ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、物々交換をする。

「危ない危ない。今日一日ずっとセイルさんのお腹を空かせたままにする所だった」 無事に水底で沈んでいたフライパンを拾い上げたトウカは、水面にぷかぷかと浮かんでいたフォーク二つをテーブルのような岩の上に置き、水筒に水を満たし、バッグを背負って出口を捜す為に隠し部屋から意気揚々と出て行った。 と、出て行った所でくぅっと彼の腹の虫が鳴り響いたのだ。丁度目の前で店を構えていたシーフェが「御飯足らなかったの?」と同情するように彼の肩に手を置いてきた。 ゴーストとてモンスターなので生きているのだ。いくら幽霊モンスターであっても、血が通っていなくとも生命なのだ。故に、睡眠も必要とするし、空腹も覚える。 ホーンラビットの肉とクラダケを食したが、トウカは半分も食べていない。過半数を傷を負っていたセイルへと食べて貰うようわざとゆっくりと食べていた。 それでも空腹であったので何時もよりは早めのペースであったが、食べるペースはセイルの方が早く、必然と食指を伸ばす回数が多くなっていた。 一応はその場を凌ぐ程に腹は満たされたが、睡眠をとった事により早めのペースで消化され、消化によって得られた栄養は疲弊していた体を癒す為にと直ぐに巡ったのだ。 故に、現在の彼は食事によって得られたエネルギーをほぼ使い果たした状態となってしまい、空腹も覚えた次第となっている。 空腹を覚えたのでまずは食料を得て食べようと思い、場所の分かっているクラダケを採りに行こうと地図と方位磁石を手にして歩いていった。 道中はホーンラビットと言ったダンジョンモンスターに会う事も無く、無事にクラダケが群生している場所へと辿り着いた。 そしてここまでは真っ直ぐに来られたのだが体力もそれなりに消費したので水を飲みつつ、自分の近くに生えていたクラダケの笠の中心を押して傷もつけずに取り、それを口にする。 クラダケは毒性を持たないので生で食べても平気なのだ。ただ、生よりは火を通した方が成分が変化して旨味と香りが増すので人間の多数は火を通して食べる。 空腹だったのでどんどんと食指が動き、次々とかじり、喉を通して胃の中へと収めていくが、そこではたと気づいたのだ。「……セイルさんもお腹空かせてるよね」 自分が空腹を覚えていたので、当然、セイルも空腹を覚えている、と。このまま出口を捜す為の探索をしてしまえば、ずっと空腹を抱えてしまう、と。 なので、トウカは食べかけのクラダケを一気に頬張り、バッグがはち切れんばかりにクラダケを詰め込んで急いで隠し部屋のある空間へと戻って行った。「取り敢えず、五十本くらいあれば僕が戻るまでは大丈夫だよね」 行きよりも重量の増したバッグの重さに微笑を浮かべながら、トウカは隠し部屋の扉を四回ノックしようと手の甲を向けるが、そこで動きを止める。そんな彼の表情は微笑から思案顔へとシフトしていった。「……クラダケだけだと、やっぱり栄養偏るよね?」 バッグを一旦降ろして中を確認しながら呟く。 腹が満たされればそれでもいいとトウカは思っているのだが、それはあくまで彼個人の話であって、怪我をしていたセイルにはきちんとバランスの取れた食事を摂って貰いたいと願っている。 クラダケのみの食事はどうかと悩むトウカの肩が後ろから叩かれる。振り返ると、何時の間に近付いたのか、シーフェが得意気な顔でそこに立っていた。「だったら、あたしの店で何か買ってけ~」「あ、その方法があったか」 トウカは手をぽんと叩く。シーフェの店では道具や武器だけでなく、食料も売っていると説明をしていた事を今の彼女の一言で思い出したのだ。「そうだよ、その方法がありありだよ。で、何買う?」 シーフェはトウカの手を掴んで自分の店――もとい商品を置いている布を敷いている場所へと連れて行く。「あ、その前に買い取り?」「そうですね。じゃあ、クラダケを……半分程売りたいんですけど、これだけでどれくらい買えますか?」 トウカはシーフェにバッグを突き出して中身を見せる。「ほうほう、クラダケが沢山。トウカくんはクラダケが好物なの?」「いえ、そう言う訳では。直ぐに沢山採れるのがこれしかないだけですよ」「あ、なんだ、そうなんだ。えっと、……全部で五十三本ね。だったら、半分の二十六本で買えるとなると」 シーフェはバッグの中からクラダケを二十六本回収すると、布の上に広げられた商品から該当する品を捜すように視線を動かす。「これはどうかな? ハヤシガメ。毒があって肉は生じゃ食べられないけど、きちんと火を通せば毒は壊れて、ホーンラビットよりも美味しい味が口内に広がるよ。その分、ハヤシガメ一匹はクラダケ二十五本との交換になるけど」 と、シーフェは屈んで裏返しにされていた生きているハヤシガメを掴む。人の頭程の大きさの甲羅を持っているのだが、甲羅には突起が数十本生えており、それは木のように上部は枝分かれをしている。 その様子が林のようであるとしてハヤシガメと呼ばれている。因みに、普通のカメとは違い、突起の御蔭で裏返る事は稀にしかないが、裏返ると普通の亀以上に突起の枝分かれが安定性を演出してしまい、自力ではまず起き上がる事が出来なくなる悲しい性を備えてしまっている。 因みにハヤシと名がついているが沼の近くに生息しているモンスターである。「あ、出来れば火を通さなくても食べられるのをお願い出来ますか?」 ホーンラビットよりも旨い肉を備えているハヤシガメを提示されたが、トウカはやんわりと却下する。「ありゃ、どうして? 沢山採れるって言うから特に負担にはならないと思うけど」 シーフェとしては、この場所で店を出してからの初めての客&話し相手であるトウカにとってかなりの負担とならないように注意して選んだ食材(生きているモンスター)ではあるのだが、それを却下されるとは思わずに一瞬きょとんとする。「えっと、負担うんぬんじゃなくて…………………………火傷しないように、です」 トウカは人の(相手は精霊であるが)好意を無碍にしないようにと首を横に振り、若干言いにくそうにしながらもハヤシガメを却下した理由を口にする。「火傷? ゴーストであるトウカくんは火傷を負っても直ぐに治るから気にしなくてもいいんじゃないかな」 シーフェは首を傾げ、ハヤシガメを裏にして起き上がれないように置く。「え? ゴーストって直ぐに治るんですか?」「うん、見た目だけだけど」 シーフェはこくりと頷く。トウカはその説明でホーンラビットに左腕を裂かれたり肩を貫かれたりしても直ぐに治った事がゴーストのモンスターとしての特性である事を知り、納得する。「で、火傷の心配が無いからハヤシガメの調理は大丈夫だと思うんだけど」「いや、そうじゃないんですよ」「と言うと?」「えっと、今住んでいるそこの部屋に僕以外にも人? がいまして、その人は火を見た事が無くてですね、昨日初めて見た火の中に手を突っ込みまして」 トウカはセイルが火傷をしそうになった時の事を鮮明に思い出し、あそこまで怒らなくてもよかったのではないかな? と改めて彼女を泣かせてしまった事に対して悔やむ。「ありゃ、それは危ない」 シーフェは口元に手を当ててトウカの話に聞き入る。「幸い湧水が出て池が出来てたので直ぐに冷やす事が出来たんで火傷にならずに済んだんですけどね。まぁ、要は暫くの間その人を一人にしてしまうんで、火を扱わせたくないんですよ。昨日の事があって火を見るのも抵抗があると思うので」 つまる所はそこなのだ。ハヤシガメは確かに旨いのかもしれないが、生では毒があって食べられない。毒を壊す為には火を通さなければいけない。 食事を摂る前の一連の出来事からセイルに火の調理をさせたくないのでハヤシガメはなしの方向にしているのだ。「成程成程。だからトウカくんは火を通さなくても食べられるものをご所望な訳だね」「はい。……売って貰う身で注文してすみません」 折角の御勧めの商品を蹴ってしまったので、トウカは頭を下げて謝る。「いやいや、そんな事言わないの。お客さんのニーズに応えてこそ客商売なんだから、遠慮せずにどんどん言って下さいな」 手を横に振るシーフェはトウカの顔を上げさせる。商売は売りたい物だけを無理矢理売るだけでは成り立たないのだ。きちんと購入者が何を欲しているかを念頭に置きながら商売をしなければ早々に廃れてしまう。 なので、トウカの注文にきちんと答える事こそ、これからも店を贔屓にして貰う為に必要な事なのだ。「すみません」 トウカはそれでも謝ってしまう。その低姿勢に自分ではなく頭の切れる悪い商人が相手だったら簡単に騙されてしまうのではないだろうか? と少々心配になるシーフェであるが、ここで一つ思いつく。「でも、それならトウカくんが料理してから出掛ければいいじゃない? あ、何か逆にあたしが遠慮なく言っちゃってるけど」 この言葉は別にトウカに無理にでもハヤシガメを買って欲しいと思っている訳ではなく、単に思いついたから口にしただけである。それをトウカも感じ取ったので悪い気はしていない。「僕もそれを考えたんですけど……まだ火を怖がると思うんですよ。僕が調理をしててもその火で、ね」 火自体は直接見なくとも、調理時の肉の焼ける音が部屋に響いてしまう。池の中にいれば聞こえないと思ったトウカだが、四回のノックで部屋に入った時にタイミングよくセイルは池から顔を出したのだ。 なので、池の中でも音は結構聞こえるのではないかと予測している。だから、トウカは火を使っての調理は無理だとしている。「成程成程。それじゃあ火は使えないねぇ」「折角コンロと言う素晴らしいものを貰い受けた手前なんですけど、暫くは火は使えません」 再びトウカはシーフェに向けて頭を下げる。「仕方ないよ、そんな事があったんじゃね~」 それじゃあ、とシーフェはトウカの注文に合った商品を提示する。「ここは無難にパンはどうかな? 昨日の様子じゃ穀物は食べてないでしょ? 肉と茸だけじゃ直ぐに息切れを起こすから御勧め。因みに、置いてあるのは黒パンと白パンだよ」 右手に黒パン、左手に白パンを掲げるシーフェ。トウカはパンに視線を落として顎に手を当てる。「そうですね。確かに炭水化物は大事だから欲しいな」 トウカは生前、畑仕事をしていた際に穀物が如何に重要かを身に染みている。穀物を食べた場合は、食べていない状態よりも体力の減り具合、疲れの溜まり具合が感じられなかった。 これから探索を続けるにしても、出来る事なら体力の消費は少なくしたいと思い、トウカはパンを買おう――もとい交換してもらおうとシーフェに頼む。「……じゃあ、ここは柔らかい白パンでお願いします」 硬い黒パンも旨いのだが、ここは怪我が治ったばかりのセイルの事を考え、あまり労せずに咀嚼を行える白パンを選択する。「毎度あり。白パン一つはクラダケ三つとの交換ね。あとは、ね。ちょっとは甘いものがあってもいいだろうから果物もいいんじゃない? ブルーアップルとかハニーオレンジとかあるよ」 シーフェは両手に持ったパンを布の上に戻し、今度は果物を手にする。 右手には上部三分の二が真っ青で下部三分の一が水色の林檎――ブルーアップルを、左手には黄色と橙のマーブル模様をした柑橘――ハニーオレンジをトウカに見せる。 ブルーアップルは瑞々しく程よい甘さとすっぱさを兼ね備えていて、食後のデザートとして持って来いの果実だ。生でよし、ジャムにしてもよし、タルトにしてもよしと人気のある果物である。 一方のハニーオレンジは熱を通してしまうと甘味が消え失せてしまうので生食一択であるが、その分ブルーアップルよりも甘味が強いのだ。その甘味がくどくなり過ぎないように若干の苦味があり、それは後味として残るが、決して悪いものではなく、舌をさっぱりとしてくれる役割を持っている。「あ、そんなのもあるんですか? だったら……二つともお願いします」 二つあった方が味のバリエーションが増えると踏み、またどちらか一方が嫌いだとしても片方を食べられると考えてトウカはブルーアップルとハニーオレンジの二つを所望する。「はいよ。で、どのくらいにする? 二つとも一個がクラダケ二つとの交換になるけど」「ブルーアップルとハニーオレンジ、それぞれ二つずつで。そして白パンの方は六つお願いします」「毎度。丁度クラダケ二十六本との交換だね」 シーフェは麻袋を懐から取り出すと、その中に白パン六つ、ブルーアップル二個、そしてハニーオレンジを二個入れてそれをトウカに手渡す。「ありがとうございます」 トウカは麻袋を受け取り、中身を確認し、礼をして隠し部屋へと向かおうとしたが、直ぐにそれをやめて改めてシーフェへと向き直る。「あの、すみません」「ん? どうしたの? もしかして痛んでた?」「いえ、大丈夫です」 心配そうに手渡した麻袋を見るシーフェに慌ててトウカは首を横に振る。「実はお願いがありまして」「お願い? もしかして注文して欲しい品があるとか?」 シーフェの所属している精霊商会では取り寄せも行っているので、料金の割り増しさえすれば注文をして店頭に置いていない品を取り寄せする事が出来る。「違います。お願いと言うのはですね――――」 トウカは首を横に振り、彼がシーフェに頼みたい事をはっきりと告げる。

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