ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
2章12話 ロイ、チカラを与えられる。(3)
「いや、微塵も悪くない。俺は人やエルフ、ドワーフやフーリーなど、性別や年齢、国家や出身、種族、宗教、所属組織、敵も味方も、一切合切の森羅万象を問わず勇気を信じている。そうだ。生き物はどんな逆境でも乗り越えられる。努力すれば、夢はいつか必ず叶う。勇気や努力、愛や可能性はこの世で最も尊ぶべき事象であり、ゆえに、敵軍に所属しているとはいえ、俺もお前の考え方に強く賛同する」
「…………は?」
と、拍子抜けするロイ。
翻り、ゲハイムニスは歌うように、舞台に立った役者のように続ける。
ロイとバッティングする先刻まで、表情も、目も、声も死人のようだったのにも関わらず、だ。
「当然だろう? 自明ではないか。お前に限らず、愛する人、近しい人が亡くなれば悲しい、つらい、苦しい、目頭が熱くなり溢れんばかり涙が零れる。それはもう大河のように。それは知性を持つ生き物として至極真っ当な感情であり、反応だ。実に、嗚呼、実に誇らしい。愛する者の死に哀悼の意を捧げられるなんて。ゆえにロイ、お前は善人だよ」
まさか敵軍の最上層部の一員に、自分の考えを肯定されるとは思ってもみなかった。
だが、このような状態から、ロイの持論の崩壊が始まる。ゲハイムニスの手によって。
「しかし、その答えを聞いて確信した。やはりお前は世界を愛してなんかいない。お前が愛しているのは、その世界に生を受けているシーリーン、アリス、ヴィクトリア、そしてイヴとマリアであり、住むところがなくなったから困るから、ついでで世界を守ろうとしているだけだ」
「…………ッッ! ハッキリ言って、ボクたち王国側は、あなたたち魔王軍の目的をほとんど看破できていない。だが、その世界の秩序を乱すヤツらに、そんなことを言われたくもない!」
「認識が甘いな。ついでで救えるような世界なら、誰も苦労なんてしないというのに」
ロイを相手に辟易としたのか、ゲハイムニスは深い溜息を吐く。
それがロイの神経を逆撫でしたのは言うまでもない。
「お前にボクのなにがわかる!?」
「お前の5人に対する愛がわかる。それもう、胸に迫るほどに、な。喜べよ、共感、理解、肯定、賛美してやる。お前の5人に対する恋愛感情、そして家族愛は本物だ。そして、愛は世界を救うとよく言うが、俺はその言葉に感銘を受けた身なのだよ。ゆえに、その救世の要素を5つも宿すお前を時に羨ましく、時に妬ましく思うのも必然、必定、道理だろう? 実に、救世と、それに対しての現状の認識不足だけが至極残念だ」
「なん……、だと……ッ」
魔王軍の軍人が『愛は世界を救う』という言葉に感銘を受けた?
ロイからすれば、冗談もほどほどにしてほしかった。こちらの戦力を何万人も殺してきて、現在進行形で王都に死神を放置している連中の1人が、愛による救世を欲するなど、矛盾、論理破綻もいいところである。
正直、バカにされているようにしか思えない。
しかし、ゲハイムニスの語る愛には、どこか敵であるロイでさえ反論を口に出せないような本気があった。
「――――嗚呼、残酷にして崇高な二者択一、端的に言えばジレンマだ。業と言っても差し支えないだろう。世界を愛している、ゆえに、シーリーン、アリス、イヴ、マリア、ヴィクトリアに対する愛は世界への愛を前に1段劣るか。あるいは5人を愛しているだけで、世界は5人を愛するためのフィールドだから守らざるをえないだけか。中身、本質を大切にするか、器、形式を大切にするか。皮肉だな。愛を尊く思っているがゆえに、泣きたくなってくるよ。誰か、なにかを愛するということは、また別の誰か、なにかを比較的、相対的に愛さないことなんて」
「なにを言って……」
「なぁ、ロイ。俺は答えた。ならば必定、次はお前が答える番だ。お前は愛が世界を救うと思うか?」
すると、ゲハイムニスはロイに一歩近付く。そして、もう一歩、もう一歩。
魔王軍の軍靴が、カツ、カツ、と、石畳の地面を鳴らした。
「…………ッッ!?」
流石にロイも戦略的撤退をしようとしたのだが、しかし、いつの間にか身体が動かなくなっている。
そして、ついにゲハイムニスはロイの目の前に立って――、
「――――いや、わかりやすく言い方を変えよう。シャーリーと【土葬のサトゥルヌス】の死闘を見て、実力不足を痛感しているところだろうが、あいつらのように強くなりたいか?」
驚愕するロイ。なぜゲハイムニスがシャーリー対【土葬のサトゥルヌス】のことを知っているのか意味不明だった。あの殺し合いは時の流れが止まった世界で行われたことだというのに。ゲハイムニスの口ぶりは、どこからどう聞いても、あの戦闘を見ていたことをほのめかしている。
ロイの眼、瞳孔には、もうゲハイムニスが不審者のようには映っていない。
今、ロイの瞳には、ゲハイムニスが得体の知れないバケモノのようにしか映らなかった。
だが、確かに、強くなりたい。
それはウソ偽りなくロイという少年の願望、否、渇望であり、つまるところ本心であった。
だからこそ、不思議なことに、ゲハイムニスの言葉には正体不明の甘美な響きがあったのだ。
「いや、最後にもう一度だけ言い方を変えよう。こちらにはこちらの都合、計画がある。お前には、強くなってもらわないと困るんだよ。お前にはお前の想いがあるように、俺には俺の悲願、成就すべき愛があるのだから」
「…………ッッッ!」
ゲハイムニスの左手がロイの左腕を掴んだ。
そう、前回の大規模戦闘で汚染されて、今なお、アリシアの包帯で闇が暴走しないようにしている例の左腕だ。
次の刹那、ロイの左腕に抑え込まれていた闇が胎動し、うごめき、ざわめき、暴走を開始した。
もう、アリシアの包帯では制御が効かない。
「ガ……ッ! ァ、ア…………ッッ!?」
「率直に言って、今のお前は弱い、弱すぎる。ゆえにチカラを授けてやろう。感動し、受け入れて、呑み込んで、チカラを手に入れた幸福で前が見えなくなるほどの涙を流すがいい」
ゲハイムニスが言うと、さらにロイの中の闇が暴走を加速させる。
服を脱がなくても自覚できる。今、この瞬間、ロイの全身には魔術的な意味を込めた紋様のような、色濃い痣が拡大していた。左腕から始まり、左肩、胸部、右腕と腹部、首と下半身、そして最後に顔面。
眼球は血走り口元から血液を垂れ流して、全身から闇の魔力を噴出させた。
一言で言うならば、己が身体に眠っていた闇の浸食。
「ァ……ッッ、アァ…………ッッッ!? ガ、ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッッッッ!?」
そして、ロイ、暴走開始。
自我消滅。闇による意思の剥奪。
騎士としての矜持、純血ではないとはいえ王族としての誇り、そして男としての意地を全て虚無に還して、ロイはゲハイムニスの左手を振り払うと、普段の彼からは想像もできない魔獣のような咆哮、雄叫びを上げて、高く、高く、高く跳躍し王都の夜に消えてしまった。
そしてゲハイムニスがいずれやるべきだったことを今、無事終わらせて静かに瞑目すると――、
「 ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ!!!!!!!!!! 」
見ずともわかる。
ロイが衝動に身を任せて破壊活動を開始したのだ。
建造物が崩壊する轟音、ロイが生まれて初めてキャストした闇属性の魔術の爆音。そして逃げ惑う人々の悲鳴。
それを耳にしてゲハイムニスは――、
「――――安心しろ、ロイ。必ず上手くいく。いかせてみせる。ここまでは、俺の計算通りだ」
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