ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

1章1話 【土葬のサトゥルヌス】、禁断の魔術をキャストする――(1)



 月夜に黒曜石のごとく瞬く【闇の天蓋からシュヴァルツ・シュペーア・ディ・降り注ぐ黒槍フォン・ドゥンケルン・ヒンメル・ファレン】の切っ先が、深々と、取り返しが付かないほどロイの腹部に突き刺さっている。否、それはもう完璧にロイの胴体を貫通していた。

 身体が燃え盛るように熱い。傷口から零れる鮮血はまるで熱湯のようだった。尋常じゃない頭痛が発生して、今にも発狂しそうなロイ。奥歯を噛みしめて悲鳴を上げず虚勢を張るも、背中には想像を絶する冷や汗が滴り始めた。冷や汗のせいで服の背部はいぶが今にもシャワーを浴びたいほど気持ち悪いのに、それ以上に全身から血が抜けていく感覚の方が、やはり気持ち悪くて、結局、ロイは今、身体に発生しているその全ての不快感の合計のせいで、嗚呼、なにもできなかった。

 大きな吐き気、強い眩暈めまい、激しい痛み、そして過呼吸と超々々致命的貧血。
 紛うことなき致命傷で、【土葬のサトゥルヌス】が言うとおり、このまま放置したら、間違いなくロイは3分以内に死んでしまうことだろう。

 いくらロイでも、この状態で普通を保て、というのは、あまりにも残酷で理不尽な話である。

 言わずもがな、もう【聖約ハイリッヒ・テスタメント生命ハッフン・アッフ・再望ノッマァ・リーン・ツァールロスト】はキャストできない。
 刻一刻と忘我が進行して、今までの人生で2度経験している死ぬ瞬間のナニカがスルリ……、と、抜ける感覚に侵されながら、ロイは他力本願だとしても、生き延びたかったゆえに援軍を期待するも……、いや、と、心の中で諦めてしまう。

 なぜか?
 自明だ。単純に【土葬のサトゥルヌス】は強い。強すぎる。

 このような強敵、このような巨悪、並み大抵の騎士や魔術師では敵う道理どころか、太刀打ちできる道理、一矢を報いる道理すらあるはずがない。
 本意か不本意か、認められるか否かなど関係なく、ただそれが揺るぎなき現実である。

 が、ロイの瞳孔からハイライトが消失しようとした、その時だった。

「――――、使用――【ワァ絶対アブソルート・零度テンパラートゥーラー・世界ヴェルト】!」





 ロイが意識を復活させると、自分の身体は【土葬のサトゥルヌス】から離れ、【闇の天蓋から降り注ぐ黒槍】からも脱出できており、未だ致命傷を負っているのには変わりないが、それでも、絶望と呼べる状況からは回避できていた。

 いつの間にか自分は別の建物の屋根に跳躍している……?
 そのような漠然とした感想を抱きながらロイが再度、【土葬のサトゥルヌス】を一瞥しようとすると――、

「…………ッッ、上半身が消滅している!?」
「肯定――私めがあいつの命のストックを1つ削っておいた」

 イヴには遠く及ばないとはいえ、腹部をヒーリングしながら、いつの間にか座っていたロイは自分の隣に立つ女性に視線を向ける。

 クリスタルのような清く澄み切った、少し眠たげな空色の瞳。
 同じく空色の、世界に吹き続ける爽やかな風のように絡まることを知らないサラサラの長髪。
 彼女は女性なのにロイよりも高い身長を誇っていて、豊満すぎるほど豊満な胸から、同性から羨望と嫉妬の眼差しを集めるだろう信じられないぐらい細いくびれ、そしてやわらかく丸みを帯びているおしりにかけての曲線は一種の芸術作品のようでさえあった。

 そこにいたのは――、
 特務十二星座部隊――、
 星の序列第4位の【巨蟹】――、
 時属性の魔術に特化しているオーバーメイジ――、

 ――その名をシャーリー・ドーンダス・クシィ・ズンといった。

「シャーリー、さん……」

 と、ロイは呆然と彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
 しかしシャーリーはその呼びかけをスルーして、ロイの腹部に手を当てる。

「失敬――フェイト・ヴィ・レイク様、少しジッとしていてほしい」
「えっ?」
「使用――【限定的なローカル・虚数時間イマギナーツァイト】!」

 その時属性魔術をキャストした刹那、ロイの腹部は完璧に再生された。
 限定的部位の時間遡行魔術である。これによってロイの腹部は、致命傷を負う1分前の状態に戻されたわけだ。
 そして束の間の休憩が終わると――、

「時間停止による暗殺と要人の確保か……。ハッキリ言って失敗したなぁ……、これは完璧におれのミスだ。本当の本当に反省しなくちゃな。腹部を刺すんじゃなくて、首を刎ねておくべきだったぜ……」

 先ほどまでロイもいた少し離れた建物の屋根の上で、【土葬のサトゥルヌス】は死霊術を再度キャストして、肉体そのものと霊魂を復活させていた。やはり、この程度では本来の意味で死んでくれないのだろう。
 ついに相対する王国最強の戦闘集団、特務十二星座部隊の一員と、悪十字あくじゅうじと呼称されている魔王軍最上層部の一員。

 言わずともわかる。
 見ただけで察する。
 彼我の実力差は拮抗しており、この殺し合いは想像を絶するほど凄惨なモノになるだろう、と。

 七星団の制服の裾と、空色の綺麗な長髪を夜風になびかせるシャーリー。
 一方で、【土葬のサトゥルヌス】の方も魔王軍の制服を夜風に遊ばせた。

「決断――上官として新兵に指示する。殺し合いが始まったら、隙を窺ってすぐに撤退してください」
「…………っ、それは、命令ですよね?」

「肯定――つらい現実を突き付けるようで恐縮ですが、今のフェイト・ヴィ・レイク様にいられたら、単純に私めの邪魔になる。もしそれが我慢できないようでしたら、少なくとも今夜は私めの言うとこに従って、次回以降に頑張ってほしい」
「ッッ、了解しました」

 言うと、ロイは自分の腹部を手で撫でた。
 痛みはない。これなら恐らく、負傷を理由に撤退できない、ということはなさそうだった。

 翻り、シャーリーは彼に一度も視線をやらず、眼前の闇の魔術師のことを睨むばかり。
 それを真っ向から受け、【土葬のサトゥルヌス】は肩をすくめながら会話を切り出した。

「どうする、シャーリーとやら?」
「疑問――どうするとは、どういうことか?」

「そいつ、渡してくれないかな、って」
「拒絶――そんなことを許すわけがない。少しはものを考えて口にしろ、ばーか」

「一応、理由を訊いてもいいかい?」
「自明――王族を敵にみすみす渡すバカがどこにいる?」

 嘲笑するシャーリー。
 それに対して【土葬のサトゥルヌス】は「だよねぇ……」と実に軽薄に返した。
 それがこの場における彼の最も自然な反応で、それ以外の返事は魔王軍最上層部、悪十字の序列第5位の彼らしくなかったのである。

「いやぁ……、隙がないね、シャーリーとやら。時間を停止したり遡行したりできることを理由にした慢心はない。王族を守りながら戦うとなれば、相当、神経を使うと思うのだけど……いやはや、2人の会話中にも何度かちょっかいを出そうとしたけど、どこからどう攻めても、少なくともエクスカリバーの使い手を殺せるイメージが湧かないときた」

「嘆息――御託はいいからかかってこい」

「ハッ、それじゃあ始めますか! 最強対最強の殺し合いを!」


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