ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

5章2話 イヴ、光を届ける――(2)



 それは願望でもあり、誓約でもあり、断言でもあった。
 光は届く。そのことをイヴは望んでいるし、望みを諦めていないから誓うことだってできるし、そして、今の自分にはそれが叶えられるという確信があったからこそ決め付けることもできる。

 闇が光に勝てる道理など微塵もない。
 黒が白を塗り潰す現実など存在しない。

 魔術的に光とは、重ねれば重ねるだけ純白を極める神聖と純真、高潔と清廉の象徴であり、1度で足りぬなら2度、2度で足りぬなら3度、繰り返すたびに黒を明らめ闇を晴らす善良概念に他ならない。
 それをイヴは体系的理論に裏付けされた学術として信用しているのではなく、一方、戦場で戦果を積み重ねる軍事力として信頼しているのでもなく、真実、未来永劫に不変を貫くただの事実として信仰していた。

 ゆえに、戦術として距離を置くとか、遠距離からの攻撃に切り替えるとか、まして、臆して震えるなんて言語道断の極み。
 ならば逆に、後退するのではなく、さらに前へ、前へ、一歩、己が足を踏み出して然るべきである。

「お兄ちゃん! 少し痛いだろうけど、ゴメンね!」
「イヴちゃんッッ!? なにを……ッッ!?」

 そう、イヴはロイの顔、頬を殴る要領で、皮膚に右手を突っ込んだ。刹那、イヴからは極光の流出、ロイからは暗黒の暴風。白と黒、光と闇がせめぎ合い、それに伴い地面が抉れ結界に罅が奔るほどの衝撃。鮮烈で、強大で、凄絶で、深刻であり荘厳な古来より続く光闇のどちらが勝るかの証明の実演。厳密にはロイの皮膚ではなく、それに沿うように展開している魔術防壁に、だが、どちらにせよイヴの右手が闇に汚染され始めたことには変わりない。

 結界内部に存在する森羅万象の調和が崩れ、死闘に興じる好き合う幼馴染にして兄妹2人の前世、地球の日本でいう陰陽術、その陰と陽の均衡が致命的に安定を欠く。
 天上天下の一切合切には善と悪、拒絶不可能な二面性が存在し、その境界の満ち引きは刹那、否、刹那のさらに1/10を誇る六徳、再度、否、六徳のさらに1/10、刹那から観測すれば1/100を誇るときの極点にも酷似する虚空のうちに、観測不可能で、イヴでさえ理解と制御を放棄する激動を起こす。手に触れず、目に視えず、耳に聴こえないだけであり、哲学用語を引用すれば、叡智界に相当する領域で、今、概念の津波とも呼称すべき世界に対する破壊行為が跋扈ばっこした。

 同時、イヴが突っ込んでいる闇の表面より上の右腕に深紅が混じった漆黒のあざが浮き出てくる。蟲のように蠢き、右腕の内部を這うように広がるそれは、前世で人間を何万人も殺した感染症よりもおぞましい絶対悪の病理にも思えてしまう。
 救済のために光と闇の均衡を破り、天秤を傾けた当然の帰結。即ち、ロイの方も闇をイヴの腕から流し込む、と。

 吐き気を催す邪悪、視界に入れたくもないゴミのような魔術。
 その癖、放置すればイヴでさえ無事ではすまない醜悪な浸食の性能。
 だが――、

「汚染されるよりも早く! 闇が光を吸収するスピードよりも速く! ありったけの光でキャパシティーオーバーを起こさせてもらうよ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ァァ……ッッッ!!!!!」

 気が触れるほどの激痛に、悶え苦しみ、喘ぎ苛まれ、ついぞ獣は狂い哭く。世界に絶望するように、もう殺してくれと哀願するように。
 地獄に堕ちた罪人が燃える時、の者たちの魂は、このようなかくも耳を覆いたくなるほどの懺悔と悔恨の絶叫を上げるのだろう。

 麻薬を脳みそに直接注入すればこうなるのだろうか。
 体内の全ての水分が硫酸に変わればこうなるのだろうか。

 強いて言うなら狂気の発露。

 それは肉食獣の咆哮にあらず。紛うことなく激痛が奔った悲鳴であった。
 身体が内側から焦げ、血液が沸騰し、肉が燃え、筋肉が灼けるような発狂モノの刺激にロイは血涙を流し口元からも鮮血を零した。

 瞬間、奥歯を軋ませ、充血した双眸を見開き、正真正銘の死に物狂いでロイは流血を振り払い、魔剣を使いイヴを牽制すると、彼女の手が自身の皮膚から抜けたのを確認し、次いで間隙を縫い後方に跳躍した。
 が、それを見越せないイヴではない。

「どこに逃げたって同じだよ、お兄ちゃん!」

 光速移動によってロイのすぐ背後に着地するイヴ。
 驚天動地、今、信じられないことが起きている。騎士の方が敵と距離を置くために躍起になり、魔術師の方が己の目的のために敵との距離を詰める。基本ベーシック戦略ストラテジー手引き書マニュアルも、この実戦、この本番、この死闘において、ただの塵芥にしかなれなかった。

 それを思い、イヴは内心で一笑にす。
 馬鹿馬鹿しい、と。これは戦闘ではなく告白であり、恋愛に法則ルールなどあるものか、と。ならばこれは必然、必定でしかない。なんでもありなのだから、世界は広大で、人の歴史も長いのだから、このような恋の成就の形があっても不思議、理解不能で意味不明ではない。
 10万年にも至る初恋の全てを前に、今、計算された攻撃や仕組まれた戦術はついぞ壊れ、イヴの想いがロイの殺意と敵意を凌駕超越する。

 そしてロイは振り向きざまに魔剣を回転斬りの要領でイヴに撃った。
 が、イヴは身を低くしてその刃を躱し、それが通り過ぎた刹那、ロイの懐に神速で潜り込む。

「――この疾走は、誰にも、妨げられないッッ!」

 言うと、イヴは自身の右手を握り締め、【絶光七色】のテンスキャストをストックする。
 指と指の隙間から光が溢れ、それは死滅に酷似した救済の予感を放つ。
 まるで太陽を掴んでいるような感覚を抱きながら、イヴはさらに一歩踏み込んで――、

「ゼロ距離【絶光七色】テンスキャストッッ!!!」

 手を開き、光の収束を維持できなくなるよりも疾く、掌底でロイの顎を撃ち抜いた。
 先刻のロイに負けず劣らず、掌底の際の踏み込みにより、イヴの足元には例のごとく放射状の亀裂が奔る。光属性の魔術適性が群を抜いているだけであり、覚醒したイヴならばこの程度の肉体強化は児戯に等しい。

 結果、インパクトの瞬間に【絶光七色】10つ分の光が奔流し、今ここに、ロイの【必要悪の黒壁】の容量が限界を迎えた。
 が、吹き飛ばされたロイは気絶には至らず、空中で例の立体起動を発動してイヴを攪乱かくらんし始めた。

 一瞬だけ逡巡してしまうイヴ。
 上手く扱えるのがイヴというだけで、光に関する知識はロイの方が多い。ならばこそ、ロイだって『人間の肉体が光速で移動すること』と『人間が光速に届くこと』が同義ではないと理解していて然るべきだ。

 ゆえに、この戦術。
 畢竟、イヴがいかに光速で移動しても、着地したあと、彼女の脳が周囲の光景を認識する前に別の場所に移動をすませてしまえばいいだけの話でしかない。

 なら――ッッ、

「悪いね、お兄ちゃん! この結界の内部を全て、光で満たすよ!」

 有言実行。
 イヴは2人だけの世界を救済の光で埋め尽くすべく、詠唱を開始した。

「――――高貴なる一等星の王者、破格の輝きを以って森羅万象を純白に染め上げる。天下に響く我が光の号砲、彼方に木霊す敵兵の断末魔。この弓矢の速さは風を超越え、雷を超越え、人智を超越えて宇宙の果てに。紛うことなき神域の一閃、疑うことなき天上の裁き。隣人への愛を謳い、愚かなる敵兵に嘆きの間隙さえ与えぬ極限の刹那。指差せ、謳え、放て、轟け、そして天に召されよ。慈悲深き者よ、今、塵芥なる者を天の国に送る。是非ともそのかいなにて迎え入れ給え――」

 無論、ロイはその詠唱の最中、それを妨害するために幾度となく斬撃を仕掛けた。が、無駄、無常、無意味、その全ては悉く結果を残せなかった。すでにロイとイヴの2人を【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】は囲っている。だというのに、イヴはそれとは別個に、自分の周囲にも【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】を展開してみせた。この魔術の特徴の1つは多重であること。そして拡張が可能であること。
 ロイが決死の覚悟で撃ち放つ斬撃で表層を斬っても、奥から新たな結界が姿を現し、さらにその代わりに一番奥で新たな結界が生成される。その光属性の上位を誇る神聖な結界の魔術は今、ロイを相手に天国ではなく地獄を叩き込む。紛うことなき絶望こそが、ロイに対する救済の道だった。

 次いで、確かにそれは【絶光七色】の詠唱であった。それに相違は一切ない。
 が、先刻、アリスがそれを詠い1つの光撃を顕現させたのに対し、普段から詠唱破棄で多重キャストを繰り返しているイヴが詠唱まで唱えるとなると――、
 讃美歌のごときそれは、いざ――、

「――【絶光七色】、フィフティスキャスト――」

 弩ッ、ゴォ、轟ッッッ!!!!! と、衝撃ではなく、光で爆音が轟き、結界の外、王都全域に光の音、天使の調べとも形容すべきクオリアが響き渡った。
 そして結界の内部はそれを見た者に、熱い涙を流して頬を濡らさせる感動的な光の渦で塗り潰させる。もはや、結界を一番近くで見ていた4人の瞳には、純白に染まった結界が一等星のようにも見えてしまう。

「ガァ…………アアアアアアアアアア……ッッ!」

 だが、それでもロイはまだ闇に堕ちたままだった。
 傷付いてはいるものの、毅然としておのが両足で地面に立ち、殺意を撒き散らして実の妹との殺し合いを継続する意思を言外に主張する。その鬼気迫る姿勢、それこそは悪鬼や悪魔、善のことわり、人道の埒外の存在さえ彷彿とさせた。双眸は妖しく輝き、魔剣からは轟々と闇が噴出し、その刃の周囲で渦巻いている。

 詠唱の妨害が不可能だと理解したのと同時、彼の方も彼の方で、【必要悪の黒壁】のストック量産を開始。確かに皮膚に沿うように魔術防壁を展開すればその表面積に限界は存在するが、別段、それに固執する必要はない。それこそロイの方も多重球体をイメージして漆黒の防壁を築けば比較的効率がよかった。


「ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く