ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、ダンジョンで生活する。

「ふぅ、やっぱり今日もお客さんは来ないなぁ」 軽く息を吐いて天井を仰ぐトウカは体育座りをして、商品が並べられている露店の店番をしている。本日もやはり『精霊商会臨時店員』と書かれた帽子を被っている。 リビングデッドを殺してから一週間が経過した。その間にもトウカはきっかりと精霊商会の仕事を臨時で請け負っている。が、一週間経っても人っ子一人現れずに閑古鳥が鳴いてしまっているこの店を支えているの客はトウカ自身であったりする。 トウカが採取したクラタケがメインであり、他はもう馴染みとなったホーンラビットである。ホーンラビットを狩るのには安く仕入れた短剣を使用していたが、それは本日、今から一時間前の狩りの際にぽっきりと折れてしまって使い物にならなくなってしまった。 一応、金属と言う事なので自分で買った時よりも安く買い取り、精霊商会の転移陣でクラタケやホーンラビットと共に送り届けたのだ。値段にすれば、およそ三割程度にまで落ちていた。「……ここって、もう店閉めた方がいいんじゃないかな?」 流石にここまで商売が成り立たないと、移転を目に入れておかないと確実に赤字になるだろうと踏んでいるトウカは、シーフェが帰ってきたらそれを進言しようと心に留め置く。 ふと、トウカはもうここからいなくなったセイルの事を考えてしまう。「無事に家に帰れたかな? シーフェさんも一緒だったし、大丈夫だと思うけど」 何分、風の精霊の力はトウカ自身も凄いと思った。なので、道中で襲われても逃れる事が出来る確率は大きくそこまで心配するような事柄でもないのだが、それでもやはり心配になってしまう。「……まぁ、考えても仕方ないか。シーフェさんが帰ってきたら訊くとしよう」 早々と切り替えて、トウカは店番と言う酷く時間を食らうじっとする作業に戻る。一週間前までは待っている事に意味があったのだが、目的を達成させた今では、客の来ない店での店番はやっていて意味があるのか? とさえ思えてしまっている。 しかし、何かの拍子で誰かが訪れてくる可能性は捨て切れないので、結局はじっと座り込んでいるしかないのだが。 現時刻は十四時を少し過ぎた辺り。店番を始めて二時間ばかりしか経っていないが、ここからあと七時間もしないといけないのでトウカは買取交換で手に入れた白パンをもそもそと食べながら時間が過ぎるのを待つ事にする。 と、後方からがらがらと車輪の回る音が聞こえ始めた。トウカはパンを貪りながらもそちらに向き直り、注視していると音を出している車が現れる。 いや、正確には荷車だが。それはトウカがこのダンジョンで手に入れた金属のガラクタでコーティングされていた荷車だ。そして、それを引いているのはシーフェだった。「トウカく~~んっ」 トウカの姿を見付けると、シーフェはにこやかに笑いながら右手を上げて振って来るので、残り一口を一気に食べ終えたトウカもそれに倣って手を振った。「久しぶり」「久しぶりです」 シーフェがトウカの傍らまで来ると、そこに荷車を置いて彼の前へと歩み出てくる。すると、シーフェはトウカが被っている帽子の存在に気付く。「その帽子は何?」「えっと、これを被っておけば一応人に切り掛かられる可能性が減るんじゃないかな、と」「それでわざわざ作ったの?」「はい。材料は露店のを買い取ってそれで」「ちょっと似合ってないなぁ。鐔が無い帽子の方がよかったんじゃない?」 そう言いながらトウカの頭に収まっている帽子をひょいと取り上げてまじまじと見るシーフェ。「いや、それだったらもうバンダナの方がいいかもね。うん、鍔なし帽子だとなんか間抜けそうに見えちゃうし」「そう言うもんですか?」「そう言うもん。まぁ、この際どうでもいい事になるんだけど」 シーフェは『精霊商会臨時店員』と書かれた帽子をぽいっと商品近くに投げ捨てる。「どうでもいいんですか。……あの、セイルさんは?」「セイルちゃんならきちんと家族の下に送ったよ。無事にね」「そうですか」 ほっと胸を撫で下ろすトウカだが、それによってもう会う事はないと確実に伝わってくるので、安心と同時に物寂しさをも感じてしまう。「で、トウカくんの方は?」「僕、ですか?」「そうそう。リビングデッドはどうしたの?」 十日以上もの間近くにいなかったのでその後の顛末を全く知らないシーフェはトウカに尋ねる。「……倒しましたよ、しっかりと」「そっか。それはよかった、と言うべきなのかな?」 自分の体相手にしたので、素直に首を縦に頷いていいのか迷うシーフェにトウカは気さくに口を開く。「よかったと思いますよ。セイルさんにこれ以上怖い思いをさせなくて済んだので」「そっかそっか。…………ん?」 本人がいいのならいいのだろう、と納得して頷いたシーフェだが、少々渋面を作る。「どうしました?」「今、トウカくんはセイルちゃんにこれ以上怖い思いをさせなくて済んだって言った?」「言いましたよ?」「……あれ~?」 シーフェはつい首を傾げて腕を組んで口をぽかんと開けてしまう。「トウカくんさ~」「はい?」 再び渋い顔に戻ったシーフェは疑問符を頭上に浮かべているトウカに質問を投げ掛ける。「君、どっちかって言うとリビングデッドはセイルちゃんを傷付けた相手だから、敵を討ったって言い方の方が普通はしっくりと来ると思うんだけど。と言うか、あたしがここを出て行く前に交わした会話の内容的には絶対そう言わないと可笑しいと思うんだけど」「……えっと?」「だ~か~ら~、『セイルさんに怪我を負わせたリビングデッドは僕自身がどうにかするべきなんです』って言ってたじゃん。それってつまり、敵討ちだとか、報復だとか、御礼返しだとか、個人的な恨みをぶつけるような感じだったじゃない」「そう言えば、言ってましたね」 天井を仰いで記憶を遡り、十日以上前の発言を思い出したトウカにシーフェは更に言葉を続ける。「なのに、これ以上怖い思いをさせないで済んだって言ったのは何でって訊いたの?」「あぁ、それはですね」 トウカは居住まいを正しながらシーフェに説明をする。「確かに、僕はセイルさんを傷付けたリビングデッドを許せませんでしたので、最初はそんな気持ちでどうにかしようと思ってました」「思ってましたって、過去形?」「一応は、いや、そう思いながらも倒したんですけど。えっとですね、リビングデッドに殺されそうになった時」「殺されそうになったの⁉」「はい。あ、でも生きてるんで大丈夫です」 目を見開き、驚きの声を上げるシーフェにトウカはあっけらかんと生存報告をする。「確かにこうして生きてるんだから大丈夫なんだろうけど、いや、リビングデッド相手に殺されそうになっただけならまだ運がいい方かな? トウカくん進化してないみたいだし、力量差はかなりあったと思うのに……」 と、腕を組みながらぶつぶつ呟くシーフェの言葉の最後を訊きとる事が出来たトウカは現在ただのゴーストではなくなったと言う旨を告げる事にした。「あ、僕進化しましたよ」「進化したの? 見た目変わらないけど」「そうなんですけど。物凄く速く動けるようになりました」 と、言いながらトウカは少しシーフェから離れると即座に五体に分裂した。「はぁ⁉ トウカくんが五人いるんですけど⁉ 幻術……じゃない。風の流れがあるから、高速で移動してる?」「だから、速く動けるようになったって言ったじゃないですか」 トウカは五秒経つと分裂をやめて一人に戻る。「確かにそう言ってたけど。えっと…………あぁ、トウカくんはトリックゴーストに進化したんだ」 シーフェは左右のこめかみにそれぞれ人差し指を少しぐりぐりと押し当てながら自身の記憶を掘り起し、該当する幽霊モンスターはいたかどうかを検索し、数秒後にはその名前を思い出して口に出す。「トリックゴースト?」「うん、ゴーストと同じ外見だけど、素早さはジャックゴーストよりも速くて相手にするには厄介なモンスターだよ」「成程」「珍しい進化したね。大体のゴーストはジャックゴーストに進化す――じゃなくてっ」 シーフェは感心した風にトウカを見ていたが、はたと気付いて両腕で何かを払い除けるかのような動作をする。「あたしから話を逸らしたようなものだからきつく言えないんだけど、で? 結局はどうしてなの?」 どうしてに掛かる部分を分からずにいたトウカだが、直ぐに思い当たる。「そうですね。結局は殺されそうになった時に、もし僕が死んで魂を得られなかったとしたら、リビングデッドはダンジョンから出て行く可能性もあるかもって思ったんです。確率は低いですけど、セイルさんのいる方面にだって行くかもしれないって。セイルさんはリビングデッドで怖い思いをしたので、もし出会うような事になれば恐怖が甦るだろうし、そしてリビングデッドの方もセイルさんにまた危害を加えようとするかもしれない。そう思ったんですよ。だから、これ以上怖い思いをさせずに済んだって」「……えっと、トウカくん?」 口を挟まずにトウカの言葉を訊いていたシーフェは目をぱちくりさせる。「何ですか?」「つまり、君はリビングデッドをセイルちゃんを傷付けた相手としての報復に加えて……加えて? いや、それ以上に再び出会ってしまう事を危惧してたって事?」「はい」「……そっかそっか、セイルちゃんの事、そんなにしてまで守りたかったのね~」 頷くトウカににまにまと笑いながらシーフェは彼の横腹を肘で軽くつつく。「え、あの、セイルさんが怪我したのだって僕の所為ですし、それに今も言いましたけどまた会う可能性だってない訳じゃなかった訳ですし」「いやいや、普通はそこまで危惧した考えはしないよ」 尚も笑みを浮かべるシーフェはトウカに説明する。「あのね、トウカくんはこのダンジョンから出られないでしょ?」「はい」「それって、トウカくんのリビングデッドにも言える事なんだよ」「え?」 自分以外にも言える事だとは知らなかったトウカは軽く目を見開いて驚きの声を上げ、シーフェは説明を続けていく。「と言うか、ダンジョンモンスター全部に言えるね。ダンジョンで生れ落ちたモンスターは、生まれたダンジョンから出る事は出来ない。他人に無理矢理連れて行かれそうになっても出口で止まっちゃうからダンジョンの外に出たセイルちゃんに君のリビングデッドが会う事はもう二度と無かったんだよ」「そう、だったんですか」 トウカはダンジョンモンスターの特性を訊かされて、自分の考えが実現する事は有り得なかった事を知って安堵する。「そうそう。で、トウカくんはリビングデッドを倒したんだよね。……つまり、人間と同じような相手を殺したんだよね?」「……はい」 トウカは口を閉ざしたが、直ぐに開けて肯定する。「後悔してる? 自分が人間でありたい、自分でありたいから人間は殺したくないって言ってたけど、どう? 君はまだ人間かな?」「人間……かどうかはよく分かりません。でも、後悔はしてます。でも、それは僕の体に二回も死の体験をさせてしまった事です」 顔をやや俯かせたトウカにシーフェはやや嘆息混じりに聞き返す。「……殺さないって選択肢もあったんじゃない? 何処かに封じ込めておくとか、後悔するくらいなら、そんな手段もあったよ?」「……いえ、これは倒した後に思った事なんですけど、僕はこれでよかったって思ってます」「何で?」「僕のリビングデッドは、僕の家族に会う為に僕の魂を求めてました。けど、魂は手に入る事はない。さっき知ったばかりですけど、ダンジョンで生まれたモンスターは外に出る事が出来ない。それを考えるとリビングデッドの願いは叶う事は決してないんです。だから、叶わずに絶望するくらいなら、いっそ安らかに眠らせた方が僕の体の為でもあるな、って思ったんです」 意思も心も持たないリビングデッドが絶望しないような選択。それを訊いたシーフェは軽く息を吐くと目を柔らかく細める。「そっか。トウカくんは優しいよ。甘さは……多分抜けたんじゃないかな」「抜けた?」「多分ね。だって、結局トウカくんは大切なものを守る為に相手を殺したんだから。綺麗事だけは言わせないよ。君は、屍とは言え、そしてどんな理由とは言え人間の体をした者を殺したんだ。昔の君には戻れない」「……はい」 人間そのものは殺していないにしろ、人間の体であったリビングデッドを殺したのだ。もう人間を殺したくないと言っていた自分とは僅かながら違ってしまっているのだ。なので、シーフェの言葉を否定する事は出来ないでいる。 重々しく頷いたトウカに、シーフェは優しく笑い掛けながら彼の肩にそっと手を置く。「でもね、安心していいよ。トウカくんはトウカくんのままだから。自分よりも相手を思いやる事の出来る心を持ってる。それがトウカくんだと、あたしは思うよ」「僕は、僕のまま……」 シーフェの言葉に、トウカはぽつりと呟く。「そう。まぁ、それでもやっぱり普段は人間を殺したくないって言うんだったらそれはそれでいいよ。それもトウカくんなんだから。人間だって、モンスターだって、精霊だって、常に同じ考えばっかり抱いてる訳じゃないからさ。少しずつ変わっていったり、時には立ち戻ったりしていけばいいよ」「…………はい」 目頭が熱くなりかけたトウカは軽く目を瞑って手の甲でそれを押し止め、力強く頷いた。その様子を確認したシーフェは、本題に移る事にした。「でさ、トウカくん」「何ですか」 シーフェは腕を組みながら、真っ直ぐにトウカを見据える。「あたしの要求、訊いてくれるかな?」「はい。シーフェさんにはセイルさんを送ってくれたので、大抵の事――僕が出来る事なら何でもします」 トウカは頷く。シーフェからの要求はセイルをダンジョンから出す際には伝えられていない。帰って来てから言うから、と言う事で今の今までトウカはどのような要求をされるのか分からないでいる。「言ったね? 男に二言は無いよね?」「ありません」 最初から違える気なぞ毛頭ないトウカは断言した。「そう」 にんまりと、本日で一番の口角の上がった笑みを浮かべながら、シーフェは荷車の荷台の方へと向かって行く。荷台には一枚の布がかけられており、やや膨らんでいるのでトウカは帰り際に何か買ってき荷台に積んだたのだろうと当たりをつけていた。「じゃあ、あたしからの要求を言うよ。それはね――」 シーフェは荷台の布に手を掛け、それを一気に取り払った。そこには木箱がいくつか並んでいたので、トウカは自分の予想は当たったのだろうと何処となく思っていたが、木箱のうちの一つの蓋が勝手に開いた。
「……トウカ様」
 木箱の中から、家族の下に帰された筈のセイルが現れた。「――――――――」 トウカは声が出せなくなった。 開いた木箱の中から姿を見せたセイルを見て、思考が一気にぶっ飛んでしまったのだ。「トウカくんトウカくん」 呆けているトウカの肩を近くまで寄って来たシーフェが掴んで激しく前後左右に振ってくる。脳内がシェイクされたトウカは思考が寄り戻ってきて現状を把握する。 そんな彼の第一声は。「セイルさん、包帯を巻いて下さいっ!」 であった。 そう、セイルは包帯を巻いていないのだ。胸に。だが、包帯自体は巻かれているのだがそれは左肩から左腕に書けてであったので、隠されもしない双丘が彼の目に映ってしまったのだ。トウカは赤面しながら即座に顔を横に背けるのであった。「何故でしょうか? 私はもう背中に怪我を負っていないので包帯を巻く必要はなくなったのですが」 未だに胸に巻かれていた包帯の真の意味を分からないでいるセイルはきょとんとしながらトウカに問い掛ける。「何故って……だから、その……あの、セイルさん?」 おろおろとしていたトウカだが、ここである事に気付いた。「何でしょう?」「あの……怖くないんですか?」「何がですか?」「……僕の事」 それは以前にも一度交わした問答とほぼ同じであった。あの時とは状況は少しばかり違うが、意味は同じだ。「怖くありませんよ」 優しくトウカに告げるセイルだが、次の瞬間には顔に陰を落とす。 そして、木箱に入ったままだが、トウカに向けて頭を下げる。「申し訳ありませんでした」 突然セイルに謝られたトウカは訳が分からずに目が点となる。「私の腕をもいだのは、トウカ様ではなかったのに、私は、トウカ様を見て、恐怖を……本当に、申し訳ありませんでした」 顔を下げたままなので表情は見えないが、トウカの耳には涙混じりのセイルの声が聞こえていた。「トウカ様じゃないって、分かった筈でしたのに、私は、トウカ様を、傷つけるような、事を、してしまい、誠に、申し訳ありま」「セイルさん」 トウカは尚も謝罪を続けようとするセイルの近くへとより、彼女の顔を上げさせて真っ直ぐに瞳の奥を見る。セイルの顔は涙が伝い、くしゃくしゃに歪んでいた。「謝らないで下さい。セイルさんは何も悪い事はしてません。僕は、気にしてませんから」「トウカ様、ですが」「謝るくらいなら、笑って下さい。僕は、セイルさんの笑顔が好きですから」 にこっと笑い掛けるトウカ。彼は決してセイルに謝らせる為に色々としていた訳ではない。なので、彼女には謝って欲しくはなかった。また、ある種の告白のような発言をしているトウカだが、その事には全く気付いていない。 セイルはトウカの言葉にそれでも謝ろうとしたが、トウカが本心からそれを望んでいない事をきちんと汲み取り、涙を手の甲で拭うと、やや硬いながらも、それでも無理してではなく心の底から笑顔をトウカに向けた。「分かりました。トウカ様」 セイルの笑顔にトウカはどきっとしながらも、見入る。セイルもトウカの赤く染められた顔を見て、自分の顔が段々と熱くなっていくのを実感する。「あの~、いい雰囲気の所悪いんだけど、いいかな?」 と、ここで横から二人のやりとりを傍観していたシーフェが片手を軽く上げながら声で割って入っていく。彼女の言葉にトウカとセイルはばっと顔をシーフェの方へと向ける。「な、何ですか」「な、何でしょうか?」「いや、そこまでテンパらなくても……トウカくんはさ、訊きたい事があるんじゃない?」 シーフェの言葉にトウカはつい腕を組んで考え込んでしまう。「訊きたい事……そうですよ! どうしてセイルさんがここにいるんですか⁉」 漸くその事実を思い出し、シーフェに食って掛かるトウカ。「それはあたしが連れて来たからだよ」 さらっと簡単に説明するシーフェにトウカは眉尻を上げながら更に問い詰める。「それは分かってます! さっききちんと家族の下に送ったって言いましたよね⁉」「言ったよ。けどね、そのまま置いてきたなんて一言も言ってないよ」 しれっと告げたシーフェの言葉にトウカは開いた口が閉まらなかった。詭弁にも程はあるが、確かに約束は違えていないので文句を言えない状態となっている。「で、あたしの要求なんだけどね。セイルちゃんと一緒に暮らしなさいってのがあたしからの要求」「はい?」 予想だにしなかった要求の内容にトウカは突拍子もない声を上げて訊き返した。「だから、セイルちゃんと暮らせって」「いやいやいや、それじゃあ何の為にセイルさんを家族の下に送って貰ったんですか? セイルさんにこれ以上危険な目に遭わせたくなかったし、家族に逢えない寂しい思いをさせたくなかったからなんですよ? なのに」「その事なんだけどね。まず、セイルちゃんの両親にはきっちりと許可を貰ってるから大丈夫。双方合意の下だから、寂しいって事はない訳じゃないけど幾分か減ってるから」 にかっと笑いながらの説明にトウカはぎぎぎと首をセイルの方へと回して本当かどうかを目で訴えると、セイルはやや頬を赤く染めながら首肯した。「あと、危険危険言ってるけど、それは別にトウカくんがセイルちゃんを守ればいいじゃん」「いや、そう言う意味じゃ」「そう言う意味だよ。それとも何? トウカくんはセイルちゃんをダンジョンの魔の手から守れないって弱音を吐くの?」「いえ、吐きませんけど」「ならいいじゃん。それに、さっき僕に出来る事なら何でもやりますって言ってたじゃない。男に二言は無いって訊き返した時も頷いたよね?」「そう、ですけど」「往生際が悪いぞ~。ほれ、セイルちゃんからも言って言って」 立ち往生するように綿渡しているトウカを尻目にシーフェはセイルを促す。「トウカ様、駄目でしょうか?」 セイルはおどおどとはせずにはっきりとトウカに迷惑か否かを確認する。「駄目でしょうかって、セイルさんはそれでいいんですか? 僕と一緒にいるって事は危険なダンジョンの中にずっといるって事ですよ? 家族にだっておいそれと会えなくなるんですよ? あと、こう言っては何ですけどセイルさんを襲ったのと同じ顔してますし」「構いません」「構いませんって……」 あまりにも力強く断言するセイルにトウカはやや唖然としてしまう。「あと蒸し返さないで下さい。何度も言いますけど、私はトウカ様を怖いとは思いませんので」「あ、すみません」 自分の失言に素直に謝るトウカ。そんな彼にセイルは柔らかい笑みを浮かべながら口にする。「それに、私は言ったではないですか」「何を」 ですか? とトウカが問う前にセイルが言葉を続ける。「何時までも一緒にいます、と」「あ……」 それは、もう無効になったとばかり思っていたが、セイルの口から再びその言葉を訊いたトウカは胸の内がじんわりと温まっていくような感覚が広がった。「で、トウカくんはここまで真摯に言ってくる女性を追い返そうって言うのかな? そこまで薄情なゴーストなのかな?」 シーフェはトウカを茶化すようにはやし立てる。トウカは彼女の方に体ごと向いて反論しようと口を開きかけるが、結局反論は出なかった。「迷惑、でしょうか?」 悲しそうなセイルの言葉がとどめとなったからだ。「……いいえ、迷惑じゃありませんよ」 トウカは頭を振り、セイルの方へと身体ごと向き直る。「本当に、いいんですか?」「はい」 しつこいトウカの確認に、セイルは嫌な顔一つせずに頷く。トウカは半ば諦め、それ以上に温かさを感じる。「それじゃあ、改めまして今後とよろしくお願いします」「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」 頭を下げ、それを終えると互いに笑い合いながら、「で、結局トウカくんはセイルちゃんの胸を隠させなくていいのかな?」 シーフェの一言にトウカは現在セイルが胸を隠していない状態であった事を即座に思い出してしまい、真っ赤に顔を染め上げる。「っ! そうだった! セイルさんは胸を隠して下さい! 恥ずかしいので!」「どうして恥ずかしいので」「お願いですから! 僕の心の平静を保つ為にお願いします!」「ふふ、分かりました」 あまりにも必死の懇願に、何処か可笑しさを感じたセイルは了承しながらも一向に巻こうとしない。「そう言えば、トウカ様?」「な、何ですか?」 どぎまぎしながら視線を逸らしているトウカはぎこちなく訊き返す。「フライパンなる物はどうされたのですか? 現在は持っていないようですけれど」「あ、あぁ。フライパンはちょっと粉々に壊れまして、もうないんです」「そうですか。なら」 そう言ってセイルは自分の体が入っている木箱の中に手を突っ込み、そこから取り出す。「これをどうぞ使って下さい」 それはフライパンであった。吸魂鏡や断魄鏡と言った鏡のような光沢は見受けられない、至って普通の鉄で作られていると思われるフライパンだ。「これは?」「私がここにいた間にどうやら難破船から父が仕入れたらしくて、無理を言って父から譲り受けた品です」「それを、僕に?」「はい。それで、その……また、あの焼いたお肉を作ってはいただけないでしょうか?」 やや顔を赤らめながら、もじもじとして頼むセイルに愛おしさを感じて、トウカは笑みを浮かべながら首肯する。「勿論ですよ」「ありがとうございます」「で、それよりも早く包帯巻いて下さいお願いですから」 トウカは未だに包帯を巻こうとしないセイルに懇願し、結局見兼ねた――と言うよりも面白かったので蚊帳の外に敢えていたシーフェがセイルの胸元を隠すように包帯を巻いた。「じゃあ、取り敢えず君達の寝床に行って、何か食べようか? あたしお腹空いてさ」 セイルの胸に包帯を巻き終えたシーフェは腹の虫が隙を見て泣き出しそうな腹部を軽く追なえながらそう提案してきた。「まだ業務時間なんじゃ」 露店の臨時店員をしていたトウカは首に提げた懐中時計で時刻を確認しながらシーフェにそう言うが、シーフェは首を振りながら荷車を引いていく。「いいのいいの。と言うか、今日くらいはゆっくりさせてよ。疲れてんだから。と言う訳で、トウカくん料理お願い。早速そのフライパンを使ってさ」 肩越しにトウカを見ながらにんまりと笑うシーフェはそのまま隠し部屋の方へと向かって進んで行く。「トウカ様、早速ですが焼いたお肉お願いしますね」 焼いた肉を食べられると期待しながら、セイルはシーフェに引かれながら隠し部屋へと消えていく。 残されたトウカはセイルから譲り受けた普通のフライパンを掲げてまじまじと見ると、軽く振るってしまう。重量はやや重く、武器としても使えそうだと思ったが、白いフライパンと黒いフライパン――吸魂鏡と断魄鏡並みの強度は持っていないので一回こっきりとなってしまうだろう事が容易に想像がついたので、このフライパンは調理専用とする事にした。「……さて、確か部屋には切り分けたホーンラビットの肉があったよな。クラタケと一緒に焼こうかな」 トウカは右手にフライパンを携えながら、戻ってきた二人が待つ隠し部屋へと向かって移動する。


   了


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