ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章6話 第1特務執行隠密分隊、抗う!(6)
が――、
――【絶光七色】はほんのわずかとはいえ軌道を曲げ、ロイに直撃はもちろん、擦過することさえなかった。
「…………ッッ!」
絶望、戦慄、狼狽し奥歯を強く軋ませるアリス。大失態だ、それも自分の生死を決定的に分かつほど重大で、深刻な。今の一撃で決着を付けられなかったのは非常に痛い。
アリスは戦慄しながらも必死に思考した。十中八九、ロイが使った魔術は【歪み方に歪みがない不正の極致】で、いつ使って、いつこちらの魔術を妨害したかといえば、詠唱をしている時しか考えられない。確かにロイからすれば、今のアリスは疾風迅雷の状態を常時発動しているようなものだったが、それでも、1が0になることはない。詠唱をどれだけ圧縮しても、詠唱がなかったことにはならない。
完全に見切られていた。今のアリスの実力で【絶光七色】の詠唱破棄はできない。同時に、詠唱破棄と同様、【絶光七色】の詠唱を予め完了させておいて、脳内に貯蔵することもできない。ならば、彼の方こそ【歪み方に歪みがない不正の極致】を脳内に貯蔵しておいて、彼女が詠唱を開始したら貯蔵を解放すればいい、と。
そんなアリスを無味乾燥、至極無感動な瞳孔で見下して、ロイは禍々しい殺気を放つ魔剣の先端を彼女に向かって射出した。無論、防御は不可能である。
幸い、まだ時流加速の効果は継続している。回避するのは難しくない。
ゆえに、アリスが後方に跳躍した、その時だった。
「きゃああああああああああアアアアアアアアアアアアアアア…………ッッッ!?」
直線的なナニカがアリスの背中に接触した瞬間、彼女の背中に深い斬撃の跡が刻まれる。七星団の制服の背部には一直線の穴が空き、そこからアリスの白雪のように美しい色白な素肌が覗けたのだが、今、その純白にも等しい滑らかな身体に鮮麗な真紅が上書きされた。尋常ではない流血は七星団の制服に染みる程度でなく、ついには彼女が頽れた地点に凄惨で残酷な血だまりを広げる。
意味不明、理解不能な感覚だった。強いて言語化するなら、低温火傷が一番近いのだろうか。恐らく、全裸で吹雪が発生している雪山の頂上付近に放置されるぐらい寒くて、冷たくて、凍死しそうなのに、その感覚が神経と脳みそを徹底的に蹂躙暴虐しているせいか、同時に身体が燃えるように熱い。灯油を浴びせられたあとに放火されたとか、身体に藁を巻き付けられたあとに火達磨にされたとか、最早そういう領域を逸脱している。正しい意味で身体が燃えているようなのだ。火傷を負うとか、炭化するとか、そういう意味ではなく、自分自身が、アリスというエルフそのものが可燃性の非常に高い可燃物になったかのごとく、五臓六腑が灼熱に焦げ、脳と血液が沸騰し、肉という肉が爛れるほど、今、アリスの身体は燃え終わった部位から消滅するような感覚に襲われている最中なのである。ゆえに彼女の脳は現在進行形で発生している未知の激痛に、なけなしの自分自身に対する説明、あるいは弁護、あるいは単純に言い訳を考えた。こんな初めての痛みに、これはどういうことか、これはどういうモノか、という最低限の理解がないと、死ぬよりも苦しい発狂に堕ちそうだったから。
これが子供の遊びではない、本物の流血、それの意味するところだった。
これを基本的に戦闘のたびに繰り返しているロイは、アリスから見たらもう人間を超えている。それほどまでに、身体から大量の血が零れるというのは、それが発生した瞬間、本能的、原始的恐怖を覚え、トラウマになるほどの事態なのだ。
そしてアリスの集中力が途切れた結果、時流加速の魔術も維持不可能になり、世界が彼女の時間に追い付く。
「アリスゥゥゥ…………ッッ!?」
「アリスさん!?」
「ひぃ…………っっ……、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
シーリーン、マリア、ティナの泣き喚きながらの悲鳴が戦場に響く。痛々しいなんてレベルではない。あくまでも今、息絶えそうなのはアリスなのに、3人の慟哭は断末魔の絶叫さえ彷彿とさせて、同時にそれは鎮魂歌も連想させ、追撃の絶望と言わんばかりにバッドエンドで閉幕する演劇の主題終曲さえ思い起こす。
「ティナちゃん! 封縛天鎖を使ってくださいね! シーリーンさんとわたしはアリスさんに肉体強化と治癒魔術の遠隔キャストをします!」
目の前で友人が弟に殺されようとしている。そんな悲劇に途轍も途方もない焦燥を自覚しながら、マリアは2人に叫ぶように指示を飛ばした。
指示通り、ティナは封縛天鎖を顕現させて、その片方の先端をアリスに向かって射出する。
が、しかし――、
「は、っ、弾か、れ…………た!? 虚、空に!?」
「マリアさん!? ワイヤーは!?」
「アリスさんが時流加速の魔術を叫んだ時点で解除してありますねッッ!」
そう、アリスだって馬鹿ではない、むしろ学生、及び新兵として非常に優秀な女の子だ。
必然、彼女がなぜ時流加速の魔術の名称を大声で叫んだかといえば、マリアに、せめて自分の周囲のワイヤーを解除してくれ、と、暗に伝えるためだ。流石に眼前にロイが迫っていたから悠長に意思疎通している時間が皆無だったが、それでもマリアは彼女の意図を察して、その時点で彼女の周辺のワイヤーを解除していたし、ティナに封縛天鎖を使うように指示した時点では、改めて他に残っていた全てのワイヤーを解除した。
それなのにこの戦局、なにかがおかしい。
だが不幸中の幸いか、その違和感の正体にマリアは即行で気付く。アリスが虚空に斬られて、ティナの封縛天鎖が虚空に弾かれたとなれば、絶望の度合いの割に推測は容易だった。
「斬撃の空間配置ですね…………ッッ! わたしの【魔弾】同様、魔剣の軌跡に物を斬る性能を宿した!?」
「そんな!? いつの間……、…………ッッ!」
回想するシーリーン。そう、ロイは覇剣であたり一帯の建造物を悉く爆散させて見晴らしを良くする直前、魔剣を使い立体的機動をしていたのである。恐らく、斬撃を空間に配置するのにあたり、魔剣を振る速度、方向、動作は一切不問であり、ただ配置しようとしている空間に刃が通りすぎればいいのだろう。
とにかく、微動さえしなくなったアリスの周辺がロイの領域ということは判明、理解した。そしてマリアにアリスを見捨てるという選択肢はない。ならば畢竟、ロイのアリス殺害を妨害して、彼に、先に邪魔者を排除しないと先に進めない、と、思わせる囮が必要だ。
その考えに至った刹那、シーリーンとマリアは揃って頷き――地上に降りる。
「~~~~ッッ! 【魔弾】! フィフスキャスト!!!」
シーリーンが【魔弾】を5つ撃つが、どれもロイに当たることはない。
が、代わりに爆散した建物の残骸や汚れきった地面に当たり、そして砂埃が発生する。
結果、斬撃が配置された空間だけは砂埃が避けてしまい、ロイの周辺に無数の線が見えるようになった。
「ティナちゃん! これで配置された斬撃は見えるよね!?」
「わたしたちが戦っている間に、アリスさんをッッ!」
「………………ッッッ!!! っっ、はいッッ!」
自分だけ安全な距離にいることにティナは下唇を噛むほどの無力感を覚えたが、それでもそれは自分にのみ与えられた任務なのだ。封縛天鎖と空守銀翼を持つ自分にしか遂行できない使命なのだ。ゆえに、はい、と、答える以外に返事はいらない。
そしてティナの返事を聞くと、シーリーンとマリアはロイにありったけの魔術を撃ちまくった。
が、その刹那――ッッ、
「――――【万象の闇堕ち】…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ォォォ…………ッッッ!!!!!」
「「ッッ!?」」
シーリーンとマリアの足元に血だまりならぬ闇だまりが出現し、先端に人間の手が備わっている触手が2人の身体にまとわりつく。いかに魔術で触手を破壊しようとしても、足元の円状の漆黒を破壊しようとしても、その全ての抵抗が吸収された。そして真綿で首を締めるように、足、脹脛、太もも、股と脚の付け根、という順番で2人は地獄へ沈み始める。
2人は知っていた、この魔術が対象を強制的に地獄へ逝かせる魔術だ、と。
2人がアリスのように空間に干渉できる魔術を1つでも使えれば、あるいはイヴのように自らの肉体を光に変換できる魔術を使えれば、3~5%ぐらいの可能性で、この状況を打破できたかもしれない。
だが、2人に【万象の闇堕ち】を攻略できる実力はなかった。加えて、この触手は漆黒の底なし沼から脱出を図る者を追尾する性能がある。ここでティナが航空機動力を活かして救出にきても、彼女まで闇に飲まれるだけだし、そうすれば、今度は誰がアリスを救うのか、ということになってしまう。
こうして、ロイ対シーリーン、アリス、マリア、ティナの戦闘は終焉を迎えた。
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