ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

4章7話 シーリーン、死ぬことを考える、が……。(1)



「もうイヤ……ッ! もうイヤもうイヤもうイヤッッ!! 誰か助けて……ッ! つらいよぉ……、苦しいよぉ……、気持ち悪いよぉ……っ! 誰か……、ロイくん……、助けてよぉ……ッ!」

 もはや他人が見たら、目を覆いたくなるほど悲痛な姿のシーリーン。

 もう死んでしまいたかった。もう全てを放り出して、遠い異郷の地にでも行きたかった。もう頭がストレスでどうにかなりそうだった。

 無責任でも、誰も自分のことを知らないところに行きたい。
 いや、いっそのこと死ぬまで永遠に1人でいたい。孤独でいたい。

「えぐ、っ……、スンっ……、ぐす……、なんで……、なんで! なんで! どうしてシィがこんな目に遭わないといけないのぉ……っ!? せっかくロイくんが救ってくれたのにぃ……ッ! せっかく一度は抜け出せたのにぃ……ッ!」

 逃げる、逃げる、逃げる。
 シーリーンは逃げ続ける。
 涙を零しながら肉体強化の魔術に全力を注いで下山し続けた。少しでもロイがいる王都に近付くために。

 無論、彼女だって言われなくてもわかっている。フィールドの限界まで行っても、この山は御者の男性の言うとおりなら、亜空間、普通の空間と階層がズレているから出られないことぐらい。

 詳しい空属性の魔術の話はシーリーンにとって理解不能なモノだったが、彼女だって勉強ができないだけでバカではない。
 例え亜空間の話を聞かなかったとしても、彼女なら(戦闘試験でフィールドを無制限にするはずがない。それだと試験官の手に負えなくなる。状況を把握できなくなる。不測の事態に対応もできないかもしれない。なら、管理のために結界ぐらい展開しているよね?)という結論に行き着いたはず。

 なのにシーリーンが今、そんなことを理解していてもフィールドから出ようとする理由は、ただ1つ。
 錯乱状態ゆえに、不可能と理解していること=やってみても意味がないこと、という等式が成り立たなくなっているのだ。

 もう頭の中がグチャグチャである。
 一応、物事を正確に理解する能力は保てているのに、精神状態のせいで、理解に反したことを平気で行おうとしてしまう。頭と身体が別々の生き物のようになってしまう。

「イジメって悪いことだよね!? 人の心を追い詰めて、その姿を見て嘲笑うことっていけないことだよね!? なのになんでジェレミアさんは平気でそんなことをしようとするの!? そして……ッ! なんでよりにもよってその標的がシィなのぉ……ッ!」

 簡単に言えばジレンマ。逃亡したい。けど逃亡しても、いずれ追い付かれ敗北するから、ジェレミアの性奴隷になってしまう。ジェレミアの性奴隷になりたくない。けどそれはジェレミアと戦うことを意味する。

 もし仮に救われる道が残っているとするなら――、

「……ッ、自殺」
 ふいに、シーリーンは走るのをやめた。膝に両手を付いて乱れた呼吸を繰り返す。

 次いで少し落ち着くと、猫背状態から身体を起こし、シーリーンは右手の人差し指に魔力を込め、虚ろな瞳でそれを呆然と、まるで焦点が定まっていない感じで見続けた。

 人差し指を耳の上らへんに添えて、詠唱を唱えれば楽になれるのだろうか?
 そんな虚しくて意味のないことをシーリーンは考えてしまう。

 嗚呼、ほぼ無意識だった。
 シーリーンは耳の上らへんに、魔力を込めた右手の人差し指をセットする。

 ――、これでいつでも【魔弾】を撃てる。
 ――、これでいつでも死ぬことができる。
 ――、これで自分の好きなタイミングで、救われる。

 完璧にシーリーンは追い詰められていた。感情が、精神が、心が、壊れてしまった。疲弊しきってしまった。最悪の極限状態に身を置くことになってしまい、もうまともに判断を下せる道理はなく、仮に今からジェレミアと戦えるだけの勇気を得たとしても、魔術師同士の戦闘で判断力が皆無なのは致命的ゆえに、勝つことも不可能。

 言わずもがな、今のシーリーンは正常ではない。
 どうしようもないほどに気が動転している。
 そして――、

「……っ、ロイくん!」

 力いっぱい目を瞑る。覚悟を決める。意を決する。
 最愛の人の名前を呼ぶと、瞬間、シーリーンの脳裏に彼の笑顔が浮かび上がった。
 いつも浮かべている、自分が大好きだったあの笑顔だ。

 そして詠唱破棄、声で魔力を揺らす代わりに、脳波で魔力を揺らすと――、
 しかしシーリーンは――、



 ――――。
 ――――。――――。
 ――――。――――。――――。



「――、物事には、重要度って、あるよね……」
 呆然とシーリーンは呟く。そして魔力を込めていた人差し指を下ろした。

 十中八九、背後では自分を追ってきているジェレミアが走っているはずだが、そんなことは知ったことではなかった。
 ジェレミアのことを気にせずに、シーリーンは続ける。

「確かに、シィはジェレミアさんなんかに犯されたくない……ッ! そして同じぐらい、抗いたくもない……ッ! だから自殺しようと思った……ッ! でも――」

 奥歯を軋ませる。
 両手を充血するぐらい握りしめて、一度、力強く地団駄を踏む。

「~~~~ッッ、でも! 逃亡していずれ捕まって、ジェレミアさんに犯されるよりも! あるいは逃げないで戦って恐い思いをするよりも! それ以上に、命を大切にしないでロイくんに嫌われる方がもっとイヤだ!」

 今ここに、シーリーンの涙は、恐怖のそれではなく、振り切れたそれに変貌を遂げた。
 ロイは生きることを大切にしている。2回も死を経験したのだから当たり前だ。彼は世界で一番、生きることの素晴らしさを知っている、と、言っても過言ではない。

 その嫁の自分が恐怖から逃げるために自殺?

 シーリーンは自分で自分に心の声で言う――、
 ――笑わせないでほしい、と。

 別に、シーリーンは自殺する人の心が弱いと言いたいわけではない。むしろ自殺なんて、えして、する人よりもさせた環境の方が悪いのだ。

 だが、もし自分の自殺がロイの信念に泥を塗ったら?
 彼に嫌われなかったとしても、よりにもよって自分が彼の大切にしているモノを台無しにするなんて、例え死んでも罪悪感を覚えるかもしれない。

 そんなのは、イヤだ。


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コメント

  • ノベルバユーザー288318

    僕もジェレミアが嫌いです

    1
  • ペンギン

    僕はジェレミアが嫌いです

    2
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