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ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

009話 すげーな!


 私が服屋を出ると外は既に暗くなっており、昼間とは違った月が一つだけ出てきていた。
 闇夜を照らす程の光を放つその月は、昼間の真っ黒な月とは違って神秘的に見える。

 その月光の中、自宅を目指す。少し遅くなった。服屋に入ってすぐはカナタさんの服を選んでいたはずだったのに、いつの間にか自分の服を選んでた。
 駄目だと分かっていてもやっぱりお洒落はしたい。女だって言うのもあるし、あそこに住んでいて結婚してないのは私だけだし。
 誰かいい人がいればその人と……なんて事を何度も思っているけど、そんな人と巡り会った試しがない。
 カナタさんとはどう考えても結婚出来ないと思う。不審なところが多いし、色々適当だし、私を怒らせるし。そんな人と一緒に暮らす事になったけど、色々不安を感じる。

 でもカヤと一緒に居られるのは嬉しい。あんなに可愛い生き物は今まで出会った事がない。ちょっと不思議な力を持ってる様だけど、それを差し引いてもカヤは私の癒しだ。
 そんなカヤが彼のことを好きすぎて私の所に寄って来ないのが少し悲しい。そもそもカヤがカナタさんのことを好きな理由も分からない。今度カヤに聞いてみよう。

 そうこう考えている内に結構な距離歩いていたようで、思ったり早く自宅に着いた。
 玄関を開けると中は暗くて音は何も聞こえない。誰もいないような、そんな静寂に包まれていた。
 でも、彼が居なくなったとは思えない。多分どこかで寝ているのだと思う。恐らくカヤも彼の元で一緒に寝ているはず。

「ただいま戻りましたー」

 私は玄関を抜けてすぐにある、魔力を貯める事が出来る魔道具に魔力を供給する。
 すると部屋の天井に設置された照明がその魔力で光を放つ。少しの魔力でとても明るく光らせる事が出来るので、各家庭には必ず設置されてる。

 光を取り戻した部屋の中を進む。
 机の上にある紅茶が入ってたカップ。私が引いたままの椅子。それらは私が服を買いに行く前と全く同じだった。
 カナタさんは何処で何をしているのか。それが気になって部屋の中を探そうとした時に、ソファの方から寝息が聞こえてきた。多分、これがカナタさんだろう。

 私はソファの方に向かった。カナタさんを起こして私が晩御飯の準備をしてる間にお風呂に入って貰おうと考えていた。
 彼は眠っているから優しく体を揺すって起こすつもりだった。
 つもりだったというのはそんな事が頭から抜ける事態になったからだ。それを見た時は長い事固まってしまった。
 私が見たもの。それは――

 ――裸の女の子と一緒に寝ている姿。

 それを認識した時に怒りがふつふつと湧いてきた。私がいないのをいい事に女を、それも幼い女の子を連れ込むなんて何を考えているのか。
 私が遅れたのも悪いのかもしれない。けれどやっていい事と悪い事がある。
 少し昂った気持ちで彼を起こす。
 
「起きなさい! そしてこれはどういう事なのか説明をしてもらいます!」

 彼の頬を何度も叩きながら説明を要求する。

「早く起きなさい!」

 そして彼は目を覚ます。



   ◇◆◇◆◇



 頬に強い衝撃を何度も受けて目を覚ました。目を開けた先には怒り狂った鬼――フィーがいる。
 何故寝ていただけで怒りを向けられているのか、さっぱり分からない。俺が寝てる間に何か琴線に触れる事をしてしまったのだろうか。
 まあ、それはそれで怖いが。

 フィーは俺が目を覚ました時点で頬を叩くのを止めていた。しかし、俺を見る目は一層鋭くなっている。微かに殺気も含まれているかもしれない。
 俺は一日で何回この目を向けられれば良いのだろうか。

「な、何か?」

 俺はフィーの方を向きながら、体に掛かる重さの原因を退かそうと手を伸ばした。そして、それを掴んだ時にムニュっという柔らかい感触を俺の手が包んだ。
 その事に違和感を感じ、すぐに手を離した。確か寝る前に俺の上に乗っていたのはカヤだったはず。
 しかしカヤのふわふわの毛ではなくて、もちもちとした柔らかい、それはもう女性の肌の様な感触がした。俺、触った事ないけど。

「『何か?』じゃないです! その人は一体誰なんですか!」

 フィーが俺の腹部を指さした。そこは俺が先程違和感を感じたものがいる所だ。
 俺は恐る恐る腹部を確認する。

「――へっ?」

 思いがけず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 あれは頭だ。それも女性の頭。ここからはつむじと長い髪の毛が確認出来る。それから微かな寝息も聞こえてくる。更にさっきまでは気付かなかったが、女性特有の匂いもする。
 他にも肌色が多い気がして焦るし、俺は一体何をしたのかと心配になるし、そもそも誰なのかといつ疑問もあるしで、良く分からない状態に陥る。

「……俺、ヤッたの?」

「そんな事知りません! 私に聞かないでください!」

「じゃあ俺も知らないな。そもそも俺は女の子とじゃなくてカヤと一緒に寝たんだけど……」

「そのカヤは何処にいるんですか!」

「……にゃ…………?」

 問題となっている女の子が顔を上げて俺の目を見つめる。その女の子の顔の下には少し膨らんだ胸の谷間が覗いていた。
 体を反る形になっていて、俺の腹部に慎ましやかな胸が押し付けられている。そのせいか俺のアレも反る方向へとシフトチェンジを始める。

 落ち着け俺。こんな時こそ童貞の意地を見せるのだ!

 そんな気概で必死に耐える。トップが見えそうで見えないその焦らし、小さいのに確かに感じるその感触。そして俺を見つめる純粋な眼差し。
 何故かとても申し訳なくなってきた。こんなに純粋な女の子に、何を欲情する必要があるのか。年齢的には娘と言っても何ら問題ないくらいのはずなのだ。
 そう考え始めたら、俺のアレは落ち着きを取り戻し、俺も平常心を取り戻した。

 その女の子は俺の状態を見極めたのか、俺の上から降りてくれた。俺も体が自由に動かせるようになったので、上体を起こす。
 女の子の方は女の子座りをしていて、両手を太腿の間に入れている。
 これだけだと彼女の小さな双丘が顕になると思うだろうが実はそうじゃない。
 なんと長い髪の毛を活かしていい感じに見えなくしているのだ。分かりやすく言うと、深夜帯のアニメに流動的な髪やら、不可思議な光やら、どこからともなく現れた生き物で隠されるあれと同じ状態だった。
 勿論、彼女のアレも見えていない。

「無修正版はよ……っ!」

「なんでしょう……初めて聞く単語なのに呆れてしまうその言葉は……」

「……みゃ……?」

 女の子から呟きに似た弱々しい声が漏れる。優しく甘い吐息が漏れる様な声で、耳が虜になってしまう。そんなものだった。
 だがしかし。それは耳で聞いた分だけの話しだ。
 実際は『だから私がカヤだけど……?』見たいなニュアンスが混じっていた。
 そんな女の子をカヤと仮定して、今の姿を確認する。

 ――なんということでしょう。
 あの美しかった毛並みは、しっとりとした黒いロングヘアへと早変わり。あの綺麗な顔立ちの面影を残した端整な顔。肌は年相応の瑞々しさを見せ、触れれば指を押し退ける様な弾力。全てにおいて、匠のこだわりが見えます。
 更に女性たらしめる秘部はここからは絶対に見えない様になっており、全年齢対象を可能とするその位置取りは神の御業と言っても過言ではないでしょう。

「もし彼女のつぶらな瞳を見る者が現れたら、その破壊力に心を奪われるかもしれませんね」

「カナタさんは一体何を言っているのでしょうか……」

「にゃ〜?」

「まあなんだ。俺には余裕がないって事だと思ってくれ。……どう生きてきたら、一日でこんな変な事に巻き込まれるんだろうな。さっぱり分からん」

 取り敢えず、落ち着きは取り戻した。やっぱりあのナレーションは凄いな。俺の心を平静に保ってくれるんだから。

「で、本当にカヤなの?」

「にゃ〜」

「やっぱり本物か! どうやって人間になったかは知らないけど人間になれるってすげーな!」

「にゃ?」

「そりゃあ凄いだろ。流石俺自慢のカヤだな!」

「にゃ!」

 俺は胡座をかいてその上に座るようにカヤを促した。カヤも人間の姿のまま、何事も無かったかのように俺の足の上にちょこんと座って、頭を俺の胸にスリスリしてくる。
 そんなカヤを見ているだけで多幸感に溢れる。その為か無意識にカヤの頭に手が伸びる。猫の時の毛の名残を残した髪の毛はサラサラで俺の手をくすぐる。
 これはヤバイ。癖になりそうだ。可愛いが罪だって言う人の気持ちが良く分かる。今なら何でも許してしまいそう。

「ちょっと待ってください。どういうことなんですか? カヤが人間になった? カナタさんはそれを受け入れたんですか? それとその格好はやめてください」

「質問が多いなあ。こういう時はあるがままを受け入れるのが楽だぞ? 俺とか今日でどれだけ苦労してる事か……。だから少しくらいのご褒美は貰ってもいいと思うんだけど、どう?」

「そうかもしれませんけど……」

 フィーは少し渋った様な顔をした。どうも、疑問半分肯定半分くらいの感じだ。

「なら、俺のご褒美は今この状態以外にほかならないからこのままでいいよね?」

「それとこれとは話が別です」

 疑問を持ってた割には即答で答えられた。そんなにこんな状態を見るのが嫌なのだろうか。
 もしかしたら、フィーが俺と同じ体制になりたいだけなのでは? でもそれを直接言ったら藪蛇だし……。

「そもそも、今のカヤは裸の女の子なんですよ? それなのにそんな密着しているのは良くないと思います」

「いやでもな? これはカヤと俺が相思相愛だから出来る事なんだぞ? それを引き剥がそうとか、なんて嫉妬?」

「しっ!? ば、馬鹿じゃないんですか!? わわ私が嫉妬なんてする訳ないじゃないですか! そもそも、どうしてカヤに嫉妬しなければならないんです!? そんな気は私には一切ないですから!」

「何もそこまで言わなくてもいいじゃん……。俺はただ、今の俺の状態が羨ましくて嫉妬してるの? ってニュアンスで言っただけなのに……。まさかその流れで振られる事になるなんて思わなかった……。これは自殺案件だな……」

 俺はカヤに擦り寄られている俺が羨ましいと思って、嫉妬かどうか聞いたのに、まさかフィーの中で嫉妬の対象がカヤになるとは思わなかった。
 しかもそのせいで、盛大に振られた。産まれて此方一度も告った事は無かったのに、告る前に振られるとは思わないだろう?

 フィーも何かしら気付いて、現在自分の犯した罪の大きさを体感しているはずだ。でなければ俺が報われない。報われなかったら振られ損過ぎて本当に自殺する可能性がある。
 まあ、死んでも生き返るらしいけど。

「どうやって死んでしまおうか……。首吊り、飛び降り、リストカット、毒物、一酸化炭素中毒……何でもいいか……」

「あーもう! 分かりました! 勘違いした私が悪かったです! でもカヤとのその格好はやめてください! それは譲れません!」

 自分の勘違いについては謝罪するものの、主張は曲げないフィー。あと少しで話のすり替えが出来ていたのに、また振り出しに戻ってしまった。
 彼女はしっかりとした芯がある人なんだろう。主張を曲げないのがいい証拠だ。でも、だからと言って、俺が諦める理由にはならない。

「いや、しかし俺の唯一の癒しなんだぞ。ここで堪能しなかったら俺はストレスで急死するかもしれない」

「そんなの知りません! 自分でどうにかしてください! むしろ死んでもらった方がいいかもしれませんね!」

 フィーは手を握り、中指の第二関節が少し突き出るようにしてから俺の方に向けてきた。所謂拳骨だ。それも本気のやつ。
 圧力を一点に集中する事でそこに掛かる力を増やしてかかる力を大きくする事は小学校で習ってる為、その拳骨が普通の拳骨より痛くなる事は分かっている。
 だが、俺にはそれを止める術がない。厳密に言えばあるにはあるが、その手段がカヤと離れる事になる為それはしたくない。
 でも拳骨は喰らいたくない。あれ絶対痛いやつだし。

「じゃ、拳骨しますね。カヤに」

「んな!?」「にゃ!?」

 カヤが標的だった事に驚きが隠せない。いきなり名指しされたカヤも思わず声が出てしまったという様子。フィーも考えたな。まさかカヤを標的にするとは思わなかった。

「カヤ、どうします? 今すぐにカナタさんから離れれば拳骨はしませんよ?」

「にゃあ……」

「『嫌』ですか。なら拳骨を――」

「にゃ!」

 『それも嫌!』と叫びに似たものが脳内に直接届き、気付いたらカヤが猫に戻ってた。それだけ拳骨が嫌だったのだろう。
 カヤは今、俺の胡座の上で逃げる様に足と股間の間に潜り込もうと必死になっている。爪を立てている為、俺の足は傷だらけだ。
 そんな様子を見たフィーは握っていた拳を解いた。もう拳骨をする気はないのだろう。

「その状態ならばまあいいでしょう。しかし人間の姿、それも裸の状態であの格好は許しません! 次やったら問答無用で実力行使しますからね!」

「「…………」」

「返事は!」

「はい!」「にゃ!」

「じゃあ私は夕飯を作ってきます。あなた達はそこでじっとしていてください」

「はい」「にゃ」

 フィーはキッチンの方へと向かった。
 俺とカヤはお互いに目を合わせる。

「フィーって怖いよな」

「にゃ〜……」

「聞こえてますよー」

「ひっ!?」「にゃ!?」

 その後、フィーからの有難いお説教が始まったのは言うまでもない。トホホ……。

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