ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
3章9話 シーリーン、最悪の形で再会する。(3)
シーリーンは驚く。なぜか、アリスが涙を流し始めたのだ。否、アリスだけではない。マリアもシーリーンから目を逸らして、つらそうに下を向いている。
アリスだって、マリアだって、私情と任務は切り離すべき、と、それは七星団の団員として理解していた。しかし上手く頭で心を制御できなかったのである。もう、『あの報告』を受けた時点で、心は致命的なまでにメチャクチャになってしまっていた。
アリスが言い淀んでしまったので、代わりにマリアが口を開こうとした、ちょうどその時――ッッ、
「愚……ッ、ゥゥ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………………オオオオオオオオオオ……………………ッッッ!!!!!」
「「「「…………ッッ!?」」」」
避難場所から視認できる建造物の屋根の上、そこに1体の魔獣が現れた。
それとまったく同時に、避難していた国民は一斉にパニックに陥ってしまう。大人でさえ正常な判断を下せなくなり、老人は転んで子供は親とはぐれて泣きじゃくる。シーリーンたちと同じくここに配属されていた七星団の団員が、いくら落ち着いて行動するように指示しても、パニックは加速度的に伝播拡大するだけだった。
その禍々しい姿を見ただけでわかる。その咆哮を耳にしただけでわかる。あの魔獣は人を殺すことに微塵も躊躇わないだろう、と。
が、彼の正体に気付いたシーリーンは放心して――、
「…………………………えっ? ………………えっ? …………いや、……………………あ、アリ、ス、……………………えっ? ……………………ん? …………えっ?」
「ひぅ……っ! あ、あ、っ、アリス、さん…………っ、マリア、さん…………っ! あの魔獣……って!?」
「…………ッッ! ロイよ」
余計な情報はいらない。なにをどう取り繕ったところで目の前の現実も、自分たちに言い渡された内容も変わらないし、同時に、自分たちの心の傷、感情の混乱がどうにかなるなんて、そんな理想、抱いていなかったから。ゆえにアリスは涙を流しながら、ただ端的に言い放った。
「…………ッッ、国王陛下からの使命ですね。弟くんが闇属性の魔力に飲み込まれた。ゆえに、殺さなくていいから、時間を稼げ」
アルバートにしてもこれは苦渋の決断だった。
責任は全て自分が負う、という旨のシャーリーの伝言のおかげで、自分とは違う意見の大臣たちを従わせることには成功した。シャーリーに全ての責任を押し付けられるのなら、自分たちはノーリスクで理想論を行動に移せる、と。
無論、シャーリーがそう言っているからといって、本当に彼女1人で責任が取れるのか、という反論もあった。しかし、実際、信じられないことに取ることは可能なのだ。
アルバートたちが責任をなんとか最小限に留めようとしたのは、この事件が終わったあと、そして責任を果たし終えたあとも、国家は戦争に敗北しない限り存続するから。要するに、今後の国家の運営、そして魔王軍との戦争を大局的に見据えて、責任、言い換えれば未来の可能性、今後起こせる戦略的行動の幅を狭めてしまう負債を減らそうとしたのである。
では、シャーリーはどうかというと、時属性の魔術の天才ということもあり、相応の時間がかかってしまうが、まず、ロイが壊した建造物などの修復は可能。当然、ロイが人を殺せば、法律に則ってシャーリーも死者を蘇らせることはできないが、しかし、シャーリーとアルバートたちには明確な違いがある。即ち、その存在が長期的か否か。国家、及び七星団が今後、繁栄を続けるのに対し、シャーリーは特務十二星座部隊の一員とはいえ、所詮は1人の魔術師にすぎない。言わずもがな、シャーリーほどの実力者を失うのは七星団としても痛手だし、彼女の実力をわずかでも知っていれば、過小評価なんてできるわけがない。
しかし、1人の魔術師には変わりなく、なにが言いたいのかというと、責任が次の世代に受け継がれない、ということ。
シャーリーは強いが、生き物(厳密には幻想種ではあるが)である以上、戦死にせよ、天寿をまっとうした大往生にせよ、いつか必ず死んでしまう。つまり最悪の場合、彼女が死ねば、それで責任の追及先をうやむやにできる。
一方で王国や七星団というコミュニティというモノは、王様が死んでも、団長や参謀本部の誰かが死んでも、次の世代に受け継がれ、追及先が変わることはない。
これが個人を責任の追及先にするか、団体を責任の追及先にするかの違いだった。
もちろん、大多数の国民が知っているし、知らない者も少し調べれば知ることになるが、シャーリーが七星団の一員というのは周知の事実だ。今さら誤魔化しようがない。
ゆえに団員がしたことの責任は、七星団の責任でもあるのではないか、という国民からの反応も充分に予測できるが、最悪、その時は特務十二星座部隊には独断専行の権限を与えていた、という本当の情報を応用すればいい。
そして最後に、これはロイを救うために特務十二星座部隊の一員ほどの実力者を切り捨てる作戦ではない。ロイを救ったあと、シャーリーには自分で言ったとおり責任を取ってもらう。具体的には、主に、より安い賃金で戦争の最前線に何度も何度も投入する、という形で。そうすれば、国民の追及はシャーリーに集まるのに、当のシャーリーに責任を取らせながら特務十二星座部隊に所属させ続ける、ということが可能。
そして、アルバートは考えた。
彼にだって、この方針に思うところがないわけではない。事実、この方針は残酷なまでに他人のことを道具として扱い過ぎている。かなりの可能性で、シャーリーの今後の人生はウソ偽りなく破滅するだろう。しかしこのような非常事態で求められてくるのは、基本的にいつもいつもいつも、最大公約数的な結論なのだ。要は、落としどころにどれだけ多くの国民が納得してくれるかに努力するようなもの。王国の王様とはいえ、1人の意見がそのまま通ることなんて滅多にない。
だからこそ、苦渋の決断。
ただ1つだけ、奇跡のような解決策があるとしたら――、
――それはシャーリーが言っていた、起死回生の一手とやらが上手く発動すること。
が、実はそれにも問題はある。
即ち、その一手が発動するまでに誰かがロイを足止めすること。
事実上、それは――、
「そんな……っ、シィたちにとってそれって、捨て駒、死刑宣告と同じじゃ……ッッ!」
シーリーンは嘆く。
そう、基本的には彼女の言うとおりだ。彼女たちだってそれなりに戦える。イヴが離脱している今、ロイと比べたらまだまだ弱いが、3人もいれば互角の戦いもできるだろう。
つまりそれは、言われたとおりに時間を稼ぐということも別に不可能ではなく、それそのものは比較的簡単ということ。
と、いうより、3人は命令されずとも、最愛のロイを殺す気なんてあるわけがなかった。
ならば、この命令はある意味、望むところの命令でもある。
だが残酷なことに、3人にロイを殺す気はなくても、ロイは今、理性を失っていて、3人を殺す可能性も充分あって、つまりこれは手加減を強制された者たちと本気で殺しにくる獣の戦い。
だからこそ、多少、大げさな表現だったかもしれないが、シーリーンの言うとおり、死刑宣告。少なくとも捨て駒には変わりない。
受けた命令は時間を稼げという、ただそれだけのモノで、具体的な数字は明らかになっていないのだから。
戦時中の国で生きていれば、どんなバカ、どんなグズにだってわかるだろう。
ジリ貧しか確定していない。
端的に言って絶望だった。
「…………ッッ、やりますね、シーリーンさん、アリスさん……ッッ!」
「「…………ッッ」」
「状況は最悪ですね。最愛の弟くんとはいえ、向こうは殺意の有無はともかく、戦う気満々で、一方でわたしたちは弟くんを殺す気で戦ってはいけない。薄々察しているとは思いますが、弟くんを殺したら、ただわたしたちが悲しいだけではなく、本当に世界を救えなくなります。その上、なぜか弟くんはパワーアップしていますし、待ち構えているのはジリ貧だけですね。でも……ッッ」
「「――――」」
「わたしッ、イヤですからね!? わたしたちが死ぬにしろ、弟くんが死ぬにしろ、弟くんと今後一生、ラブラブイチャイチャできないなんて!」
すると、マリアの叫びによって決意を固め、シーリーンとアリスも魔術をすぐに発動できる状態に準備完了する。
そして――、
「いつ終わりがくるのかはわからない! けど、抗うわ! だって、既存の結末に満足できそうにないんだもの!」
「うん……ッッ、シィも戦うよ! ロイくんが闇属性の魔力に飲み込まれちゃったのは、すごくつらいし、悲しいし、苦しいし、正直、信じたくもない! でも! ロイくん、何回もシィたちのために戦ってくれているんだもん! たった1回ぐらい、シィたちだってロイくんのために戦わないと、それは両想いって言えるわけがない!」
瞬間、半分魔獣と化したロイはシーリーンたちに視線を向ける。
声が聞こえたわけではなく、臨戦状態になったことで、魔力を感じ取ったからなのだが、どちらにしても気付かれたことには変わりなかった。
そして――、
今、ここに――、
――ロイVS第1特務執行隠密分隊が始まった。
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