ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章1話 第1特務執行隠密分隊、抗う!(1)
「ティナちゃん! 申し訳ございませんが、この避難所の責任者に、弟くんがBブロックに出現したと、わたしの代わりに報告してきてください!」
「は…………はいっ!」
強烈な眩暈がするほどの緊張と焦燥が飽和、奔流、拡散し、精神状態を汚染して、戦場の雰囲気が凄絶に張り詰める。まるで薄氷を踏むような感覚、まさに断崖絶壁に立つような心境。皮膚の表面はジリジリと灼けるようで、喉が渇き額には汗が滲む。まさに落雷に撃たれたかのごとき臨戦状態だった。死神の顕現、王都の炎上、そして魔王軍最上層部の敵兵の密入国。これらによって絶望的、狂気的なまでに蹂躙暴虐された王国の民草の平穏な日常がこの刹那、死体に鞭を打つかのごとく、凄惨で無慈悲な追撃を開始される。
敵兵は肉親で殺意は本物。躊躇いと懊悩が芽生えた瞬間、眼前の家族は紛うことなく自分たちを血煙と灰燼に還すだろう。家族の愛は罅割れて、今の弟に姉の声が届く道理はない。ゆえに至極真剣に、衝動的に突き動かされ、一刻さえ競うようにマリアはティナに指示を飛ばしたのだ。いつまでも呆然、放心していたら殺される、と。
「シーリーンさんはわたしとアリスさんのサポート! アリスさんは脳内にストックしている魔術で直接弟くんを狙い、戦闘不能状態に! わたしは弟くんの動きを予測して、偏差射撃による牽制を行いますね!」
「「了解!」」
「では! 戦闘開始ですね!」
分隊長であるマリアが迅速に、大声で宣言し、いざ、真夜中の戦闘が開始される。
瞬間、マリアは詠唱破棄で【魔術大砲】のトリプルキャストを放った。轟々と胎動、燃焼する大気中の魔力。そして巨大な魔力の砲弾が放つ煌々とした淡い色彩の燐光。まさに蒸気機関車ほどの速度を誇り、直線的ではなく曲線的な軌道を描いて、3方向から5階建ての建造物の屋上にいるロイを撃ち落とそうと爪牙を剥く。
無論、ロイは回避行動のため跳躍。その圧倒的な脚力、瞬発力は従来の虎や狼ではなく、神話に登場し神々さえ獲物と扱い喰らい尽くす虎、狼さえ彷彿とさせ、足場となっていた建造物の屋上には轟音と共に放射状に亀裂が奔った。
そしてロイが次の足場に着地するまでのわずかな時間に――、
「ティナちゃん! 今ですね! 行ってください!」
「…………ッッ、はい!」
殺し合う仲間たちに背中を向け、後悔と自責に表情を歪ませながら必死に走り始めたティナ。
ティナだって弁えている、これは感情論では絶対に解決しない事態だと。ここで自分が、でも……、とか、けれど……、とか、戸惑って足踏みした時間の分だけ状況が逼迫していくのだ。自分は今、シーリーンの管理下にあり、そしてマリアはそのシーリーンの所属する分隊の隊長。ゆえにティナがマリアの指示に従うのは自明でしかない。
シーリーンは七星団に入団しているから当然なのだが、ティナだって理解している。隊長や上官の命令は絶対遵守だ、と。
今まで何度も何度も、再三、そういうことをロイも第1特務執行隠密分隊の面々も考えていたが、実はそれは七星団に入団していないティナも同様である。戦時中の王国の住民ならば、軍事力を持つ組織に所属しているか否かを問わず、当然のように考えている価値観がこれなのだ。とどのつまり一般教養というモノである。
確かに、仲間、同胞、戦友、それも愛し合っている男女同士で本気の戦闘をするのは残酷無情なこと。そしてそれに疑問を覚えているのも事実だし、例え気弱なティナであっても、誰かに訊かれれば声を大にして、こんな現実、戦争は間違っていると主張できる。最後に、それは平和を望む国民なら非常に真っ当な感性であり、結論だ。
だが、愛と勇気、理想だけでこの狂気で充満した戦争を終結に導けるか、と、そう問われれば、子供だって否と答え、ゆえに、戦略的思考に感情はいらない。
その結果として、ティナがみんなに背中を向けて走り出すのは必然でしかなく、決して責められるような行いでもなく、むしろ非常に合理的で評価に値する行動だった。
そしてそれを尻目に確認した第1特務執行隠密分隊の3人は次の一手に打って出る。
「ロイ! あなたにこの魔術を見せるのは本当に久しぶりね! 入学式以来かしら? 【硝子の心得】!!!」
アリスが叫んだ次の刹那、王立公園の近隣にあった建造物が一切合切、色彩を剥奪され無色透明と化す。そう、これはアリスが言ったとおり、七星団学院の入学式のあとに、女の子に囲まれて困っていたロイを助けるために彼女が使った、対象を透明化させる魔術だ。
透明化魔術の効果範囲は現在アリスが立っている地点から見た前方、その500m四方である。その内部であれば遍く固体は体積、重量、形状と材質を不問として透明になるのだが、一例として、地方より圧倒的に建築技術が進んでいる王都でも珍しい7階建ての建物でさえ、今のロイの眼球からすれば虚無も同然だった。
「確認よ! 物質透明化の魔術を使ったけれど、2人には見えるわよね!」
「うん! 問題なし!」
「大丈夫ですね!」
これで戦場のアドバンテージは第1特務執行隠密分隊の方に宿った。相手には戦場がどのような様子か一切判別が付かないのに、こちらは敵の足場がどうなっているか一方的に理解している状態なのだから。
そして、次の瞬間、ロイが透明化された建造物の屋上に着地する。アリスが物質透明化の魔術を使ったのはロイが跳躍したあとだったから、この1回に限り、彼は跳躍前に確認した着地座標の周辺の記憶をもとに、無事、魔術攻撃を回避することに成功できたのであろう。
この間、実に3秒しかないやり取りだった。
そして暴走状態で理性を失っているロイは、獣同様の思考能力ながらも、周囲を確認して状況を把握する。
「魔…………剣、エク……スカ、リバー…………ッッッ!!!」
己が剣の名前を紡ぎ、エクスカリバーを顕現させるロイ。しかしそれは聖剣に非ず。聖剣が魔剣になる想像と、前回の大規模戦闘で左手に宿った闇の魔力を大量に、洪水のように流し込み、魔剣に変化させたエクスカリバーであった。
厳然と大気が震え、唸るように風が渦巻き、闇の魔力は漆黒に輝くという意味不明な現象を撒き散らし始める。穿つは最愛の恋人たちであり、目的は迷いなく殺人の執行。抵抗感や忌避感という代物は路傍の石同然と嘲笑い、人間としての禁忌、大罪を足蹴にするかのごとく、その技名は月夜に哭いた。
「魔剣…………の、波動ォォォ…………ッッッ!」
背中で数多の蟲が蠢くような錯覚に陥りそうなほど、心底悍ましい声が木霊したあと、ロイは魔剣を振って漆黒の極光を王立公園に撃ち放つ。
先刻のマリアの【魔術大砲】など児戯に等しいと唾棄、侮蔑するかのごとき威力と規模と速度。黒光が進むごとに反響する悪魔の断末魔じみた爆音はシーリーン、アリス、マリアの鼓膜を凌辱して、着弾まで、残り7秒。
幸いにも、もうシーリーンたちの周辺に避難民はいない。再度、別の避難場所に移動を開始しているだろう。
それをすでに認識していたマリアは、すぐにシーリーンとアリスに指示を飛ばす。
「散開! わたしたちは魔術師です! 騎士である弟くんを近付かせないように戦ってください!」
「「了解!」」
各々、肉体強化の魔術をキャストして、魔剣の波動を回避する3人。
次いでそのまま建造物の方に接近した。シーリーンとアリスはロイの右方向に、逆にマリアはロイの左方向に。魔剣を使う相手に魔術師が近付くのは愚かだが、まだ王立公園から逃げ遅れている人がいるかもしれない。そして一帯の建造物を透明化して、ロイには見えなくても自分たちには見えている。この2つの理由で、3人は少なくとも公園から建造物よりに戦場を移そう、と、考えたのである。
3人がその場から跳躍した次の一瞬、まるで隕石が堕ちたかのような衝撃が王都全域に響き、かつて芝生だった場所には抉れた焦土しか広がっていなかった。
あれを受けたら一撃で死ぬ。身体は融解し、灰の1つすら遺らないだろう。そう確信した3人は常に走り続け、例え魔術を使う時でも止まらないことを決定する。
「…………ッッ、ストック解放! 【雷穿の槍】、フィフスキャストッッッ!」
長槍を模した黄金よりも光輝を放つ雷が、バチバチと暴力的な稲光を散らし、いざ、ロイに対し5連撃を挑む。速度は雷速、威力は充分、アリシアほどの怪物でなくても、本来、使えば確信を持って人間を殺せる魔術である。
狙いは脚ではなく普通に胴体。表面積を考えるなら胴体を射撃した方が命中しやすいし、なにより、今のロイは理性を剥奪された代わりに実力を強化されている。本能的に回避行動を取るはずゆえに、傷を負うことはあっても死ぬことはないだろう。
しかし――、
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