モテない俺にある日突然モテ期が来たら

ドラオ

マイムって何語?

みぞおちが熱い。
熱中症の症状なのだろうか、いや、それにしてはやけに鈍痛というか・・・。
ただ、幻聴のおかげで耳だけは幸せだ。

まぁしかし、この痛みのおかげで意識はハッキリとしてきた。さっきよりは大分部屋の様子が解るくらいに視力も回復してきていて、見慣れた自室の天井が見える。


どうやら、みぞおちの鈍痛以外は問題なさそうだった。


ひとまず命は助かったようだ。 
恐ろしいな、夏というのは。
自室にいるだけで死の恐怖と戦わねばならんのだから。
幻聴、視界不良、吐き気、とにかくこんな事は金輪際御免だ。


まずは水分、塩分の補給だな。

立ち上がって台所に飲み物を取りに行こうとしたが、強烈な違和感を自室に感じ足を止めた。

ん?何だこれ。ベッドに何かいる。人か?


目を凝らしてみてみようとしたが、どうも視界がボヤけている。


どうやら気を失った際にいつも愛用しているメガネが何処かに飛んで行ってしまったらしい。



「あ、ようやくお目覚めですね。初めまして昴さん!」


ベッドの物体から「井○裕○」の声がした。


畜生、まだ幻聴と幻覚が残っているらしい。部屋の気温がここまで人間の五感を駄目にするとわ。いよいよエアコンの購入を親に頼まざるおえないだろうな。


とはいえ、それよりもまずメガネをかける所から始めねばなるまい。そもそもメガネがなきゃ、基本的に俺は常に視覚障害者と変わらんのだから。


幻聴を無視して、部屋の中をキョロキョロと見回してみるが、メガネらしき物は見当たらなかった。あと何故か部屋の床がビショビショに濡れていた。なんじゃこりゃ、なんで濡れてんだ?


「あ、もしかしてコレですかぁ。」


スッと手元にメガネが伸びてくる。


・・・そうか。

どうやら認めなくてならないようだ。俺が意識を失っている間に何者かが、俺の自室に不法侵入している事を。

しかし焦ってはいけない。ココでパニックになって相手を刺激しては何をされるか解らない。

声から察するに女みたいだが、凶器を持っている可能性もある。
このまま気付かないフリをする事も可能だが、コチラに話しかけてきている以上それも難しいだろう。


いずれにしても、まずはメガネだ。
視力を回復しなければ、暗所でスコープも持たずに突撃している兵隊も同じ。
いや、ボクシングの試合で両眼を塞がれているのにも近い。

俺はメガネを装着すると同時に身構える。

女とて容赦はしない。
仮にとても好みの声だとしても、不法侵入は立派な犯罪なのだから!あと何故か床がビショビショだし。


「誰だ!?どうやって家に入った!?返答次第じゃ、通信空手3段の回し蹴りを食らわす事になるぞ!」 


一度も使った事も無い空手の構えをベッドに向けて、そのまま膠着こうちゃくした。


一言で言うなら、《非現実的》な程可愛い女の子が座っていたのである。


「あー、良かった。それだけ元気なら大丈夫そうですね。」

ニコっと笑う笑顔が拳銃で撃たれたかのような威力で飛んできて、俺の身体をますます動けなくした。


「えっとー、まずは自己紹介ですね。改めまして、《モテ期》ナビゲーターのマイムと申します。本日から昴さんのモテ期の調整人として生活をご一緒させて頂きますのでどうぞ宜しくお願い致します。」


サラサラの青い髪に、花が咲いたような笑顔。童顔とも美人ともとれる顔立ちに、清潔感のある白いワンピースに身を包んだ《マイム》がそこに居た。


「マイム・・・ちゃん?」


最近読んだラノベ
「四大精霊を召喚したら全員嫁になった」
の絶対的人気ヒロインのマイムちゃんが何故俺の自室にいるのだろうか。やはり幻覚だけが残っているのか。


「はいそうです♪昴さん、イキナリ気を失っちゃいますし、起きたら起きたで自分で私の事呼んでおいて怒鳴ってくるし。ちょっと話を聞いてください」


俺が呼んだ?何の事だかさっぱりだ。
とりあえず幻覚ならば早く消えて欲しかったが、紛れも無い現実として認識する以外に無い程に、彼女はハッキリと目に写り、俺に話しかけていた。


「それでですね、早速なんですが昴さんにはこれから《モテ期》に入って頂きます。異性の肩に触れると、その人は昴さんの言った事に服従します。
モテ期は約1週間続いた後、その効果を失いますが、その間に昴さんが対象に向けた行動は全て好意的に受け入れられ、上がった昴さんへの好感度はその後も余程の事がない限り下がることはありません。
無くなるのはあくまで肩に触れると昴さんの言いなりになる初期動作と全てを好意的に受け入れてくれるという点のみですので、1週間の間にドンドン気になる女性の好感度を上げてモテ期をエンジョイしてください」

一体なんの話だ?モテ期?さっきのチラシの事か?


「ま、待ってくれ!全く理解が追いつかない。順を追って説明してくれないか?なんで俺の部屋にいるの?というか君は誰なの?あと何で床がビショビショなの?」

自分の部屋に突如誰かが現れた驚きにはもう慣れてきてはいたが、矢継ぎ早に質問する俺にマイムちゃんは怪訝そうな表情を見せた。だが俺も引き下がれない。

当然だよな。イキナリ俺の大ファンのラノベのヒロインが挿絵に見事に色がついただけでは無く、実態として現れて話しかけてきている。
あと、床がビショビショなんだもの。むしろ、それがさっきから気になって仕方ないんだもの。

「えとですねぇ、手短に説明しますと、先ほど書いて頂いたアンケート用紙はモテ期を到来させる為の魔法の紙でして、全てご記入頂くとご本人様が書いた理想の異性がナビゲーターで召喚されるっていう仕組みです!あ、床がビショビショなのは私が召喚された反動で昴さんが死にかけてましたので、魔法でちょちょいと水をぶっかけさせて貰った次第です」

マイムちゃんはまたもや満点の笑顔で説明をしてくれた。

魔法?ナビゲーター?あの胡散臭いアンケートチラシが?え、やっぱ俺死にかけてたの?

混乱した頭を自分で落ち着かせるように、努めて冷静に質問を返した。

「じゃー、纏めるとあのチラシを書いたから君は召喚されて、俺はいまそのモテ期?に入ってて、床がビショビショなのは《マイム》いや《君》が魔法で俺を助けたって事?」


「《マイム》で良いですよ昴さん♪ナビゲーターはなるべく召喚した方の理想像で召喚されますから、私は最初から《マイム》という自我で召喚されてますし、きみと呼ばれるのも余り好きではありませんから♪そんな事より、モテ期はもう始まってますよ?初回はサービスで1週間無料お試しキャンペーンですが、それ以降は回数制限3回までですからご注意ください!」


どうやら俺のモテ期はイキナリ始まっているらしい。色々謎が多過ぎて相変わらず頭は混乱していたが、驚きを通り越すと人間は逆に冷静になるらしく、俺は《マイム》の話を理解し始めていた。

つまり肩に触れた女の子はみんな俺の言いなりになって、俺が何をしても好感度がうなぎ登りって事か。

「まだ何か質問はありますか?無ければ私、省エネの為に一度お暇おいとましたいのですが…。先程は魔法も使ってしまいましたし、実体を保っているのも割と疲れますし魔力の消費が激しいのです。」


「お暇って、一体何処に行くのさ?アンケート用紙に戻るのか?」


「いいえ?昴さんの影になります。今言ったように実体を保つには魔力が必要ですから、いざという時すぐお役に立てるように昴さんのお側で魔力を補給致します。心配なさらなくても実体化せずとも影から声でサポートしますよ?私ナビゲーターですから♪」

俺で魔力を補給?俺はただの人間でそんな魔力などという高尚な力は無いはずだけれども。

「俺はただの人間だよ?魔力とか影とか言われても何を補給するのよ?」


「昴さんの負のオーラが魔力源になってるんですよ。特に人間関係に対して昴さんはとても常人とは思えないほどの負のオーラがお有りですね♪これだけあれば私も魔力には困りません♪」


彼女は愚か、友達すらいない俺の負のオーラって事か。
自分でも納得せざる得ない理由を明確に述べられた俺は「ハハッ」と引き笑いをするぐらいしか出来なかった。

「質問は以上でよろしいですか?それでは何かございましたら遠慮なく呼んでくださいね昴さん♪あ、何度も言うようですが効果は1週間ですからね?その後は回数制限がありますので。念願の《チュー》が出来るように頑張ってください♪」


マイムはそう言うと、俺の影へスッと入っていった。

部屋の窓に目をやると、空は薄暗くなってきており、煩いセミの声もほとんど聞こえなくなっていた。

いま起きた事が夢だったのか現実なのか、そんな事も考えたくなくなるくらい身体は疲弊しきっており、俺はベットに倒れこんだ。

スマートフォンを開き、検索サイトに何気なく《マイム》と打ち込んでみる。


「道理で部屋がビショビショな訳だよなぁ」


独り言を呟いて、俺は自分の意識が遠のいていくのを感じていた。


《マイム》の語源はヘブライ語で《水》だった。

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