ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~異世界転生&成長チート&美少女ハーレムで世界最強の聖剣使いに成り上がる物語~
4章6話 シーリーン、そしてスライム(1)
「はぅ~~、もう30分近く走っているから疲れた~~っ!!」
全速力で、逃げる、逃げる、逃げる。シーリーンが森の中を全力で走り続ける。
口では軽く言っているものの、ペース配分を一切考えない30分以上の全力疾走はアスリートでも簡単にできることではない。加えて、足元は数十cmを超える雪のせいで想像を絶するほど最悪。例え肉体強化の魔術をキャストしていても、体力の代わりに30分の分だけ魔力が消費され、無論、別のベクトルの疲労が溜まる。
両脚に常時、永続的に筋肉が千切れるような激痛が走り、靴は積雪で浸水して両足が凍傷を起こし始めている。呼吸はまるで口と喉と肺から一切の水分が失われたかのように荒く乾ききっていて、頭はすでに突然死の前触れのようにクラクラクラクラ。北風と雪のせいで寒いのに、全速力で走っているせいで身体が燃えるように熱い、あるいはその逆か。どちらにしても、その二律背反のせいで酷い吐き気までこみ上げてくるではないか。
そしてトドメに、精神状態は、誇張抜きに『命の危機』の下にある。
普通の人なら、もう何分も前に死を受け入れていることだろう。
そんな必死の表情の彼女を追うのは、1体のスライム。
「災難だなぁ、お嬢さん! この俺に当たるなんて!」
「あなたが勝手にシィを追いかけ始めたんでしょ!?」
「落ちてきた時、エルフのお嬢さんは綺麗に着地したが、お嬢さんは着地に失敗しただろう? だから、攻めるなら隙の多い方を、今だ、って考えたわけよ!」
「ぐぬぬ~~っ!」
半分だけ振り返り、後方に【魔弾】を撃つシーリーン。
だが、スライムはそれを別段、躱したりはしない。
その理由を証明するように、【魔弾】がスライムの身体に無事当たるも、しかしそれはスライムにダメージを与えることなく貫通しただけ。いや、貫通という攻撃的な単語を使い表現するまでもなく、ただ、通り抜けた。
「……っ」
「何度やっても同じだ! 打撃無効化! 斬撃無効化! 刺突無効化! 火、水、風、土のほとんどのアサルト魔術を受けてもノーダメージ! 多種多様な無属性魔術だとしても、【魔弾】や【魔術大砲】のような直接的な攻撃なら受け流せる! 身体は自分が望んだ任意の物を溶かす液体でできていて、触れることも不可能! なんらかの手段でダメージを与えても、細胞が1つでも残っていれば傷を100%再生できる! それが俺たちスライムだ!」
「あなた……っ、ひょっとしたらあの集団の中で一番――っっ」
「気付いたか! 俺はアサシンのヤツほど強くないし、ゴブリンほど魔術が凄いわけではない! だが身体が液体でできている以上、俺を倒す方法はあの中で一番限られている!」
スライムに事実を言われた瞬間、ほんの一瞬、シーリーンの頭はクラっ、と、してしまい、わずかに肉体強化の魔術が途切れそうになってしまう。
それを自分の下唇を血が出るほど噛んで、意識を繋ぎ止め、再度、シーリーンは肉体強化の魔術を自分の身体にキャストして走り続けた。
しかし、徐々に地面を滑るように移動するスライムとの距離は縮まってしまう。
シーリーンの女の子らしい小さくて幅が短い足跡。そして、物を引きずった時のような、あるいは蛇が前進した時のような、雪と交わらずに、むしろどかすように出来上がる、スライムの足跡ならぬ体跡。
彼我の距離は少しずつ、しかし確実に狭まっていく。
だが、そのたびにシーリーンは――、
「っっ、【魔弾】!」
魔術をスライムではなく地面に撃つ。刹那、衝撃。そしてその衝撃で積雪は、空中に散って、舞い、視界を不明瞭にする。視界を埋め尽くす純白に、しかしシーリーンは迷わず走ることを止めない。
もうこのやり取りを、合計5回も繰り返している。
ゆえにもう、スライムの方もどのように対処するべきか決めていたし、正直、飽き飽きしてきていた。
「――っ! そこか!」
と、雪で視界が悪くなった世界の中でも、スライムは迷うことなくシーリーンのあとを的確に追う。詠唱破棄されているとはいえ、この程度の学生が相手なら、普通の索敵魔術で充分にその姿、動きを捕捉できる。
互いの距離はおおよそ13~15mといったところか。
そして数秒後、舞い上がった雪は落ち着いて、視界は元に戻り、シーリーンとスライムの鬼ごっこは普通の状態へ。
このままでは、やはり、追い付かれる。で、追い付かれたら死ぬ。殺される。
すると必然、最愛の恋人、ロイとはもう会えなくなってしまう。
奥歯を軋ませる音が闇夜の丘に静かに鳴った。
絶望を覆すべく、シーリーンは肉体強化をシングルからダブルに切り替える。
このままでは体力と魔力が余っていても追い付かれる、と。
グンッッ、と、走る勢いを増すシーリーン。
だが――、
「甘い! 【雷穿の槍】!」
「キャア!」
スライムの魔術がシーリーンのほんの1m前に落ちてくる。
【雷穿の槍】は本当に、本物の雷と同じ速度を誇るアサルト魔術だ。一撃では殺せないとはいえ、脚に当てれば動きを100%止めることができる。しかし、標的であるシーリーンは走っているし、スライム自身も雪の上に身体を引きずった跡を残して前進している。
ゆえに――、
(できないことはないが、こちらの方が確実か)
事実、スライムの思惑通り、目の前に落ちた雷魔術に気付いて無理矢理に進行方向を変えようとしたシーリーンは、絶望的なことに足をもつれさせて転倒してしまう。
そしてスライムは、液状から人型に形を変えて、無様にも転んでしまったシーリーンの傍に立ち、彼女を見下した。
一方で、シーリーンもスライムのことを強く、強く、意地を張るように睨み返す。
「言わずもがな、俺の弱点は雷属性の魔術だ。だからこそ、俺は雷属性の魔術を大量に習得している。そうすれば雷属性の魔術に対して【零の境地】をキャストできるからな。それに、弱点であることと適性がないことは、必ずしも合致しないし」
「――――クッッ」
「さて、これは俺の推測だが、お嬢さん、あんた、あの女の子たちの中で一番弱いだろ」
「――――」
指摘されてシーリーンは黙ってしまう。
それは誰の目から見ても当然のことだった。イヴは正体不明だが、あの破壊力を持つ魔術を見れば、自分より強いのは一目瞭然で言わずもがな。イヴには劣るがアリスの方だって、学院では学部の1位2位を争う優等生で、あのアリシアの妹である。
自分は弱い、自分は非力、自分は未熟者。
だが、世界には無知の知という言葉があるように、非力の力、力がないことを自覚して受け入れるのも、また力の一種だと彼女は考える。そうだ、非力ではあっても無力ではない。『弱いこと』と『なにもしようとしないこと』は断じて違うのだから。
シーリーンの『とある意志』を知らないスライムは、事もなげに彼女に問う。
「で、だ。それなのにお嬢さんはなぜ戦う?」
「……、決まっている……っ、もう、守られているだけじゃ、イヤなの……っ」
どこか悔しそうなシーリーン。彼女はスライムに見下されたまま、自分の小さくて女の子らしい両手を、爪が喰い込みあと少しで血が出そうなぐらい痛々しく握りしめる。悔しさを表しているシーリーンの両手。だが、それだけで無力感を発散できるほど、シーリーンは大人ではなかった。
「おかしなことを言うな。守られているだけの方が楽だろう?」
「あなたこそおかしなことを言わないで。守られているだけじゃイヤ、だから戦う。待っているだけじゃイヤ、だから戦う。見ているだけじゃイヤ、だから戦う。その理由はいつだって単純で明快――」
「――――」
「生きているんだから! 戦うのは当たり前でしょ!」
「――ほう?」
「人生は選択の連続だって言うけれど、シィに言わせれば、勉強も、魔術も、剣術も、仕事も、趣味も、そして恋愛も、いつだって全身全霊の真剣勝負! なら――人生は勝負の連続なの!」
「――クッ、クク」
「シィは戦うよ! ロイくんのために!」
「――クフッ、フハハ……ッッ」
「好きな男の子がシィたちのために、今まで頑張ってきたんだもん! 戦ってきたんだもん! そしてこれからもきっと頑張って、絶対戦ってくれるんだもん! その分だけ、シィたちも頑張って、そして戦わなきゃ! ――そうッッ! 一方的な関係なんてまっぴらゴメン! なぜなら、それは片想いで、両想いじゃないから! 一度両想いになったのに、今さらシィが片想いで満足するはずないでしょ!」
シーリーンは声帯が千切れるぐらいの大声で叫ぶ。
これが、ウソ偽りない、ロイ本人にも言っていないシーリーンの本心だ。
「クハハハハハハハハハハハハハハ! 素晴らしい、金髪のお嬢さん! いや、資料に名前が書いてあったな。そう! シーリーン・ピュアフーリー・ラ・ヴ・ハート! 違う形で出会っていれば、さぞ! 美味い酒が飲めただろう! 敵同士とはいえ、俺はその考え方に強く賛同する!」
声高らかに叫ぶと、スライムの目の意味が変わった。
それには、敵に向ける視線ながらもどこか敬意が含まれている。
一方で、シーリーンもそれに口元を吊り上げて応える。
嗚呼、それがこの場における、一番、至極当然な反応だった。
「――シィね、学院では2学年次の頃から不登校だったんだ」
「なるほど、弱いのも頷けるな」
「この際だから明かすけれど、シィ、中等教育の1学年次に習う重力を操作する魔術【黒より黒い星の力】すら、もう忘れちゃったんだよね。シィが使える魔術は、たったの4つ。ヒーリングと、魔術防壁と、簡単な肉体強化と、そして【魔弾】だけ」
「それで? お嬢さんが今喋っている内容は、自分にとって現実が絶望的だという証明にしかなっていないぞ?」
「簡単だよ――ッッ、この4つの魔術だけで、シィはあなたに勝利してみせる!」
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