ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
2章12話 ロイ、事態が悪化する。(2)
「…………なんてことはない、ただの処刑器具だよ」
「はぁ……」
クリスティーナは意味がわからなかった。なぜただの処刑器具を口に出したところで、いつも常識的なロイが、ここまで狼狽するのか。
確かに物騒な単語で、あまり上品ではないが、クリスティーナはただ、状況を的確に比喩表現するために、ファラリスの雄牛という単語を使っただけなのに。
しかし、ロイの次の一言が、ロイ本人だけではなく、クリスティーナにも混乱を引き寄せた。
「問題なのは、ファラリスの雄牛が処刑器具であることじゃない。そもそも、イヴがその単語を知っていることなんだ……っ」
「た、確かに、ご家族が処刑器具について詳しければ、少しイヤかもしれませんが……」
「違う!」
大きな声を出して、ロイは勢いよく立ち上がった。
そして未だ膝を付いているクリスティーナに向かって――、
「ファラリスの雄牛っていうのは! この世界には存在しない事物なんだ!」
「は? …………、あっ! そ、それって、まさか……ッッ」
「ボクの前世にしか存在しない処刑器具、つまり、異世界知識なんだよ!」
すると、ロイは慌てて自室の本棚に近寄る。そしてその中から辞典を取り出した。
そしてそんな彼に触発されて、転びそうになりながらも、クリスティーナも本棚の前へ。
「例えばエクスカリバー、その語源をクリスは知っているかい?」
と、辞典をめくりながらロイは訊く。
その指は強く震えていて、なかなかスムーズにページをめくることが叶わない。
「確か……、鋼という意味の、今はもう廃れてしまいましたが、エクスカリバーが誕生したと語り継がれている地域の言語、で、ございますよね?」
「そう。で、ボクの前世でも、エクスカリバーは存在していて、それも中世ラテン語で鋼という意味を持つカブリスという単語、その影響を多大に受けていたと伝わっていた」
「つまり?」
「ボクの前世のエクスカリバーと、今ボクが持っているエクスカリバーは別物だけど、どちらも鋼が語源ということ。言葉には互換性がある、ということ。実際、ボクはもうノータイムで前世の言語をグーテランドの言語に翻訳できるようになったけど、本当は前世のエクスカリバーとこの世界のエクスカリバーは、発音が違うし。ボクが今持っているこれだって、日本語では本っていうけど、英語ではブックって言ったし」
「1つの事物に対する名称は数多くあるから、国や大陸、果ては世界が違っても翻訳、通訳することは可能、ということでございますね?」
「ただし……っ、それには例外がある」
「と、申しますと?」
「その事物が、きちんと特定の地域に存在していることだ。存在しないモノを翻訳することはできない。以前、馬車の中でゲームって単語を使っても、シィたちはチェスとかしか連想できなかったし……っ」
その時のことを思い出しつつ、そこで、ロイの辞書をめくる手が止まった。
クリスティーナもその開かれたページを覗かせてもらうと――、
「…………ッッ、予想通りだ。少なくともグーテランドに、ファラリスの雄牛という言葉は存在していない」
「そんな……っ、なんで……? エクスカリバーの場合、本当は発音が違っても、向こうの世界に酷似している聖剣が存在しているのでございますよね!?」
「クリスの言うとおり、ボクの前世と今の世界、その両方に鋼という概念があるから、2つの世界で、鋼という単語が語源となったエクスカリバーという名称の聖剣は存在する。でも……ッッ」
「でも?」
「ファラリスっていうのは、最初にファラリスの雄牛という処刑器具を使った人の名前で、雄牛っていうのは、その処刑器具の形状なんだ! 初めて使った人の名前と器具の形状が一致するなんて、普通はありえない! つまり! イヴがファラリスの雄牛に相当するこの世界の別の器具のことを言っている可能性はゼロに等しい!」
「…………ッッ」
つまり、『そういうこと』だった。
例えば異世界に転生した人が将棋を異世界に普及させたとしよう。その場合、日本の過労死がアメリカなどでkaroshiと、ほとんど日本語の発音のまま翻訳されるように、将棋は異世界でも将棋と訳される。
実際、ロイがジェレミアとの戦いで披露したメタ認知も、そのままメタ認知という日本語の発音のまま、グーテランドに広まった。無論、広まったと言っても、心理学を研究している人たちの間だけで、一般人で知っている人はいまだ少ないが……。
要するに、ファラリスの雄牛は、仮に広まったらそのままファラリスの雄牛で呼ばれるということ=ファラリスの雄牛の起源は異世界という最上の証明ということ。
「それじゃあ、お嬢様はなぜいわゆる異世界知識を……っ!?」
「基本的に転生はありえない! 転生はソウルコードと転生先の座標が一致しないと発生しない現象だ……ッッ、それは女神様の確認を取ったから確実! だとしたら……、ッッ!?」
その時、ロイの背中、いや、全身に戦慄が奔った。震えが奔った。
ロイはこの時、イヴに関する違和感、その全てに気付いた。
例えばジェレミアと決闘した前夜――、
【 「弟くん、なにか必勝法……は、ないにしても、わずかな勝機ぐらいはあるんですよね?」すると、ロイはイヴとマリアに対して『とある言葉』を説明し始めた。しかしその単語に馴染みがなかったマリアは――、「……ううん?」 と、首を横に傾げる。一方でイヴは首を横に傾げない代わりに、コクン、と、首を縦に振る。「わたしは聞いたことあるよ! 以前、お兄ちゃんに教えてもらったよ!」「あれ? ボク、イヴに教えたことなんてあったけ?」今度はロイがイヴの代わりに首を傾げる番だった。ロイの記憶が正しければ、この世界で『その単語』を口にしたのは初めてだったはず。 】
例えばツァールトクヴェレで足湯を楽しんだ夜の7時頃――、
【 「まさか……っ、やっぱりってことは、イヴはボクが転生者だって、異世界人だって、気付いていたの?」「さらにう~ん……、気付いていたっていうより、なんとなくわかった、とか。漠然と感じていた、とか。確信はなかったけど、告白されても意外に感じなかった、とか。他人《ひと》に知らせるほどでもないけど、自分の中にはいつの間にかあった、とか。頭でわかる前に別のなにかですでにわかっていた、とか。そういう感覚だよ?」 】
例えば初めて別荘に行った日、イヴが寿司を握った時――、
【 「それにしても、イヴと姉さん、お寿司を握るの上手だね。しかも誰かのを手本にしたわけでもなく、ボクから聞いた説明しか情報がなかったのに。これ、意外と難しいんだよ?」「それはお姉ちゃんではなく、イヴちゃんの功績ですね。魚介類の方はわたしが切ったり、あとは魔術で蒸したり、炙あぶったりしましたが、ライスを整えるのはイヴちゃんに一任していましたからね」「そっかぁ、まさかイヴにそんな才能があるなんて驚きだよ」「ホント? なんかやってみたら、意外とすんなりできちゃっただけなんだけど……」「剣術でも魔術でもスポーツでも、みんな天才はそう言うよね……」 どうやら本当にイヴは寿司を握る才能があるらしい。もちろん本物の板前レベルというわけでもないが。それにしたって元日本人のロイよりもイヴの方が寿司を握るのが上手くて、子供の頃にチャレンジして上手くいかなった彼からしてみれば、少し納得できなかった。 】
今までのイヴとのやり取りを思い出した瞬間――、
――――ゾクッ、と、ロイはなにかイヤな直感を覚えた。
するとすぐにロイはイヴのアーティファクトに念話をかける。
「ご、っ、ご主人様?」
「この際、王族とか、特務十二星座部隊の知り合いとか、どんな理由で、どんな越権行為をしたっていい……ッッ! イヴを呼び戻さないと!」
しかし、ロイのアーティファクトはイヴのそれに繋がらなかった。
彼にしては珍しく「クソ……ッ」と汚い言葉を使いながら、アーティファクトをポケットにしまい直す。
「どういうことでございますか、ご主人様!?」
「ツァールトクヴェレでイヴは命を狙われた……ッッ! イヴだけじゃなくて、別荘にいたみんなが狙われたという解釈もあるけど、特務十二星座部隊のシャーリーさんは、魔王軍の目的はイヴ、と、推測していた! で、もし、今までどうしても詳細不明になっていたその理由が、『なぜかイヴの頭には異世界知識が詰まっているから』というモノだとしたら!?」
「なら! この火災は!?」
「残念ながら憶測の域は出ない! でも、イヴを殺すため、あるいは捕縛するため、そういう可能性も否定できない! むしろ高い!」
すると、ロイは自室のドアを開けて――、
「今からイヴを迎えに行ってくる!」
「そんな! ご主人様は今では王族でございます! 危険でございます!」
「わかっている! でも、転生と異世界のことを知っていて、今動ける人手はボクしかいない! 特務十二星座部隊の人たちは今、火災の対応に追われているだろうし! 下手に事情を話して、他の人に転生と異世界のことを察せられるわけにはいかないんだ!」
確かに、転生と異世界のことは、七星団の上層部でもアリシアとシャーリーとエルヴィス、そして国王陛下しか知らない機密事項だ。
非常にデリケートな情報で、微妙にスパイの数がわからなくなっている今、下手に他人に話すべきではない。
「クリスはここに待機して、ヴィキーのことを看ていてほしい、そして、イヴが戻ってきたらボクに報告! イヴから念話があった場合は、この城に戻ってくるように伝えるんだ!」
「りょ、了解でございます!」
それを確認すると、ロイはイヴを探すために、部屋を出て廊下を走りだした。
普通だったら今のロイの行動は無能だが、今ばかりは仕方がない。
彼の言うとおり、転生と異世界のことを知っていて、ここで動ける人手は彼しかいないのだから。
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