ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

人魚、質問される。

「はぁ~、今日もお客さん来なかったな~」 溜息を吐きながらシーフェは布団を敷いていく。「これじゃあ商売あがったりだよ」 ここは隠し部屋の中であり、現在時刻は二十一時。就寝時である。 シーフェは昨日からこの隠し部屋で就寝するようにしている。それはトウカに頼まれた際の交換条件として提示したものである。 流石に夜に一人では精霊と言えども寂しいものであるので、一緒の部屋で寝る事を条件にセイルの話し相手となる事を了承したのだ。 ただの話し相手ではなく、夜も一緒に過ごす為に恐怖や誤解を解いておかねばならないと言う心理もあったので、シーフェはセイルに対して良好な関係を築こうと色々と気に掛けている。「まぁ、僕からすればお客さんが来ない方が都合がいいんですけど」 隣で敷き終わった布団の上に枕を設置しているトウカがそのような言葉を漏らす。「え? それってあたしが売り上げのノルマ達成出来なくてもいいって言ってるの?」 むすっとした表情をしながら、聞き捨てならない台詞をのたまったトウカを軽くねめつけるシーフェ。「そうじゃないですよ。……セイルさんの事です」「……あぁ、成程ね。それなら、そう言うのも納得するよ」 最後の方は現在池の中で涼んでいるセイルに聞こえないように小声で耳打ちをした。シーフェの商売は人間が対象となっているので、客が来るとなると当然、人間が訪れた事になる。 そうなると、下手をすれば部屋を出た際に鉢合わせしてしまう可能性も捨てきれないので、シーフェには悪いが、トウカはこのまま人間の客が来なければいいと思っている。「でもね~、こっちにも生活が掛かってるからさ、お客さんが来ないと本当にヤバいんだよね」 再び溜息を吐くシーフェはそのまま敷いたばかりの布団の上にぼふっと顔を埋める。「…………まぁ、気長に待つとするけどさ」 シーフェは顔を上げて枕をセットする。「頑張って下さい」 トウカはセイルの分の布団も敷きながらシーフェにエールを送る。「うん、頑張る」「ぷはっ」 シーフェが頷くのと同時に、池の中からセイルが顔を出す。「あ、もう涼まなくてもいいの?」「はい」 セイルはシーフェの問いに頷き、池から出ると体を震わせて水滴を払う。そこにトウカがタオルを持っていって髪の毛を拭く。「あ、トウカ様、すみません」「いえ、このままだと布団が濡れちゃいますんで」 髪を拭き終えると、そこからタオルをセイルに渡して、乾いた包帯を手に取り、それをシーフェに渡す。 セイルは今まで水の中で眠る生活を送っていたのだが、昨日初めて触れた布団の柔らかな感触に心を奪われ、その誘惑によって初めて布団に包まれて陸上で睡眠をとった。予想以上に寝心地がよく、これからは布団に包まって眠ろうと密かに心に決めていたりする。 セイルが体を拭き終るとトウカは離れて後ろを向き、直視しないようにする。その隙にシーフェがセイルの胸の包帯を解いて乾いた包帯を巻いていく。「よし、これでOKっと」「シーフェさん、ありがとうございます」 セイルは包帯を巻いてくれたシーフェに礼を述べる。「気にしない気にしない。トウカくんももうこっち向いて大丈夫だよ」 シーフェの合図にトウカは振り返り、布団の方へと向かう。「じゃあ、寝ましょうか」「はい」「そだね。二人は疲れてるだろうし」 扉に近い順にトウカ、セイル、シーフェの順に川の字に並べられた三つの布団に潜り込んで目を閉じる。「おやすみなさい」「おやすみなさい」「おやすみ~、ってそうだ」 だが、目を閉じたシーフェは上半身を起こしてセイルの方を見る。「セイルちゃん、子守唄歌ってくれない?」「子守唄、ですか? 構いませんけど、どうしてですか?」 昨日初めて一緒に寝た時には子守唄を催促されなかったので突然の提案にセイルは疑問に思い、シーフェに問い掛ける。「いやね、昨日はどうやらトウカくんあまり眠れなかったみたいだし」「えっ? そうなのですか?」 シーフェの一言にセイルは隣で枕に頭を置いて向こう側を向いているトウカを見る。「……まぁ、そうと言えば、そうなんですけど」 向こうを向いたまま歯切れ悪く言うトウカ。セイルにはどうしても言えなかった。家族でもない妙齢の女性二人と同じ部屋で眠るのはとてもじゃないけど大変だと言う事を。それも、手を伸ばせば確実に届くであろう場所で眠っているとなると余計にだ。 気にしなければいいのだが、それでも男の性と言うべきか、気になってあまり眠れはしなかった。が、それでも疲れは取れるくらいに睡眠は取れたので探索には支障はきたさなかったが。「そんな訳だから、トウカくんが変に気にせずに眠れるように子守唄を歌ってくれないかな?」 やや含み笑い気味に言うシーフェには、どうやら昨日寝付けなかったトウカの心情が丸分かりであったようだ。「はぁ、分かりました?」 しかし、セイルはトウカの思春期の感情を理解出来ずにやや困惑しながら頷く。「でも、子守唄を歌って逆に眠れなくなると言う可能性はないでしょうか?」「あ、それは大丈夫だから。セイルちゃんがしっかりと眠れるようにって思いながら歌えば」「それは、どう言う意味でしょうか?」「ありゃ、知らない? 人魚の歌には不思議な効果があるんだよ」「初耳です」「ありゃ、そう。まぁ、歌は人魚自体に効果ないから知らなくても仕方ないかな?」 シーフェは自分一人で納得した所でセイルに説明していく。「人魚の歌はね、歌い手の感情をダイレクトに他者に干渉する力があるんだよ。例えば、今セイルちゃんがトウカくんが眠れるようにって思いながら歌えばあら不思議、トウカくんはたちまち眠ってしまうの」「それ、本当ですか?」 いまいち信じきれないセイルは聞き返してしまうが、そのような懸念を予想していたらしいシーフェはあっけらかんと首を頷きながら肯定する。「本当本当、元気を出して欲しいって思いながら歌えば元気が出るし、疲れを吹き飛ばそうって思いながらだと疲れは一時的だけど消えるよ」 トウカとセイルはその言葉で漸く人魚の歌の効力は本当にあるのだと確信する。それは二日前にトウカとセイルが初めて会った時、ここを見付けるに至った原因でもある空中縦回転の際の記憶が甦ったのだ。 制御が利かなくなる程にスピードが出てしまったのはどうしてだか分からなかったトウカだが、それがセイルの歌による影響だと分かり、納得した。そしてセイルも、トウカの為に歌った成果がきちんと出ていた事に顔を綻ばせる。「そんな訳だから、セイルちゃん。トウカくんの為にも子守唄をお願いね」「はいっ」 にやにやしているシーフェの言葉に自分が役に立てると歓喜したセイルは喉の調子を整えて歌い出す。 それはセイルが子供の頃によく母親が歌ってくれていたものであり、また明日遊ぶ約束をして友達が住処に帰っていき、それが待ち遠しくて早く明日にならないかと願う子供の心情を表した歌詞である。 セイルはトウカがぐっすりと眠れるように、心を込めて歌う。 鈴の音のように綺麗なセイルの歌声を間近で訊いているトウカは次第に微睡み、一分もしないうちに意識を手放して健やかな寝息を立てる。「ふぁ~、セイルちゃん、どうやらトウカくんは眠ったようだよ」 セイルの歌に感化されて眠気が襲ってきたシーフェは欠伸を我慢する事も無く口に手を当ててしながらセイルにゴーストが寝入った事を告げる。「……そのようですね。トウカ様、ゆっくりおやすみなさいませ」 目を閉じ、反対側を向いているトウカの頭を優しく撫でると、セイルも眠ろうと目を閉じる。「所でさ、セイルちゃん」 だが、眠ろうとしたセイルに歌の影響で眠いであろうシーフェが声を掛けてくる。「何でしょう?」「ちょっとした質問なんだけどね」 体を反転させて互いに向かい合う状態になったのを確認してから、シーフェはにやにやしながら問う。「セイルちゃんってさ、トウカくんに対してどう思ってるの?」「どう、とは?」「惚けない惚けない」 からからと笑いながらもシーフェは言葉を続ける。「言葉通りの意味だよ」「言葉通りの意味、ですか」 セイルはちらりと寝息を立てているトウカを一瞥すると、すぐにシーフェの方へと向き直る。「私はトウカ様に命を助けられたので、恩を感じています。なので、トウカ様の役に立ちたい、負担を減らしたいと思っています」「いや、そうじゃなくてね」 シーフェはやや渋面を作り、眉間に指を押し当てる。「それはセイルちゃんがトウカくんにしたいと思っている事でしょ? あたしが訊いたのは、セイルちゃんがトウカくんにどんな感情を抱いているかって事なんだよ」「感情、ですか?」「そう」「やはり、恩を感じています」「ありゃ、それだけ?」 予想外だ、と言わんばかりにシーフェは落胆する。「それだけ、とは?」 どうして落胆するのか分からないセイルはきょとんと首を傾げる。「いや、ほら。恩以外にもさ、あるじゃん色々と。ない?」「……そうですね」 やや投げやりな感じの問いにセイルは布団を少し寄せながら答える。「一緒にいたい、と思っています」「ほ~、それはどれくらい?」 一瞬にしてしゃきっとしたシーフェにやや驚きながらもセイルは目をぱちくりとさせる。「どれくらいとは?」 その一言でシーフェは枕にぼすっと顔を埋める。「……セイルちゃんって鈍いのかな? ほら、暫くの間とか、一生とか、目的を果たすまでとか」 シーフェは半眼になりながらも視線をセイルに向けて問う。セイルは改めてトウカと何時まで一緒にいたいのかを考える。数秒考えた後、ゆっくりとそれを口にする。「……出来る事なら、私はずっとトウカ様といたいです」「ほ~ほ~ほ~っ」 セイルの発言にシーフェは目を輝かせてそのままずずいとセイルとの距離を物理的に縮める。「セイルちゃんっ」 シーフェはセイルの手を固く握る。「は、はい?」 セイルはどうして手を握ってくるのか分からずに目を白黒させる。「あたしは、応援するよ!」「は?」 いきなり応援すると言われても、セイルには意味が分からなかった。「うん、今までになかったけど、セイルちゃんに対して色々と気に掛けているトウカくんならありだと思うし、トウカくんも悪い気はしないんじゃないかな?」「あの、何がでしょうか?」「この~、分かってるくせに~」 本気で分からないでいるセイルの額を右の人差し指で軽く叩いているシーフェはにやにやが止まらなかった。 昨日セイルが頼み込んだ際にトウカと一緒にいたいと言う気持ちが伝わってきたのは、恩を感じてそれを返したいだけではないと言う事が、先のセイルの一言で分かった。「え、あの……?」 しかし、当の本人はそれを自覚していないようで、自覚していない事を一人でハイテンションになっているシーフェは感じ取る事が出来ていない。「まぁ、相談したい事があったら何でもあたしに相談してよ。力になるからさ」「は、はぁ」「それじゃ、おやすみ~」 ついていけずに曖昧に頷いたセイルに快く就寝の挨拶をすませると、先程の子守唄の影響がまだ残っていたのか、直ぐに寝息を立てて眠ってしまった。「……何なんでしょうか、一体?」 結局、シーフェの真意が分からずにセイルは頭上に疑問符を浮かべるが、考えても拉致があかないと思い、彼女も寝る事にした。 体を反転させ、背を向けているトウカの方へと顔を向け、寝顔が見れないのを少々残念に思いながらも目を閉じる。 トウカと一緒になってダンジョンを探索したからか、精神的に疲れが溜まっていたらしくセイルも直ぐに眠りに入った。 そのまま三時間が過ぎて、零時になった時だ。 トウカは目を覚ました。 決して浅い眠りだったのではない。セイルの子守唄で、ぐっすりと眠っていた。 なのに、どうして目を覚ましたか? それは、寝る時も首に提げたままにしている懐中時計が起因している。 この懐中時計には目覚ましの機能もある。設定した時間に麻痺する事の無い微弱な電流を首にかけている者に流して目を覚まさせる機能を有している。 それを昨日――いや、零時を回った時点で二日前だが布団に入った際にシーフェに説明された。試してみた結果、確かに電流が流れて目が覚めたのだ。 トウカは寝ている二人を起こさないようにゆっくりと布団から抜け出すと、平らな岩の上に置かれているフライパンを手に取り、地図と方位磁石、あらかじめ中身を入れていた水筒と少量の食料を詰め込んでいたバッグを背負うとそのまま扉へと向かい、音を立てないようにゆっくりと開け、静かに閉める。 完全に寝入ってしまっているセイルとシーフェは、トウカが出て行った事に全く気付いていない。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品