ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、知る。

 帰路では他にホーンラビット二匹にフリットサーディン七匹と出くわした。 ホーンラビットは二匹ともトウカが脳天にフライパンを力任せに打ち付けて昇天させ、フリットサーディンの殆どはトウカがフライパンで打ち返したが、二匹は彼の隙を突かれて突進攻撃を放ってきたのだがセイルが三叉で素早く仕留めたので被害はない。 因みに、倒したモンスターはホーンラビットに限り、荷台に乗せて運んでいる。貴重な食料なので無駄には出来ないのだ。 先に倒したティアーキャタピラーはそのまま捨て置いている。ティアーキャタピラーの体内には致死性ではないが熱でも壊れない麻痺毒が蓄積されているので耐性が無ければ食す事が出来ないのだ。 それ以前に、虫と言うだけで人間は食べる事を躊躇うのでティアーキャタピラーはただの害虫として認識されている。なので、人間であったトウカは食べられないと判断してその場に放置したのだ。 フリットサーディンに関しては、今回はコンロを持って来ていなかったので生のまま食す事にした。コンロを持って来ていない理由はセイルが同行しているからであり、未だに火に恐怖を抱いているだろうと配慮した上だ。 三叉の先で内臓を取り出し、そのまま身を食らうと言うアグレッシブな食べ方をしなければならない。 トウカは魚を生で食べた事が無かったので少々抵抗があったが、一口食べ、身の甘さを味わうと抵抗はなくなり、そのままがつがつと食べ進めていく。セイルは基本的に食べ物は生食だったので、抵抗なんぞなくすんなりとフリットサーディンを食した。 生故に流石に骨や頭、ひれは食べられなかったので、そこらに捨て置いた。「あ、着きましたね」 荷車を引いていたトウカはシーフェが露店を構えている空間まで着くと、荷台のセイルの声を掛ける。 首に提げた懐中時計でトウカは時刻を確認すると、十八時少し前となっていた。六時間以上は探索していた事になるが、それでも未だに出口が見つからないので、かなりの広さと見るべきだろう。「あ、おかえり」 トウカとセイルの帰還に気が付いたシーフェは腰を上げて二人の下へ駆け寄っていく。「……何処も怪我してないね」 彼女の表情はやや憔悴していたが、直ぐに安堵ととれる息を吐く。どうしたのだろう? とトウカとセイルは二人同時にそう思うとシーフェが口を開く。「大丈夫だった? 何かネコグマの咆哮が聞こえてたけど」「ネコグマ……ですか?」 シーフェの言葉にセイルは疑問符を頭上に浮かべて首を傾げる。彼女の住んでいた海の中では当然陸上モンスターのネコグマは生息していなかったので知らなくとも無理はない。「あ、あの叫び声はネコグマと言う動物? の声だったのですね」「動物じゃなくてモンスターなんだけど、二人はそれが聞こえたの?」 その問いに対してはセイルではなく、荷車を停めたトウカが代わりに答える。「いえ、僕は聞こえなかったんですけど、セイルさんは微かに聞き取れてたくらいで」「つまり、かなり遠くから聞こえたって事でいいの?」「はい」「そっか。なら、トウカくんとセイルちゃんはネコグマの近くにいなかったんだね」 もう一度息を吐くシーフェにトウカはやや眉根を寄せながら質問をする。「あの、遭遇しなかった事じゃなくて近くにいなかった事を訊きたかったんですか?」「うん」 シーフェは真顔でそう頷いてくる。 トウカはそれに対して更に疑問を覚えてしまう。彼の住んでいた農村近くの山にも潜んでいるネコグマが如何に狂暴かを知っている。なので、ここにもいるだろう可能性を失念していた。先のシーフェの言葉はこれからの探索をより警戒をしなければいけない事を如実に語っている。 しかし、だ。 ネコグマがいたと言う事実はいい。問題はどうして遭遇しなかった事ではなく、ネコグマの近くにいなかった事を確認されたか、だ。人間だった頃のトウカよりも断然速いスピードとパワーを兼ね備えているので遭遇してしまえばまず助かる事はない。 だが、遭遇せずに近くにいただけならば、他に獲物がいる場合はネコグマはそちらを優先して見逃される可能性と言うのもあるので、遭遇するよりも命が助かる可能性が高い。 危険度から言えば遭遇の方があるので、危惧すべきはそちらなのだ。 だが、シーフェは近くにいたかどうかを訊いてきた。 いや、捉えようによっては遭遇しなかったからこそこうして生きていたと考えての確認だったのだろうともとれる。しかし、トウカはそれでも近くよりは遭遇を懸念すべきだろうと疑問に思った次第だ。「どうして近くにいなかった事を訊いたんですか?」「それはね、もし近くにいたら多分、トウカくんとセイルちゃんは死んでいたかもしれなかったからだよ」「それって、ネコグマに殺されてたって事ですか?」「違うよ」 シーフェは首を横に振る。「ネコグマを襲っただろう何かに、だよ」 真剣さを帯びた声音がトウカとセイルの鼓膜を振動させる。「え……? ネコグマを、襲った?」 トウカには信じられなかった。村ではネコグマを倒そうとするのではなく、ネコグマに遭わないように様々な事が為されていた。それ程、ネコグマ退治は諦めた方がいいくらいに難易度が高かったのだ。 なのに、だ。シーフェはそのネコグマを襲った何かがいると言ったのだ。その事実にトウカの顔は強張る。「うん。セイルちゃんが微かに聞こえたって叫び声、あれね、ネコグマの威嚇の咆哮なんだよ」「威嚇、ですか」 セイルは口を開いて復唱する。それにシーフェは頷いて言葉を続ける。「そう。でね、ネコグマが威嚇をする時って、確実に勝てない時にしかしないんだよ」「それって」 息を飲むトウカに反応して、シーフェは彼に視線を向ける。「このダンジョンの地下一階には、ネコグマよりも強い何かがいる。それはモンスターかもしれないし、人間の探索者かもしれない。どちらにしろ、ゴーストのトウカくんと人魚のセイルちゃんが出会ってしまえば、問答無用で戦闘になるのは必至だけど」 ダンジョンモンスターは基本的に逃走はしない。ダンジョンに潜る人間も倒せる程度のモンスターならば素材を手に入れる為に戦いを挑む。 シーフェが心配していたのはそこだ。 ネコグマよりも強い何かと遭遇してしまったら、普通と違うとはいえ、ゴーストであるトウカと陸上では動きが制限されてしまうセイルでは歯が立たない事が目に見えている。なので、シーフェはネコグマの咆哮が聞こえた時に近くにトウカとセイルがいない事を願った。 そんなシーフェの発した人間と言う言葉にセイルは目を見開いてかたかたと震え出してしまう。顔は血の気が引いて青くなってしまう。シーフェは別にセイルを怖がらせようとしたのではなく、あくまで推測と注意を促す為に口にしただけだ。 シーフェは怖がらせてしまったセイルの恐怖を静めようと近付き、優しく抱き寄せて頭を撫でる。一瞬だけ一際大きく震えたが、シーフェの温もりが伝わると、セイルの震えは徐々にだが弱くなっていった。「ちょっと待って下さい」「ん?」 顔を強張らせていたトウカは緩慢な動作で首を動かし、セイルを宥めているシーフェへと視線を向ける。「ダンジョンって何ですか?」 初めて聞く言葉であり、ここで漸く、トウカはこの場所がダンジョンであると知る機会を得た。「……あぁ、モンスターのトウカくんは知らなくて当然かな」 一瞬だけきょとんとした表情を浮かべたシーフェだが、直ぐに納得した風に頷く。「ダンジョンはね、地下深くへと広がる迷宮。誰が作ったのか分からないモンスターの巣窟で、人では決して作れない宝が眠っている場所だよ」「……宝?」「うん。その荷車やセイルちゃんが持ってる三叉みたいに宝箱で手に入るものの事だよ。ダンジョンには宝箱があるの。中身を取れば消えるけど、また別の場所に宝箱は出現する仕組みになってるよ」 ここで説明は終わり、シーフェは震えの弱まったセイルを背負うと、隠し部屋のある方へと歩き出す。「兎に角さ、ここにいたらその何かに襲われる可能性があるから、君たちは住処に戻った方がいいよ」 トウカはその案に賛成し、荷車を引いてシーフェの後に続く。 隠し部屋の扉を押して開き、中へと入る。荷車はぎりぎりで通る幅なので、なるべく擦らないようにと慎重に中へと入れる。 シーフェは背負ったセイルをそっと池の中へと入れ、そのまま沈まないようにと手を近くの岩に引っ掛けるようにする。 トウカは荷車をテーブルのような岩場の直ぐ脇に停め、荷台からホーンラビット二匹を掴み上げてシーフェの方へと向かう。「あの、一応ホーンラビット二匹仕留めたので、買い取りお願いします」「ん? あぁ、そうだね。どうする? 皮と骨だけ売るかい?」「いえ、頭と手足の先もお願いします。シーフェさんは美味しい箇所って言ってましたけど、食べる勇気がなくって」「そう、分かった。……じゃあ、今回は肉と内臓は買い取らないから」 シーフェはそう言うとトウカからホーンラビット二匹を受け取ると、「ちょっと借りるよ」と断りを入れてから彼のフライパンとコンロを掴みとって外へと出て行く。きっちりと扉を閉めて。 トウカはシーフェが解体のついでに肉を焼いてくれるのだろうと理解した。セイルがここにいるから火が使えない事を見越してか、わざわざ外にコンロを運んで行ったのだ。 本来ならトウカがすべき事なのだが、今現在隠し部屋の外は危険なのでシーフェは彼を危険から遠ざける為についでに調理もしようと画策したのだ。 十数分が経ち、まさ少し震えていたセイルの頭を撫でながら待っていると、四回のノック音が聞こえた後、扉が押されて開く。「お待ち~」 右手にフライパン、左手にコンロを持ったシーフェがにっこりと笑いながら入ってくる。彼女の持つフライパンからは肉の焼ける音と香ばしい匂いが漂ってくる。「肉と内臓をぶつ切りにして塩振ってただ焼いただけだから」 シーフェはフライパンをトウカの足元に置き、平らな岩場の上に置いてあった木製のフォークを二つ手に取ってトウカに渡す。「すみません。わざわざ焼いて貰って」「気にしない気にしない。昨日は迷惑掛けちゃったし」 あはは、と乾いた笑いを浮かべるシーフェは昨日の飛行具暴発事件を未だに引き摺っている様子だった。「あ、あと買い取った分で何か欲しいものとかある?」「いえ、今は思いつきませんね」 昨日に荷車の外面部の金属を買い取って貰った分を懐中時計と念願の布団一式と交換したので、現在は欲しいと思えるものが無かった。食料や食器も昨日の迷惑料として貰い受けてしまっているので特にだ。「そう。じゃあ、思い付いたらあたしに言ってね」 シーフェはそう言うと食料の入った麻袋から白パンを二つ取り出してテーブルの上に置かれた二つの木製の食器に一つずつ乗せる。 その後、やや赤みと黄色みを帯びた葉が特徴的なタイヨウレタス一玉と血のような深紅のブラッドトマト四つを取り出し、レタスは葉を四枚に千切りトマトは丸のまま池の水で洗い、水を切ってパンの隣に乗せる。 最後にハニーオレンジを一つずつ乗せたものをトウカの前へと持っていく。「あ、すみません」 自分の分でもないのに、焼く以外でも食事の用意をして貰ったトウカはただ頭が下がるばかりだった。「だ~か~ら~、気にしないでって」 シーフェは荷車に乗せてあった水筒二つをトウカの前に持っていく。「ささ、温かいうちにどうぞ~」 シーフェに促されるままに、トウカはフォークを震えの止まったセイルに渡し、彼女の前にパンと野菜、果物が乗せられた食器と水筒を持っていく。「いただきます」「いただきます」 二人は手を合わせ、フォークをフライパンの中でじゅうじゅう音を立てている肉へと突き刺し、それを口の中へと運んで行く。「美味ひいでふ、いーふぇはむ」 セイルはシーフェに感謝を伝えるべく口にするが、食べながらであったのでもごもごと言葉になっていなかった。ただ塩で味を調えただけだが、それだけで格段に旨味が増えたので、セイルは目を輝かせている。「それはよかった。あと、あんまり慌てて食べないようにね。でないと」「むぐっ」「喉につっかえるから、って遅かったね」 感謝の言葉を言った後にフォークを立て続けに肉に突き刺しては口の中へと放り込んでいたセイルは、肉を喉に詰まらせてしまい、胃へと落とそうと胸を叩く。そんなセイルの背中をトウカは食事を一時的に中断して優しく擦る。「じゃあ、あたしは店の方に戻るから」 二人の様子に微笑ましく思いながらも、シーフェは踵を返して隠し部屋から立ち去ろうとする。「シーフェさん、危険じゃないですか?」 トウカはシーフェを引き止めるが、彼女は苦笑いを浮かべる。「まぁ、そうなんだけどね。けど残念ながらそんな理由で店を開店時間中に閉める事は出来ないからね。それに、あたしはいざとなったら空気に溶け込めるから、身の危険は薄いかな」 そんな訳だから大丈夫、とシーフェは言いながら扉を開ける。「あ、そうだ」 扉を閉める直前で、シーフェはトウカに告げる。「今日はもう外に出ないように。あと、ネコグマの咆哮が聞こえたのは出口のある方からだから、暫くはそっちに行かないようにね」 シーフェの忠告に、トウカは一瞬息を詰まらせる。「えっ、ちょ」 反射的に手を伸ばすが、シーフェは止まる事も無く扉の奥へと消えて行った。「…………出口」 未だに喉に詰まらせているセイルの背中を擦りながら、トウカはぽつりと呟く。

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