ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
5章15話 ラグナ、ロイと対峙する。つまりそれは――
「おめでとうございま~すっ♪」
外見だけは15歳ぐらいの白いワンピースを着た美少女。彼女はいつの間にか『そこ』に立っていた七星団の制服姿のロイとイヴ、2人に向けてクラッカーをパン――っ、と、鳴らした。
そこから飛び出たのは火薬の匂いと破裂音だけではない。
パステルな虹の七色に輝く宝石のような光の粒、無数のそれが、まるで花火のように比翼連理の成立を祝福するのであった。
そもそも、そのクラッカーはどこで入手、あるいは製造したのか。
ロイがそれについての疑問を抱くよりも早く、そのクラッカーは本体さえ月光を反射する雪のように宙に溶け始め、煌めきながら霧散する。
パステルパープルの長髪は現実という感じが一切せず、幻想的で、神秘的で、やはりロイとイヴが今まで見てきたどんな色彩よりも美しい。
パッチリとした二重の瞳はアメジストをはめ込んだような紫眼で、その双眸はロイとイヴが先ほどまでいたはずの世界、そのどのような宝石よりも綺麗だった。
花の蕾のように艶やかで可憐な唇は、女の子らしい桜色。
健やかに発育した胸に、細くくびれた腰、ぷにっ、と、したやわらかそうなおしりにかけての滑らかな曲線は、まさしく人としての女性の美しさを超えた圧倒的な魅力を秘めている。
彼女の白くて細い指に自身の胸板をなぞられたら、さぞかしゾクゾクするだろう。
彼女の艶やかな色香をかもし出す脚は、誇張抜きに一種のアートのようにしか思えない。
彼女は、世界中の男性の誰もが可愛いと思い、美しいと思い、あざといと思い、いじらしいと思い、艶やかだと思い、清楚だと思い、どうしようもなく劣情を駆り立ててきて、処女を奪いたいと思うのに、しかし純潔のまま大切に近くに置いておきたいと思える、世界一女の子らしい女の子だった。
「か、神様……?」
「はいっ、神様です」
と、見た者全員を恋に落とすような、そんな純情可憐な笑みを浮かべる神様の女の子。
しかも、恋に落とすとしたら、きっとその相手の性別や年齢、国や種族や宗教さえ問わない、そんな『無垢な笑顔』というイデアそのものだった。
一瞬、同性のはずのイヴでさえ、彼女の笑顔を前に思考が止まる。
が、隣でロイがその笑顔に見惚れていることに気付くと――、
「お兄ちゃん! デレデレ禁止っ、だよ!」
「ご、ゴメン……」
「むぅ~~」
頬をぷくぅ~、と、膨らませてヤキモチを焼くイヴ。
対して、神様の女の子はクスクス、と、可愛らしく、なのに上品に笑うと――、
「――とりあえず、お久しぶりです。そして、『ここ』にようこそ。最後に、2回目になりますが、カップル成立、おめでとうございます♪」
ここ、という言葉に反応して(ロイもイヴも確信を持っていたので、特に焦ることも驚くこともなかったが)、自分たちの周囲を見回してみる。
左右に満天の星々が輝いていた。奥行きは1万kmや1億kmや1兆kmなんて程度の低い距離じゃない。きっと、この左右に広がる空間に、終わりなんてないのだろう。比喩表現ではなく、正しい意味で無限なのだ。終わりという概念が存在しないのだ。
だがしかし、普通は星が輝いている上を見ても、そこにはなにもない。
天になにもない代わりに、左右の無限の奥行きを持つ空間に星が瞬いている。
「――ここ、正式名称、なんて言うんですか?」
「う~ん、そうですねぇ、宇宙の中心か、もしくは神域、とかでしょうか?」
ロイが訊くと、神様の女の子は透明感のある滑らかな細い人差し指を、自分の唇に添えて、少しだけ上を向き、今それを考えたようにそれを答える。
以前、彼女はロイに『ここ』のことを宇宙の中心、と、説明したことがあったが、それが事実であっても、それ=正式名称というわけではないらしい。恐らく、便宜上、暫定的に付けた名前なのだろう。
「では、神様の本名は?」
「ありません。まだロイさんたちが住む惑星以外、そのどの惑星の知的生命体も、私のことを推測できたとしても、この神域にまで到達できていませんから」
「グーテランドでも、大いなる世界の意思とか、集合無意識とか、アカシックレコードとか、万象の真理とか、宇宙の根源とか、そういうふうに呼ばれていたんだよ」
「えぇ、そういう存在が、まさか人間の、しかも15歳ぐらいの女の子の姿をしているなんて、誰も思わないでしょうし。だから、私に名前はありません。付けてくれる人がいませんから」
「神様――」
「もしそれに対してなにか思うところがあるのでしたら、今でなくてもいいので、いつかあなたが、私に名前を付けてもいいですよ?」
「そう、ですね――、名前がないのは、上手く言語化できないんですけど――」
モヤモヤしてしまうロイ。
が、神様の女の子もこのような雑談をするために、2人をここに呼んだわけではない。
コホン、と、幼い子供が背伸びをした感じで咳払いをすると、ここで彼女は本題を切り出した。
「2人揃ってここにこられた、ということは、イヴさんは記憶を取り戻し、そしてロイさんとイチャイチャらぶらぶを繰り広げた、ということであっていますよね?」
「はぅ!」
「なんでそんな質問を!?」
「イヴさんが最後の転生をする時、その2つを再びここにくるためのトリガーに設定したから、その確認です。これも一応、魔術に分類されるのですが、あまり条件、つまり対価を緩くしすぎますと、ここに到達すための確実性が欠けてしまいますので。もちろん、私は魔術を使えないので、名称は特にありませんが、この魔術の術者はイヴさんということになります」
「うぅ~~、お兄ちゃ~~ん……」
「う、ぐ……、ま、まぁ、しまし、た……」
「よかったです。愛する2人が結ばれた、という意味でも。なにかしらの予期せぬアクシデントが起きていなかった、という意味でも」
ブラッディダイヤモンドというアクシデントはあったが、確かにこの魔術に関して言えば、別段、術式を間違えたとか、そういうトラブルはなかったようである。
具体的なことはロイにはわからなかったが、魔術が上手く発動したことだけは理解した。
「さて、イヴさん」
「うん、わかっているよ」
「ん? なにかするんですか?」
「以前にも申しましたが、魔王軍の方は私に介入する魔術すら、ある程度の研究を終わらせている状態にあります。簡単に言ってしまえばジャミングです」
「そして! お兄ちゃんも知っているとおり! わたしの光属性魔術は世界一、なんだよ!」
「あっ! じゃ、じゃあ!」
「えぇ、イヴさんにジャミングをぶっ壊してもらいます♪」
ロイの顔が喜び一色になる。
喜色満面の笑みとはこのことか。
ここ最近、あまり表に出なくなってしまっていた、本当の本当に、無邪気な少年が喜んでいるような表情だった。
そんな彼を、イヴも、神様の女の子も、微笑ましいモノを見るような瞳で、どこか慈しんであげる。
そして、イヴが神様の女の子に近付くために――、
一歩、足を進めた――、
――その時だった。
「――――ッッ、お兄ちゃん! わたしの後ろに下がって!」
「えっ!?」
バッ、と、イヴは神様の女の子がいる前方とは反対方向、ロイの後方を守るように、『なにか』に対して立ち塞がった。
まるで兄だけでも生かすように。同時に、神様の女の子に近付いてくる『なにか』が、もうこれ以上、近付かないように。
「…………ッッ、ヤバイよ……、なにか、くるよ……。わたしの光さえ飲み込むような、圧倒的な闇をまとったなにかが……ッッ!」
遅ればせながら、ロイも気付く。
なにか、ヤバイモノが近付いてきている、と。
悪魔みたいとか。鬼みたいとか。竜みたいとか。
死神みたいとか。化物みたいとか。怪物みたいとか。
もはやそのように言語化、形容、比喩表現さえ不可能ななにかが。
別の言葉に置き換えることができない、初めての概念が。
戦慄しながらロイが後方を振り返ると――、
「――初めまして、輝かしく、高潔な塵芥共よ」
ゾ…………ッッ!!!!! と、ロイの全身が震える。背筋が凍え、刹那よりも疾く全身の血の気が引いた。今――、自分の身体になにが奔った? それさえもわからない。戦慄とか、悪寒とか、絶望とか、確かにそれに近しいモノだ。だが、近しいだけでそれらではない。畢竟、『前人未到の恐怖』を覚えた者のみが知る、そのようなロイの身体に奔ったなにかは、未だ、人類によって名前が付けられていない神域の不快感だった。ゲハイムニスに闇を移植され、王都で暴走していまい、心が蹂躙され、精神が殺戮され、感情が死滅した? 嗚呼、確かにそれはそのとおりだろう。が、眼前の青年はまだ自分たちにただ挨拶をしただけであり、もし、彼がゲハイムニスのように悪意を以って、なにかを自分たちに仕掛けてきたら――、――、――、ゲハイムニスなんて比較にならないほどの『虚無』が待ち構えているだろう。
光とか、闇とか。
白とか、黒とか。
プラスとか、マイナスとか。
それらのペアは相反するだけであり、所詮、1枚のカードの裏と表。
頭がよければ子供でもわかる簡単な算数チックな問題だ。即ち、正反対の方向にあるだけであり、絶対値が同等の概念同士が激突すればどうなるのか?
整った顔立ち。
夜空のように黒い髪と瞳。
ロイよりも少し高いぐらいの背丈。
そして身にまとっている魔王軍の制服。
この青年は、その答えの体現者でさえあった。
ゆえに、あのイヴでさえ、わたしの光さえ飲み込むような、圧倒的な闇をまとったなにかが……ッッ! と、認めてしまったのだろう。彼の闇は、イヴの光と同等か、さらにそれを上回っていると、直感したから。
声を聞くどころか、姿を認識するよりも前に、ロイはこの青年には勝てないと理解していた。努力はする。仲間にも協力を頼む。自分の心や信念、道徳に反しない限りなら、どんな手段だって使ってみせる。だが――彼に勝てるかどうかなんて、この世界の誰にも、きっと神様にだって断言できない。
この青年に対する勝率なんて、1000万桁分の1よりも低いだろう。
人間としてでもない。
騎士としてでも、魔術師としてでもない。
ただシンプルに、存在と概念としての格が違った。
人間ひとりと大陸、惑星、銀河、いや、いっそ、人間と宇宙で大きさ比べをしても意味がない。それと同様に、今のロイでは彼の比較対象にさえなれていなかった。
ロイの瞳にはもう、眼前の青年が人間の形をした宇宙のようにしか――……
本人によれば、ゲハイムニスは魔王軍最上層部の純血遵守派閥、黒天蓋において、序列第6位ということらしい。
本人によれば、【土葬のサトゥルヌス】は魔王軍最上層部の革命執行派閥、悪十字において、序列第5位ということらしい。
ならばこいつは――ッッ、
「自己紹介をしておこう」
「「………………ッッ」」
「――――俺の名はラグナ。――魔王軍最上層部、革命執行派閥、悪十字の序列第1位、【水辺のオーディン】こと、ラグナ・アドヴェント・フォン・トーデストリープ」
「らぐ……、な」
瞬間、ロイの頭に痛みが奔る。
激痛というわけではない。だが確かに存在を主張するような痛みだ。
そしてロイの封印――否――ロイはきちんと覚えていて、なのに意識が向かないように仕組まれていたから、正しくは、封印ではなく認識阻害されていた記憶がよみがえる。
――――
――――
――――
「あなたなら、きっと最強になれるでしょう。そしてきっと、■■■を倒してくれるでしょう。そのことを祈っています♪」
―― ――
―― ――
―― ――
「あなたなら、きっと最強になれるでしょう。そしてきっと、ラグナを倒してくれるでしょう。そのことを祈っています♪」
――――
――――
――――
「………………ッッ!?」
全ての始まり、その最後1つを完璧に認識できたロイ。
反応、表情を見るに、イヴも似たような認識阻害を受けていたのだろう。正真正銘、世界の敵を射抜くような鋭い視線を眼前の青年、ラグナに向けている。
ロイとイヴ、2人の敵意に満ちた視線を正面から浴びてもなお、ラグナは笑みを崩さない。
ロイはラグナと対峙する。
逆を言えば、ラグナの方もロイと対峙している。
つまり、それの意味する事実とは――、
「お前が……ッッ」
「俺こそ――――」
「「 ――――――魔王――ッッ!!!!! 」」
勇者と魔王、ついにその両名が初めて出会う。
勇者はありったけの敵意で彼を睨んで。
魔王はそんな彼の敵意を風のように受け流し、まるで好青年のような笑みを浮かべて。
「安心しろ、ここでの戦闘の結末は記憶に残るだけであり、俺たちの肉体には反映されないようになっている。必然、戦闘に意味が生じない。殺しても、殺したという事実が生まれない。ゆえに、少なくともこの瞬間、この場所で、俺にお前たちと戦うつもりはないと理解しろ」
「なっ……!?」
「無論、屈服されたければ話は別、だがな」
「なら……、なにをしにきた……ッッ!?」
「確かにお前たちを殺すつもりはないが、それでも、女神のジャミングを解除されるのは厄介だ。端的に言えば、ジャミングの解除を邪魔させてもらう。ただ、それだけのことにすぎない」
事もなげにラグナは言う。
まるで川は流れ、風は吹き、日は昇って月は輝く、その程度の当たり前なことを言うように。
彼の口から出る言葉、その全てが自然体の極限だった。滞りなく、よどみなく――、――、彼の種族が人間か否かはロイたちに知る由はなかったが――、――、とにかく、機械のような感じがしないのは生き物なら当然なのだが、あまりにも語る全てが流暢すぎて、逆に生き物という感じが微塵も伝わってこない。
そう、生物であることさえ通り越して、川や風や森や空という大自然のように。
そしてふと、ロイは先刻のイヴの発言を思い出す。
具体的には、わたしの光さえ飲み込むような、圧倒的な闇をまとったなにかが……ッッ! という発言を。
イヴがこの発言をした以上、彼女の光で神様のジャミングを解除しようとしても、その絶対値を上回る闇でそれを妨害されるはずだ。そして、間違いなくラグナよりも先にイヴの魔力が尽きる方が早い。
一番に回避すべきは魔力の保有総量、魔力の処理速度と運用効率、そしてなによりも魔術師としての物理的な強さと使える魔術の種類。イヴがこれらをほとんどラグナに晒してしまったのに、ラグナの方は大部分の実力を隠し通せた、という結果になってしまうことだ。
なら――、
「――――わかった」
「ほぅ?」
「もちろん、ボクたちは神様のジャミングの解除を諦めない。けれど、少なくとも今回は撤退することにする」
「お兄ちゃんっっ!?」
「ふぅ、流石ロイさん」
「イヴ、戦力差を理解するんだ」
「うぐ……」
ホッと安堵の息を吐く神様の女の子に対し、どこかイヴは不安げだった。
そんな彼女をロイは優しく、静かに、けれど反論を許さないように強く言い聞かせると、今度はラグナに視線を向け直す。
「ボクは勇者として、お前に初めて会ったらなにをするべきか、なにを言うべきか、ずっと考えていた」
「――その答えは?」
「お前のことを知りたい」
イヴ、そして神様の女の子は驚愕する。
しかし一方、ラグナは嬉しそうにロイと会話を始めようとした。
「確認だが、魔王軍の機密情報を知りたい、というわけではあるまい?」
「違う。そんなことを訊いても答えてくれるわけがない。あくまでボクが知りたいのは、お前の思想だ。なにを考えて、感じて、望んで、許せなくて、愛していて、憎んでいて、そして――」
「――――――」
「なんで、お前は戦争を起こした? しかも、それを現在進行形で続けている?」
ロイが言い終えると、少しだけ、神域に静寂が広がった。
ロイの質問の本質を図れないほど、ラグナという青年はロイから離れていない。似ている部分どころか同じ部分さえ、割と多いだろう。
結果には行動が、行動には決断が、そして決断には想いが必要不可欠。
勇者は魔王にその真贋を問う。
そして――、
「――――俺は、自分が正しいと思っているからだ」
「やっぱり、か……」
「嗚呼、善と悪の二元論で語れるほど、戦争を始めとする人の営みは単純ではない。戦争も、子供のケンカも、規模は違えど本質は同じだ。自分は正しい、相手の方が間違っている。いつの世も、争いというモノは『正義』対『悪』の構図ではなく、『正義』対『また別の正義』の構図をしているのだよ。いや、そもそも正義があることでさえ珍しい。あるのは、そう、大抵は己が利益、あるいは主張だ。そして、最終的にどちらが正しかったのかは、争いが終わったあと、未来の歴史が決めることだろう?」
「だから、争いを起こした以上、勝利を目指す、と?」
「自明だ。確かに、お前から見たら魔王軍は間違えているだろう。だから戦う、戦い続けて勝利を目指す。だが、逆に俺からしたら王国の方こそ間違えている。だから同じように、戦う、戦い続けて勝利を目指す」
「民が死んだぞ、何千人も、何万人も」
「反論させてもらうが、民は死ぬぞ、1人残らず、戦争が起こらなくとも、いつかくる天命によって」
「なっ……」
「それが生きるということだ」
「結局は死ぬから、なにをしてもいい、ということか?」
「厳密には違う」
ふと、ラグナはロイではなく、彼の後ろにいた神様の女の子に視線を移す。
「この世界には一定の秩序が存在する。言ってしまえば物理法則のことだ。恐らく、王国側でこの事実を知っている者は誰もいないとは思うが、物理法則はそこの彼女から流れ出した絶対秩序の理。俺もこの世界に生を受けた存在として言わせてもらうが、率直に、称賛に値するほど上手くできていると思うよ。ただ――」
「ただ?」
「1つだけ、誰の目から見ても欠けているモノがある。それを埋めるために、俺は魔王となり、戦争を仕掛けた。で、だ。お前は俺にこう訊いたな? 結局は死ぬから、なにをしてもいい、ということか、と」
「ああ、間違いない」
「それの答えとしては、確かに俺は数多の命を殺し尽くすが、その先にはその悪業に見合うだけの未来が待っている。そして、大多数のために少数派が犠牲になれ、と、そう言っているわけでもない。俺が創る未来においては、犠牲になった者たちに対する救済措置も当然、用意されている。――ゆえに、問題は皆無」
「ハッキリ言って、お前のプランは拝聴に値すると思った。具体的なことをなに1つ聞けていないが、少なくとも、お前の思想は理解できる、という意味で。でも、お前は自分が正しいと思っていて、そのプランにも、一定の現実味、計画性があるんだろ? なら、なぜ戦争を始める前にそれを王国側に話さなかった?」
「時間がかかる、それだけだ」
「――――」
「多数決を知っているだろう? 経験則でわかると思うが、あれは参加者が増えれば増えるほど、10対0の構図を生み出すのが難しくなる。そもそも、多数派と少数派の比率が、例えば9対1になったとしよう。1000万人の民がいれば、10%は100万人ほど。比率としては少ないが、それでも絶対数としては無視できない数だ。全員を納得させるなど、事実上の不可能。そんな『無為なこと』に限りある時間を費やすぐらいなら、最初からプランを進める方が建設的だと思うがな」
「……っ、無為な、こと?」
「誤解するなよ? 俺は努力することを素晴らしいことだと思っている。努力が報われるとは限らないが、夢を叶えたヤツらは全員、努力しているからだ。が、現実問題、努力には有意義な努力と無意味な努力が存在する。そして有意義な努力の中にも、程度の差が存在して然るべきだ。ピアニストが剣術の稽古をしても、得られるモノが少ないか、あるいは皆無のように、な」
「あぁ、それについてはボクも同意見だ。お前と一緒の答えなのは気に喰わないけど、夢を叶えている人こそ、誰よりも現実を正しく認識しているはずだから。それで、お前もそれなんだな?」
「肯定だ。この現実において、始めるのに遅いということはある。この俺でさえ結果が全てと言う気はないが、では、過程さえ優れていればそれで良い、というわけでもないだろう? もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない――そう言うヤツは大抵才能に恵まれている人種だし。10回なにかに挑戦しても9回失敗する。だから10倍努力した――そう言うヤツは10回挑戦しても全部失敗する人種のことなんて、認識さえしていない。環境の変化や他者の妨害によって、夢の方から遠ざかることだって普通にあるし。天才=努力する凡人ならば、努力を継続できない者、努力の始め方さえわからない者は凡人ですらない不良品だというのか? フッ、発言者の傲慢が透けて見える。そのような悪性の理想、認められるわけがないだろうに。そして――」
瞬間、ラグナはロイに近付き始めた。
一歩、また一歩、魔王は勇者に己が足を進め続ける。
「――断言するが、俺は本来、天才側の存在だろう。それはもう、お前や、お前の妹では比較にならないほど」
「「――――――」」
「だが、俺は俺の理想に近付くたびに痛感するのだ。魔王として君臨している俺の才能でさえ、俺の理想を前にしたら蟻よりも矮小な塵芥にしかならん、と」
ラグナはロイに向かって歩き続ける。
進むことを決してやめない。
結果――、
最終的にロイとイヴの目の前に君臨すると――、
「――ゆえに、俺の進軍は止まらない」
「「………………ッッッ」」
「限りある時間の中で、成功する保証なんてない理想の成就を目指す。その旅路の途中に、前に進むことを諦めるなどという選択肢、俺にはない。可能性が低いからこそ、俺は一刻を争うのだ」
「お前は――」
思わず、ロイは言葉を詰まらせる。
しかし、ラグナは彼がなにを言いたかったのかを察して――、
「あぁ、救世を望んでいるとも」
「…………ッッ」
「無論、復讐や、破滅や、世界征服は俺の動機ではない。悲しいことも苦しいことも、俺の今までの人生に数多くあった。誰かを恨み、憎み、蹂躙して支配したいと考えたことも確かにあった。が、それは生き物として健全な反応だから除外させてもらう」
「――――」
「それを抜きにした時、俺の中に最後に残ったのは、悪役のような言い方をすれば、こんな世界は間違っている。ヒーローのような言い方をすれば、もう誰も不幸になんかさせるものか。そういう類の衝動だった」
それだけを言うと、ラグナは踵を返し始めた。
この至近距離で、敵であるロイに背中を向けたのである。
「俺は今から帰還するが、女神のジャミングの解除は好きにするといい。止めはしない。しかし、それをするなら努々忘れるな。女神のジャミングの解除は魔王が勇者を信じていることを前提にした、魔王に対しての勇者の裏切りだと、な」
なんてことはない。
これもある意味では戦いだった。
本番ではなく小手調べ。
けれど、その小手調べは本番と同等の重みを誇る。
武力ではなく、人の身でありながら傲慢にも人を導く人としての器。
負けることなど許されない。精神論を抜きにしても、それは敵軍のトップに対する負け犬意識の始まりを意味するから。もしここで女神のジャミングを解除すれば、今後、ロイとラグナが出会うたびに、威風堂々、強者の余裕に溢れたラグナを見るだけで、ロイは自身の矮小さを突きつけられることだろう。
ゆえに、ロイの選んだ答えは引き分けだった。
「最後に、1つ」
「――なんだ?」
「なんで物理法則が、神様から流れ出たモノだって教えてくれた? 明らかに、重要な事実のはずだ」
「――――返礼だ」
ただ一言、突き詰めればそれしかラグナには理由がなかった。
「最初、お前は俺に剣を向けるのではなく、俺を知りたい、と、そう言ったな。率直に言って感動した。内心では歓喜に震えていた。敵であろうと、一定の理解を示すのか、と。理解できなくとも、理解する姿勢だけは崩さないのか、と」
「――――」
「礼節に対しては誠意で返す。質問の答えとしては、これで充分のはずだろう?」
「…………ッッ」
「お兄ちゃん……」
「ロイ、さん……」
「道は違っていても目指すべき未来は同じ。勝手ながらそのように信じさせてもらうぞ、唯一無二、我が至高の同士よ。では、健闘を祈る。また、いつか、どこかで」
今度こそ、ラグナはどこかへ行ってしまう。
魔王軍の制服の裾をなびかせて、まるで闇に溶けるように。
彼は最初から、ロイが自分のことを知りたいと訊いた時点で確信していたのだ。
自分が先に姿を消しても、ロイはイヴにジャミングの解除を指示しないだろう、と。
そして、ラグナが完璧に消え去った。
その数秒後――、
「神様、あいつが、魔王なんですよね?」
「えぇ、断言します」
ロイが訊く。
神様の女の子は淑やかに答えた。
「なら、イヴ、あれがボクたちの超えるべき相手だ」
「う、うん……っ!」
ロイが言う。
イヴは少しいつもの元気が失われていたが、それでも兄の言葉に応えた。
「正直、あれが魔王なんて言われても、この世界に転生した時のボクだったら、一般的なイメージと違いすぎて、絶対に認められないと思う。けど――」
「お兄ちゃん……?」
「ロイさん……?」
「――――負けられない。負けるわけにはいかない。人と人が理解し合うことは難しいことだけど――、正直、ボクでさえ100%は不可能だとは思うけど――、それでも――、その努力さえせず、あまつさえ、その人として大切なことを『無為なこと』って割り切ったあいつには――」
「うん、うん! その通り!」
「えぇ、彼の言い分には1つだけ間違いがあります」
そう、ロイとラグナには同じ部分、似ている部分が数多く存在する。
だが、そのような2人の中でも一番の違いは――、
「――歩み寄ることは無為でも無駄でもない。あいつの未来は、ボクの未来で否定する!」
勇者は魔王と出会い、彼の考えを聞いた。
それはもう、固定観念が壊れるほどに。
魔王は勇者に語り、至高の歓喜に震えた。
自分を倒そうとする英雄が、あのような気高さを誇っていることに。
そして両者は同一の結論に辿り着く。
――――相手とは違う、自分なりのやり方で、この世界を救うのだ、と。
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