ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~

佐倉唄

4章10話 ロイ、そして小隊長(3)



 ふざけるな、と、ロイは心の中で絶叫する。先ほど【聖なる光の障壁】で無茶苦茶をしたばかりの自分が言えたことではないが、それは言葉で説明するほど容易たやすい戦術ではない。

 ロイのアレが精神的に常人には不可能だとするのなら、今のガクトのコレは、剣の圧倒的な技量が必要ゆえに常人には不可能だった。

 全てを斬る聖剣とはいえ、【聖なる光の障壁】を斬るのにスピードが落ちる、そこまでは問題ない。だが、その速度の違いを動体視力で見切れるのはおかしいし、遅くなっている最中、速さを取り戻すまでの間に、次元を屈折させて4つに分離させた刃、その全てに刺突をぶつけるのは、どう考えても至難のわざでしかない。

 冗談もほどほどにしてほしい……、と、ロイは背中に冷や汗をかいた。
 ガクトは騎士小隊の隊長だ。その上には、中隊長、大隊長、連隊長、旅団長、師団長と上位の役職が続くわけだが、要するに、小隊長は同じ隊長の中でもかなり下ということになるのだ。

 スパイとはいえ、小隊の隊長でこの実力、この技量、この剣術。

 ロイは心底痛感する――、
 ――これが世界の広さなのか、と。

「さて、あとは事後処理のようなものだな」
「クッ」

 悠然とガクトは剣を掲げる。
 当然、人は死にたくない。ロイは肉体強化の魔術を使い身体能力を底上げすると、0・01秒を競うような速さで、自分自身を急かしながら、後方に跳躍する。

「往生際が悪いな、【零の境地】!」
「~~~~っ」

 跳躍中に肉体強化の魔術が強制的に解除され、ロイは着地に多少失敗してしまう。

 たった今、右足を挫き、ヒーリングは邪魔されて使えず、左目は失明していて、身体のいたるところから【聖なる光の障壁】の影響で激痛が走り、先刻の衝撃で手は使い物にならないぐらい痺れ、エクスカリバーは視界の隅に落としてしまう。

 こんなのもはや殺し『合い』ではない。一方的な殺戮《さつりく》だ。

 無論、ロイはそれに文句はない。剣を一度握った以上、そういうことは常に覚悟している。だが、このような状況にまで追い詰められると、普通なら、反撃の糸口がなかなか見出せるわけがなかった。
 右足は引きずるしかない。左目は閉じているしかない。筋肉を千切るような激痛は我慢するしかない。未だ衝撃で痺れ、震える手は放っておくしかない。そして、それを全部重ねれば――十中八九、敗北の2文字。

 だが、ロイの目はまだ死んでいなかった。
 彼の目は、そして心は、まだ勝負を諦めていない。
 約束したのだ、みんなと、絶対に生き残ると。

「無駄な足掻きはよせ。我は殺し合いの直前にしたお前との会話で、お前の戦術を事細かに教えてもらっている。他ならぬお前の口から、な」
「――それが?」

「本気で我に勝てると思っているのか?」
「勝てますよ、みんなとの約束がありますから」

「――――」
「不本意な離別なんて、認められませんから」

 言うと、ロイは全速力でガクトから距離を置く。悪く言えば逃走、良く言えば戦略的撤退。その2つ、実際にどちらの表現が正しいかは、決着が付かない限り勝利の女神しか知る由はない。

 翻り、ガクトが自分から距離を稼ぎ始めるロイのことを追走し始める。
 あと少しで敵の息の根を止められるというのに、この状況で追いかけないわけがない。

 まさに命懸けの逃走と追走。ロイは逃げきれれば生き延び、追い付かれれば死亡。ガクトは逃げられれば自分の正体を七星団全体に盛大にバラされて、追い付ければロイを無事に殺害。

 だが無論、この競争は、どこからどう考えてもガクトが圧倒的に有利でしかない。
 ゆえにガクトには、自分の正体を七星団全体にバラされるという恐怖はなかった。

 右足を負傷し、左目を失明しているロイは、早々に彼我の距離を詰められてしまうことに。
 しかし――敵が近づいていることは、もはや彼にとって、死にたくないからますます足の動きを加速させる理由にしかならない。

 死にたくない、殺されたくない。なら、例え顔面の半分から夥しい血液を流しても、走るしかない。生き延びたいのだ、最愛の人たちにまた会いたいのだ。なら、例え今後の人生で身体を動かせなくなるほどの激痛が襲っても、走り続ける他ない。

 ウソ偽りなく死に物狂いで、脚の筋肉が裂傷を起こすほど全力で。
 呼吸を荒くしてでも、喉の奥が砂漠のように乾いても、気を緩めたらその瞬間に発狂しそうでも、死ぬよりは格段にマシだ。

 だが――、
「――【魔弾】――」
「グハ……ァッッ!?」

 器用にも的確に、ガクトは追走しながら、逃走するロイの負傷していない方の足、左足に魔術を撃つ。瞬間、肉を抉る痛々しく、猟奇的で鈍い音が深夜の森に大きく木霊した。

 無様にも派手に転倒するロイ。積雪の上に盛大に倒れ込み、立ち上がろうにも右足だけではなく、今、穿たれ、【魔弾】が貫通した左足も言うことを聞かない。

 雪の上でもがくロイの傍に、刹那、人影ができる。
 結果、ガクトが転倒した彼に追い付くのは必然だった。

「神に祈りは済ませたか?」

 と、ガクトは絶対零度のように冷徹な声音でロイに問う。それ以上の慈悲は必要なく、それ以下に蔑ろな扱いも必要ない。一方的とはいえ殺し合い、互いに全身全霊を以って剣を撃ち合わせた相手には、これが丁度いい手向けの言葉だった。

 だが、ロイはガクトの問いに答えない。
 訝しむガクト。一方でロイは――笑う。

「なにがおかしい?」
「おかしいじゃない、嬉しいんだ」

 まるで生き残ることが確定したように、ガクトのこと、つまり、自分より格上の敵を相手に殺す算段が付いたように、ロイは殊更ことさらに笑う。ニッ、と、口角を吊り上げて、強敵との出会いに感謝し、まるで戦いそのものを楽しみきったと言わんばかりに。

「なんだ、気に触れただけか」

 剣を夜空に掲げるガクト。その切っ先は月明かりに煌いた。
 殺し合いに思い遣りの心は不要。敵とはいえども敬意を持ち、尊重し、そして殺すべき時に殺すべく殺す。例え敵に愛する恋人、家族、友達がいたとしても、人を始末することに対する躊躇いはとうの昔に捨て去った。置き去りにした。

 だが――違う。
 ガクトは最後の最後で、ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクの真価、真髄を見誤った。

 そう、眼前の少年は、敵が自分の恋人や家族や友達を考慮しない時、それを是が非でも許すわけには、認めるわけにはいかなかったのだ。
 許すわけにはいかない。認めるわけにはいかない。究極的には拒絶するしかない。ならば自分が勝利を収める以外に道はない。
 ゆえに、ロイはそのこと直感し――、

「違う、この殺し合い! ボクの勝ちだ!」

 ガクトに向けて右手の平を向けるロイ。だがガクトが感じる分に魔力反応はなかった。
 騎士なのに剣を持たない絶体絶命のロイに、ガクトの剣の切っ先が闇夜と大気を切り裂いて即速と迫る。狙いは心臓で、効果は必殺。転倒しているロイに、今さら立ち上がって走り出して回避する手段はどう考えても皆無の一言。
 そして――、



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」



 次の瞬間、その身体に深々と剣が突き刺さった。
 口からドバッッ、と、大量の血液は吐き、その剣は背中から腹部を貫通している。
 間違いなく、肺の下の方と、胃腸や肝臓、それらに加えて、その周辺に位置する筋肉が、人として致命的なレベルで終わった。

 ドサッ、と、完璧に倒れ込み、急激に身体は冷え、純白の地面を鮮血で真紅に染め上げる。
 敵に見下されながら、彼は鬼の形相で敵を威嚇するしか、もう、できることはない。

 そして勝者は――、



「ハァ、ハァ……だから言ったじゃないですか、この殺し合い、ボクの勝ちだ、って」



 ――ロイ・グロー・リィ・テイル・フェイト・ヴィ・レイクは、荒く浅い呼吸を何度も繰り返しながら、紙一重の勝利を掴み取った。

 そう、この殺し合い、勝者はロイで敗者はガクトという形で終焉を迎えた。
 雪の上に倒れながらも上半身を起こしているロイは、上半身すら起こせないガクトのことを寂しく悲しそうな目で見つめる。
 彼の身体はもう、まだ生きているとはいえ、取り返しが付かないレベルで冷えている。

「一体……なぜ……、っっ」
「エクスカリバーのスキルは使い手のイメージを反映するというモノです。そこでボクは、例え戦闘の最中に落としても、使い手の任意で手元に戻ってくる剣。エクスカリバーを手から弾かれる瞬間に、これをイメージしたんです。ボクが昔に読んだ本にミョルニルというハンマーがあったので、それを参考に」

「カハ……っ、確かに……落としても手元に戻ってくる剣は……騎士なら……一度は想像するだろう……、……。ゴハッッ……、まさか……、殺し合いの最中に……新しい戦術を…………生み出す、とわな…………」
「あとは簡単です。落とした剣がボクの手元に戻ってくる、そのラインの上に、あなたを立たせればボクの勝ち」

「そう…………か………………」

 そうして、ガクトはついに絶命した。心臓は止まり、血管を流れる血液の流れも止まり、眼球からは光が消え失せて、無論、呼吸も止まる。
 本当に間一髪の勝利だった。片目が失明している状態、両足が動かせない状態で、よく勝利をもぎ取ったものだ、と、ロイは自分のことながら凄いと思う。

 だが、ロイの方ももう限界だった。
 足が動かせないということは、つまり、移動できないということ。

 上半身だけで匍匐前進ほふくぜんしんすることも可能だが、この冬の深夜に、果たしてそれだけで気を失う前に要塞に戻れるだろうか?

 ロイが寒さに負けて目を閉じた、その数分後――、
 ――気を失ったロイのそばに、1人の女性がやってくる。


「ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • ペンギン

    ナイスです!ロイさん!よくやりました!信じてましたよ!おめでとう!

    1
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