ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

4章5話 シーリーン、心が壊れ、る……?(2)



 が、【魔弾】は真上にではなく、かなり遠く離れた地面に向かっていた。
 そこにはシーリーンが詠唱破棄した【聖なる光の障壁】が空間に固定されていて、結果、跳弾。さらに跳弾した先にも、やはり【聖なる光の障壁】が空間に固定されていて、再度、跳弾。それをさらに、最後に追加で1回繰り返す。

 これで最終的に、ジェレミアからすれば、シーリーンとはかなり離れた地点の真上に、【魔弾】が射出されたように見えたはずだろう。

「時間を稼いで、逃げなきゃ……っ! 今、ここにロイくんはいないから……、せめて、捕まらないようにしなきゃ……っ!」

 シーリーンは自分自身に言い聞かせる、まるで自分自身を洗脳するように。

 肉体強化の魔術をダブルキャストして凄まじい速さで山を登るシーリーン。
 ほんの3秒前まで遠くにあった木々や岩が、隕石のように轟々と迫力をみなぎらせて迫ってきて、自分のすぐ真横を勢いよく通りすぎると、以降は逆に、同じく隕石のように轟ッッ、と、離れていく。

 景色が刹那のうちに変わっていく様子は、まるで蒸気機関車に乗っているかのよう。

 しかし残酷なことに、速さだけは魔術のおかげで目を見張るモノがあったが、正直、その姿は非常に無様だった。
 何回も転びそうになり、かなりの速度で移動しているのにまともに前を見ていないせいか、後ろばかり気にしているせいか、何度も木々に身体が当たりそうになって、直撃を免れても肩とかをぶつける。

 そして一番致命的なのは、過度な緊張感に支配され、混乱していまい、魔力の運用が下手になっていること。このままでは本来そこそこ長い時間キャストできる肉体強化であっても、かなり早い段階で魔力切れを起こしてしまう。

「きゃ……っ」

 ドサ――ッッ! と、重く低い擦れたような音を出し、山の斜面が急になり始めたあたりで、可愛らしい悲鳴を上げ、ついにシーリーンは本格的に転んでしまった。

 脚は先刻よりも強く激しく震え、ガチガチ音を鳴らす歯が噛み合わない。
 そして起き上がろうにも、ほんの少しずつしか腕、手に力が入らなかった。

 ――嗚呼、わかっていた。
 自分はロイがいなければ、なにもできないことなんて。

 保健室登校の時は、周りに頼りになるロイがいた。風紀に厳しいアリスがいた。怖いもの知らずでジェレミアにも立ち向かえたはずのイヴだっていたし、年上のマリアさえいたのだった。
 だからあの時は、ジェレミアに対して、結局は他人から見たら弱気ではあったが、1人の時の自分と比較したら、それなりになにかを物申せた。

 ロイがジェレミアの【魔弾】を喰らって自分のせいにされそうになった時、例えオドオドしていても、「な、なにを……、だってジェレミアさんが魔術で……」と反論できたりとか――。
 ロイとジェレミアが決闘して、シーリーンやアリスたちがロイだけを応援していた時、なぜオレを応援しないのか、と、訊かれ、例え泣きそうになっていても、「勝ってほしい方を応援するんです!」と主張できたりとか――。

 だが――、
(無理だよぉ……、イジメって、簡単に立ち向かえないからイジメなのにぃ……)

 ステージの攻撃は観客席に流れない。観客席からはステージに飛び出られない。
 今はそんな安全が確約されている、互いに手出しができない決闘場のステージと観客席にいるわけではない。
 ここは紛うことなく戦場で、今は戦闘テストの最中で、つまり敵を容赦なく傷付ける血生臭い世界なのだ。

 嗚呼……、
 メッキが剥がれる。
 付け焼刃の勇気が折れる。

 所詮、自分は周りに味方がいなければこの程度だった。

 まだ1回も魔術を撃ち合っていない。なのにギブアップ寸前。
 ロイと会ってから今までが特別だっただけで、これが本来のシーリーンなのである。

 ここ最近はロイと常に一緒だったから露呈しなかったが、それが災いしたか……。
 誰も、シーリーンの弱さに気付けなかった。

(でも……立ち向かうのも怖いけど、ジェレミアさんに犯されるのも怖い……っ)

 殴られた。蹴られた。教科書にラクガキされた。靴を隠された。恐喝されて何回も財布の中身を空にされた。弁当を地面に捨てられて、それを食べるように命じられ、事実、それを食べたこともあった。

 それをロイに救われるまで我慢してきたが、しかし、犯されるのだけは我慢できそうにない。
 ようやく手に力が入り初めて、シーリーンはゆっくり、なんとか立ち上がることができた。

 そして前を向いた、その時だった――、

「とうっ」
「…………ッッっ!!!」

 上空から唐突に跳躍してきたジェレミア。
 肉体を強化しているから、この程度、造作もないのだろうが、とにかく、シーリーンはジェレミアに追い付かれてしまったのである。
 着地するとジェレミアは気障きざったらしく気取った感じで振り返って、ついに、シーリーンとジェレミアは相対する。

「バカだねぇ! 索敵魔術があるんだ! 跳弾かなにかを利用した位置情報のフェイクなんて、簡単に看破できるに決まっているじゃないか! アヒィ! アッハハハハッハアハハ――ッッ!」

 ジェレミアは今、ほんの数秒とはいえ言葉を喋ったが、そして哄笑したが、それに聞く耳さえ持たず、シーリーンは隙をいて即行で逃げようと、脚に力を入れた。

 速度を上げて山を下るのは危険?
 だが、それを理解していても、今の彼女にとっては目の前の絶望から逃げる方が大切だった。

 しかし――、

「おっと、【魔弾】」
「…………キャアアアアアアアアアアッッ! ~~~~ッッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ!」

 耳を覆いたくなるような金切り声。
 太ももを撃たれ、転んでしまうシーリーン。

 絶叫が山全体に残酷なほど木霊した。
 赤ちゃんのように白い肌に穴が空いて、そこから鮮やかな一筋の赤色が零れる。

 シーリーンは全身のガクガクとした強い震えを抑えられない。身体の一部に穴が空いたのだ。ヒーリングすればもとに戻るとはいえ、痛みまでなかったことにできるわけではない。これがいたって普通な、健全な反応である。

「いけないねぇ、他人ひとの話を最後まで聞かないなんて」
「えっぐ……、ひぅ……っ」

「これからキミはオレの性奴隷になるんだ。つまり、すでにオレはキミのご主人様ってことだろう? なら、ご主人様の言葉は最後の一言まできちんと聞くこと。これがオレという主人からの最初の命令だ」
「…………っ」

 恐怖で顔を歪ませながら、涙を流してジェレミアを見上げるシーリーン。
 ジェレミアは満足だった、〈永遠の処女〉なんて呼ばれる美少女が、自分の目の前で泣きながら転んでいることが。


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コメント

  • ペンギン

    ダメだよ!シーリーン!奴隷になるのは絶対にダメだ!
    君はロイにだけそういうことをされるべき存在?だと思うよ!

    1
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