ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
1章2話 【土葬のサトゥルヌス】、禁断の魔術をキャストする――(2)
「…………ッッ」
開戦と同時に、シャーリーは速攻で時間を止める。
――――――――――ッッッ!!! と、ロイの耳には無音が聞こえた。なにも音がしないのにそれが聞こえる。そんな意味不明、理解不能な現実を目の当たりにするロイ。畢竟、彼は一瞬だけ、撤退することを忘れて深く、深く、より深く、シャーリーの魔術に恐れ慄いてしてしまう。例えそれが自分をアシストするモノだったとしても、だ。
「これは……ッッ、ボクも自由に動ける時間停止!?」
「命令――早く行って! 時間停止の最中に敵を殺しても、時を再び動かし始めないと命のストックを1つ減らしたことにならない! あいつの命のストックの数だけ、これを繰り返すことになる! さぁ、早く!」
ロイだって身のほどを弁えている。今は撤退――より鮮烈な言い方をするなら、シャーリーに全てを投げ捨てて逃亡するのが、自分の身の丈にあった判断だった。
シャーリーは優しい。新兵に対しての上官の命令という形で、ロイに上官からの命令なら仕方がない、という理由を与える形で、退散する機会を与えたのだから。
それを無駄にしてはいけないのは当然だ。
すぐさま、ロイは【強さを求める願い人】をフィフスキャストする。
そしてそのロイが跳躍して、それを繰り返して、数秒後、約500m離れたことを確認すると――、
「使用――【絶光七色】ッッッ!!!」
撃ち放たれる光速の攻撃。世界には普通なら熱い涙が出そうなほど感動的な光が奔流して、まるで落雷のような轟音が響き渡り、疾風に吹かれたかのごとく砂塵がその周辺に舞い踊った。
時間の流れを停止している状態、その上で光速の攻撃。
誰であろうと躱せるわけがない。特務十二星座部隊、星の序列第4位が外してしまうわけがない。
そう――、
――本来なら。
「察知――後ろ!?」
「おや? 油断させて不意打ちしようとしたのに、よほど鋭敏な索敵魔術をキャストしていたのか? おれもだいぶ強い隠形魔術をキャストしていたのに、自信失くすなぁ……」
シャーリーが回避行動、つまり跳躍したほんの一瞬後、彼女が立っていた建物の屋根が微塵よりもさらに細かく裁断される。もはや、建物の屋根は裁断のしすぎで埃に化したと言っても過言ではなかった。
シャーリーは屋根の斬り刻まれた部分から建物の内部を一瞥。どうやら住民の避難が完了しているのが、不幸中の幸いであったか。
「展開――【純白三対の天使翼】!」
「ひゅ~~っ、やるねぇ! 例え幻想種でも、自分の背中に本物の天使の羽を展開するのは難易度が高いはずなのに! んじゃ、【漆黒三対の悪魔翼】!」
そこから始まったのは森羅万象が停滞した時空を、王都の天空を縦横無尽に翔け巡る2人きりの上空魔術戦だった。
基本的にシャーリーが下で【土葬のサトゥルヌス】が上に位置する。王都を守るために戦う七星団のシャーリーが、上から下に魔術を撃ち、それを【土葬のサトゥルヌス】に躱されれば、魔術が建造物や地面に着弾してしまう。威力を抑えて着弾する一瞬前に霧散するようにすることも可能だったが、それで敵を殺せるかどうかと問われれば、それは間違いなく否だった。なら、敵に頭上の有利を与える結果になっても、全力で魔術を発動できる下に位置するのが合理的というもの。敵に決定打を与えられないより、上からくる敵の攻撃を、地上に着弾させないために撃ち落とす方が、少なくともシャーリーにとっては楽だった。
一方で、【土葬のサトゥルヌス】もそれを良しとする。シャーリーにとってそちらの方が楽だったとしても、自分だってこちらの方が楽だった。わざわざシャーリーが与えてくれた頭上の有利だってあるし、彼女は全てを撃ち落とすつもりだろうが、彼女が少しでもミスすれば、自分の圧倒的な魔術を王都の地上の着弾させることになるのだから。
「確認――貴方様はどうやって停止した時間の中で動いている!?」
「この世界には、まだ明らかになっていない現象、まだ誰も知らない未知の領域が存在するんだよ!」
「苛立ち――理解した。貴方様に答える気がないということを理解した」
「ならばどうする?」
「開眼――【魔術明察瞳】!」
「魔術を分析する魔術ねぇ……。しかし残念、それをキャストしたところで無駄に終わると断言しよう。分析そのものは可能かもしれないが、シャーリーとやらには、その分析結果が絶対に理解できない」
「笑止――そんなもの、やってみないとわからない」
「なら、思う存分やってみればいい!」
上に、下に、前に、後ろに、右に、左に、立体的に超高速で飛びながら、2人は殺人を目的とした魔術を互いに撃ちながら売り言葉に買い言葉を続ける。
全てが止まった世界で、2人の魔術が明滅に次ぐ明滅を繰り返す。
しかし、息を吐く間もない殺し合いの最中に、【土葬のサトゥルヌス】は仮面の内側で口元を緩めた。
なぜならば、彼には自分の魔術に対する『とある絶対的な自信』があったからだ。
「…………ッッ、戦慄――これはいったいどういうこと!?」
強く狼狽して、酷く動揺して、激しく戦慄するシャーリー。それは彼女の表情から、イヤというほど見受けられた。
それを一瞥して、【土葬のサトゥルヌス】はさらに気分をよくして口元を追加で緩める。
「だから言っただろう! 分析そのものは可能かもしれないが、その分析結果が絶対に理解できない、と!」
すると、シャーリーは空中で止まった。
そして敵がそれを都合よく思って追撃してくる前に――、
「否定――分析結果は全て理解できた。私めが驚いたのは、貴方様が『零点エネルギー』を知っていたことに対して」
「…………ッッ!?」
瞬間、追撃しようとした【土葬のサトゥルヌス】は思わず空中で硬直してしまう。彼が殺し合いを始めて動揺したのは、これが初めてだった。
10分間にも及ぶ殺人魔術の応酬が、ここでようやく休憩を迎える。
しかし、身体を動かして魔術を使うことを休憩しているだけ。駆け引きは、現在進行形で続いていた。
「解明――貴方様がキャストしている魔術の正体は零点エネルギーの増幅」
「一応訊くけどさぁ、シャーリーとやら、零点エネルギーがどういうモノか理解している?」
「説明――この世界にはまだ解明されていないだけで、観測者効果と不確定性原理というモノがあるが、これらは混同しやすいだけでまったくの別物。前者はなんでもいいがなにか対象を観測する時、観測する行為そのものが観測対象に影響を及ぼすことを言う。例えば、まったく仮定の話だが、0・001mlの液体の温度を測るのに100℃の温度計を使ったら、正常な温度は測定できない」
「それで、不確定性原理の方は?」
「説明継続――不確定性原理とは、1個の粒子の例えば『位置』と『運動量』を同時に決定しようとすると、位置を正確に測定すれば運動量が、運動量を正確に測定すれば位置が、どうしても不正確になるという量子系の特性のこと。まぁ、位置と運動量以外でも、広義では不確定性原理と呼べるモノが他にもあるが……。で、あくまでも粒子がもとからそうなっているということだから、それこそ観測者効果のような、観測機器の誤差とは完璧に別物。観測機器に問題がなくても不確定性原理は発生する」
「――――」
「説明継続――なぜ不確定性原理なんてモノがあるのかというと、全ての粒子は波動性、つまりなんらかの物理量が空間内で伝播する性質を保有しているから。当然、肉眼で見えるわけがないが、ミクロの世界ではそういうことが起きている」
「――――」
「説明終盤――つまりなにが言いたいのかというと、私めの【真・絶対零度世界】は世界そのものをコールドスリープさせているようなもの。つまり、絶対零度に深く関連している魔術。しかし本来、少なくともこの惑星には絶対零度というモノは存在しない。向こう世界の熱力学第三法則によると、絶対零度よりもほんの1Kでも上の温度の物質を、有限回数の干渉で絶対零度に変化させることは不可能。となると、私めが【真・絶対零度世界】で発生させた絶対零度は、厳密には絶対零度の、数学でいうところの極限にすぎない」
「――そして、温度っていうのは物質を構築する分子が保有するエネルギーの値のことだ。お察しのとおり、先ほどのシャーリーとやらの説明にあったとおり、粒子は波動性を保有していて、常に動き続ける。つまり、動き続けるということは、上下ぐらいはするだろうが、少なくとも、例え絶対零度の世界でも、温度があるという状態を維持し続けるということ。言ってしまえば、粒子が絶対零度でも静止せずに振動し続けた結果発生するエネルギーのことを零点エネルギーと呼び――」
「結論――それを魔術で人間の平熱まで引き上げれば、私めの時間停止を攻略できる」
説明が終わった瞬間、2人の間に夜風が吹き抜ける。
互いに理解していた。
互いに察していた。
そして、互いにこいつは今、ここで絶対に殺さないといけないと決意していた。
畢竟――、
(確信――零点エネルギーのことを知っていて、それを踏まえて、一定範囲に存在する零点エネルギーの増幅という魔術を完成させているということは……ッッ)
(こいつ……ッ、観測者効果と不確定性原理を説明して、その上で、なぜ自分の時間停止が攻略されたかを理解しているということは……ッッ)
「「…………眼前の敵は異世界人……ッッ!!!」」
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