ねこと一緒に転生しちゃった!?
008話 おやすみ
取り敢えずはこの世界での生活に関して、当分の命の保証がついた。俺が養われる形になって。
俺の分の生活費を出してもらい、常識を学ばせてもらう。俺は殆ど外に出る事はなく、家の中で出来る事をやっていく。
こんな歳になって養われるのは気が引けるのだが、俺一人では生活が出来ないのでやむを得ない。
早く言葉を覚えて、外に出ても会話出来るくらいにならなければ。そしたら働き口とか見つける事が出来るはず。あくまで可能性の話だけど。
「カナタさんは空いてる部屋を使って下さい。ベッドはありませんが、布団ならありますのでそちらの部屋に持って行きます」
「持って行くくらいは俺がやるよ。住まわせてもらうのにそこまでしてもらうのは悪い」
「ではよろしくお願いします。それとカナタさんの服も買いに行かなければなりませんね。その変な服では目立って仕方がありませんから」
「そりゃあスーツなんてこの世界にあるとは思えないし、しかもこのスーツボロボロだもんな。済まないがよろしく頼む」
俺がこの世界に来たのは会社から帰っている途中の出来事だ。この際何故この世界に来たのかは気にしないが、この世界に来る前の事故に遭った直後の格好となっている。
事故に遭った直後という事でスーツはボロボロ。血は付着してないが、地面か何かで擦ったような穴の開き方をしていたり、何か尖ったもので突かれた様に裂けていたりしている。
とは言ったものの、そこまで損傷しているでもなく、フィーの身なりと比べると何ら遜色はない感じだ。
だからと言って彼女が着ている服に穴が空いてたりおかしかったりという意味ではない。ただ単にこの世界の衣服と俺が着ているスーツの比較の話だ。
そういう訳で俺のスーツという服はこの世界では目立ってしまうだろうということが伺える。今までこの格好で外を歩けてたのは、人の視線に慣れていたからだろうと思う。
厳しい目線をくれていた同僚達にこれだけは感謝しておこう。
「にゃ」
カヤは俺と同じ部屋を所望している。ぶっちゃけ嬉しい。初恋が実ったのと同じかそれ以上に嬉しい。
まあ初恋なんてした事ないけど。そこら辺は気の持ちようだ。
「そうですか……カヤはカナタさんと同じ部屋の方がいいのですね……」
フィーが少し落ち込んだ様子を見せる。多分、というか絶対にカヤと一緒に寝たかったんだろう。
俺に部屋は空いている所を使ってと言った時、『カナタさんは』って俺を限定してた事からもそれが分かる。
フィーはカヤにそれはもうメロメロなようだ。
斯く言う俺もメロメロな訳だが流石にここまでじゃない。
ただ、カヤがいないと寂しくて死にそうになるし、カヤがいれば抱き着きたいだけだ。
……俺の方が酷いな、うん。
だけどこればっかりはカヤの魅力によるものだから俺のせいじゃない。悪いのはこんなカヤを生み出した世界だ。だから結局のところ一番悪いのは地球である。
そんな地球に住んでたら人も悪い奴が生まれるよな。俺の同僚みたいな奴らとかな。
「まあ、一緒にいる限りいつかは機会があると思いますし我慢します。カヤはいつか私と一緒に寝てくれますか?」
「みゃ〜」
フィーの問いに対して『フィーとならいつでも』と甘える様に鳴いた。
多分、今のフィーから見たカヤは凄く可愛らしくなってるだろう。カヤの鳴き声が甘える様なものになった時は、絶妙な光加減と首を少し傾げての上目遣いというコンボをかましてくる。
それを見てしまうとカヤの周りにキラキラと光が舞う様な錯覚に陥るのだ。
俺もカヤに『大好き』って言われた時はそれだった。今はフィーの方を向いていて後ろ姿しか見えないが首を傾げているのは見て分かるので、恐らくフィーは俺が見たものと同じものを見ているはずだ。
「はぅ……今すぐ一緒に寝たい……」
やはりフィーはカヤのあのコンボを食らったようだ。一度カヤの可愛さに触れてしまえばあのコンボを抜け出すのは無理だ。
上目遣いする時の光加減が上手すぎて、綺麗に煌めく目とその仕草によって一発KOを食らってしまう。
カヤの一撃必殺の技と言っても過言では無いと俺は思う。
「おーい。フィー、戻ってこーい」
「――はっ」
俺に呼び戻されたフィーは、自分がどんな状態になっていたのかを理解したようで少し恥ずかしそうにしていた。
「あの……見ました?」
「ん? 何を?」
「その……さっきの私の顔とか……」
「それはもうガッツリと。幸せそうな顔してたな」
「〜〜っ! わ、忘れて下さい!」
「努力はするけど、そうそう忘れる事は出来ないよな。努力はするけどね」
大事な事なので二回言いました。
「忘れる事が出来ないなら記憶を消します!」
ゴゴゴと音が聞こえそうな気迫でそう宣言された。
フィーの周りは外でもないのに風が巻き起こる。これは宥める事も出来ない状態ではないだろうか。
カヤを見てみると欠伸をして、今正に眠りにつこうとしていた。こんな状態でも眠れるカヤに尊敬の念を送る。
眠るくらいなら少し俺を助けて欲しいというのが本音だが、カヤが寝るならそれが優先。俺はカヤには激甘なのだ。自分が激甘なのはついさっき確信したから、ほぼ間違いない。
しかし、このままだと俺は確実に記憶を飛ばされる。それは嫌だ。どうにか出来ないだろうか……。
俺は思考を巡らす。この窮地を乗り越える為にしなければならない事は、記憶を消す以上の目的を与える事だと思う。
そんなことが何かないかとフィーに出会ってからの事を思い出そうとした時だった。
フィーの着ているお腹周りを絞れるタイプのワンピースが風によって巻上がろうとしていたのだ。
これはチャンスだと思い、それをフィーに伝える。その時に俺が必死になって教えてあげるという芝居を打てば、もしかするとどうにかなるかもしれない。
そういう事で俺は一芝居打つことにした。
「フィー、そのままだとワンピースが捲れる!」
「きゃあ!」
「大丈夫だ! 俺は白い下着なんて見てないから! そんな事より早く風をどうにかしないと!」
「は、はい!」
フィーは返事と共に巻き起こしていた風を治めた。よっぽど捲れることを嫌ったのだろう。
しかし、俺の芝居は上手いな。どこからどう見ても彼女の危機を救うために必死になったとしか見えない。
そう思ったのも束の間。彼女から先程とは違った気迫を感じた。なんというか静かな湖畔に降り立った怒り狂った龍みたいなそんな感じだ。
そんな所に遭遇した事ないから知らんけれども。
「見ましたね?」
「今度は俺が何を見たと言うんだ」
「私の赤いやつですよ」
「赤だったっけ? 白じゃ――はっ!」
「やっぱり見てたんですね。覚悟してくださいね?」
これが誘導尋問というものか……。初めてされたが、こんなに簡単な罠に嵌ってしまうとは思わなかった。
この誘導尋問によって俺が下着を見たという確信を得たフィーは笑顔を湛えながら、手に拳を作って俺に近づいてくる。当然笑っているのは口だけで、目は確実に殺しにきてる。
「ちょ! ま、待って――」
「待ちません! 鉄拳制裁です!」
「――いったぁーい!!」
更に怒らせる結果になった俺の行動はフィーからの拳骨を貰う事で一応の終結を迎えた。
彼女の拳骨はカヤと違った感じの一発KOだった。本当に俺の記憶が飛ぶんじゃないかという程の衝撃を脳天に食らった。
これは確実にたんこぶ案件だ。今も拳骨されたところがジンジンして痛い。
「今日のところはこれくらいにしてあげます」
「そんな悪役っぽいセリフを実際に聞いたの初めてだ……イテテテ……」
「うるさいです。私は今からカナタさんの服を買ってきますから、ここでじっとしていて下さい。いいですね?」
有無を言わせぬ口調だ。
もしかして俺がなんかするって思ってるじゃないだろうか。
そんな風に思われていたなら悲しい事だ。俺がそんな事するはずないのに……多分だけど。
「それとカナタさんの部屋はここです。こっちは私の部屋なので決して入らないようにしてください。残りの部屋にはトイレと脱衣場、あとお風呂があります。分かりましたか?」
俺の部屋は玄関から入って左手の一つだけあるドアの先、フィーの部屋は右手の奥の方のドアの先、脱衣場は右手の手前側。
そこまで部屋数は多くないので簡単に覚えることが出来る。後でフィー以外の部屋を見ておこう。
「取り敢えず覚えた。フィーの部屋には絶対に入らない様に気を付けておく」
「カナタさんを信じます。……それではいってきますね」
「おう、いってらっしゃい」
フィーは俺に見送られながら外へと出て行った。俺の服を買いに行くと言っていたが金は大丈夫なのだろうか?
もしかすると彼女は割と稼いでいる方なのかもしれないな。何で稼いでいるのか分からないが、危険な事じゃなければいいなと思う。
さて、この家には俺とカヤだけしかいない。今までも二人だったが、周りに人がいないという違いがある。出来る事なら今ここで作戦会議をしたいのだが、カヤはおやすみ中。
そんなカヤを起こす訳にもいかず、俺は暖かな陽の当たるソファに座って、一人で考え事に老け込む。
日は傾き出し、空が赤くなってきている事から夕方である事は推測できる。多分この世界にきて既に四、五時間は過ぎているはず。お腹も空き始めた頃だ。
フィーが帰ってくるとしたら後一時間は掛かるだろう。その間に俺の出来る事と言えば、自分の部屋の掃除くらいだ。
俺は自分の部屋の中を一旦確認しに行った。
やはりと言うべきか、俺の部屋は物置になっており様々な道具が置かれていた。ぱっと見でどんなものか分かるものから、この世界特有のものまで多様にあった。
それらはこの部屋の中で埃を被ったまま放置されていた。もう使わない物が殆どなのかもしれない。
だが、中にはいくつか使えそうな物もある。それは捨てずにとっておこう。
俺は早速掃除を始めようとしたのだが、掃除道具がある場所が分からない。探せばあるのだろうが、闇雲に探して見てはいけないものを見てしまった時のフィーの事を思うと気が引ける。
やはり勝手を知らない所で無闇に動くのは良くない。それで彼女に怒られては元も子もないだろう。
あれだけ恐ろしい顔が出来るフィーなのだ。本気を出させたら命が沢山あったとしてもいつかは尽きる。
もしかすると俺に対する執念から生き返らせないようにする方法なんかを思いつく可能性がある。
フィーはそれだけ怖いのだ。
だったらこれから何をするのか。すぐに思い付いた事は一つしかない。というか今すぐに俺が一番したい事だ。
そういう訳で俺は寝ているカヤを抱っこしてソファまで連れて行く。
俺はそのソファに寝転がり、カヤをお腹の上に乗せる。
「……にゃ…………」
「すまん。カヤと一緒に寝たくてな」
「……にゃ〜…………」
「おやすみ」
抱っこした時に起こしたようで少し恨みがましい目をされたが、俺のお腹の上に来た途端すぐに眠に落ちた。寝る前にちゃんとおやすみって言ってくれた。可愛い奴だと思う。
そんなカヤを見ながら撫でやすい頭を撫でる。
夕焼けの日差しの中でもカヤの黒い毛は映えて見える。少しの輝きを見せながら、決してくどくないその姿に惚れ惚れしながら俺はゆっくりと目を閉じ、カヤと共に眠についた。
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