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ねこと一緒に転生しちゃった!?

十六夜 九十九

007話 信じてくれる?


 フィーは強い眼力を以てして、俺を射抜く。
 エクスウェルトという世界に来て、初めて受けた殺気は相当なものである事をひしひしと感じた。少しでも気を抜けば意識を刈り取られそうになる。
 俺は殺される事なんてするつもりはない。どちらかと言うと、この世界では地球と違って自分のしたい事を自分のペースで進めたいのだ。無論それが世界の害になる事ならやるつもりなど毛頭ない。
 だけど、その事は彼女には伝えていなかった。今までの行動からそれを感じてもらえていると思っていたのだ。けれど、それは全て俺の思い上がりだったようだ。

 確かに、俺が何者なのかをフィー自身が見定めないといけない事は分かる。俺もフィーの立場なら同じように何者なのか聞くだろう。だが、これ程の殺気を出してまで聞くことはないはずだ。
 恐らく、何かしら俺の知らない事柄でこんな状況になっているのだろう。自分の事ながら無知とは恐ろしいと感じる。

「言えないんですか?」

 質問に答えれなかった俺を問い詰めてくる。
 ここで返答をしなければ最悪の場合、死んでしまうだろうと思った俺は少しの逡巡の後に言葉を選んで話を始める。

「い、いやそういう訳じゃない。話したいのは山々なんだけどフィーには理解が出来ないかもしれない。それほど突拍子のない話になる」

「それでもいいです。私に話をしてください。ただし嘘を吐いた時は分かりますね?」

「分かってる。ただ本当に突拍子もない事なんだ。俺が本当の事を言っても嘘に思えるかもしれない。だからしっかりと考えた上で行動して欲しい」

「いいでしょう。カナタさんの要望通り慎重に行動します」

「助かる」

 そこから俺の身の上を話した。『地球』の事、一度死んだ気がする事、気付いたらこの世界にいた事、そしてカヤの事。
 全てを話すのに小一時間程度掛かった。俺にも分からない事がありその部分は推測でしか語れなかったが、フィーはそれでも静かに聞いていた。
 殺気は抑えられているものの、先程からの雰囲気のままだったので嵐の前の静けさのような、そんな妙な緊張感があった。質問でもしてもらえれば良かったのだが、それもなくただ俺がひたすら話すだけだった。

 俺が全てを話終わった後は部屋に静寂が訪れた。フィーの様子を伺うと、何かを思慮しているようだった。
 やはり突拍子が無さすぎて、信じて貰えないのだろう。俺だったら絶対に信じない内容ではある。だが、どれだけ非現実的で突拍子がなくても実際に起こった事だ。
 カヤも俺と同様の経験をしている。俺の話が真実か聞けば、合っていると言ってくれるはずた。

「どう? 俺の話、信じてくれる?」

「にわかには信じ難い話です。嘘……は吐いてないんですよね?」

 フィーの言葉から俺の話を信じ切れてない事が伺えた。彼女は顔を顰め、難しい顔をしている。

「自分で話してて嘘に思えるが、決して嘘は吐いてない」

「それはカヤも同じ?」

 俺の膝の上にいるカヤにも、嘘を吐いていないか聞いてきた。
 呼ばれたカヤはテーブルの上に顔をちょこんと乗せて目をシュパシュパさせてる。さっきまで寝てたからまだ眠いのだろう。

「にゃ〜ん……」

 カヤは眠そうに『うん』と頷いた。俺は嘘を吐いてないし当然といえば当然だ。

「カヤが言うなら間違いないですね」

「えっ? 俺は?」

 『カヤが』という所に引っかかりを覚えた。まるで俺の言葉は信じれないみたいなニュアンスがあった様な気がした。

「もし本当に嘘を吐いていなかったとしても、カナタさんは適当な人っぽいので信じ切れません」

「…………なるほどな」

 フィーが言ったことに納得してしまった。なんか悔しい。

「そういう事なのでカナタさんの事を信じてみることにします」

「なんか釈然としないけど信じてるもらえるだけいいか」

「にゃ」

「日頃の行いのせいって……。俺さ、カヤと出会ったのほんの数時間前なんだ――」

「みゃ〜」

「大好き……だと……! 俺も大好きだぞぉ!」

 我ながらチョロいと思う。しかし、カヤの可愛さが乗った『大好き』に適うものなんてこの世に存在するだろうか。俺は絶対にないと思う。
 カヤによって華麗にはぐらかされた俺は、そんな事など一切気にもとめずカヤを抱き締める。
 カヤの毛はもふもふで撫でるとスっと指が通る。頭や耳裏を撫でれば目を細くしてゴロゴロと喉を鳴らす。その反応を見るだけで自然と口角が上がっていく。
 そんな俺を見たフィーは殺気を呆れに変えた。しかし、今の俺にとってそんな事は些細な事だ。俺の優先順位はカヤを愛でる事が一番高い。多分これからも変わらないだろう。

「カナタさんってある意味大物ですね……」

「俺としては自分のやりたい事を優先してやってるだけなんだけどね。今回に限った事じゃないけど、このせいでいい目で見られない事が多々あったな」

 ――あれは入社してすぐの事だった。

 やりたい事を優先するという俺の考えと、同僚のどうにかなるだろうという考えの違いから、一悶着あったのだ。
 俺はその同僚とその他上司を含めた同じグループになり、プロジェクトを進めることになった。
 当然、俺と同僚にも新人ながら仕事が回ってくる。この時、上司が俺と同僚に仕事を分配する事になった。その仕事量が、俺7に対して同僚3という不平等なものだった。
 同僚が上司に取り入るのが上手くてそういう結果になった訳なのだから、それも個人の力かと思い、仕事をこなした。
 今思えば相当悪質な上司だと思うが、その時の俺には目の前の仕事を終わらせるという事で一杯だった。所謂、仕事優先と言うやつだ。
 その日の内に出来る事は全てやり、少しだけ残業をして少しずつ仕事を進めていく日々。帰り着くのは午後八時くらいだったから二時間程度の残業だ。
 その甲斐あって、俺は仕事を完璧にこなした。上司に褒められ、会社に貢献出来た。
 一方で、同僚の方はミスが目立ち、進みも遅いため上司に叱責されていた。あまつさえ、俺が手伝ってくれなかったなどと言い始めた。
 実際その通りだが、仕事量の違いがそもそもあるのだから手伝う暇も無いのは明白。上司もそれが分かっており、同僚は更に叱責を食らった。

 後日、その同僚からは無視を決め込まれ、裏であることないことを吹聴され、同僚の中で俺の評価は『上司に取り入る調子に乗ったクズ』となった。
 そういう経緯があり俺は会社で同僚は全て敵であり、上司からは割と目を掛けてもらえているという何ともバランスの悪い状態だった。
 と、言っても俺は何も気にしなかった。寧ろ、能無し達の尻拭いをしなくて済んで良かったと思ってる。
 だけど、結局のところ後輩の尻拭いをしなくてはならなくなったのだから、殆ど意味は無いのだが。

「ははっ。誰も知らない所に行けるっていい事だよな」

 俺は自嘲気味に笑い、部屋に入り込む光を見つめながら遠い目をする。
 地球の事とか思い出してもいい事ないのに、色々と思い出してしまう。人間の良い思い出はすぐ忘れる癖に、悪い思い出は忘れないって仕組み、本当にやめて欲しい。
 まあ、俺に良い思い出とかないから意味無いんだけど。

「どうしたんですか、カナタさん? 何か悲しい事でもあったんですか?」

「いやな、世界の理不尽さというものを嘆いていただけなんだけど……」

「けど?」

「理不尽と言うより、俺の場合は世界に嫌われてるって言った方がしっくりくるなと思って」

「そんなくだらない事を考えていたんですか?」

 予想外の返答にたじろいでしまった。
 まさかフィーから罵倒が飛んでくるとは思ってなかった。

「この世界に理不尽なんて溢れかえってますよ? お金を稼ぐにも命を懸けたり、名声を得る為に誰かを蹴落としたり。その他にも沢山ありますし、そのせいで亡くなった方は数え切れません」

「マジか……やっぱり死ぬ人多いのか……」

 俺の特殊能力が死なないっていうものだったからある程度の予想は付いていたが、実際に聞くと気が重くなる。
 それに俺の特殊能力から予想した事が当たっていたという事は、カヤが最強という特殊能力もこの世界に脅威があるって事でほぼ間違いはないだろう。

「そんな事も知らないって聞くと、やっぱり知らない世界から来たんだという事が実感が湧きますね」

「そう? それは良かった」

 俺の思わぬ無知がフィーに地球の話を信じさせる事になった。信じてもらえるならそれはそれで良かった。
 しかし、信じてもらえたからと言ったって状況は何も変わらない。
 金がなく、知識もなく、力もなく、ないない尽くしの俺の状況は至ってシンプルで、絶体絶命ってところだ。

「はぁ。これからどう生きていくかな……」

 思わず不安が零れる。
 つい先程、言葉が魔人語だって言われた事で魔人以外には言葉が通じない事を知った。
 商店街でなんて言っているのか分からなかったのはそもそも言葉が分からなかったという事なのかもしれない。
 となればここに魔人などおらず、いるのはそれ以外の種族だという事だ。
 そんな所で一人放り出されたら俺は確実に野垂れ死にを繰り返すだろう。
 言葉が分かるようになれば或いはと言ったところだ。

「何かお困りの事でもあるんですか?」

「お困りしかない状況なんだが……。金もなく、知識もなく、力もなく、こんなのでどう生きていけばいいのか待ったく分からないんだよな」

「……そうですか」

 少し俯いたフィーは声のトーンを落としてそれだけ言った。
 少し儚げに見える彼女の顔に心を弾ませながらも、どうしてそんな顔したのかを考えると胸が苦しくなる。
 フィーは優しい女性だから、一度関わった人が死ぬのは気が良いものではないのだと思う。
 俺は一人なんて慣れてるし、カヤがいればどうにかこうにかして生きていける可能性がある。
 だが、カヤへの食事とか色々な事を考えるとやっぱり厳しい。何よりこの世界の常識を知らない事が一番痛い。常識さえあれば何とか不自然にならずに済むのにと思う。

「――あの」

 フィーは不意に顔を上げ、一言声を掛けてから俺の目を見据えた。
 彼女の目は少しだけ哀しみがあったような気がした。それは俺を思うところから来ているのか、その他の要因から来ているのかは分からない。

「もし……もしですよ? もし良かったらここで一緒に暮らしませんか?」

「ふへっ?」

 突然の事に変な声が出てしまった。いきなり美人な人にこんな事を言われれば誰だってこうなるはずだ。

「い、いや、別に深い意味とかはなくてですね、そのここにいればお金の事は私がどうにか出来ますし、この世界の常識を教える事も出来ますから」

「俺からしたら願ったり叶ったりって感じなんだけど……。本当にいいの?」

「はい。それで……その……私が色々と面倒を見る代わりと言ってはなんですが、私にもカヤを抱かせて欲しいなって……」

「あーなるほど」

 多分、フィーの狙いは初めからカヤだったのだろう。俺が出て行けばカヤも付いてくるだろうし、そうなれば彼女はもふもふのカヤを抱く事が出来なくなる。
 商店街からこの家まで抱いて連れて来たくらいだから、相当カヤの事を気に入ったと見える。

「カヤがいいって言えば俺はいいよ」

「あ、ありがとうございます! カ、カヤ、どうですか?」

「にゃ〜」

「〜〜っ! あ、ありがとうございます!」

 カヤは『いいよー』と間延びした感じだった。寧ろ『なんでそんな事聞くの? もちろんいいに決まってるじゃん!』みたいに俺は感じた。
 カヤもフィーに抱かれる事が気持ちいいみたいだった。この部屋に入るまでは彼女に抱かれたままだったし、長時間抱かれた状態であんなに大人しくしていたのはそういう事なのだと思う。

「決まったみたいだな」

「はい。約束通り、カナタさんはここに住んでもらって構いません」

「本当に助かるよ」

「いえ、私にも利があることですから気にしないで下さい」

 成り行きからフィーの家に厄介になる事になった。これで当面の問題は解決されたと言ってもいい。
 しかし良く考えれば分かるが、俺は彼女に養われる事になる。金銭的な面で少し苦労をかけてしまうだろう。
 早めに俺も働けるようにならないといけない。
 その為には彼女から常識や言葉を教えてもらわなければならないが、その期間も考慮するとどれだけ時間が掛かるか分からない。
 フィーに出してもらうであろうお金の方は、いつか返していこうと思う。

「それではカナタさん。これからどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくな」

 俺は彼女が差し出した手を握り返しながら、改めて挨拶をした。
 これから彼女とどんな生活が待っているのか。どんな事が起こるのか。何を教えてもらえるのか。そんな色々な事を握手をしている間に考えていた。
 そして地球では滅多に味わったことの無い期待を胸に抱きながら、握っていた彼女の手をゆっくりと解いたのだった。

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