ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
2章3話 演説、そして戦慄
そして十数分後――、
ロイはアリシア師団の一員として集合時間に間に合うように、集合場所にやってきた。
例え誰かに指示されずとも、そこにすでに集まっていたアリシア師団の一員たちは自分たちで整列し始めていて、ロイもその自分が混じるべき位置に混じる。
自分の1列前よりさらに前にはすでに数十列にわたり整列が完了していて、ほんの数秒前に到着したはずなのに、列に混じったはずなのに、もうロイの背後にも十数列が整列完了しているではないか。
無論、1列に3人とか5人ぐらいしか立っていないから列ができやすいというわけではない。1列に目算で15~20人ぐらい立っていそうなのに、早々に整列は後ろの方に伸びていく。
夜明け。
もう山稜の向こうでは朝日が昇り始めようとしていた。雪を被った大自然の凹凸は北の向こうから南の果てまで真っ白に染められていて、それがたった今昇り始めた燃えるような朱色の朝焼けに照らされて、地上に星々が顕現したかのように美しく瞬いている。
冬の夜明けの屋外ということで、北風は刺さるように冷たい。もはや耳とか指先とか、肌が露出している部分には痛みさえある。雪が降っていないのが幸いとはいえ、気温は紛うことなく氷点下だった。
森の鳥たちはまだ空を飛んでおらず、鳴き始めてすらいないのは、これから戦場に向かうというのに、ロイにとって少し新鮮で心にわずかとはいえ余裕を与えてくれる。
そしてロイがすることがなくて再び前を向いた、その時だった
『あらあら、うふふ、みなさん、おはようございます。今から遠征開始ですが、昨夜はゆっくりぐっすり、戦闘前、最後の余裕ある睡眠を堪能できましたでしょうか?』
刹那、そこにいた全員がビシィ――ッッ、と、前を向いて姿勢を正す。
師団長、特務十二星座部隊の星の序列第2位、【金牛】のオーバーメイジ、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーが待機列の最前にあると思しき壇上に立ち、そう、ここに集まった全員に挨拶した。
緑豊かで木漏れ日が差す森に吹き抜ける爽やかな風のようにサラサラで、同じ色なのに本物のゴールドよりも上品で、高潔で、優雅で、華麗な、この世界の美の女神すら羨むようなブロンドのふわふわウェーブのロングヘア。
まるでサファイアのような蒼い瞳はおっとりとした物腰とは裏腹に、優しげではあるものの間違いなく芯の強さを秘めていて、しかし透明感のある本来色白の肌、頬は寒さのせいで可愛らしく乙女色が差されている。
女性らしい丸みを帯びた身体。着ている七星団の制服の生地を、内側から強く自己主張するように押し上げる胸が非常に窮屈そうにしていて、下もおしりが今にも生地をビリッ、と、しそうなぐらい、穿いたのが無理矢理とさえ思えるレベルでパツパツしている。
彼女の身体はまさに世界中の男性の理想と言っても過言ではない。
普通なら、常時なら、アリシアがどのように勇ましいことを言ったとしても、女性としての美しさが先立ってしまうだろう。そもそも、彼女の性格がもともとおっとりしているし、口調も穏やかだから。
だが――今は違う。
『それ』は、アリシアの技でもあり業でもあった。
『言わずもがな、これから魔王軍の一部隊と大規模な戦闘が起き、私たちはそこに参戦する、と、いうことになります。敵は王国に仇を為す魔物の大群。それを統べるのは魔王の穢れた寵愛を受けている魔王軍の幹部。光であることを否定し闇の住人であることを選び、善であることを拒絶し悪の信者であることを甘んじて、この世界に破滅をもたらそうと企む咎人の集い。彼らに対し、私たちが臆する道理は世界の彼方にも存在せず、ゆえに、此方にて負ける道理もどこにもない』
静かに、しかしなぜか絶対に逆らえない透明な圧力を放ちながらアリシアは続ける。
『勝利とは光の住人がワインを美味しく飲むためにあるモノ。敗北は闇に潜む大罪人に苦汁を舐めさせるためのモノ。これに一切の間違いはなく、これを為すのはみなさん全員の剣と魔術と全力の積で、ゆえに、持てる力の全てを出せば、必ず、このたびに限らず幾度となく勝利を掴めることでしょう』
今、アリシアが喋っているのはただの遠征前の演説だ。戦いに臨む戦士たちを鼓舞する、言ってしまえばパフォーマンスだ。
しかし、本番前のただの前座で、ロイの全身は強く痺れるように震える。
なんだこれ……っ、と、ロイは内心の驚愕を表に出さないようにするのに精一杯だ。
アリシアは決してここに集合した全員に死ぬことを恐れなくしている魔術をキャストしているわけではない。現時点で彼女が使っているのは、声を反響させる無属性の音系統の魔術だけ。
アリシアの性格はいつもおっとりしている。口調は穏やかで、声音は優しくて、発音は滑らかで、喋る内容は落ち着いていて、語る仕草は大人びていて、語尾はゆったりしている。
だから前述したが、アリシアが勇ましいことを口にしても、例えばエルヴィスが同じことを言った方が効果あるように思える。
が――、
とんでもない――ッッ、と、ロイは焦燥する。否、それはロイだけの狼狽ではなく、ここに集まった全員が、例え以前にもアリシアの演説を聞いたことがある者でも、みな等しく何度でも感じる狼狽だった。
アリシアは、言ってしまえば存在感、例え常日頃からとまったく同じ調子で喋っていても、私が、壇上に、立って、喋っていますよ~~、と、それだけの事実でここに集う全員を、1人残さず奮い立たせる。
ゆえにロイは思った。
事実だけで、言ってしまえば『壇上に』『立って』『喋る』という3つの条件が揃うだけで、自分がなにかをしなくても、他人を強制的に戦争モードに切り替えさせるなんて、人間はもちろん、エルフの技でも業でもない――と。
『勝利は約束されています。怖れることはなく、慄く必要もありません。魔王軍が攻めるというのなら、悉く返り討ちにして、いつか逆にこちらが攻めるなら、悉く魔王軍の守りを撃ち滅ぼす。自明の理、戦争を終わらせるには、終わるまで戦争するしかありません。そして勝利するためには、敵に敗北を押し付ければいいだけのこと』
あまりにも簡単にアリシアは言葉を並べる。
彼女の語る理屈そのものはわかる。だが、終わるまで戦争するしかない、と、言っても、それが何年かかるかは誰も知らない。敗北を押し付ければいい、と彼女は言うが、その難しさは誰にもわからない。
しかし――、
――嗚呼、お日様が気持ちイイ日に散歩するぐらい自然に、月と星々が綺麗な夜は気分よく寝付けるぐらい当然に、アリシアがあまりにも簡単に言うものだから、そう、全員が全員、信じてしまう。
本当に勝利は約束されているのだ、と。
無論、全員、そんなこと本当はありえない、と、頭の片隅では理解している。
だが、重要なのはそこではない。
やたらアリシアの言葉には安心感があったのだ。
矛盾しているだろう、安心感があるはずなのに、つい先刻、驚愕したのだから。だが事実、安心感と驚愕に似た身体の震えは両立している。だから、これは矛盾ではなく二律背反なのだろう。
そして焦点を戻すが、まるで赤子に戻って母の両腕の中で眠るような安心感があるから、本当は勝利が約束されているなんてありえない、と、ネガティブなことは封印される。
誰だって、不幸なことよりも幸せなことをいつも考えていたいから。
そしてアリシアは――、
『ふふっ――それでは、往きましょうか。魔王軍が世界征服という夢から覚めるには、丁度いい朝日の光です。以上をもって、遠征前の師団長、アリシア・エルフ・ル・ドーラ・オーセンティックシンフォニーの挨拶といたしますわ』
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