ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章7話 シーリーン、そしてスライム(2)
再度、シーリーンは地面に向けて【魔弾】を撃ち、煙幕ならぬ雪幕を展開した。
飽きた、と言わんばかりに、辟易としつつもスムーズに索敵魔術をスライムは発動させる。
結果、シーリーンは右方向、スライムから見て左に逃げたことが判明。
そしてスライムが人型を維持したまま彼女を追うと――、
――なぜか、木々が開けたかなり広い場所に出る。
そして、そこでシーリーンは立ち止まっていた。
で、クルッ、と、振り返ったシーリーンにスライムは言う。
「どうした? 諦めるのか? それもそうか、ここら辺からは樹木がなくて、身を隠せる障害物が見た感じ皆無だからな」
無感動な声音のスライム。スライムだから目が死んでいるか否かは知る由はないが、明らかに、彼の声はまるで死んでいるようだった。
シーリーンはその質問に答えない。これ以上、答える必要がないからだ。
諦める? 身を隠す? あまり苛立たせないでほしかった。シーリーンは絶対に諦めない。諦めきれるわけがない。ロイが自分をイジメていたジェレミアと戦った時、自分はあの決闘で諦めることの重要性を知ったのか? 現実から逃げることの大切さを知ったのか? 違う! シーリーンは心の中で声を大にして叫ぶ。自分があの戦いで教わったことは、そんな後ろ向きなことでは断じてない。
もっと重要で、もっと大切で、なににとって? と訊かれれば、それは人として、フーリーとして重要で大切なことで、それを、他ならぬ最愛の恋人から見せてもらったのだ。
なら恋人同士である自分がそれを理解しないでどうするという話。
2人の間に冷たい夜風が吹き抜けた、次の瞬間――ッ、
――シーリーンは『こう』唇を動かした。
「ねぇ、シィがなんの勝算もなく、ただ考えなしに長時間も走り続けていると思った?」
「……、なに……?」
ポツ、ポツ、と、シーリーンは語り始める。
そう、それは勝利への道程で、生存への希望。
「最初に疑問を覚えたのは、あなたに追われて、ほんの3分後ぐらいのことだった」
「疑問? 待て、一体なんのことだ?」
スライムには思い当る節がない。自分が戦闘でミスした自覚もないし、たかが学生が戦闘開始から3分で見破れる自分さえ知らない弱点など、あるはずもない。
ゆえに、なのに自信満々のシーリーンに、不覚にも、スライムは戦々恐々とする。
対して、そんなスライムを圧倒するように、シーリーンは今降っている雪よりも冷静で、しかし炎を宿した熱量のある双眸で続ける。
「あなたはまるで、蛇が身体をうねって前進するように、実際のところは知らないけれど、シィからしたら身体の全部を引きずって移動しているようにしか見えなかった」
「それが一体……?」
「でも、本当に重要なのはそこじゃない。本当に重要なのは、あなたが雪の上に移動した跡を残したということ。即ち、スライム種特有の液体の身体と、本来なら比較的すぐに溶けてしまうはずの雪が、なぜか、溶けてはいるが混ざってはいないということ」
「――――」
「きっとあなたは、周囲の物を融かすことはできても、自分の身体と他の物質を一体化させることは不可能なんだよね? もしそれができるのなら、もっと早くここら辺、一帯の積雪を身体に取り込んで、巨大化してシィを倒せばいいんだし」
「ハッ、不可能ではないが、あえてしなかったという可能性は考えないのか?」
嘲笑うようにスライムが可能性を提示する。
だが、逆に挑発し返すような笑みで、シーリーンは即効、否定した。
「考えない。なぜなら、よくよく考えれば、液体に限らず、木々や、岩石や、人体を取り込んで成長、つまり巨大化できるなら、別荘を炎で囲む前に巨大化しておいて、炎で殺そうとする代わりに、大きくなった全身で別荘を抱きしめればいいんだし」
「ホウ?」
感心したようにスライムは呟く。思いの外、いい観察眼を持っている。
だが――、
「だが、その情報でどうやって俺を倒す? 使える魔術はたったの4つ! 例えその10倍の魔術を使えたとしても、俺の身体は殺すのが難しい硫酸のごとき液体! 物理攻撃を悉く受け流し、仮にダメージを与えても再生する俺は! まさに厄介者の極致!」
確かに、そこはスライム本人の言うとおりだろう。聖剣を持つロイでも、100に届く魔術のストックを持つアリスでも、もしかしたら正体不明とはいえあの神様に愛されているとしか思えないイヴでも、彼を倒すのは難しいのかもしれない。
だが世界の真理として――生きているなら殺すことは不可能ではない。
「あなたはわかってない! 勝利の条件はすでに整っているんだから――ッッ」
「なにィ……ッッ!?」
宣言すると、バッ、と、シーリーンは右手をスライムに向けた。
魔術を使うのか、と、スライムは身構えるも、それは勘違いも甚だしい。
シーリーンは魔術を使うのではなく、魔術を――、
「魔術をッ! 【聖なる光の障壁】をッ! 一部分だけ解除するッッ!」
「な――……っ」
その瞬間、一切の音もなくスライムの足場が消失した。必然的にスライムは積雪と共に重力に従い数cmだけ落下して、そして『そこ』からは溺れる。
そこ、とは水面のことだ。なぜかシーリーンが魔術防壁の一部分を解除すると、スライムの足場に突如、半径1mほど、深さもかなりある水溜りができたのだ。
このままではマズイ、と、必死に上陸しようとするスライム。
だが、彼よりも先にシーリーンが次の魔術を完成させる。
「往くよ! 【聖なる光の障壁】の一部分だけ解除した箇所を! もう一度【聖なる光の障壁】で完全に塞ぐ!」
「~~~~ッッ!!??」
これでスライムは深い水溜りの中に閉じ込められた形になってしまう。
状況を把握すべく水、否、熱湯の中で周囲を見回すスライム。
――ゾッッ、と、身体に怖気が走った瞬間、スライムは自分がすでに倒されたことに気付く。このような方法で自分を倒すとは、実際に倒された今でも信じられない。
そう、【聖なる光の障壁】で解除された一部分は半径1mほどだったが、そこは入り口というだけで、今も存在する頭上の【聖なる光の障壁】の下には、スライムには暗くて端から端まで見通せなかったが、歪な円とはいえ、半径50mはある熱湯が広がっていた。
(まさかこれは……っ、温泉の源泉!? そうだ! ここの麓の街は、温泉街!)
その思考に至ったのと同時、スライムは全てを理解する。
まず、シーリーンはスライムからの逃走中にこの温泉の源泉の近くを通って、まるで蓋をするように【聖なる光の障壁】を展開。その後、今夜は雪が降っていたから、【聖なる光の障壁】の上に雪が積もるまで時間稼ぎ。それこそシーリーンが長時間走っていた理由に他ならない。で、雪が充分に積もった時間帯になれば、そこにスライムを誘導する。最終的にスライムを【聖なる光の障壁】の上に誘導して、先ほどのように一部分だけ解除、熱湯の中に突っ込めばシーリーンの思惑通り。
「――聞こえていないだろうけど、どうかなぁ? 水中なら魔術の詠唱はできないし、詠唱破棄だって、声じゃなくて脳波で魔力に振動、波を立てるという性質上、相当な集中力を使うよね? しかも今魔術を使うとしたら、空中ではなく水中の魔力に波を立てる必要があって、当然、普段とは要領が違う。もしかしたら集中力不足で発動しないかもしれないし、仮に発動したとしても、この源泉に蓋をしているのは、ただの木片でも平らな石でもなく、【聖なる光の障壁】。なかなか弱体化した魔術で壊せるようなモノでもない」
続けてシーリーンは――、
「シィはスライムの生態に詳しいわけじゃない。もしかしたら、呼吸が必要ないのかもしれない。食事が必要ないのかもしれない。睡眠が必要ないのかもしれない。でも! あなたが生命活動している液体というのなら! あなたをゆで卵のように、ゆでて殺すことは可能なはず!」
そして最後に――、
「――トドメに、街のみなさんには迷惑をかけちゃうけど、麓の温泉に流れていく源泉の水路を【聖なる光の障壁】でシャットアウトすれば、シィの勝ちだね」
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コメント
ノベルバユーザー359879
それな
ペンギン
今回は3人をたたえるしかないですねw