ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章2話 シーリーン、どうしたらいいかわからない。(2)
それは確かにシーリーンの言うとおりだった。
ロイ対ジェレミアの決闘では、ロイという相手が悪かった。というより、相手に常識が通用しなかった、というだけで、基本的にジェレミアの幻影魔術は学生の中ではトップクラス、否、トップそのものなのだ。
そして学生の中でトップというだけではなく、【幻域】は大人と混じっても、戦い方と発動のタイミングさえ考慮すれば、それなりにいいところまで手を伸ばせる。
とどのつまり、シーリーンはもちろん、アリスとマリアでさえ、ジェレミアを倒せないのである。
「――、今から情報を整理しましょうね」
「お姉ちゃん?」
「馬車の中で他の受験者と協力して、対戦相手の情報を交換し合う、という行為は禁止されていませんからね。試験はすでに始まっている、みたいな展開になってしまいましたが、シーリーンさんのために、【幻域】の攻略方法を考えましょう」
「いいん、ですか……、マリアさん……?」
と、なにを信じられないのか、そのようにシーリーンはマリアの顔を見て、呆然と質問した。
当然、それに対する3人の答えは――、
「当然よ」
「もちろんだよ!」
「しもしないことを言葉になんてしませんからね」
そして、試験会場である座標まで辿り着く前に、4人はジェレミアの攻略方法を考え始めた。
まず、現時点で判明している【幻域】に関する情報は、キャストしたい相手が五感で捉えられる範囲に存在していること。次いで、キャストされてしまったら、意識を失ってしまうこと。続いて、幻覚の中では自分が繰り返し死んでしまうこと。そして最後に、キャストされた相手は平均10秒ほどでギブアップを宣言し、それが解除の条件であること。以上の4つだ。
一応、絶対に不可能というわけではないが、ジェレミアの技量的に詠唱破棄は不可能、という情報も挙がった。が、ロイとの決闘のあとに可能になった、という可能性もあったのが、確定した情報としては扱わないことに。
「まず、真っ先に思い付くものとして、お兄ちゃんみたいにメタ認知を使うのはどうなのよ?」
「1から10まで現実的じゃないわ。ロイがそれを可能にしたのは、悪い言い方になるけれど、ロイの死ぬことに対する観念が壊れていたから。精神が特務十二星座部隊レベルだからよ」
「そうですね。現に弟くん以外、その方法でジェレミアを倒した学生はいませんでしたし……。メタ認知という言葉を知らなくても、我慢作戦は思い付きますからね」
「当たり前のこと、どう足掻いても仕方がないことだから言うけれども、シィの精神は特務十二星座部隊レベルじゃないわ。ついでに言えば、私も、イヴちゃんも、マリアさんも」
「うぅ……、なら、その……、【魔弾】による遠距離攻撃はどうかな?」
「難しいわね。ジェレミアは幻影魔術を使うけれど、幻影魔術だけしか使えないわけじゃない。普通に索敵魔術も【聖なる光の障壁】も、魔術無効化の魔術である【零の境地】も使ってくるわ」
「なら、その【聖なる光の障壁】はどうなのよ?」
「魔術防壁は透明なのがネックですね。なにかしらの方法で透けないようにすれば、ジェレミアの視界を遮断できるのですが……。あと、仮に遮断できても、【零の境地】がある以上、同じ手は2度使えませんね……」
その後も、シーリーンたちによるジェレミア打倒のための会議が行われたが――、
約30分後――、
「お待たせいたしました。シーリーン・ピュアフーリー・ラ・ヴ・ハート様のみご下車くださいませ。ラ・ヴ・ハート様の試験会場に到着いたしました」
「そんな……っ」
「そう、ですか……」
御者の男性の案内に、信じられないような声を上げるアリス。
対して、シーリーンの声にはすでに、諦めの色が混じっていた。
「1つの山で複数のペアが戦闘テストを行いますが、空間の階層操作の魔術によって、他の受験者とバッティングすることはございません。その点はご安心ください」
「お姉ちゃん、空間の階層操作って?」
「簡単にいうと、亜空間創造のことですね。一見、同じ世界なのに、人や木や岩や川などの存在が、互いに干渉できない段階にいるといいますか……」
「イヴ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク様」
「ぅん?」
と、御者の男性が呼びかけて、イヴはきょとんとした感じで反応した。
「階段をイメージしてください」
「したよ」
「階段を真上から見下ろしたら、一応、1つの平面っぽく見えますよね?」
「うん、実際には遠近感とかがあると思うけど……」
「それで、階段を上から見下ろしたら1つの平面っぽく認識できますが、その階段の全ての段に小人がいると思ってください」
「うんうん」
「真上から見下ろしたら、小人たちは1つのフィールドにいるように見えますが、小人たちからしたら、階層が違うから、他の小人を認識できません」
「あっ、なるほど、そういうことなんだね!」
すごくわかりやすい説明だった。
余談だが、前回の大規模戦闘の時、特務十二星座部隊、星の序列第3位、【双児】のロバートが使った【亜空間創造】も、今、御者の男性がしてくれた説明と同じ説明で、他人にニュアンスを伝えることが可能だった。
「ですが、1つだけ注意点が」
「それは……」
と、シーリーンが生唾を呑む。
「たった今、マリア・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイク様が、人や木や岩や川などの存在が、互いに干渉できない段階にいる、と、仰いましたが、今回の戦闘テストでは干渉できます。干渉できないのはあくまで他のペアだけであり、草木で罠を作ったり、大き目の石を相手に投げたり、長期戦になった時、川の水を沸騰させたあとに飲んだりすることもできますので、念頭に置いていただければ幸いです」
「わ、わかりました……」
「また、お察しかもしれませんが、シーリーン様の対戦相手であるジェレミア様は、別の馬車に乗って別の場所でご下車しております。ジェレミア様が瞬間移動などを使えれば話は別ですが、基本的には、テスト開始と同時にジェレミア様と相対する、ということはございません」
「いいんですか、そんな情報を与えて……?」
「はい、問題ありません。これは予め受験者のみなさまにお伝えする情報として、わたくし共は与えられましたし、当然のことではありますが、公平性を保つために、恐らく今ごろ、ジェレミア様にも同じ情報が与えられていると思いますので」
「――――」
「ささっ、どうぞ、ご下車くださいませ」
言われると、シーリーンはそのとおりに馬車から下りて、靴で地面、山の土を踏みしめる。
周りは鬱蒼とした樹木に囲まれていて、一度馬車道から外れたら、戻ってくるのは絶対に不可能だろう。幸い、今立っているところは馬車道だから、日の光が差しているが、樹木が生い茂る方に入ってしまえば、晴天なのに日の光が届かないところさえあるだろう。そしてそれを証明するように、馬車道の左右に広がる未開拓のエリアは薄暗く、絵画などでいういわゆる消失点が、足が震えそうになるほどの黒色だった。
ゴースト、否、死神が出てきてもおかしくない雰囲気。
「最後の説明になりますが、戦闘テストが終了した時の帰り道につきましてはご安心くださいませ。瞬間移動の魔術が発動しまして、山の入り口までリターンいたしますので」
「わ、わかりました……」
「それでは、ご武運を」
言うと、御者の男性は御者台に戻る。
が、彼が馬を叩く前に――、
少しだけ馬車のドアが開いて――、
「シィ! 頑張りなさいよ!」
「~~~~っ、アリス!」
「勝っても負けても、心が折れなくても、ジェレミアが相手だから、やっぱり折れても、後悔する戦いだけはしないこと!」
「アリスさんの言うとおりだよ! ジェレミアと戦うのに反対しているわけじゃないけど、ジェレミアと戦って、心を壊してほしいわけでもない! でも、そりゃ、心も壊れずに勝利を掴むのが、やっぱりベストなんだよ!」
「互いに頑張りましょうね? わたしたちも、別々の場所とはいえ、同じ瞬間に戦っていますから!」
「――では、そろそろ出発いたします」
ここで出発するのは野暮だと思い、空気を読んでいた御者が馬を手綱で叩く。
流石に危なかったのでマリアがドアを閉めて、馬車は別のポイントに行ってしまった。
そこに残ったのは――、ジェレミアを倒すぞ! という気概ではなく、トラウマと戦うことになった不安と、恐怖と、悲哀で満ちているシーリーンだけである。
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