ねこと一緒に転生しちゃった!?
005話 お茶しない?
商店街に入りカヤを見失ってはや五分。俺の心細さは加速していた。
カヤがいるのといないのとでは、精神的な安寧に雲泥の差がある事をとてつもなく痛感している。
カヤがいたから今まで冷静でいれたのだと今ようやく気付いた。今更気付いた所でもう遅いのだが……。
とりあえずカヤを探す事にした。俺が見失っただけで、カヤがこの世界からいなくなった訳ではない。
だが、この世界の学もなければ金も無い。そして地理も分からないという絶望的なこの状況。
更には大勢の人が行き交っている事で、足元を確認する事が困難であるということ。夏祭りの屋台通りを想像してもらえれば分かってくれるはずだ。
こんなのでカヤを見つけられるのか分からない。見つかる可能性は限りなく低いだろう。
しかし俺は諦めない。諦めたらそこで俺の人生は終了だ。試合どころの話じゃなくなる。
「カヤーっ! どこだー! 帰ってきてくれー!」
俺はカヤの名を呼びながら商店街を進む。
どうもこの商店街は真っ直ぐな一本道らしい。ただ恐ろしく長い。『なにこれ国道?』と思ったのは仕方の無いことだと思う。
そんなこんなでカヤを探し始めてはや五分。ここで問題が発生した。
――人混みに酔った。
こんなに大勢の人が行き交っているのに、人混みに酔う俺がここにいたら当然のように酔う。
なんという事か。死なない体であるのはいいが、身体の異常はどうしようもないようだ。この分だと風邪は引くのかもしれない。恐らく風邪で死んだら生き返るのだろう。何とも不便なものだ。
「うえぇ……吐きそ……」
日頃会社と自宅の行き来だけをし、休日は殆ど家の中でネット。そんな俺が何故こんな苦行に耐えなければならないのか。
やはりこの世界は俺に優しくないようだ。寧ろ敵。特殊能力が死んでも生き返るとか、死ぬ事あるよって言ってる様なものだ。
一体俺に何回死ねというのか……。
「ちょっと休憩……うっぷ……」
俺は路肩へ向かった。路肩と言っても出店と出店の間にある路地裏に続く通路だ。
そこで一度目を瞑って深呼吸をする。新鮮な空気かどうかは分からないが、取り敢えず新鮮な空気だと思っておく事にする。
「さて。カヤを探すに当たっての問題点を挙げてくか……」
俺は心細さを紛らわす為に声に出しながら問題点を挙げていく。
「一つ、足元の見える範囲が狭い。二つ、俺の声が通行人や買い物客、店員の声で掻き消される。三つ、俺が人混みに酔う。この中で一番の問題は三つ目の俺が人混みに酔う事だな……」
一つ目と二つ目に限って言えば、探す事が困難なだけで探し続ける事は出来る。しかし三つ目は俺がダウンしてしまうだけにどうしようもない。
無理して探し続けて吐いたりしたらそれこそ探すのが困難になる。
「偶に休憩を挟みながら探すしかないか……。どんだけ時間がかかるんだか」
悪態を吐きながらも再び商店街通りへと繰り出す。
相変わらずの人混みと、飛び交う人々の声。気合を入れて飛び出したはいいがものの数分で休憩を挟む事になった。
「よっわ!? 俺弱過ぎじゃね!? こんなんどないして探せっちゅうねん!」
自分の弱さ加減にエセ関西弁が出てしまうほど。十分すら持たないのは致命的だと思う。こんなに弱かったとは思ってなかったのだが、一人の時間多かったせいか人混みが更に苦手になっているようだ。
しかしこれでめげる俺ではない。寧ろやる気に満ち溢れてくる。別にMだからとかそう言う事ではない。
なんと言うか馬鹿にされたらやり返す少年のような心がある。言わば負けず嫌いなのだ。
「よしっ。いっちょやったるか!」
そして再び商店街に繰り出した俺は、やはりものの数分でダウンした。
「マジかよ……」
俺は両手両足を地につけて頭を垂れていた。自分のひ弱さに愕然としている最中だ。
だがしかし、それでも俺は諦めない。なんとしてもカヤと再会するのだ。
「もういっちょ行ったるぜ!」
そしてまたダウンする。
「まだまだ!」
またダウン。
「まだまだ……!」
続いてダウン。
「まだ……まだ……!」
更にダウン。
「まだ……」
またまたダウン。
「…………」
そしてダウン。
「もう無理っぽい……うえぇ……」
もうすぐ探し始めて一時間近く経つのだが、一向に前に進んでいない。
見た感じ進んだ距離は百メートルもないのではないだろうか……。
この商店街の通りはかなり長いのだ。いくら時間があっても探しきれるはずがない。
俺は次が最後だと決めて再び商店街通りに繰り出した。
「カ、カヤー。いたら返事……うえぇ……」
既に言葉を発する事を許されない身体へと変貌を遂げた俺のマイボディ。俺のマイボディとか意味が被ってるし。
「にゃ」
カヤの鳴き声と共に『やっと見つけた』と聴こえた気がした。
「はは。遂にカヤの幻聴まで聴こえてきやがった……」
俺は黒い月が浮かぶ空を眺めながら遠い目をする。俺、もうすぐ夜空に浮かぶお星様になるのかもしれない。
「にゃ!」
またまたカヤの鳴き声と『何言ってるのよ!』みたいなものが聴こえてきた。
「俺の中のカヤは元気がいいな。今の俺とは大違いだぜ……」
最後に出来る事ならカヤに一目会いたかったぜ……。
「にゃー!!」
「うわっと!」
俺が遠い目をしていると、やっぱりカヤの鳴き声と『気付け馬鹿!』という罵倒が聴こえてきた。そして今回はそれと共に俺の胸に何かが飛び掛ってきた。
俺は空を見上げていた顔を自分の胸に向けて、飛び込んできたもふもふを確認する。
そしてぎゅっと抱き着いた。
「カヤぁ!! 寂しかったよぉ!! 一人にするなんて酷いよぉ!!」
「にゃん」
「ごめんねって? 帰ってきてくれたんだし、もちろん許すぞ」
「にゃ」
「あの子? あの子ってどの子よ?」
普通に会話が出来てる事に違和感を感じなくなっているのは、俺の感覚が麻痺しているからなのか、カヤと通じ合っているからなのか分からないが、俺は後者だと信じてる。
それよりも、カヤがあの子と言った子がどの子か分からない。
俺が周りをキョロキョロとしていると、胸の中にいたカヤが俺から離れて前に進み始めた。
「カヤッ!」
「にゃ」
大丈夫だと言うカヤ。また逸れたりしたら俺はもう生きていけない。だが、カヤの言った通り大丈夫だった。何故ならカヤがすぐに止まったからだ。
止まったのは女性の足の目の前。カヤはその目の前にいた女性の胸に飛び込んで抱き抱えて貰った。
「にゃ」
「この子?」
そして俺はその女性の足だけでなく全体を見る。
「――ぉお!」
思わず驚嘆してしまった。あまりにもその女性が美し過ぎたのだ。
ぱっちりとした緋色の目と、艶やかに煌く唇。腰より少し上までストレートに伸びた、紅緋色のロングヘア。服に隠されていない所から覗く赤子のように綺麗で美しい肌。服の上からでも分かる主張の激しい双丘。
身長は170cmくらいだろうか。整った顔をしており、背も高く、スタイルもいい。地球にいたらモデルをしているだろうそのプロポーション。
完全に俺の好みである。
話しかけるなら第一印象が重要だ。もしここで間違えたらこの女性のルートから外れてしまう。それだけは避けなければならないだろう。
俺は慎重にその女性に話し掛ける。
「ヘイ! そこの彼女! 俺とお茶しない?」
「…………」
正確に言えば慎重に話し掛けようとしたのだ。それでも高鳴る鼓動と絶世の美女を目の前にして、まともに話せる方がおかしいと思う。
でも……でもだ。まともに話せないからってさっきのはないって言うのは俺でも分かる……。
相手の女性なんて黙ったまま何も話してくれない。相当驚いたのだと思う。どう考えてさっきのはナンパ以外の何物でもない。選択肢を間違えたようだ。
俺はその事を焦りながら、しっかり分析する。実際は変な空気になったせいでそうする事しか出来ないのだが、そんな事気にしてる暇なんてない。
焦る気持ちを抑えて、俺は彼女の目を見つめていた。
◇◆◇◆◇
『ヘイ! そこの彼女! 俺とお茶しない?』
私は目の前にいる『人間』に驚愕して言葉も出なかった。
彼は黒い短髪と黒い目をしていて、『人間』にしては割と格好が良い方だと思う。身長は私より高く180cmと言ったところだ。
彼はどこをどう見ても『人間』だ。『エルフ』でもなければ『獣人』でもない。ましてや『魔人』でも。
けれど、『人間』である彼の言語は『魔人』ものだった。
いきなり魔人語で話されたことで私は少なからず焦った。私の正体がバレたのかと思ったけど、彼の様子から見るにそんなことはないと思う。
私は腕の中にいるカヤという生き物の存在を確認する。
もふもふしてて暖かくて気持ち良い……。
ではなく! カヤは私と彼を引き合わせたかったのだと思う。恐らく彼は私以外の人と言葉が通じない。
だからカヤは私を彼の元に連れて来た。そう考えるのが自然だった。
一体カヤは何者なのか……。それは彼が教えてくれるのかもしれない。
私は意を決して彼に話をかける。
『カヤって何者なんですか?』
この一言から私の人生は大きく変わっていく事になる。
◇◆◇◆◇
「カヤって何者なんですか?」
彼女は俺の事をガン無視して、カヤについて聞いてきた。無視してもらえた事が嬉しいような悲しいようなそんな気を抱く。
だが、それよりも不思議なのは彼女がカヤという名前を知っている事だ。
「なんでカヤの名前知ってるの?」
「にゃ」
「あ、カヤが教えてあげたのか、納得だわ。……ってちょっと待て。カヤって誰とでも話せるの?」
「にゃ!」
「は、はい! そうですね! そんな事より彼女の質問に答える方が先ですよね! その通りです!」
カヤ、怖い。なんでそんなに瞳孔開くの? 俺悪い事してないのに……。
俺はかやに怒られて悄然とし、その調子で彼女へ返答した。
「カヤの何が知りたいの?」
「全部です」
「全部って何もかもって事だよね?」
「はい」
「うーん、知らない人に全部は話せないかな。でもちょっとだけなら話せるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
何故か感謝される俺。何故感謝されたのか理解出来ないのだが、そこは持ち前のスルースキルと話を合わせるスキルでどうにかこうにかする。
地球では社会人になってからずっとそうしてきたから慣れたものだ。同僚の雑言罵倒のスルーと上司の長い愚痴に話を合わせると言う日頃の修行の成果がこの世界で開花する! といいなって思ってる!
「はははっ。感謝される事ではないさ。さて……話すとなったら何処か話せる場所に行かないとなあ。でも、俺この辺に何があるとか知らないんだよな」
「でしたら私の家にいらしてください。そこなら誰もいませんし、誰かに聞かれる心配もないと思いますよ」
「えっ、俺と二人っきりだけど大丈夫なの? 俺襲うかもしれないよ?」
「その時はその時に対処します。ですからカヤについて教えてください」
「お、おう。割とグイグイ来るね君」
「フィーです」
「ん?」
「私の名前です。フィーと呼んでください」
「そう言えば名前言ってなかったな。俺は"カミヤ カナタ"。呼ぶ時はカナタって呼んでくれ」
「はい。ではカナタさん、私の家まで案内します」
「おう、よろしくなフィー」
フィーと言った彼女。カヤを抱いたまま背中を見せて歩いて行く彼女は軽やかな足取りだった。
そんな彼女を見て俺は自然と笑みがこぼれていた。どこか佐倉に似ているのかもしれないと思ったり思わなかったり。
「カナタさん! 早く行きますよ!」
「あぁ分かってるよ」
俺は少し早歩きになった彼女の後ろ姿を追いかける。
今後彼女とどう関わりが出来るのか楽しみで仕方がなくて、ついさっきまで人混みに酔っている事なんて全く気にも留めることはなかった。
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