ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

3章11話 回想、そして覚醒(1)



 一応、心臓は動いている。だが、それが災いだった。
 心臓は血管に血液を循環させるポンプだ。左腕を噛まれて、そこからグールの細菌が血液に混じった以上、心臓の鼓動により、細菌はロイの全身を巡り、刻々とその身体を蝕み始める。

「ガァ……ァ……」

 全身に激痛が走る。神経は身体中に張り巡らされた糸のようなものだが、その身体中に張り巡らされた糸が、糸そのものが、まるで燃えるように、灼けるように、発熱している感じがするのだ。

 そう、神経が痛みを伝えるのではなく、神経そのものが痛い。
 発狂も一周回れば、白けてしまい、要は正気に戻るも、狂気を一周したぶんの激痛が消える道理はない。

 ある意味では狂人に堕ちるよりも残酷なことに、ロイは正気のまま発狂モノの激痛に身体を灼いた。

 実際に火達磨になっているわけではないのに、身体が燃えるように熱い。
 あるいは、身体を氷に閉じ込められたわけでもないのに、低温火傷を覚えそうなほど鋭敏に熱い。

『あの』ロイですら、少しだけ、もう殺してほしい、と、神に祈った。
 だがしかし――、

(ふざ……ッ、けるなァァ……ッッ!)

 刹那、ロイは以前、シャーリーに伝えられた重要なことを思い出す。
『それ』はシャーリーが発覚して、ロイに伝えただけで、あの会話、ロイがガクトとの殺し合いのあと、初めて目覚めた時の会話に、意味があったと断言できるレベルの事実。

 …………。
 ……、…………。

「最後――フェイト・ヴィ・レイク様に大切なことを言い忘れそうになった」
「大切なこと?」

 そして、ロイが服を着てシャーリーの自室からそろそろ出ようとすると、唐突、自分の背中越しにシャーリーは真剣な口調でロイのことを一旦、止める。

 で、ロイが振り返ると、シャーリーはまだ裸だったものの、心底悲しそうな声音で――、

「前提――今から伝えることは、貴方様の戦いに対する心構え、スタンスに始まり、剣を振り魔術を使うその全て、戦いの最中に行う全ての行動、観客がいた場合、周囲から見た評価、そして戦場で生き残る可能性や、最終的には逆に死ぬ可能性にまで、究極的には言及することになる」

「えっ――?」

「結論――貴方様は知的生命体として終わっている」

 間違いなく、シャーリーはロイに向かって『貴方様は知的生命体として終わっている』と結論付けた。その発言はロイの耳に確かに残っているし、数秒だけ待つも、シャーリーが撤回しそうな雰囲気はない。
 流石に言葉に詰まるロイ。しかしロイが反論するよりも早く――、

「確認――一応訊くが、貴方様はエリザベス・キューブラー・ロスを存じていますか?」

「……っ、し、知っています。むしろ、ボクはシャーリーさんが彼女を知っている方が驚きです。本当にボクの前世を知ったんですね」
「説明――エリザベス・キューブラー・ロス。向こうの年号で、西暦1926~2004。世界的に有名な精神科医で、有名な学説『キューブラー・ロスモデル』という人間の死に関する考えを提唱した女性」

「ええ、ボクは病気で入院生活が長かったんで、本格的にではなく中学生が理解できる範囲で、ですけど、彼女の人間の死に対する考えを調べましたよ」
「復習――人間は医者か誰かに余命を宣告された場合、『否認・隔離』から始まり、次に『怒り』、続いて『取引』、4番目に『抑うつ』、最後に『受容』、という、心理的な一連の流れを見せる傾向にある」

「――――」
「詳細――否認・隔離とは、自分が死ぬのはなにかの冗談だ、と、自分が死ぬことを疑ってしまう段階。怒りとは、なぜ自分が死ぬんだ! と、自分の人生が終わることに憤りを覚える段階。取引とは、一例として、なんとか死なないように神に祈る段階。要は相手が医者でも神様でも、カルト宗教でも悪徳業者でも、自分が死なないためなら本当になんでも対価にする段階。で、抑うつとは、死ぬことに絶望してなにもできなくなる状態。そして、受容とは――」

「――っ、最終的に自分が死ぬことを受け入れる段階」

 いつもは温厚なロイも、苛立ってはいないが、イヤなことを思い出してつらそうな目で、シャーリーに言われるよりも前に、自分で説明した。

「謝罪――イヤなことを思い出させてゴメンなさい。でも、この説明は必要なこと」
「いえ……それで、ボクが知的生命体として終わっている、って、どういう意味ですか?」

「確認――貴方様は一度死んでこの世界に転生したが、前世で死んでしまうより少し前の数日間、キューブラー・ロスモデルでいうところの受容の段階にありましたか? その感覚を自分でも覚えていますか?」
「……、……、ええ、一応」

 すると、シャーリーは可愛らしく小さな手を、女性らしい口元に添える。
 そして得心がいったのか、ロイと真剣に視線を合わせて――、

「確信――キューブラー・ロスモデルが100%正しいというわけではないだろうが、少なくとも、ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクの前世の死に際に、受容の傾向が見て取れたと仮定すると――」

「すると?」
「貴方様は、受容状態のまま転生して、受容状態が治っていないまま、この世界で何回も戦っていることになる」

「――――は?」


「自明――

 ジェレミア・トワイラ・イ・トゴートとの決闘を思い出してほしい。百歩、いや、千歩譲って身体がボロボロになることは見逃すにしても、普通は、体感時間で300日の拷問、合計で1200回の殺人に耐えられるわけがない。

 アリエル・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーとの決闘を思い出してほしい。常識的に考えて、敵の攻撃がくる! なにがくるかわかっているなら、ただ一度、我慢すればいい! 我慢は事実上の攻撃無効化だ! なんて、どこも常識的ではない。

 レナード・ハイインテンス・ルートラインとの昇進試験を思い出してほしい。本来なら、説明する間もない当たり前のことだけど、なんとかして先輩の隙を作りたい! なら片腕を囮としてワザと斬り落とさせれば、一瞬とはいえ先輩は無防備になるはず! なんて、バカでも実行しない。

 リザードマンとの殺し合いを思い出してほしい。どこからどう考えても、しまった! 剣を持つ腕が燃やされた! ええい! 腕がボロ炭でもかまうものか! このまま攻撃しよう! ダメージを受けることと使い物にならなくなることは別物の事実なんだし! なんて、狂気そのもの。

 ガクト小隊長との殺し合いを思い出してほしい。失明して? 身体の内部に魔術防壁を埋め込んで? 剣を持てないほど手を痺れさせて? 右足を挫いて? その十数秒後には魔術で左足を撃たれ? そして追い付かれ剣を向けられ? でも――最終的には勝利する? 確かにそれは生きることを大切にしているが、人間であることは蔑ろにしている。人間は、そこまで追い詰められたら普通、それこそ受容する。

 思い返せばわかること。貴方様の戦いは、致命的に、心のどこかで自分が死ぬことを受け入れている節がある。ルートライン様は貴方様の戦い方を脳筋、と、評価したが、実際は生命としての常識、いや、本能が正しく作動していないだけ」

 今まで積み重ねてきたロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクとしての人生。中でも、王都にきてから今まで、必死に戦って、最愛の恋人や、家族や、友達や、メイドと、いつか笑って思い返せるような思い出になるように紡いできた、かけがえのない時間。

 嗚呼、その全ての蓄積が――これか。

「でも――っ」

 当然、ロイは反論を試みる。
 もはや、誰かと戦うよりも必死の形相で。
 しかしシャーリーは――、

「察知――貴方様は多分、記憶を覗いたならわかるでしょうけれど、ボクは生きるために戦った! と、反論するでしょう」
「ぐ……っ」

 悔しそうにロイは言葉を飲み込む。強く切なそうで、酷く悲しそうで、今にも泣きそうなほど寂しそうな表情かおで、彼は数多くのマイナスな感情、ネガティブな思考に押し潰されそうになりながら、俯いて両手を握りしめる。
 まるで、親に怒られたわけでもないのに、悔しいことが起きて黙りこくり、誰にも見つからないところで、ひとりいじけた子供のように。

「複雑――確かに、貴方様は生きるために戦った。しかし、『敵に殺されること』には必死に抵抗して、実際に生き延びたとしても、そのために『自分をウソ偽りなく普通なら死ぬほど戦わせること』を許してしまったら、本末転倒」

「…………」
「結論――貴方様は自分のことだからこそ、気付けなかった。自分の身体の匂いが、自分ではわからないように。私めも含めて、個人差はあれども、究極的に生き物は全ての判断基準を自分に設定するように。人間としては当然ではなくても、貴方様にとっては当然だから。ゆえに――貴方様は自覚できなかった」

「…………ッ」
「懇願――心から、心の底から、誠心誠意、お願いする。気を付けてほしい……。治すのは、今後、全ての人生を費やしても困難だから……っ、せめて……っ、せめて……っ、自分はそういう状態なんだ、って、知って、気を付けてほしい……ッ」

 初めてロイがシャーリーと自己紹介し合った時、彼は彼女のことを、機械みたいに喋る女性、表情の変化に乏しい女性、そのように認識したし、たぶん、実際にその認識はそこまで間違いではないのだろう。
 しかし、今、シャーリーはロイの目の前で、つらそうに両手を胸の前に添えながら、慈愛で満たした潤んだ瞳で彼のことを見つめる。

 最初は抑えていたが、話し続けることで、感情が飽和しそうになったのだろう。

「なんで――、そこまで――」
「馬鹿――貴方様は、本当の本当に、痛々しくて見ていられない……」

 …………。
 ……、…………。

 走馬灯のようにロイの頭の中でシャーリーとの会話がよみがえる。

 そしてそれが終わった時には、ロイの中でなにか怒りのようなモノが消化されていた。

 いつの間にか意地でも立ち上がろうとしていた全身から、力が抜けているではないか。

(ああ――、そうだね――、きっと、全部、シャーリーさんの言うとおりなんだ。反論したかったけど、本当は、反論の余地なんて、どこにも、うん、どこにもないんだろうね。惜しいなぁ、悔しいなぁ、ボクは人間として壊れていたなんて――)

 だが、それでも――、
 ロイはロイ個人として――、


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