ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

2章10話 ロイ、チカラを与えられる。(1)



 ロイは自分で自分に対して身を焦がすほどの憤りを覚える。激しい怒り、深い悲しみ、嘆き、悔やみ、懊悩と懺悔、そしてその無限に続く連鎖。ありとあらゆる負の感情を抱いたまま、それでも自分にできることはなにもない、と、強く、強く、鮮烈に言い聞かせて、シャーリー対【土葬のサトゥルヌス】が終焉を迎えるまで、彼は適当な王都の物陰で息を殺していた。

 自分で自分が情けない。
 あの2人と比べたら、自分なんて砂や埃も同然だ。

 強くなりたい……ッ、せめて自分で自分を守れるぐらいには……ッ!
 でなければ、最愛の女の子たちを守るなんて夢のまた夢だ……ッ!

 今なお、ロイの網膜には2人の死闘の様子が灼き付いている。それは克明に、まるで焼き印のように。天が裂傷するかのごとき極光の明滅の乱舞。大陸が壊れるのではないかと錯覚するほどの振動。紛うことなくあれこそが最強の一角であり、今のロイでは手も足も出ない神域の戦闘だった。

 そして、シャーリー対【土葬のサトゥルヌス】が終焉を迎え、彼女がキャストした時間停止の魔術が解除されると――、

「よし、星下せいか王礼宮おうれいきゅうじょうに戻れそうかな……? 時間が動き出したってことは、門扉のセキュリティも正常に稼働し始めた、ってことだし……」

 なんとかロイは気持ちを切り替える。ウジウジしてここにい続けるなんて、自分を逃がしてくれたシャーリーのことを思うと、本末転倒だったから。
 普通なら、門扉の魔術的セキュリティが稼働していない場合、そちらの方がより簡単に城に戻れそうな気もするが、違う。星下王礼宮城の周りは当然だが城壁で囲まれており、門扉だって高さが10m以上ある。無論、肉体強化の魔術をキャストすればギリギリで城壁を上ったり、門扉を跳躍できたりしそうなものだが、魔力の反応を出してしまう、ということは、2人の殺し合いが終わる先刻まで、せっかく撤退できたのに【土葬のサトゥルヌス】に居場所を知られてしまうということと同義だった。

 が、今は違う。
 シャーリーが時間停止を解除した、ということは、自分にはどのような結末になったか依然不明だが、少なくとも【土葬サトゥルヌス】を撃退できたということだし、普通にセキュリティを解除するという方法でも、肉体強化の魔術をキャストするという方法でも、星下王礼宮城に入れるようになった、ということだ。

 もちろん、あまり考えたくはないが、シャーリーがやれらた、だから時間停止が解除された、という可能性もあるが、それならそれで、【土葬のサトゥルヌス】に捕捉される前に、なおさら早々に星下王礼宮城に入るべきだろう。

 ゆえに、ロイが城に向かい足を動かし始めた、ちょうどその時だった。
 路地裏の曲がり角で、ロイと『とある男』が衝突しそうになってしまったのは。

「あっ、す、すみません……っ」
「いや、なに、俺の方こそ……、……、……ッッッ!」
「…………ッッッ! あなた……ッ、その制服は!?」

 その男は魔王軍の制服を身にまとっていた。死体の眼球のように光が差さっていない無感動な瞳孔。全ての感情が死滅したかのごとき、やはり死体のような顔面。まるで幽鬼、亡霊のような雰囲気を漂わせており、世界、現実に、救いようがないほど絶望していそうな男性である。喩えるなら、彼の周りだけ、空間に存在する色彩いろがセピア色になっていて、時間の流れが止まっているような感じ、とでも言えばいいのだろうか。

 まるで老人のように白い髪。
 鮮血のように紅い双眸。
 見たところ、年は40代ぐらいだろう。
 外見も、雰囲気も、あまりにも特異すぎる。そしてなにより、再度になるが、身にまとっているのは魔王軍の制服。

 ロイはすぐさま、衝動的に肉体強化の魔術をキャストすると、エクスカリバーを顕現させながら、全力でバックステップしてその男から距離を取った。
 その男に向けるのはおのが聖剣の切っ先。ここに、ロイの臨戦態勢は整った。

 翻り魔王軍の男は微塵も戦闘に挑もうという様子を見せず、信じられない……ッッ、といった口ぶりで、静かにロイに問う。

「――お前はまさか、ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクで相違ないか?」
「――そういうあなたこそ、魔王軍の軍人で相違ないですね?」

 愚問だった。互いにそれを否定したところで、相手が納得してくれるはずもない。
 ゆえに自明。ロイの問いも、その男の問いも、どちらもYESなのである。

 それを同時に両者は察したのだったが、その瞬間、ロイが警戒を強めるのと裏腹に、魔王軍の軍人はクツクツと嗤い始めた。最初は片手で顔面を覆い、堪えるように。徐々に堪えきれなくなり、最終的には歓喜にも酷似した笑い声をあげる。

 男のどこかヒステリックな哄笑が、王都の夜に痛々しいほど木霊した。
 そしてそれが落ち着くと――、

「なるほど……ッ、なるほど……ッ、そうくるか! そうきたか! 運命はそのように収束するのか……ッ! このような歓喜は数年ぶりだ……ッ! とうの昔に感情なんて死滅したと思っていたが、まだ俺の中にくすぶっていたなんてな……ッ! 今、俺は世界に愛されている……ッ!」


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