ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

1章9話 マリア、吼える。(2)



 まず、これで1つは繋がった。

 ほんの十数秒前343話、ロイが撃った飛翔剣翼で死神はわずかに意識を逸らした。
 次いで、ほんの数秒前344話、【土葬のサトゥルヌス】が撃った闇の魔術で、偶然にも第1特務執行隠密分隊は窮地を脱出することに成功。

 結果、イヴはようやく魔術防壁を解除して、足場となっていた屋根の上に寝転び、奥の方が痛んでしまった喉で、荒く深い呼吸を何度も何度も繰り返す。

「イヴちゃん……ッ! 今、ヒーリングしてあげますからね!?」
「あ……、り、が、と……、……、う、だ……、……、よ、……」

 イヴは今にも死にそうだった。と、いうより、シーリーンがヒーリングをテンスキャストしていなかったら、イヴは間違いなく死んでいただろう。

 少しでも効果を高めるために。
 わずかでもイヴを救うために。
 マリアの他に、シーリーンとアリスもヒーリングをキャストしながらイヴのもとへ近寄る。

 無論、3人のヒーリングよりも、イヴ自身のそれの方が、圧倒的に効果がある。
 しかし、今のイヴには自分自身に魔術をキャストする体力的余裕も、魔力的余裕も、そして精神的余裕もなかった。

 ゆえに、イヴが大人しく3人からのヒーリングを受けていると、ふいに、マリアの念話のアーティファクトに着信が入った。

「お姉ちゃん……、もう、一人、ぐらい……、抜けても……、大丈夫、だよ……」
「でも……っ!」

「それ、に……、それは……、任務、に、関係、する……、念話の……、はず……、だよ……。出ない……、わけ、には……、いか、ないん……、だよ……」
「~~~~っ、わかりました」

 一瞬、マリアは下唇を血が流れるぐらい強く噛んだ。
 単純に、自分に苛立ちを覚えたのである。妹がこんなにボロボロになるぐらい頑張ったのに、ヒーリングをやめて任務だからと念話に応答する自分はなんなのか、と。

 しかし、マリアはいい意味でも悪い意味でも、ロイ、シーリーン、アリス、そしてイヴより大人だった。
 私情と仕事はここですぐに割り切って、努めて冷静に念話に応答する。

「はい。こちら第1特務執行隠密分隊、分隊長、マリア・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク新兵です。スピーカーモードで応答します」

『よかった! やっと繋がった! こちら特務十二星座部隊の枢機卿、セシリアです!』
『それと、初めましてじゃな。ワシは特務十二星座部隊、星の序列第11位の【宝瓶】、エクソシストのニコラス・グラァ・ティーチュー・ド・ブラックじゃ』

「お初にお耳にかかります、マリア・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク新兵です。こちらの戦況ですが、分隊長マリアを始めとして、シーリーン、アリス、イヴ、全員が生存しています。ただし、もうイヴは戦える状態ではありません。それで、上官を急かすようで大変恐縮ではございますが、そちらのご用件は?」
『まずはセッシーから。イヴちゃん、よく頑張ってくれたね。もう魔術防壁は展開しなくてもいいよ。今、準備が整った』

「と、申しますと?」
『セッシーを含めた特務十二星座部隊の3人、セッシー、イザベルちゃん、カレンちゃんの3人で、もういつでも、多重球体型、時間経過拡張式、対王都直接敵襲用、光属性Sランク神聖結界魔術、【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】をキャストできる、ってこと』

 これで2つ目の点と点が繋がった。
 このようなやり取りを経て、セシリアたちは【色彩放つ光輝瞬煌の聖硝子】をキャストするに至ったのである。

 そして次に、3つ目の点と点の繋がりだが――、

『次はワシじゃな。今、現在進行形でそちらに応援を送っておる。同時に、結局は吹っ飛ばされたが、死神の包囲も並行してやっておった。どうやらイヴちゃんが負傷しているようじゃから、応援がきたらイヴちゃんを真っ先に七星団の本部に運び、その後、3人も然るべきヒーリングを受けるのじゃ』

 すると、その時、マリアは2つの視線を感じた。
 アーティファクトを耳に当てたままその視線を辿ると、そこには覚悟を決めた顔付きのシーリーンとアリスが。

 嗚呼、自明、実に自明だった。
 一番ボロボロになるまで頑張ったイヴは、この中で一番年下である。

 なのに自分たちは、彼女のお手伝いを少ししただけなのに、一番安全な七星団の本部の最奥でヌクヌクとヒーリングを受ける?

 冗談にもならない!
 マリアは心の中で絶叫する。否、マリアだけではなかった。シーリーンも、アリスも、3人とも同様に心の中で自分をなじる。

 こういう場合、この3人と、そしてロイのことを少しでも知る者なら、ロイにあわせる顔がないから、3人は続けて頑張る選択をするのだろう、と、そう推測する人もいるのかもしれない。

 だが、それは大きな間違い。
 確かにロイにあわせる顔はなくなる。
 けれどそれ以上に、イヴ本人にあわせる顔もなくなりそうなのだ。

 確かに3人はロイが好きだ。でも、だからといってロイに対する愛だけが、この3人の人間関係の糸ではない。
 シーリーンも、アリスも、そして姉であるマリアももちろん、イヴのことを大切に思っているのだ。

 ゆえに、今宵は――、
 ――ロイのためではなくイヴのためにも戦う。

『あれ? マリアちゃん? 聞こえた?』
「聞こえております、セシリア枢機卿。ですが、ニコラス上官、僭越ながら進言したいことがあります」
『なんじゃ?』

「第1特務執行隠密分隊のイヴ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク以外の3人、マリア、シーリーン、アリスは、まだ戦えます」
『そうか……、しかし、ワシはこういう時、相手が目上ゆえに取り繕った表現ではなく、相手が誰であろうと主張したい心の声が聞きたいんじゃがなぁ』

「いいんですね?」
『ああ、かまわん。好きに吼えろ』

 すると、マリアは大きく息を吸って――、
 そして吐いて――、

「自分の大切で大切で大切な妹がァ! わけのわからない骸骨野郎にィ! ボロ雑巾みたいにされたんですからね!? 許せるわけがないでしょう!? 自分に実力が不足していることなんて百も承知……ッ! 敵は恐らく特務十二星座部隊レベルの実力を保有している! 一方、自分たちなんてしょせんは新兵! 討伐することは天地がひっくり返っても絶対に不可能! その上で! この落とし前、せめて一矢でも報いらないと、腹の虫が収まらないんですよねェ……っ!」

 生まれて初めて、マリアはキレた。
 自分で自分をバカだと思う。こんなのは自分に似合っていない、と。こんなのは自分のキャラクターじゃない、と。みんなのお姉さん、みんなの先輩、みんなの分隊長、みんなの年上、そういうイメージから逸脱している、と。

 が、イメージを守ることが、妹をここまでされたから反旗を翻すことより、大切なことなのか?
 そんな道理、微塵すらあるわけがなかった。

 妹がボロボロにされた。
 姉ならその相手にブチ切れるのが自明というモノ!

 明日になったら思い出しただけで恥ずかしくなる? 黒歴史確定の発言?
 そんなこと、マリアは知らない。この瞬間、自分たちが生きているのは今なんだ。
 なら、昨日でもなく、明日でもなく、今、この瞬間を大切にするのは至極当然。

 例えるならレナードのような口調でも、それぐらい、マリアは実力が不足していた自分にも、妹を殺そうとした死神にも、身を焦がすほどの怒りを覚えているのだ。

 せめて一矢だけでも報いよう――、

 ――倒すことはできなくても、せめて、一太刀ぐらいを浴びせることなら。

 ――敵が特務十二星座部隊に匹敵する実力を持っていても。

 ――それぐらいなら、自分たちにだって!

『ガッハッハッ、吼えたな、小娘? ならばよし! イヴちゃんを見送ったのち、死神の包囲殲滅に尽力せよ! シーリーンちゃんと、アリスちゃんも、いいな!?』
「「「了解!」」」


コメント

  • 虎太郎

    マリアの絶叫…。
    泣けた!

    2
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