１章６話　リタ、そして膝枕

　今度はリタがロイのことを膝枕することに。

　クリスティーナが「食器洗いはメイドの仕事でございます！」と主張しても、イヴとマリアは「料理は食器を片付けるまでが料理だよ！」「ここだけクリスに任せてしまったら、いいトコ取りしたみたいですからね」と主張し返すので、この３人は全員で食器を洗うことにしたらしい。

　で、肝心のシーリーンとアリスは、先刻のイヴ、マリア、クリスティーナと同様に、市街地に買い物に行っている。流石にクリスティーナがいるとはいえ、３人だけでは１回の買い物で８人分の食材以外に生活必需品を、仮に買えたとしても、持ち帰ることができなかったのだ。

　一応、ここにくる前、「行く段階で買っておくべきじゃないかぁ」という意見もシーリーンから出たのだが、「初めて行く場所なのだから、仮に荷物を持ったまま迷子になったら疲れてしまうんじゃないかしら？」とアリスに封殺された。

　で、こうしてランチが終わったあと、シーリーンとアリスが、市街地に赴くことになったわけである。
　ちなみにティナも２人に混ぜてもらい市街地に。

（だけど、『みんなに用事があること』と『ボクがリタに膝枕されることになったこと』は、明らかに同義ではないよね……）

「どうしたの、センパイ？　アタシの膝、寝心地、悪い？」

　ロイが少し複雑そうな気持を表情に出してしまったのだろう。それを察した、というよりはリタらしく言うならば直感した彼女は、ロイの顔を間近で覗き込むように、キョトンとした感じで訊いてくる。
　今、２人は２階の寝室のベッドの上にいた。

「いや、そんなことはないよ」

　気持ちが複雑なだけであって、確かに、リタの膝、というより太ももは寝心地がよかった。いかにも身体を動かすことが好きそうなリタの太ももは、適度に健康的で引き締まっていて、なのに女の子、という、ただそれだけの理由で、想像を絶するぐらいやわらかくてスベスベしている。

　年相応の肌の瑞々しさ、スタイルのよさを象徴するような細さ、外で遊ぶことが好きそうなのに、そこまで過度に日焼けしていないがゆえの白さ。リタの太ももは国宝級のそれとしか表現できない。

「ところで、さ」
「ぅん？　なになに？」

「たいしたことじゃないんだけど、まだリタがボクに膝枕してくれる理由を訊いていなかったなぁ～、って。この状況になったのって、理由を説明されたからじゃなくて、なんとなくリタに押し切られてしまったからだし……」
「あっはは、センパイ、今さらだなぁ」

　と、ころころ、と、明るく、そして軽く笑顔になるリタ。

　すると、リタは母親が泣きじゃくる子供にするように、優しく、ロイの頭、髪を撫でるように梳いた。いくらシーリーンとアリスがいるとはいえ、女の子が、女の子特有の白くて細い指で自分の髪に触れてくると、流石にロイだってドキドキしてしまう。年頃の男の子として仕方がないことだろう。

「センパイって、さ」
「うん、なにかな？」
「カッコイイよね」

　こともなく、何気なく、まるでその日の天気の話をするみたいに気軽に、リタは照れた様子も恥ずかしがる様子も見せず、穏やかに、あたたかく、そうロイのことを評価した。

　例えば、シーリーンがロイのことを、カッコイイ、と言う時、彼女は彼に夢中になっている。
　例えば、アリスがロイのことを、カッコイイ、と言う時、彼女は彼のことを人として立派な人、人として誇らしい人、と、そう評価しているのも同然だ。

　だがリタの場合、ナチュラルに、カッコイイからカッコイイと口にした、と、そういう感じで、いい意味でも悪い意味でも、他意、もっと突き詰めて言うならば、カッコイイと評価したあとのロイの反応を期待して、そう評価している感じがまったくしない。しなかったのだ。

　純朴なのだろう。
　年相応より少し幼い評価になってしまうが、コミュニケーションに見返りを求めない、いい意味で無知なところがあるのだろう。

「――あっ、もしかして、外見の話？」

　リタはけっこうミーハーなところがある。

　ロイの前世で喩えるならば、イケメンの男性アイドルに夢中になっている女子中学生、なんて、リタにピッタリな個性な気さえする。実際、前世で、ロイが幼馴染から聞いた学校の話によると、本当にイケメン男性アイドルに夢中になっている女子中学生に、リタみたいな性格の女子は多かった。

　しかし、リタはゆっくりと首を横に振る。

「違うけど？　だって、センパイ、ヒーローみたいじゃん」
「ヒーロー？」

「あっ！　今、表現っていうか例えが子供っぽい男子みたい、って思っただろ？」
「い、いや……？　そんなこと、ない、よ？」

「あ～っ、やっぱり！」

　思わずロイは言葉に詰まってしまう。図星だったのだ。
　流石に露骨だったのでリタもロイのことを、咎めるようにジト目で睨む。
　しかしゆっくり息を吐くと、リタは穏やかに話し始めた。

「シーリーンセンパイを救った時、アタシ、実はあの決闘場の観客席にティナと一緒にいたんだぜ？」

「そうなの？」
「そして、実際にその場にいたわけじゃないけど、アリスセンパイの政略結婚を阻止した話と、そしてもちろん去年の魔物の話も、アタシ、知っているから」

「――――」
「センパイのファンクラブの女の子は、センパイの外見や剣術の技量や、聖剣使いである事実、確か――レッテル？　って言うんだっけ？　とにかく、それを重視している女の子が多いと思うんだ」

「それも悪いことではないけどね。レッテルだって、ボクの一部には変わりないんだし」
「で、シーリーンセンパイやアリスセンパイ、イヴ、マリアさんは、センパイの優しいところやたくましいところ、騎士としての強さじゃなくて１人の人間として強いところ、外面じゃなくて内面が好きなんだと思う」

「――――」
「でも、アタシはなんか違うんだよなぁ」

「なんか違う？」
「アタシはたぶん、その中間、センパイのジェレミアの野郎を倒した時の言動や、一昨日みたいに身体を張ってヴィキーを守るような行動――内面が表れている外面、もしくは、外面に表れている内面がカッコイイと思ったんだよ」

　間違いなく、リタはロイよりも年齢的に幼い。
　間違いなく、リタはロイよりも、精神的にも子供っぽい。

　だが、なぜだろう。
　その時、膝枕されながら見上げるリタの表情かおは、息を忘れて見惚れるぐらい、聖母のような慈しむ感じと、優しさと、穏やかさと、そして年上のお姉さんらしさに溢れていた。

　だから、ロイは言葉を失う。

「この人のすることなすこと全部、ヒーローみたいだなぁ、って」
「――っ」

「でさ？」
「っ、う、うん」

　ふいに、リタがロイにリアクションを求めてくる。
　動揺が声に表れてしまったが、なんとか、ロイはリタの呼びかけに反応する。

「やっぱり、アタシは思うんだ」
「なにを」
「ヒーローには休息が必要だ！　ってね♪」

　にひっ、と、無邪気にリタは笑ってみせた。リタほど笑顔が似合う女の子も、世界になかなかいないだろう。それぐらい、彼女の笑顔は１００点満点のそれだった。
　理想の笑顔、なんてモノがあるのならば、それは間違いなく、このリタの可愛らしくも、それ以上に、見ているこちらに元気とやる気を与えてくれる笑顔のことだ。

「そうかもしれないね――。自分で言うのもなんだけど、頑張る時は全力で、一生懸命に頑張って、休む時にはきちんと休まないとね」
「そうそう！　頑張る人はカッコイイ。頑張る人は立派。でも、頑張れるのって意外と当たり前のことじゃないから、簡単なことじゃないから、頑張ってない時は全力で頑張ってない、を、やらないと。きちんと、次のために休まないと。なっ」

　ああ、そうか――と、ロイは得心がいった。
　だからリタは、自分に太ももを貸してくれたのか、と。

「――でも、意外だった」
「？　なにが？」

「リタってけっこう、理屈っぽいことを話すんだね」
「あはは、それは違うぞ？」

「えっ？」
「さっきのセンパイに対する評価は、考えたことを言ったんじゃなくて、感じたことを言っただけ。それでもなんとか理屈じゃないことを筋道立てて言葉にしたのは、いくらアタシでも、言葉にすることの大切さを知っているからだよ」

「――――」
「言葉は気持ちを伝えるためにあるんだから、気持ちを伝えるために言葉は使わないと」

「そっか」

　正直、ロイは自分が恥ずかしく思えてきた。

　リタがロイに膝枕を提案した時、彼の脳裏にはシーリーンとアリスの顔がよぎった。
　少し、恋人がいるのに別の女の子に膝枕をしてもらうことに、後ろめたさを覚えた。

　でも――、
　他の女の子ならともかく、他の誰でもないリタ・クーシー・エリハルトなら、『それ』は真っ直ぐなはずだろう。

　後ろめたいことなどなにもない。
　気後れすることなどなにもない。

　リタの膝枕に、邪よこしまな心はなにもないのだから、たぶん、自分も堂々としていることが正解なのだ。

　ゆえに、ロイは言葉に甘えて、ようやくリタの膝枕で眠りに落ちた。

　そしてリタは、ロイの意識がなくなったのを確認すると、Love ではなく、Like の意味合いで、彼の頬に自分の桜色の唇をわずかに、ほんのちょっぴり触れさせた。
　男の子と女の子としてでは断じてなく、心の底から尊敬できる先輩と、その先輩とは出会ったばかりだが、もっと仲良くなりたい後輩として。

　そして、ロイが目覚めると――……