ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
2章9話 第1特務執行隠密分隊、死を覚悟するしかない。(1)
イヴの【光化瞬動】で目的の座標まで跳躍した第1特務執行隠密分隊。
無論、速度は光と同等であり、移動には1秒すらかかっていないため、王都は未だ夜のままで、空は黒色に包まれていた。
ほのかで淡い橙色に光る街灯。民家の明かり。酒場でバカ騒ぎする王都の住民の笑い声に、賭場で大儲けして聞こえてくる男性の雄叫び。夜空に浮かぶのは月と星々で、そして吹き抜けるのは七星団の制服の裾、そして女の子4人の綺麗な長髪をなびかせる夜の春風。
シーリーンたちがピエールの工房の屋根から路上を見下ろすと、酔っ払った男性が、知り合い2人に肩を貸されるような形で意識朦朧と帰宅していて、他には逢瀬してすぐ夜の宿屋に入る男女に、露店を広げてアーティファクトを売っている商人なんかも見受けられた。
それを確認して第1特務執行隠密分隊が最初に抱いた感想は、実に呆けた感じのモノだった。
「ねぇ……シィ、これって……」
「絶対に……避難していない、よね?」
「……っていうか、全然、危機感を持っていないんだよ」
「もしかして、そもそも死神が出現するということを、知らされていないんですかね……」
路上には人がいる。民家には明かりが点いている。賭場は賑わっているし酒場だって営業している。近くにある工房だって、一部とはいえ、夜遅くまで頑張っているところもあった。
これで確信できないわけがない。
なにかがおかしい。
「確か、本当に弟くんかどうかは定かではありませんが、アーティファクトの男性が提示した情報によりますと、わたしたちの他にも、七星団の団員が、別の建物の上に待機しているんでしたよね?」
マリアがそう言うと、4人全員で、周囲の建物を屋根の上を確認し始める。
いない。いない。いない。
どこにも見当たらない。
4人が各々、東西南北の1方角を担当して、さらにシーリーン以外は遠視の魔術をキャストして、しかし、それでもどこにも自分たちの仲間は見受けられない。
冷や汗と、緊張と、なにかマズイことに巻き込まれたという吐き気を催すほどの気持ち悪さが、4人の背中をヒルのように伝う。
「マリアさん、分隊長として、その……、なにか指示は?」
と、シーリーンが恐る恐るマリアに訊いた。
逡巡するマリア。しかし、彼女だってバカではない。むしろ頭がいい部類に入るので、思考が長引けば長引くほど、状況は目に見えずとも悪化する、ということは充分に理解していた。
ゆえに、マリアは下すべき判断の思考を5秒ほどで終わらせる。
「撤退ですね。もう一度、イヴちゃんの魔術で市場……いえ、もうこの際、七星団の本部に跳躍しましょう」
少し罠にはまった感じがあるので、マリアだって緊張で気持ち悪かったが、なにも分隊長である者が、考えなしにピエールの工房まで移動したわけじゃない。
こちらにはイヴの【光化瞬動】がある。
罠にはまっても、一瞬で退却できるから、アーティファクトの男性の言うことに従い、ここまで跳躍した。
それで実際に着地したら、罠だという意識がより一層、強くなったのだ。
ならば、跳躍する前、市場の段階で考えておいたとおり、もう一度【光化瞬動】でこの場を離れるのは、なんら不思議なことではない。むしろ必定だ。
「私たちの隠密分隊のこと、そしてこの数分間にあったこと、どのように、なんて説明しますか? 絶対に誰かに質問されますよ?」
「アリスさんの言うとおりですが、セシリアさんに頼りましょう。質問されても黙秘して、セシリアさんに伝えたあとは、わたしたちではなくセシリアさんに確認してくださいね、って。他人任せで情けない限りですが、事態をさらに不穏な方向に進ませるよりはマシなはずです。大抵、わたしたちを怪しみ質問をしてくる人より、セシリアさんの方が役職は上のはずですからね。それ以上訊かないで、と、セシリアさんに言われたら、もう訊けなくなるはずです」
マリアはアリスと会話しながら考える。
これは一石二鳥を狙った一手だった。ただ職務を放棄して本部に帰ったのでは、バッシングを免れない。七星団の団員というのは、そのように生半可な意思では務まらない職業なのだ。それはマリアも当然のように理解している。
ゆえに、『現在地から本部に跳躍する』という行動に、撤退の他に、怪しいことが起きたので報告しにきました! アーティファクトを使い上官との連絡も取ったのですが、上官に言われたことは間違っていたため、その上官と再度念話するのは危険と判断し、こうして直接戻ってきた次第です! という目的をプラスする。
別にこれはマリアが狡猾というわけではない。
事実、これは確かに直接という形で報告しなければならないことなのだから。
しかし、そんな時だった。
マリアの提案に頷くシーリーンとアリスに対して、イヴだけが、なにもない虚空、その一点を凝視するばかり。
「イヴちゃん? どうかしましたかね?」
「ヤバイよ……、お姉ちゃん」
「えっ?」
「…………もう、……遅いよ」
イヴは魔王軍の闇の匂いや、悪に属する存在の察知に優れている。だから今も、シーリーンたちがなににも気付かなくても、彼女だけが、異変を感じ取った。
だが次の瞬間には、シーリーン、アリス、マリアだって気付くことになる。
なにかヤバイのが、今、自分たちの遥か真上に生まれた、と。
赤子が母体の産道を通って世界に生を受けるように、どこか悍ましいヌメヌメした液体に滑りを良くされながら、虚空に空いた穴から、ナニカが零れ落ちた、と。
世界には、生きた心地がしない、という表現がある。しかし、あくまでもそれは比喩表現だ。例え話だ。
しかし、今の4人は違った。
自分は今生きている、生物として活動しているという実感が消えた。哲学者ならいざ知らず、世界で活動しているのに、自分は今、本当に生きているのか、あるいはすでに死んでいるのか、なんて疑念を抱く人間は少ない。なのにこの刹那、4人は自分が生きている状態なのか死んでいる状態なのか、判別が付かなくなる。気が狂いそうだ。生きている人間に、『生きている感覚』ってどういうモノですか、と、訊いても、上手く答えられないだろうが、とにかく、『自分はこの瞬間、当然だけど生きている! という感覚』を、4人はいっせいに失った。
自分の生死を自分でも答えられないなんて、まるで重度の精神病患者のような現象。考える時点で、悩める時点で、死んでいたら考えることも悩むこともできないから、生きているという証明になるのに、シーリーンも、アリスも、イヴも、マリアも、それを即答できない。
生と死の境界線がとろけるように溶けてなくなる。どこまでが生きているという状態で、どこからが死んでいるという状態なのか、第1特務執行隠密分隊の面々は、認識が希薄になっていった。それは危ういことだった。生と死の境界線が認識できないなんて、今はまだ狂い始めただけで一応は生きているのに、どういうことをされたら自分は死ぬ、ということを、考えられなくなった、ということだから。
警鐘の幻聴が聞こえる。
耳の入り口から脳の奥の奥まで、けたたましい生存本能というクラクションが塞ぐ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
正気が刻々と砕けていき、頭がキンキンと今にも割れそう。今すぐ脳みそを摘出して、洗濯板、あるいは木工カンナで、何度も何度も何度も何度も、違和感が跡形もなく擦り減るまで、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ、ボロボロになるまで繰り返した数を忘れるぐらい削らないと、自我というモノがどうにかなってしまいそうだった。
衝動的に、まるで突き動かされるように上を向く3人。
もとから上を向いていたイヴ。
そこにいたのは――、
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