伐依頼をお願いします」

 私はいつも通り、エレナさんの受付に並ぶ。
 こういう依頼を受ける時は知っている受付の人の所に並ぶ方が早く済む。勝手を知ってるし、相手も対応の仕方が分かっているからスムーズになる。

「討伐依頼でしたら、今朝から討伐指定が出てますのでそちら優先になりますがよろしいですか?」

「討伐指定なんて珍しいですね。一体何の魔物ですか?」

「ゴブリンですね。普通なら山から降りてくる事はない筈なのですが、どうやら平原に出没しているみたいなのです。どう見てもこれは異変なので、高階級の冒険者の方に山へ調査に行ってもらってます」

 山とはここから北西の方に歩いて数日の距離にある木々が生い茂る、カラナ山を指すことが多い。
 今回の討伐指定になったゴブリンの生息地域もこの山である事は分かっているので、ここでの山はカラナ山で間違いないはず。
 ただこのカラナ山は木々が生い茂っていて思う様に動けない為、攻略難易度が高く高階級の冒険者の人しか入ってはいけない事になっている。
 まだ私の階級ではカラナ山には入る事は出来ない。もっと強くなればカラナ山にも入る事が出来る様になるはず。

「じゃあ、ゴブリン討伐頑張ってきます。あと、別にゴブリン優先なだけで、他の魔物も倒していいんですよね?」

「はい、討伐せずにその魔物が増えてしまっては元も子もないですから」

「分かりました! では行ってきます!」

「ご武運を」

 私は青い火を出したくて仕方が無くて、心が踊っていた。
 カナタさんと出会ってから前よりも毎日が充実している気がする。働くのにも目的が出来て、家に帰ると誰かが私を迎えてくれる。
 カナタさんは何だかんだ言いながら私を気にかけてくれている。偶にエッチになるけど、その時は怒ればいいだけの話。彼はとても頭がいいみたいであまり馬鹿な事はしないから、私の言う事は素直に聞いてくれる。

 ちょっとした小走りで街の外まで出る。門番の人に機嫌がいいねと言われたくらいには、舞い上がってるみたいだった。
 戦いにおいて浮き足立っていると足元を救われるという事は肝に命じてる。それは自分の命を落としかねないという事も。
 私は気持ちを落ち着かせる為に、数回ほど深く深呼吸をする。これから戦うゴブリンは今の私でも簡単に討伐する事が出来る。でもそれは一対一の場合での話であり、集団だと負ける可能性が高い。
 その見極めをしっかりとし、逃げる判断を瞬時に下せるようにしておかなければならない。

「よしっ。もう浮かれた気分ではいられない。大丈夫、私ならやれる」

 自分に言い聞かせる様に呟く。
 遠くに三匹で行動しているゴブリンが見える。まずはこのゴブリン達から討伐していくことにしよう。ついでに余裕があれば、火を青くする実験もやっていこう。
 私はゴブリンの方へ向かう。指先に出したロウソクに灯した火と同等の大きさの火を青くする実験を行いながら。

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