ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

リビングデッド、ゴーストを求めて彷徨う。

 リビングデッドは彷徨っている。ゴーストを見付ける為に。 リビングデッド自身にはゴーストを感知出来るような能力は存在しない。あるのは、ただ魄を外界へと漏れ出さないようにする魂に似たような機能を有している事くらいだ。 知能もあるが、それを有効に活躍出来る場面が少ない。 なにせ、リビングデッドには心が無い。意思が存在しない。心が無ければ喜怒哀楽は表現されずにそれを効率的に解放させる為に頭を使う必要が無い。意思が存在しなければ、明確な目標を持ち、それに向かって進むのに必要な計画を打ち立てる事も出来ない。 リビングデッドはただ、欲のままに動くのみ。 それはゾンビとさして変わらないが、知能が発達した分にただ闇雲にダンジョン内を彷徨うのではなく、きちんとルートを決めて徘徊しているのだ。 一度訪れた場所は忘れる事も無く把握しており、リビングデッドの頭の中にはこのダンジョンの地下一階の地図が描き出されている。 リビングデッドは脳内の地図を頼りに、隈なく徘徊を続ける。 足取りが遅い分、時間が掛かってしまうが、そろそろ一周を終えようとしている。 もし、ゾンビのようにランダムに徘徊していれば、ゴーストに逢う確率は低くなっていた事だろう。何せ、ゴーストは現在一所に留まっている状態なのだから。 それを知らずにいるリビングデッドだが、ルートを決めて徘徊する事は悪手にはなっていない。時間は掛かってしまっているが、それでも着実にゴーストへと一歩、また一歩と近付いて行っている。 道中にリビングデッドに襲い掛かってくるモンスターも当然存在していたのだが、リビングデッドは手にした白いフライパンを無造作に振るって肉塊へと変化させていった。 リビングデッドは殺したモンスターをあまり食べていない。屍とは言ってもモンスターとして動いているのでエネルギーは消費され、食欲は増幅しているのだが、その食欲をも凌ぎうる欲がリビングデッドの中で渦巻いている。 魂。そう、全てはそれを手に入れる為。 一度肉体から出てしまった魂を欲している。それは食欲をも凌駕してしまうリビングデッドが彷徨う原因を作ってしまっている。 魂ならばどれでもいいと言う訳ではない。ゾンビやリビングデッドと言った屍モンスターとなった元の死体に入っていた魂を望んでいるのだ。体に馴染んだ魂でないと肉体との拒絶してしまう事を無意識のうちに理解している。 一度拒絶してしまえば、魂は勝手に離れて行ってしまう。また、その際に体を動かす為に必要な魄をも連れ去ってしまうのだ。リビングデッドの特性に魄を体内に留めるような機能を有しているとされているが、それでも魄はやはり屍よりも魂に引き寄せられるので魂を介した場合は簡単に出て行ってしまうのだ。 反面、体に馴染んだ魂ならば離れる事はなく、取り込める事が可能だ。なにせ、元の体に入っていた魂だ。新しい肉体を持っていようが、馴染み具合は同程度であり、肉体の新旧に大差はない。 しかし、魂は死体には決して入り込まない。それは魂が体から抜け出れば死を意味し、死ねば元の体ではなく新たな体へと向かうからだ。つまり、幾らリビングデッドが魂を取り込もうと自身の魂を有している体に食らい付いて殺したとしても、魂は決してリビングデッドの体内へと取り込まれる事はなく、新たに生まれ落ちる身体へと向かっていってしまうのだ。 なので、ゾンビやリビングデッドが魂を求める事自体が憐れ以外の何者でもないのだ。 だが、時として偶然や例外と言うものが存在する。 リビングデッドにも運があれば、またはそれらの要素を手に入れる事が出来たのならば、魂を身の内に収める事が可能となる。 実際に、世界に点在するダンジョンの人知未踏である地下百階以下には魂を内包する屍モンスターが闊歩しているが、それらのモンスターは死んだ際に魂が抜け出なかったのではなく、死後モンスターの状態で魂を取り戻した存在である。 それらの存在は元は知能を得たリビングデッドであったり、ただ何も分からずに徘徊するだけのゾンビであったりと一貫しない。ただ、共通しているのはリビングデッドの場合は例外を駆使して、ゾンビの場合は偶然でその存在となるのだ。 リビングデッドがどうして例外を駆使するのかと言えば、それはひとえに知能を有するようになったからだ。自分に足りないものが魂である事を理解し、それを手に入れる為に貪欲に行動するからこそ、ゾンビでは偶然を待たないといけない事を偶然ではなくやってのけるのだ。 ゴーストを求めるリビングデッドもまた、例外を駆使して魂を得ようとしている。例外は色々と存在し、死した体から抜け出た魂が新たに生まれ落ちる体へと向かえないような効果を有する陣の描かれた部屋で捕食をしたり、ある道具を用いて魂を封じ込め、それを時間を掛けて体内へと入り込ませる事を指す。 今回は後者である。 リビングデッドが持っている白いフライパンこそがそれを可能とするのだ。 この白いフライパンは、正確にはフライパンではない。フライパンのような形をした別のものだ。 名を吸魂鏡と言う。 死した体から抜け出た魂を鏡の面に触れさせれば、その魂を鏡の中に封じ込める事が出来る。そして、鏡の中に封じ込めた魂を外へと出す事も出来る。 魂は死んだ体から抜け出れば、新たに生まれ落ちる体へと向かう性質があるが、長時間の間体に入る事も出来ずにいると死体でもいいので体に入ろうとする。通常は死体に入らないが、長時間体から抜け出ていると最悪魂自体が分解されて崩壊してしまうので背に腹は代えられない状態となる。 崩壊した魂は同じような境遇に陥った複数が寄り集まり、綯い交ぜになって寄り集まった魂の個数分、新たな魂となる。故に、世界の魂の総数自体は変わらないのだが、その際に生まれ変わる毎に経験した魂に刻まれた記憶や経験と言うものをすっかり無くしてしまう。 魂の本質は経験し、幾多の記憶を蓄積させる事である。また自身に刻み込まれた記憶を失いたくないと言う共通の性質を有しているので、魂が崩壊するくらいならば生まれ落ちる体ではなくとも構わないとしてゾンビやリビングデッドの体に入り込もうとする。 どうして魂が記憶を失いたくはないかと言えば、記憶を有している分だけ本能や直感と言う部分が強く現れるからだ。 人間よりは野生動物に言える事であるが、本能に従った方が、または直感に従った方が生き残りやすいと言った事態になりやすい。それは魂に刻まれた記憶がその場その場で最適と言われる行動を思い起こさせているからだ。なので、本能や直感に従った方が生き延びやすくなる。 反面、新たに構築された魂では本能や直感は全く機能せず、そのまま不慮の事態に見舞われて死んでしまう場合が多い。魂の本質は記憶を蓄える事なので、早くに死ぬよりも生き永らえた方が記憶は蓄積されていく。なので、魂は崩壊を望んでいないのだ。 吸魂鏡に捕えられた魂も例外ではなく、そのままにしておけば魂が崩壊してしまう。なので、普通の人間が使ったのではあまり役に立たない。 真価を発揮するのはリビングデッド等の屍モンスターだ。屍は魂を欲しているので、魂を取れておく、また魂が自分の体に入って来るように仕組む事の出来る吸魂鏡は都合がよ過ぎるのだ。 魂が死体すらも求めるようになるには膨大な時間を有するが、それでも死んだ体ではその時間経過はあまり苦にはならない。なにせ、死んでいるので老いる事はないのだ。ほぼ悠久の時をうごめく事の出来るリビングデッドにとっては、些末でしかない。 長い時を待つだけで、魂が戻ってくるのだ。それを鑑みれば、求めて彷徨っている時間の方が苦となり得るのだ。 白いフライパン――もとい吸魂鏡を手にしたリビングデッドはそれを手に入れた隠し部屋のある空間まで戻ってきた。 そこで視線をぐるりと回して辺りを確認するが、ゴーストの姿は勿論の事、魂を感じ取る事は出来なかった。リビングデッドはゴースト自体は感知出来ないが、自分の魂におよそ三メートル程まで近付くと感知出来るようになっているので、例え隠れていても三メートル以内ならば見付ける事が出来るのだ。 隠し部屋のある空間を彷徨い、感知、あるいはゴーストを視認出来ない事を悟ると、そのまま隠し部屋へと向かう為の扉へと近付く。 扉を数度叩くようにして押し、開かせて中へと入る。 リビングデッドの視界には、求めていたゴーストの姿が映った。魂の感知が働かないのは距離が七メートル離れているからだ。 ゴーストの姿を見付けると、リビングデッドは虚ろな目をしたまま口の端を吊り上げて笑う。「見付、ケ……タ。ト、ウカ」 一歩、また一歩とゴーストへと近付き、魂の感知が出来る程度にまで近付いてもまだ歩く。 足の先が触れそうな場所まで辿り着くと、リビングデッドは手にした吸魂鏡を頭上に振り上げる。「戻、ッ……テ、オ……イデ」 口の端を上げたまま、ゴーストの頭目掛けて吸魂鏡を振り下ろした。

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