ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

2章6話 イヴ、促される。(1)



 運搬という言葉がある。人や物を運び、別の場所に移すことだ。全然難しい言葉ではない。むしろ子供でも知っている簡単な言葉に当てはまるべき名詞だろう。それはロイの前世の日本でも、グーテランドでも変わらない。

 そして、リタは口にした。魔王軍に縁があるから、グーテランドに送られるスパイは、みな一様に死霊術を習得しているのを知っている、みたいなことを。
 無論、彼女が説明したように、敵の霊魂を掌握して現地で仲間を増やしたり、敵国の墓地を利用してゾンビ集団を操作したりするため、というのもウソではない。

 だが、リタは魔王軍に縁があるといっても、今では少し曖昧な立場に立っているので知らなかった。『敵の霊魂を掌握して現地で仲間を増やす』という1つ目の理由と、『敵国の墓地を利用してゾンビ集団を操作する』という2つ目の理由だけ説明されて、魔王軍が死霊術をスパイの必修科目にしている上で、一番重要な3つ目の理由を説明されていなかった。
 3番目の理由については隠蔽されているのだ。

 よくよく考えれば伏線なんて自明なことだった。
 ヒントはすでに揃っているから、少し考えれば導き出せる答えだった。

 グーテランドでは宗教と倫理の都合で死霊術が許されていない。それは以前263話、ヴィクトリアとレナードが語り合ったとおりだし、実際、ロイが死んだ時の蘇生にも、死霊術は使われていなかった。
 で、そのグーテランドに、死霊術を修めた人員を複数人、送り込む。
 無論、スパイが全員、熟練度の高低は置いておいて死霊術師である以上、その肉体、器には、2人分以上の霊魂が宿っていることになる。

 つまりこれは、死霊術が禁止されている国家に、その禁止されている魔術にかなり密接に関わっている媒体、霊魂を運搬、いや、より厳密に言ってしまえば密輸した、ということ。

 リタの行い、自称・ヒーロー活動は、ハッキリ言えば法に基づかない処刑ということで違法なモノだったが、しかし、彼女がスパイの人数を減らさなければ、さらにヤバイことになっていた。結果論ではあるが、リタは本当に素晴らしいことをしたのだ。

 死霊術における霊魂の解放には、主に3パターンある。
 リタが女スパイにしたように、死霊術師本人を殺して解放。
 前回の大規模戦闘で魔王軍の幹部がアリシアを倒すためにしたように、消費して解放。
 そして、今まで束縛していて悪かったね、と、殺されもしないし、消費しもしないが、使わなくなったので解放。

 主にこの3つのパターンによって、死霊術師の体内に宿る霊魂は、ようやく死霊術師の身体から逃れることができるのだ。

 しかし鎖から解き放たれることと、天国に逝けることは、決して同義ではない。
 未練があれば天国ではなく地上を彷徨さまよう亡霊になるし、なんらかの魔術的な鎖を使い特定の土地に縛り付ければ、地縛霊にもなりえる。

 まして死霊術師にストックとして扱われてきた霊魂だ。まともな死に方はしていないはず。いや、十中八九、戦争に霊魂を使うから死んでくれ、と、言われ、実際に肉体を殺された霊魂がほとんどだ。
 未練なんてあって当然の代物。

 逆を言えば――、
 未練を意図的に残した状態で殺害、魂のストック化、それをしたあとで敵国に侵入し、3番目のやり方、今まで束縛していて悪かったね、と、解放すれば、敵国に幽霊を解き放つことに、そして『それに呼び寄せられるモノ』を呼び寄せることになる。

 つまり、これが運搬、密輸の目的。
 ゆえに、リタは3番目ではなく1番目のやり方で霊魂を解放させてあげたから、彼女は素晴らしいことをしたことになるのだが(1番目のやり方だと、3番目のやり方と比較して、自分を道具として扱った死霊術師の絶命によって解放されるという性質上、霊魂の未練、鬱憤うっぷんが解消されやすい=霊魂が地上を彷徨う亡霊になりにくい)、それはさておき、重要なことは他にもある。

 グーテランドに幽霊を解き放つ。これは死霊術を禁止している以上、七星団が魔王軍との魔術戦において最も注意していることの1つだ。
 つまり、対処法ももちろん用意している。用意していないわけがない。具体的には、光属性の迷える魂を天に導く魔術という。

 その魔術は、例えば第1特務執行隠密分隊ならば、イヴはもちろん、アリスとマリアにだって使えるし、他の分隊でも、ほとんどの魔術師が使えるだろう。
 それほどまでにポピュラーな魔術。

 それは即ち、魔王軍の本部にも情報が行き届いていて然るべき、ということ。
 ゆえに、そこで魔王軍の参謀指令室は考えた。幽霊を解き放って、バレるか否かが鍵だ、と。

 そして――、

「あれ? 念話だ。誰からだろう?」
「シィ、今は任務中よ。手短に終わらせなさいよ?」

 同日、ティナが祖父の墓参りをした夕方から数時間後――、
 王都の夜間巡回を命じられ、七星団の制服に身を包み、街灯(ガス燈)によりほんのりと淡い橙色が灯る、石造り建物が並び、レンガを敷き詰めたような街並みを歩く第1特務執行隠密分隊。その一員、シーリーンのアーティファクトに着信が入ったのは、4人が夜の市場に足を踏み入れて、ほんの数分後のことだった。

 市場には夜の9時とはいえ数多くの人やエルフやドワーフが行きかっており、日中とは違う賑わいを見せていた。ある者は仕事終わりに酒を飲み、またある者は破滅しない程度に楽しく仲良くギャンブルに花を咲かせる。

「はい、もしもし?」
『シィ! 大変だ! 落ち着いて聞いてほしい!』
「えっ? えっ? 待って、ロイくんだよね? うん、ロイくんの方こそいったん落ち着いて? ねっ?」

 ロイ、という言葉に反応するシーリーンの近くにいたアリスとイヴとマリア。
 シーリーンはロイがアーティファクトの向こう側で深呼吸している間に、念話をスピーカーモードに切り替えて、他の3人にも聞こえるように。
 そして数秒後、ロイが落ち着きを取り戻すと――、

『アリシアさんからとある情報を手に入れたんだ』
「お姉様から!?」

 と、折角、七星団に入団できたのになかなかアリシアに会えないアリスが驚く。

『うん、どうやら、魔王軍は王都にトラップをしかけていて、それが発動するのが今夜らしいんだ!』

 その情報に顔を見合わせる4人。
 しかし愛するロイからの情報なのに、イヴ以外の3人の表情かおには、どこか疑問、疑惑の色が表れている。なんとなく、スッキリしない。なぜか、表情かおが晴れ渡らない。

「弟くん、少し待ってくださいね?」
「? お姉ちゃん?」

 どこか訝しむような顔付きで、マリアがいったん、ロイの話を中断させた。
 それを、やっぱり訊くよね……、という表情で、シーリーンとアリスは見守るばかり。

「なぜそれを第1特務執行隠密分隊の上官であるセシリアさんではなく、弟くんがわたしたちに伝えることになったんですかね?」
『セシリアさんは他にも数多くの分隊の指揮を執らないといけないよね? 幸い、ボクはシィやアリス、イヴや姉さんと念話できるから、第1特務執行隠密分隊に関してはボクが連絡を、って』

「弟くんは今、休暇中のはずですよね?」
『それほどまでに緊急事態なんだ』

 黙りこくるマリア。最愛の弟を疑うなんてイヤで、イヤで、自己嫌悪に陥るほど仕方がなかったが、それでも、こういう場合、確認しないわけにはいかない。それが軍事力を持つ組織の一員ということだ。
 声は間違いなくロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクのモノだった。喋り方もそうだし、最後の1つに関してはかなり感覚的な話になってしまうが、息遣いもそう。

 なら――、


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