２章１話　観光、そして親友（１）

　ロイたちが温泉宿に着いたのは正午を１時間ぐらい過ぎたあたりで、今はもう午後３時であった。

　先刻、すでにランチは汽車の中で食べている。
　荷物は宿の部屋に置いて、食事の必要も夕方まで特にない。

　ゆえに、ロイたちは和気藹々と観光を楽しむことにした。

「センパイ！　こっちこっち～、早く早く～っ」
「お兄ちゃん、遅いよ～っ！」
「あまりはしゃぎすぎると転んじゃうよ～」

　少し先に離れたところ、温泉街を横断するように流れている川、それに架かる橋の上で、イヴとリタがロイに向けて大きく手を振った。
　それに対してロイは、満更でもない様子であとを追う。
　で、隣では、ティナが見知らぬ土地で不安なのか、ロイのコートの裾をちまっ、と摘まみながら並んで歩いていた。

「うぅ……ロイくんの隣はシィの定位置なのに……」
「シィ、なに年下相手に本気になっているのよ……」

「でも……」
「ロイが後輩に対して面倒見がよさそう、なんて、理由なんかなくても直感でわかりそうなことじゃない。ここは、リタちゃんとティナちゃんに譲りましょう」

「う、うん……」
「それに――」

「？　それに？」
「……よ、夜は……その……リタちゃんやティナちゃんには邪魔されない、イチャイチャタイムじゃない……」

　初々しくも赤面するアリス。
　翻ってシーリーンは、夜に希望を見出して、満面の笑みを浮かべた。

「っっ、うん、そうだよね！　一緒にディナーを楽しんで、混浴もしちゃって――」
「それで最後に……え、ええ、っ、エッチな……」

「ほぇ？　腕枕じゃないの？」
「ふぇ！？　な、なな、なんでシィはそこで無垢なフリをするのよ！？」

　酷い裏切りに遭ったような表情《かお》で、アリスはシーリーンを責める。
　が、シーリーンは本当にわからない雰囲気でアリスに応えた。

「シィの思うところのイチャイチャタイムっていうのは、別にエッチなことに限らない、ロイくんとの幸せな時間って意味なんだよね。盛り上がってエッチなことをする時もあるけど、エッチをしない時でも、ロイくんに対する想いで満たされていれば、充分にイチャイチャタイムって呼べると思うんだけど……アリスは違う？」
「～～～～っ」

　違った。普段のことは置いといて、今に限って言えば、アリスはイチャイチャタイムのことをロイとエッチなことをする時間、と、そういう認識で使っていた。
　自分が自分で思っているよりもエッチな女の子という事実を自覚してしまい、アリスは耳まで赤くなって、首まで熱くなった。

　…………。
　……、…………。

　先頭がイヴとリタ、２人を追うのがロイとティナ、それに続くのがシーリーンとアリスで、では、マリアとクリスティーナはどこにいるのかと問われれば、彼女たちは最後尾で、みんなが各々に楽しんでいる様子を、穏やかに目尻を下げ、口元を緩ませながら、優しく眺めていた。

「お嬢様、大丈夫でございますか？」
「？　なんのことですね？」

「わたくしも含めてみなさま年下でございますし、恐れながら、気まずくないのかと」
「問題ありません、わたしは、みんなを見ているだけでも、この旅行を楽しめていますからね♪」

「さようでございますか」
「まぁ、年下に混じって旅行って恥ずかしくない、って意見もあるかもしれませんが、正直、学生を引率する先生みたいな感覚ですからね」

「確かに、お嬢様の年齢なら、実際にあと数年で教師になれますし、本当にそのような感覚でございましょう」
「ね？」

　マリアは愛嬌を込めてクリスティーナにウインクを飛ばす。
　不覚にも、同じ女性同士だというのに、クリスティーナはマリアのそのお茶目な仕草に、ドキッとしてしまった。

「コホン、しかし、差し出がましいことを申し上げますが、お嬢様、同い年の友達っていらっしゃいますか？」
「本当に差し出がましいですね！？　わたしにも同い年の友達ぐらいいますからね！？」

　普段からロイ、シーリーン、アリス、イヴに混じっているマリアを観察していて、なんとなく、クリスティーナは（お嬢様はボッチで、だから年下に混じっているのでございましょうか？）なんて悲しいことを勘繰ったが、一応、本人の言うことを信じるならば、マリアにも同学年の友達はいるらしい。

　…………。
　……、…………。

　先頭のイヴとリタは、レンガでできたアーチ状の橋の上で、川を見下ろしていた。
　追い付いたロイとティナも同じように橋から川を見下ろすと、そこでは色鮮やかな魚が泳いでいる。

「センパイ、あの魚って食べられるのかな！？」

　リタはかまってほしくてロイの腕をグイグイ引っ張る。
　当のロイはというと、リタの行動ではなく、発言に対して苦笑いをする。

「あはは……食べられるとは思うけど、もうちょっと風情を楽しもうよ」
「ふっふっふっー、アタシは花よりクッキーな女の子だから！」

「リタちゃんらしいね」
「にひっ、でしょでしょ？」

　ティナとは違い、リタはロイに対して恋愛感情を抱いていなかった。

　そもそも、リタが初恋すら未経験で、本人曰く「恋愛なんてよくわからないし～」とのことなのだが、しかし、好きか嫌いかで言えば、リタはロイのことが大好きだった。

　センパイは兄貴って感じがする、と。
　アタシに兄貴がいたらこんな感じなのかな、と。

　そんなふうにリタはロイのことを好意的に認めている。まだロイと出会って１週間も経っていないのだが、リタはロイに対して年上とはいえ友達感覚なのだ。その上、リタはティナのように引っ込み思案ではなく、自分から積極的に友好の輪を広げていくタイプ。もっと突き詰めて言うならば、出会ったばかりの人でもすぐに友達になれる女の子。現時点で、リタがロイのことを友達と思うには、充分な時間が経っていると言える。

「あっ、センパイ！　あれ、キツネじゃない！？」
「森から下りてきたのかな？　可愛いね」

「ふっ、しかしイヌには負ける！　イヌは全ての動物の頂点に立つ可愛さだから！」
「リタちゃんはクーシーだからね」

「センパイはイヌ、好き？」
「まぁ、好きだよ。可愛いし」

「さっすがセンパイ！」

　イヌ耳をピンと立てて、リタは尻尾をパタパタ振った。クーシーだから当然なのだが、本当に小犬のようであった。

　先ほどの続きだが、リタがロイのことを年上のお兄ちゃんとして認めているのには、リタにだけではなく、ロイの方にも理由が存在した。
　前述ようにリタは元気で、明るくて、フレンドリーな性格だが、ロイだって、リタや、リタ以外の女の子から、かなり好印象を抱かれる好青年である。成績が優秀とか、剣術が得意とか、そういう実力的評価を考慮しなかったとしても、誰にでも優しいし、穏やかだし、朗らかだし、よく笑いよく驚く、表情が豊かな、実力的ではなく性格的にも好ましい青年だ。

　リタにはロイの兄貴っぽく感じる理由があり、
　ロイにはリタに兄貴っぽく感じさせる理由がある。

　結果、リタはロイに、出会ってまだ少ししか経っていないが、かなり懐いていたのだった。