ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

3章14話 ゴメンね、そして大好きだったよ(2)



「なにをする気だ、貴様の部下は!?」
「――知りません。ですが、私は言われたとおりに準備するだけですわぁ」

 地上の状況を把握するために、そういう魔術をキャストしていた2人のトップは、ほぼ同時にロイの叫びに反応する。

 アリシアはついに微笑んで、死霊術師の顔からは笑みが消えた。
 瞬間、アリシアは弱体化しているとはいえ、残っている全ての魔力を右手に集中させ始めたではないか。空間に裂傷が入るのではないかと絶望するほど大気が軋み、古竜の唸り声さえ可愛く思えるほどの重低音が世界に木霊す。

 嗚呼、握りしめた右手の拳の中に光源が目覚めたのか、その拳、5つの指の隙間から太陽の光を連想させる、普通なら涙が出そうなほど熱い光が漏れだした。

 死霊術師は信じられなかった。この女ほどの実力がありながら、他人に準備しろ、と、命令ではなくお願いだとしても指示されて、もう――、これで全てを終わらせる――、と、全身全霊の魔力を惜しみなく使い切るつもりだなんて。

 死霊術師が動揺してしまった、その時だった。

「擬似双聖剣! そして……ッッ、妖刀、村正のイメージを!」

 という言葉がどこかから聞こえた気がする。
 ここにきて、このタイミングで、ついに向こうの知識をこの戦闘でも披露するロイ。
 妖刀、村正――。厳密には村正というのは刀の名称ではなく、一般的にそう呼ばれる刀を作った刀匠の名前だ。

 ロイの脳内にある妖刀、村正のイメージとは、魅了の呪い。近場の人が意図しなくても、吸い込まれるように、勝手に手が動いて握ってしまう呪いのイメージに他ならない。

 村正と、加えて正宗の違いを象徴する逸話に、両方を川に突き刺すと、上流から流れてくる葉っぱが、正宗には一切近寄らず、逆に村正には吸い込まれるように近付いてしまい、そのまま斬られた、というモノがある。

 ただ単に『近場の人が意図しなくても、勝手に手が動いて握ってしまう呪い』をイメージするのと、実在する日本刀をモデルにするのとでは、ロイのイメージの明確さ、鮮明さが段違いだ。
 ゆえに、ロイのイメージをエクスカリバーが反映するのも、道理というモノに違いない。

 一方、死霊術師は自分の鼓膜がロイの声で震え、自分は魔王軍の幹部だというのに、わずかとはいえども背筋が痺れる。無論、彼にとってロイは有象無象の雑魚にすぎないのに。

 だが、恐らく、死霊術のエキスパートであるがゆえに、例え討つのが自分より何倍も弱い相手だとしても、己が死滅には敏感なのかもしれない。

 だが、それを自覚するよりも前、わずか0・0001瞬前に死霊術師が思わず、突如自分の右手に顕現した剣の柄を握ってしまうが――、
 ――それこそが、ロイの考えた作戦に他ならない。

「ガアァアアアアアアアアア……ッッ!? ガガガガガ……ッッ、ァ、アアアアア! なんだこれは!? 持った者の魂を喰らう魔剣だと!? 王国七星団の全体ならいざ知らず、アリシア師団に魔剣使いがいるなんて、聞いてないぞッッ!!」

 魔剣エクスカリバーは強欲に死霊術師の魂を喰らった。
 バッ、と、勢いよく死霊術師は魔剣を地上に捨てる。想像を絶しているだろう。身体から魂が剥がれる激痛が奔って、思わず3秒ほど柄を握ってしまったが、その3秒で魂のストックの大半を奪われた。

 その光景を地上から見ていたロイは確信する。ガクトと戦闘した時、エクスカリバーを魔力の粒子化させて右手や左手に次々に持ち替える戦術を駆使したことがあったが、つまり今、ロイがしたのは、それの応用。

 ロイの左手から、死霊術師の右手にエクスカリバーを持ち替える。
 それも死霊術師の言うように『持った者の魂を喰らう性能』を宿したまま!

「ありがとうございます! ロイさん!」

 刹那、死霊術師が激痛に襲われている隙に、アリシアは彼の背後に瞬動をこなす。

 完璧に不意を衝けた。完全に背後に回れた。
 右腕を後方に大きく振って、握りしめた右手から奔流する光を、自分でコントロールできる極限のギリギリまで、なんとか意地で収束できる限界まで、ほぼ暴走状態にする。

 次いで彼女は、その大きく振った右腕を前方、死霊術師の方に勢いよく突き出して、それと同時に握りしめた右手をバッ、と、開いた。

「――【絶光七色アブソルート・レーゲンボーゲン】サーティーンキャスト――――――ッッッッッ!!!!!」
「クソがァ! まだ魂は残っているぞオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 振り向きざまに、アリシア同様、バッ、と、振った腕の残像さえ見える速度で魔術を撃つ死霊術師。

 2人が魔術を撃ち合うのは、1秒の誤差もないほぼ同時だった。

 死霊術師は逡巡したのだ。魂の貯蓄を奪われた状態でこれ以上それを減らすのはマズイ。だがそれ以上に、魂を出し惜しみして本当に死んでしまうのはよりマズイ。ゆえに、魂を1つ消費して思考速度と身体能力を底上げして――結果――【絶光七色】と、死霊術師の渾身の【闇の天蓋からシュヴァルツ・シュペーア・ディ・降り注ぐ黒槍フォン・ドゥンケルン・ヒンメル・ファレン】が真正面から衝突を起こす。

 弩々ッッッ!!! 駕アアアアアッッッ!!! 轟オオオオオオオオオオッッッ!!!

 その衝撃は、天地を揺るがし世界に干渉する。隕石落下とか、竜の咆哮とか、巨人の進軍とか、そのように、物理的ではなく、空間が意味不明な音を立てて軋み、時の流れさえ狂うような、そんな神々の侮辱が戦場に広がった。

 発生源の真下、アリシア師団の団員たちは彼女の魔術防壁に守られているも、それを嘲笑って地表まで届いた爆風に足を踏ん張らせ、グールの軍勢はなにをするでもなく風に吹き飛んでいく。

 そんなアリシア師団、対、死霊術師の支配下の大規模戦闘が終焉を迎えそうな中――、

「威力は私の方が上で……ッッ、発動もこちらが早かった……ッッ!」
「チィ……ッッ、敵の攻撃に対する入射角はこちらが有利! 発動は向こうの方が早くても、魔術の威力がピークに達したのは我の方が早い!」

 そして2人は、声を揃えて――、

「「けれど――同等か!?」」

 言うと、アリシアの額に汗が滲み、対して死霊術師は余裕を取り戻す。
 確かに同等だ。互いの魔術は拮抗している。

 だが、死霊術師に関しては、激減したとはいえここで魂を使えばいいだけのこと。
 先刻も魂を減らすのはマズイと内心で焦燥に駆られた彼だが、特務十二星座部隊の星の序列第2位を殺せるならかなり上等だ。もしかしたら自分の人生で2度とこない戦果と断言できるほどに。

 だがそれを、断固として阻止しようと、2人の戦場ならぬ戦空に登壇した少年がいた。

「魔剣の波動オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
「馬鹿な!? ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクだと!? 攻撃を地面に撃って、その反動で昇ってきたか!?」

 ロイはボロボロの身体で、勝利を確信して爽やかに笑む。
 死霊術師は先刻、咄嗟とっさの判断で、エクスカリバーをロイとは別方向に捨てたが、『聖剣を手から失っても、自動的に戻ってくる性能』がエクスカリバーに宿っていた以上、その行いは無駄に終わった。
 タイムリミットまで、残り、30秒。

 死霊術師は(――――いや! 待て! 今、我はアリシアに手一杯で、ロイに回る余力はないが、焦る必要もない! 万全の状態の彼が聖剣の波動に全力を費やしたとしても、我には傷一つ付かないし! なによりも! そもそも今の彼はお世辞にも万全の状態とはいえない! むしろ死に体だ! 我が支配下の軍勢にゴミのようにボロボロにされて、見たところ、左腕をグールに噛まれている! 放っておいてもこいつは死ぬし、攻撃は無視して問題ない!)と、思考を極限まで加速させて合理的な判断を下したつもりになる。

 だが、しかし、それでも、だとしても――ッッッ!

「あなたの考えは手に取るようにわかる――。ボクだって、あなたと同じ立場なら、同じことを考えたはずだから――」

 ロイが魔剣の柄に弱々しくも力を込める。なにかの病の末期患者のように弱々しい力だ。
 だが、その魔剣の刀身には、切っ先には、特務十二星座部隊レベル、魔王軍の幹部レベルの魔力が宿っている。

 そして、上昇のために撃った魔剣の波動の衝撃は消え、ロイは重力に身を任せて落下し始めた。そしてロイは死霊術師の上まで昇ったから、落下につれて彼との距離が詰まっていき――、
 タイムリミットまで、残り、15秒。

「まさか……ッッ、まさか……ッッ、その魔力は……ッッ!」

「ボクの今の実力では、魔王軍の幹部なんかに太刀打ちできない。でも――どうしても倒す必要がある……ッッ! なら、チカラを借りればいい! 魔王軍の幹部と同等の実力を持つ者は、即ち、同じく魔王軍の幹部! あなたのチカラで、あなたを殺す!」

「~~~~ッッ、我から吸い取った魂を使う気か!? あれは、我を弱体化させるためでもあるが! 同時に、自分の実力を底上げするために!?」

 タイムリミットまで、残り、5秒。
 その10秒間で、ロイは朦朧とする意識の中、死に物狂いで魔力をエクスカリバーに注ぎ込ませていたのだ。折角、死霊術師から霊魂を奪えたのに、それを十全に使えなかったら本末転倒だ。

 わかっていたことだが、タイムリミットに近付くにつれ、つまり闇の浸食が限界まで訪れつつあるにつれ、そう、ただ、ただ、シンプルに、気持ちが悪い。

 今にも消えそうな意識と自我。バカみたいに口元と目から血液を垂れ流し、地上よりも天国に近いところで少し伸びた髪を風に遊ばせる。

 自分は今度こそ天国に昇るんだ、と、ロイは静かに、穏やかに瞑目して、繭の中で眠るみたいにやさしい気持ちを胸に抱く。

 だが、その前にやるべきことをやる。

 果たすべきことを果たす。

 ロイは目を開くことにさえ死力を尽くし――ッッ!



「エクス……ッッ、カリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッッ!!!」



 魔剣の波動に死霊術師の身体が飲み込まれる。断末魔さえ上げさせず、ついに死霊術師が持つ全ての霊魂のストックを完全に削りきった。瞬間、ロイの勇姿に数千を超える騎士と魔術師が、涙さえ浮かばせながら、身体が震えるほどの大歓声を湧かせる。

 英雄、勇者ロイの活躍に、勝鬨は収まることをしらない。

 そして、闇色の奔流は、死霊術師自身のストックを利用したこともあり、アリシアでさえ驚愕で目を見開くほどの瞬きを魅せ、十数秒後、ゆっくりと、長い時間をかけて収束を果たす。

「ロイさん!」

 アリシアの声は、もう、ロイには聞こえない。

(クリス――――ゴメンね。いってらっしゃい、って、ボクはキミに言わせたのに、おかえりなさい、を、言わせてあげることはできなそうだ)

(ティナちゃん――――ゴメンね。戦争に往くって伝えただけで泣かせちゃったのに、天国に逝くって知ったら、もっと泣かせちゃうよね)

(リタ――――ゴメンね。ご飯には揃えなさそうだ。まさか年下の女の子に気を遣われるとは思ってなかったけど、挙句の果てに、その気遣いを台無しにするなんて、本当にゴメン)


(ヴィキー――――ゴメンね。キミの唯一無二の親友は、死ぬ。でも、きっとキミならまた新しい親友に巡り合えるはずだから。それこそ、シィやアリス、イヴや姉さん、リタやティナやクリスが、キミの親友になってくれるはずだから)


(姉さん――――ゴメンね。例えボクでも、愛している人を悲しませるのは許しません、って、釘を刺されたのに、これじゃあ、怒られちゃうよね? 悲しませるよね? もしも、また、こことは違う遠いどこかで会えるなら、いっぱい、怒って、怒られて、そのあとに仲直りしようね? ワガママかな?)


(イヴ――――ゴメンね。帰ってくるのを待っているよ、って言われたのに、帰るのができなくなって。ボクは、イヴが自慢できるお兄ちゃんになれたかな? イヴが胸を張って他の人に紹介できるような、そんなお兄ちゃん、ボクは、なれたのかな? もしそうなら、嬉しいなぁ)



(アリス――――ゴメンね。恥ずかしがらずに、ボクと結婚したいって、愛し合いたいって、子供を産みたいって、家庭を築きたいって、きちんと言葉にしてくれたのに、その夢を、ボクは叶えてあげられない。女の子にそこまで言わせたのに、それをダメにするなんて、本当、男の子として情けないと思う。許してくれないよね?)



(シィ――――ゴメンね。ゴメンね。本当に……っ、本当にゴメンね……っ。キミを守るってキミと結ばれた日に誓ったのに――。必ず帰るって約束したのに――。…………ッッ、なにが、ボクはみんなを残して先に死なない――だ!? ああ――――ゴメンね、シィ。ゴメンね。ゴメンね。――キミとすごした時間は、宝石みたいに輝いていた。――キミが教えてくれた想いは、満天の星々のように瞬いていた。シィのヒマワリのような笑顔が、ボクは世界で一番、大好き――だっ、た――――よ――――――)





 戦争とは残酷なモノだった。

 例えばロイとジェレミアには、一人の女の子をイジメる、守るという相反する立場があり、短期間で終わったとはいえ、2人には一応、因縁は確かにあった。
 例えばロイとアリエルには、娘の恋人が、娘の父親に挑むという物語性があった。
 ならばやはり、例えばロイとレナードにも、一人の女の子の心を掴むために2人の騎士が戦うというドラマがあった。

 しかし、戦争はどうだ?
 結局、ロイは以前殺し合ったリザードマンの名前を知ることはなかった。ロイもリザードマンも、初対面で名前の知らない他人と殺し合ったのである。

 また、ガクトだって、ロイと彼の間にはドラマなんて高尚なモノはない。名前を知っていて、同じ小隊に所属していたとしても、ガクトは任務だから特に情を持ち込まず、ロイのことを殺そうとして、ロイもただ生き残るためにガクトを殺した。

 そして、今、死霊術師にしても、ロイとなんの繋がりはない。ドラマはない。別にひとりの女性を奪い合っているわけでもないし、実はロイの復讐の相手が死霊術師だったという事実もない。

 嗚呼、戦争に意味はあっても、戦争における死に意味はあっても、別に死ぬことなんて珍しくもない。
 戦争において騎士も魔術師も、アリシアやエルヴィスのレベルにならないと、所詮は消耗品だ。戦って、まぁ、死ぬ。シンプルに死ぬ。特に理由なく死ぬ。ただただ、死ぬ。言わずもがな、戦争に死はありふれている。だから、嗚呼、だから、ロイの死も、そのありふれている死の1ケースでしかないのも、仕方がない。

 無常だ。
 ただただ虚しい。
 どこにも暖かさ、温もりが宿っていない、くだらない現実だ。

「ロイさん! 今、時間を巻き戻して――――、ッッ」

 瞬動して、ロイの身体をキャッチするアリシア。
 以前、アリエルとの決闘の時、ロイに時間を巻き戻す魔術【限定的なロカール・虚数時間イマギナーツァイト】で治療を施したように、今もアリシアはその魔術をキャストしようとするが――、

 ――なぜか今さらになって、アーティファクトを撃ち込まれた心臓が、取り除いたというのに激痛を覚える。

「~~~~ッッ、あの死霊術師ィ……ッッ!? なにが私に【絶滅エクスキューション・ディス・福音エヴァンゲリオン】を使わせないですか!? 本当の狙いは【限定的な虚数時間】を封じることだなんて!?」

 アリシアの声帯を引き千切るような絶叫が響く。

 悲痛で、切実で、悲愴で、憤慨より熱くて、激怒と呼ぶには冷え切っている、よくわからないぐちゃぐちゃな、気持ち悪い気持ちがアリシアを襲った。

 無論、それは仕方がないことである。アリシアが七星団の勝利を目指すように、死霊術師だって自軍の勝利を目指していたのだ。結果的にアリシア師団が勝利を収めたが、敵の策略を卑怯と罵るのは、負け犬の遠吠えならぬ、策略に溺れた者のイチャモンにすぎない。

 普通に考えて、アリシアだって自分が死霊術師の立場なら、【絶滅の福音】と同じぐらい【限定的な虚数時間】にも封印を施すはずだ。

 ゆえに、死霊術師は狙ったのだろう。
 どこかのタイミングでアリシアが【限定的な虚数時間】を使おうものなら、事前に【絶滅の福音】を使わせない、と、先入観を植え付けておいて、決定的な場面で致命的な現実を叩き付けることを。

 死んでしまったが、死霊術師にとってもこれは想定外の事態だ。
 彼の想像以上に、彼の策略はアリシアに絶望を与えたのだ。


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コメント

  • ペンギン

    ヤバいです!この回は涙ものです!感動しました!
    これからの話の展開が楽しみです!

    1
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