ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

2章27話 絶対領域のパーソナリティ(3)



 今度は好戦的ではなく、それこそ正真正銘の幼女のように、純情可憐に微笑んでみせるアリシア。
 あとは【土葬のサトゥルヌス】がここに集まった自分たち3人より圧倒的に頭が良く、誰にも思い付かないような方法で暗躍することが危惧されるが……だとしても、シャーリーやエルヴィスだって愚かというわけではない。一時的に出し抜かれても充分対処できる頭と知識と人脈を持っているし、なんならシャーリーに至っては【土葬のサトゥルヌス】と互角に戦えるぐらい時属性の魔術に精通している。敵が観測者効果の操作、なんて常識の埒外らちがいな魔術を覚えているということも先ほど聞かされたが、そのような魔術を使えば、逆にシャーリーに感知されるだけだ。

「さて、オレとしてはあと2つ話しておきたいことがある」
「察知――アリシア様もロイ様の記憶を共有すべきか否か。それと、どのように女神様のジャミングを解除するか。この2つについて」

 成功するか失敗するかは置いておいて、どちらがすぐに実行に移せるかと問われれば、誰だって前者と答えるはずだろう。
 ゆえにアリシアも、ロイの記憶を自分にもトレースしてみることについて、まずは切り出してみることに。都合がいいことに、今、アリシアのすぐ隣にはその成功例であるシャーリーがいたこともあったので。

「先に前者についてですが、実際にロイさんの記憶を受け継いだシャーリーさんはどう考えますか? 応用の幅とか、未知の技術の個数とか、あと、ロイさんに対し、かなり失礼な発言に値してしまいますが、受け継ぐ価値はどの程度とか」

 確かにそれはロイに失礼な発言だった。
 記憶とは当然、個人の主観で構築される自分が生きたという足跡である。

 それを本人がいないところで受け継ぐか否かを語り合い、その会議の中でその記憶の価値はどの程度か、と、疑問を持ち口にする。
 が、無論、どこからどう見ても無神経なのだが、事実、ロイの知識とその運用方法次第で、ウソ偽りなく、何百何千、もしかしたら何万人の国民を救えるような展開だって訪れるかもしれないのだ。

 他人の半生を利用するための話し合い。だからこそ誠実になればなるほど、どうしても割に合うか否かとか、どのぐらい利用するために、何人用意するのが適切かを話し合う必要が出てきてしまう。
 それはやむを得ないことだし、恐らく、ロイならそれを肯定せずとも黙認はするはずだし、そこに異議を唱えるような子供はこの戦時下において、真っ先に永遠の眠りに落ちることだろう。

「推奨――彼様の記憶は役に立つモノばかり。非常に貴重で、魔術に組み込むなり、科学の方の武器を作るなり、どのように利用しても汎用性に溢れている。可能なら、アリシア様もなるべく受け継ぐべき」
「ならやはり――」

 彼の知識量の多さは以前から察していたが、これで確定だった。
 アリシアは当然、ロイ本人の許可をあとでキチンともらう予定で、拒絶されれば知識の口頭説明で全てを理解するつもりではあったが、まず、自分の意思としてはロイの記憶を受け継ぐことをほぼ決定する。

 が、しかし――、
 シャーリーは続けざまに――、

「警告――ただし、精神が崩壊しないなら」
「「…………は?」」

 瞬間、シャーリーの口調が一瞬、別人のように切り替わった。
 徐々に、移ろうように変わったわけでも、一気に変わったとはいえ、数秒前の雰囲気を残していたわけでもない。0と1。まるでスイッチを押してモードが呆気なく変更されたアーティファクトのように隔絶した。

 は? という声まではアリシアもエルヴィスも言うことができた。が、それ以降の言葉はない。
 絶句、シャーリーの瞳が息絶えて腐り始めた魚やクマの目どころか、グールの眼球さえ強制的に連想させてきたからである。

「説明――ロイ様は前世で拡張型心筋症と不整脈という病を患っていた。肉体的にも精神的にも不登校の傾向が強く、始業式や終業式、学習発表会やその練習日などには体調と心の調子と相談して登校できたが、それでも嘲笑されて、イジメられて、教師が駆け付ければクラスメイトは納得いかない顔でこちらを睨み、教師が去ればわざと聞こえる悪口をほざく。翌日には病室にイジメ加害者本人とその親がきて、明らかに嫌がっている同級生の頭を親が力尽くで下げさせるなんてこともあったらしい。もっと言うなら2回だけ、責任取れないんだからあんな子と関わるな! って親が子供に怒鳴っている声も聞いているはず」

「「…………」」


「当時のロイ様の心を支配していたのは――、

 自分でも制御できなくて言語化さえ難しい不安定な情緒。自分が生まれてきた意味を、何が何でも死ぬまでに探し出さないといけない、という強迫観念。それに連鎖して芽生えた、自分が自分であるという現実に確信が持てず、漠然とした恐怖を伴う浮遊感、孤立感。みんなの前では笑顔だけど、内心では自分の未来に絶望し、親や医者やナース、そして逢坂聖理に迷惑をかけているという確信から生じる、自分を無価値な人間だと思い込む衝動、罪悪感、自責感。いつ、どこで、誰と、なにもしても、それが成功体験であれ頭にこびり付いて離れない、あの時はああしておくべきだった、という類の後悔、無力感、敗北感。ありえないほどの几帳面で、ダブルスタンダードなどの論理破綻が許容できず、それゆえに呆気なく壊れる本人の社会性と、立ち直るたびに強度を増す間違いを黙認できないという個性。

 ――数年単位の精神的な負荷を、5秒とか10秒に圧縮した精神的、感覚的な情報。私めが一気に頭に流れ込んでくるこれに耐えられたのは、恐らく、そもそも私めが生き物ではなく幻想種だから。脂肪とか水分とかで構成された意識を保有した物質ではなく、術式によって偶発した、周囲からは普通に生きている女性にしか見えない、そんな意識を保有した現象だからだと、根拠は皆無だけど直感している」


 ふぅ、と、そこでシャーリーは大きく息を吐いた。
 雰囲気の切り替わりも今の大きな呼吸も、どちらも本当に無意識的なモノであったが、ともかく、なんとかダウナーな気分から脱出できたようである。

 思い返しただけでもイライラすることや悲しくなること、恥ずかしいことや憂鬱になること。そういう類の記憶は誰にだって多かれ少なかれ存在するはずだが、シャーリーの場合、登場人物と感覚まで共有してしまう映画を通じて、件の記憶を脳に宿すことになったのだ。

 ロイの記憶が本当の意味でシャーリーのモノになることはない。どこまで行ってもシャーリーの中に存在するそれは、空いた時間に観賞した映画のようなモノにすぎないから。が、時間を圧縮してロイの経験した出来事と感情をインプットした以上、なにかを思い出した時、彼女は記憶の本来の持ち主よりも、罪悪感や無力感を想起してしまうようになったのだろう。
 喩えるなら、ロイが自分の記憶からなにか1つ思い返しても、それ1つのみが回顧の主要エピソードなのに対し、シャーリーはなにか1つ思い出そうとしても、ロイの記憶という映画を観た、というコンテンツの全てを回顧してしまうようなものだ。

「せ、精神防衛の魔術を使えば……。もしくは、記憶という情報の受け継ぎを何日かに分割して行うとか……」

「可能――それなら受け継ぎ自体はなんの問題もなく行えるはず」

「う、受け継ぎ自体は、って……、他になにか、問題、が……?」

 いつもの口調に戻っているが、かなり怖い言い方であったようだ。あの1対1なら、この惑星に住む99%の知的生命体を殺せるはずのアリシアでさえ、微妙に怖がっている気もしないではない。
 とはいえシャーリー本人もこれではマズイ! と判断して、今度は自分の意思で深呼吸して調子を整えてみせる。結果、自分の情緒が安定したのを自覚すると――、

「自明――魔術を使って記憶を受け継ぐということは、恒久的にアリシア様の頭にロイ様の記憶が灼き付くということ。まるで烙印のように。要するにロイ様の意識――ひとりひとり違っていて然るべき価値観とか、思考の基準とか、思考の傾向とか、そういう類のモノがアリシア様のそれを上書きする。ありふれたわかりやすい表現を使うなら、自分が自分でなくなっていくのでは?」
自分が自分である証明アイデンティティ己が信じる生きる理由レゾンデートル、魔術的に言えば魂さえ変質していく、ということですか……」

「もちろん、ウソ偽りなく私めはロイ様の味方でもあるし、アリシア様の味方でもある。なら私めはどのような理由であっても、本来、貴方様に記憶の受け継ぎを推奨すべき立場のはず。なのに、今のようなことは絶対に、記憶を受け継ぐ前に言っておかなければならない。その意味を、どうか理解してほしい」
「――まぁ、そもそもロイの脳とアリシアの脳は別々の個体だ。もっと言うなら、ロイの前世を処理できていたあいつの脳と、今のあいつの脳も。ロイの脳が処理できたからと言って、アリシアの脳が処理できるとは限らないからな。記憶を共有する魔術は昔から存在するが、ロイに関しては不確定要素が多すぎるし強すぎる」

「まぁ、確かに」
「肯定――彼様の記憶は個体差を誤差として無視できる限度を大きく逸脱している。ここまで散々好き勝手に言っておいて不服かもしれませんが、すぐに行動を起こさないで、まずは意識の侵食が起きない方法で記憶の受け継ぎが可能か否か、それを暫定的とはいえ、証明するのがいいでしょう」

「だな。それにアリシア、一応警告しておくぞ?」
「? なにをですか?」

「ロイの記憶を受け継ぐということは、自分の妹が自分の弟子と同じベッドで寝ているシーンまで共有するということだからな?」
「…………あっ」

「男であるオレに言われて不快かもしれないが、それについてもかなり覚悟しておけよ?」
「……あぁぁぁあああああああ…………っっ」

 一時的に我慢することはできる、奥歯を食いしばって、拳を握ってその痛みに意識を向ければ、恐らくなんとか。
 が、果たして年齢=恋人がいない期間の自分は、実の妹が姉よりも早くオトナの階段を昇っている、この不条理な現実に果たして向き合えるのだろうか……?


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