ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

2章11話 ロイ、事態が悪化する。(1)



 自分の家が火事にになって絶望しない人間は、恐らくほとんどいない。
 そして村長にとって村は我が家同然で、市長にとっての市もまた然り。
 ならば必然、王都が炎上して涙を流さない姫も、いるわけがなかった。

「ロイ様……っ、王都が! 王都がァァ!」
「ヴィキーッッ! 外を見ちゃダメだ!」

 ロイの自室にて、涙を流し、声を震わせて、なかば錯乱状態で、遊びにきていたヴィクトリアは窓から業火に侵される王都を見てしまった。
 見たモノが正しければ、炎上しているのは職人居住区画だ。そこには七星団の騎士のために剣を鍛えてくれた豪快に笑うドワーフおじさんの工房がある。魔術師見習いの子供たちのために、魔術を使いやすくなる杖を作っている面倒見がいいエルフのお姉さんの工房だってある。王族に高級な陶器を献上してくださった気さくな陶芸家の工房だってあったし、いつも真面目な機織はたおり職人さんの仕事場だってあった。

 まるで夕日が地上に落ちたかのような赤一色の光景。
 嗚呼、今、愛おしい王都に住まう民草の生活は燃えていた。

 幸いにも星下王礼宮城まで火の手は回ってきていないが、それでも、泣くなという方が無理だった。落ち着けという方が無理だった。
 年齢は関係ない。王女であるヴィクトリアにとって、国民は自分の息子、あるいは娘のようなモノなのだから。そして王都はその息子と娘が穏やかに過ごす敷地なのだから。

 ロイが強引にヴィクトリアを窓から引き剥がしたが、しかし、彼女はロイが抱きしめていないと、今にも再度、窓に近付いて、状況を確認しようとして、自分から心に傷を負わせるような真似をしそうだった。
 むせび泣き、自分の腕から逃れようと暴れるヴィクトリアを抱きしめて、背中をさすりながら、一応、ロイも視線を少し動かして、窓の外を確認する。

 凄絶にして凄絶。
 熾烈にしてさらに熾烈。
 激越にして、重ねるように激越。
 誇張表現でもなく、比喩表現でもなく、ただの事実として、世界の終焉を見ているような感覚だった。

「ご主人様! 王女殿下! ご無事でございますか!?」

 ノックもなしに、取り乱した様子でクリスティーナが入室してくる。
 彼女にしては珍しく礼儀に欠ける入室だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「クリス! 安眠の魔術をヴィキーに!」
「えっ!? えっ!?」
「イヤですわ! えぐっ、ひぐっ、イヤですわ!」
「早く!」

 いつも温厚なロイと思えないほど大声で指示を飛ばすロイ。
 それだけ、彼もどうしようもない焦燥感に駆られているのだ。

 で、指示されたとおり、クリスティーナは周囲のことが一切見えておらず、自分の入室にも気付かなかった狂乱しているヴィクトリアに、安眠の魔術をキャストする。
 瞬間、まるで糸が切れた操り人形のように意識を失ってしまうヴィクトリア。

 そんな彼女をお姫様抱っこでベッドに運ぶと、ロイは改めて、窓の外に広がるカタストロフィに視線をやった。

 無論、この状況で『アレ』に目を向けないなんてありえない。
 クリスティーナも自分の主人と同様に、代名詞を使わないと絶望の度合いが大きすぎて、正しく現実を表現できないような『アレ』を視界に入れる。

「魔王軍の敵襲……でございますよね?」

 不安げにクリスティーナがロイに伺う。王女であるヴィクトリアほど狂乱していなかったが、クリスティーナもまた、確実に人が死ぬ規模の敵襲を恐れていた。
 いや、恐れてはいるが、まともな会話が成立する程度には冷静さを保っている、と、見るべきか、と、ロイはクリスティーナについて、前向きに考えることにする。

「間違いなく敵襲だね……っ、炎の上に、死神が浮かんでいるし……っ」
「やはり、ご主人様の目から見ましても、あれは死神でございますか……」

 確かによくわからないが、死神との距離が上手く測れない。死神を目視すると、遠近感が捻じれるような感覚がするのだ。
 だが、死神に対して遠近感が発動しないというだけで、火災については当然、普通と同じく遠近感が適応される。
 結果、死神が鎌を振るっている方向、そして死神の目線の先、それらを鑑みて、なんとか死神は炎の上にいる、という憶測が成立した。

「あっ、ご主人様! あれを!」
「あれは……魔術防壁!?」

 2人にはイヴが展開した防壁とはわからなかったが、それでも、その極光の層を確認できた。ロイの自室が星下王礼宮城の高い階にあり、見晴らしがよかったおかげである。
 それはともかく、その極光の層、あるいは膜は、確かに洗練されていて、目を見張るようなモノではあったが、しかし、どうにもこうにもいたるところがひび割れている。砕け散ろうとしている。

「……っ、長くはもたない、よね?」
「そうでございますね……っ」
「あの魔術防壁はだいぶ高度なモノだけど、死神が起こしていると推測される炎の方が強力だ。いずれ破壊される。ボクのような新兵でも、見ただけでわかるレベルだし」

 ロイはまるで苦虫を噛み潰したような表情、いや、苦虫を巣ごと咀嚼しているような表情で、思わず歯軋りしてしまう。次いで、苛立ち交じりに窓ガラスに拳を叩き付けてしまった。

 しかし――、
 ――ここまではまだロイにとって幸いだった。
 ――多少とはいえ救いがあった。

 クリスティーナの次の発言で、ロイはこの惨劇さえも余裕で超越する絶望を知ることになる。
 即ち――、

「それもございますが……あのままではファラリスの雄牛、で、ございますね」
「……………………は? ファラリスの雄牛?」

 クリスティーナの方に振り返るロイ。そして彼はそのまま、彼女のことを凝視した。
 次いで、こんな状況にも拘わらず、ロイは気が抜けて呆けたように、ファラリスの雄牛という部分を復唱する。

 それが、それこそが、状況をさらなる混乱に導く単語だった。
 しかし、クリスティーナはロイがその単語を呆気に取られたように復唱したので、言葉の意味を知らないのでございますかね? と、勘違いしてしまう。

「確か……ほら! 究極的には術式次第ではございますが、魔術防壁は固体攻撃を防ぐ一方、伝熱を防ぐことは難しいではございませんか! 結果、防壁内部を炙り焼きにするのが、ファラリスの雄牛、で、ございます!」
「…………ッッ!」

「ご主人様?」
「……ま、待ってよ…………」

「えっ?」
「待ってよ! ボクはこの世界にきて、絶対に! 一度も! ファラリスの雄牛という言葉を使ったことはない! 断言する! どこでその言葉を聞いたんだ!」

「ご、ご主人様!? い、痛いです!」

 鬼の形相でロイはクリスティーナの肩を両手で掴む。
 クリスティーナは少しだけ痛かったが、ロイがこんなにも怒っているところを見たことはなかったので、思わず、痛いことをされたのに、主人とはいえ肩の解放を求める前に、素直に話してしまおうとした。

「…………ッッ、お嬢様、イヴ様でございます。ツァールトクヴェレでわたくしたちが魔王軍のアサシン、ゴブリン、スライム、オークに襲われた時、イヴ様がお使いになられました……」

 確かにその時217話、ロイは別荘にいなかった。
 その時、ロイはガクトと殺し合っていたのだから。

「そんな……、なんでイヴが……」
「別荘に広範囲の炎属性の魔術をキャストされたのでございますが、その際、わたくしが全方位の魔術防壁をキャストされたところ、このままだと、ファラリスの雄牛と一緒だよ、と」

 クリスティーナを解放し、膝から崩れ落ちるロイ。
 そんなロイに、クリスティーナは自らも膝を付き、優しく背中をさすってあげる。

「ご主人様……、その、ファラリスの雄牛とはなんなのですか?」


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