ねこと一緒に転生しちゃった!?
プロローグ1 トラックの攻撃! 俺のかばう! ドンッ! 俺は力尽きた!
「お先失礼しまーす」
「お疲れ様でーす」
俺は会社員をやっている。部長でもなければ課長でもない。ただの平社員だ。
「あー今日も一日疲れた……。キンキンに冷えたビール飲みてぇ……」
午後六時。日が沈み出してそれほど時間は経っていない。今日は運良く日が沈む前に退社出来たので、いつもより早く家に帰れる。ちなみに俺の家は歩いて三十分程の所だ。
ただ帰っても待ってくれてる人なんていないんだけどな……。
「はぁ、もうすぐ32だってのに、嫁どころか彼女もいないとか寂しいわ……。やっぱり、こんな独り言を言い始めた時点でもう諦めるしかないのかねぇ……」
えっ、童貞? 知らない子ですね。
というか、童貞の何が悪いのか俺には分からない。童貞だからこそ広がる世界と言うものがあると俺は思っている。妄想ならどうとでも出来る。
もし本物知ってしまったら、色々ダメになってしまう人だって少なからずいるはず。俺だってその可能性は捨てきれない。だったら童貞を貫いた方がいいだろうと俺は思う。
……もうやめよう。なんだかこんな事考えている自分が惨めだ。
「寂しさを紛らわすためにペットでも飼ってみるかな。最近、うちの会社ペット飼ってる人多いって聞くし」
そう。最近うちの会社はペットブームなのだ。猫や犬を初めとして、ハムスターやインコなどの籠で飼う小動物系や、飼育が大変なカワウソを飼っている人もいる。
もし、俺が飼うとしたら猫かハムスターだろう。一応ペットOKのアパートに住んではいるがあんまりうるさいのはダメだって大家さん言ってたし。
「貯金も沢山あるし、今度の休みにペットショップにでも行ってみるか」
ビビっと来るやつがいるといいな。猫だったらアメリカンショートヘアを飼いたい。あのふんわりとした毛に短い足が、顔を埋めたくなるくらいに可愛らしい。
いや、でも純粋に三毛猫もいいと思う。こればっかりは、直接見ないと分からないな。
そうやって次の休日の予定を決めていると、背後から誰かが走ってくる気配がした。
走ってる人も俺と同じく帰宅かもしれない。こんなに急いでるって事は家で待ってる人でもいるのかもな。羨ましい。
「せんぱーいっ! ちょっと置いていかないでくださいよー!」
「……なんだ佐倉か」
「なにが『佐倉か』ですか。私が終わるの見えてたくせに」
ただの俺の後輩だった……。
こいつは五つ下の佐倉(さくら) 彩香(さいか)。名前から分かるように女性だ。同じ会社で働いていて、さっきも言ったように俺の後輩だ。そして、プライベートで話しかけてくる女性はこの佐倉しかいない。
なぜ話しかけてくるのかは一切不明で、よく分からないやつだが、周りからは可愛いとか言われている。不思議だ。
「約束もしてないのに一緒に帰るとは思わないだろ」
「むぅ……」
「それにお前、ついこの間彼氏出来たとかで、関わらないでくださいって言ってたろ」
つい一週間くらい前だったはずだ。確か、彼氏出来たとか言ってめっちゃテンション上がってた。俺はリア充死ねとしか思わなかったけど。
「いやー……なんて言うか……その……」
「あー察したわ。どうせ振られたんだろ」
「もうっ! せっかく言わずにいたのにっ!」
振られるのいくら何でも早すぎだと思うんだが、最近の若者はこんなもんなのか? 俺は誰とも付き合った事ないから、そもそも相場が分からないのだが。
「……それで、お前は俺に何して欲しいんだよ」
「さすが先輩! この麗しき乙女の傷心を感じ取って癒してくれるなんて!」
「はいはい。で、なに?」
「はいはいって……。まあいいです。飲みに連れて行ってください。もちろん先輩の奢りで」
マジか。今から行くの? 二人で? 嘘だろ……。
「……今から?」
「はい!」
「二人で?」
「はい」
「本気?」
「はい」
「えー……」
「えー、ってなんですか!」
久しぶりに定時上がりして家でゆっくりしようと思ったけどそれはどうやら無理らしい。今から後輩のお守りだ。
……いや、まだ希望はある。俺の家で飲めばいいんだ! 女を連れ込むのは良くないが、俺童貞だし、そんなことする度胸もないから大丈夫。それに元々家で飲むつもりだったしな。
「俺ん家で飲むのじゃだめ? 家近いし、どっかでコンビニとかスーパーによれば大抵揃うから」
「せせせ先輩の家ですかっ!? ちょっと待ってください! こんなの想定外なので時間をください!」
「別にいいぞ」
佐倉は俺に背中を向けてなにかコソコソし始めた。
時間を置いたらなにかが変わるのか甚だ疑問だ。これでもし家が駄目になったなら、仕方ないがどっかの居酒屋に連れて行く事にしよう。
俺は佐倉がコソコソしていた時間にそう決めた。
それから二、三分後。色々終わったのか、佐倉が再びこちらをむいた。
「えとえと、どうせ二人なんだから行けば?」
「なぜ疑問系……」
「いや! えっと……二人なんですから別に家でも構いませんです」
「おっ、マジか」
絶対断られると思ってから、まさかOKが出るとは予想してなかった。OK貰えればいいなくらいにしか思ってなかったし。
「じゃあ帰りにコンビニかスーパーでなんか買って帰るか」
「はい!」
買うとしたらコンビニよりはスーパーの方が色々あっていいのではと思い、ちょっと遠回りになるがスーパーに向かうことにした。
それから、佐倉と話をしながら歩いているとお目当てのスーパーを見つけたので中に入る。
「佐倉は何飲みたいんだ?」
「そうですね……。じゃあハイボールで」
「他は?」
「強いて言うならチューハイとか梅酒ですかね」
「じゃその三つと、ビール、あとはつまみでいいな」
「はい」
俺達はお目当ての物を買い物かごの中に入れ、レジに並んだ。この時間は買い物客が多くてレジがいつも混む。最近はレジの自動化が進み大分早くなったが、それでも混むのだからどうしようもない。
「あの、先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
レジに並んでいる時の沈黙が苦しかったのか佐倉が話しかけてきた。
まぁなんだ、俺のこういう気の利かないところが彼女が出来ない所以なんだろうな。
「先輩って彼女いないじゃないですか」
「お前ケンカ売ってんのかよ……」
「そ、そういう訳じゃなくてですね! その、先輩は彼女作らないのかなぁ、って思いまして」
やっぱりケンカ売ってるだろこれ……。
「作れるならもう作ってる。ただ俺と付き合いたいって言う女性がいないんだよ……って何言わせんだ。泣くぞ」
俺が心に傷を負って泣きそうになった時、レジが俺の番になった。
レジ打ちの人に大の大人が泣いてるところとか恥ずかしくて見せれないので我慢する。
「いらっしゃいませー。袋はお付けいたしますか?」
「はい、お願いします」
「…………私がいるのに……」
「ん? なんか言ったか?」
レジの人と話しててよく聞こえなかった。と言うか佐倉の声が小さくて聞き取りづらかった。
「別に何でもないです。ただもうちょっとおつまみ買っとけば良かったなって」
「お前あれで足りないのかよ……。太るぞ」
「あー! 女の子に体重の話したら嫌われるんですよー!」
その歳で女の子って無理があるだろ……。せめて女性とかにしておいた方がいいぞ。
するとこのやり取りを見ていたレジ打ちの人が微笑ましいものを見るような目でこんな事を言った。
「元気のいい彼女さんですね」
……彼女? どこをどう見たら彼女に見えるのか疑問だ。
「か、彼女だなんてそんな……」
「いや、彼女じゃないです。ただの後輩ですよ」
「……むっ」
こういうのはちゃんと言っておかないと。会社とかで『佐倉あいつと付き合ってるってよ』『マジで? キャハハ!』みたいになるかもしれん。そうなったら佐倉に迷惑かけるしな。
「あれー? 俺こういうの外したこと無かったんですけどね。勘違いかぁ。すいません」
「いえいえ、気にしていないので大丈夫ですよ」
それからレジを済ませて、スーパーを出る。
辺りはもう暗くなっており、空には満点の星と、綺麗な満月が出ている。この時間になると、帰宅ラッシュも過ぎて人通りは少し減っていた。
それはそうとスーパーを出た時くらいからなぜか佐倉がご立腹なのだ。俺なんかしたっけ?
「お、おい佐倉?」
「…………」
俺が話しかけてもそっぽを向いたままで、何の反応も示さない。
俺は小さくため息をつき、なんとなく車道の方を向いた。すると暗くて見にくかったが、黒猫がいることが分かった。だが、この黒猫。なにか様子がおかしい。
「佐倉あれって……」
「…………」
佐倉に聞いてみようと思ったがどうも駄目なようだ。ご機嫌取りかなんかした方がいいのかもしれない。
……でもその前にあの猫が気になる。見ている限り歩く事が出来なくなっているようなのだが、如何せん暗くてよく分からない。ましてや黒猫だ。闇に紛れて一層見にくい。
この時の俺はこの猫ばかりを気にしすぎていたのだろう。猛スピードで近付いてくる大型トラックの存在にギリギリまで気付かなかった。
このままだと、この猫はトラックのタイヤに潰されてしまう。そんなのは想像に容易かった。
この猫が死んでしまった時の姿が脳裏に浮かんだ。トラックに潰されて見るも無惨な姿になってしまうだろう。そう感じた瞬間、身体が勝手に動いた。
俺は手に持っていたスーパーの袋を投げ捨て、黒猫を救出するために車道に出る。
黒猫に駆け寄ると怪我をしていることが分かった。刺激を与えて暴れる事がないようにしながら、出来るだけ早く抱きかかえて立ち上がった。
――だが遅かった。トラックはもう目と鼻の先にいた。
ドンッ!!!
俺は黒猫を庇った状態で大型トラックに撥ねられ、コンクリートの上に叩きた付けられる様にして倒れる。
肺に入っていた空気が全てなくなり、肋骨を初めとした腕や脚の骨が軋む。肋骨の何本かは完全に折れた事が直感で分かる。そして俺の目からは光が消えた。
だがこんな状態になっても痛みを感じる事は一切なかった。脳が死を直感すると、どんな原理かは知らないが感覚が無くなるらしい。恐らくはそれのせいだろう。
「せん……ぱ……い……?」
佐倉の消え入りそうな声が微かに響く。
なんだよ……さっきまで機嫌悪そうにしてたのに今度は泣くのか? 感情がコロコロ変わる奴だな……。
ただまあ、今回は許してやらん事もない。目も見えないし、声も出せないが、佐倉の声が震えてるのだけはしっかり聞こえていたからな。
「先輩っ!」
俺は佐倉の重く悲痛な声を聞いたのと同時に、意識を手放した。そして……。
死んだ――。
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