ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、色々と驚愕する。

「商売って、誰を相手にですか?」 こんな洞窟の中で一体どのような輩相手に商売をするのか予想出来ないトウカは更に深く質問をする。「それは勿論、ここに訪れにくる人間相手にだよ」 シーフェはあっけらかんと何でもないように普通の口調で問いに対する答えをトウカに返す。「こんな所にまで来るんですか?」 トウカは改めてこの場所を見渡す。太陽を拝む事は出来ないがそれなりに明るいここは岩壁に囲まれた空間だ。 こんな場所に好き好んで訪れる人間はいないだろうに、と思う彼だが、それでもトウカがクラダケを採りに来たように皆無ではないと把握はしているが、それでも人の出入りは少ないと言う事は悟っている。「来るよ。と言うか、今日ここに人が入ってきたらしいって情報が届いたから私が派遣されてきたんだけどね」 しかし、そんなトウカの予想を軽くいなしたシーフェは地面を指差す。 それは単に地面を指したのではなく、ここのダンジョン――トウカは未だにダンジョンだと分かっていない――を示しているとトウカには伝わった。 そして、彼女はこのダンジョンに訪れた人間が生前のトウカである事、また、トウカ以外の人間が未だに訪れて来ていない事を知らないでいる。 もし、それを知ったのならば商売が成り立たないと言う事で即座に店をたたんでいた事だろう。「派遣?」「うん。あ、言い忘れてたけどあたしは精霊商会って言う組合に所属してる精霊なんだ」 派遣の意味を思い出すように噛み砕いて呟くトウカに、シーフェはただ一人で商売をしているのではない事を告げる。「商会……ですか。精霊も組合を持つんですね」 組合を持つのは人間だけだと思っていたトウカにしては真新しい情報だった。そんなトウカの呟きにシーフェは手を招くように振って苦笑いを浮かべる。「そりゃ持つよ~、働かないと食べていけないしね」 精霊も働いて食事を買う為の金銭を得ていると初めて知ったトウカであった。「で、精霊商会はね、人間相手に武器や食料、薬とかを無節操に売ったり、肉や皮、骨とかいらなくなった武器の買い取りも行って商売を成り立たせてるんだ」 シーフェは広げられた布の上に乱雑に置かれている短剣やらパンやら丸底の瓶やらを手に取って概要を説明する。 そして買い取りも行っていると言う事は、金銭を持っていなくても、何かしらを売りさえすれば金が手に入り、それで買い物をする事が出来る。 言わば疑似的な物々交換が可能と言う店の概要に、トウカは意外と客に優しく出来ているのだな、と感心するが、それでも不安があった。トウカはシーフェに素直にその不安な点をぶつけてみる事にした。「成り立つんですか? こんな場所で?」 そう、そこが一番の不安であった。何せ、客に優しい店だとしても、如何にも人が来ないだろう場所で商売をしてきちんとした利益を出せるのかが問題だった。「成り立つよ~。人間の町に行くよりも、ここでこう言った商売した方が儲けが出るし、互いの利益も出るんだよね」 が、そんな疑問もきっぱりすっぱりとシーフェは軽い調子で答える。「え? 何で?」 正直言って有り得ないとしか思えなかったトウカはあまり間も置かずに問い掛ける。「そりゃ、支援物資の補給が利かない場所柄だからだよ。こんな閉ざされた場所じゃあ、地上に戻るのにも一苦労するし」「まぁ、そうですけど……」 それでもわざわざこのような場所に構えなくとも、洞窟の入り口に出店すればいいのではなかろうか? と純粋にトウカは疑問に思ってしまう。 確かに、シーフェの言う通りにこのダンジョンの中で商品を売る事は宝探しをしに入ってくる人間にとっては救いの手のように感じるのだ。 また、モンスターの素材に関して言えば、地下深くの階層で手に入れたものであるならば地上に戻るまでに鮮度が落ちたりしてしまうので、ダンジョン内で売り捌ける方が何かと都合がいいのだ。主に、素材を剥いだ人にとっては、だが。 なにせ、素材を放置すればする程臭いが強くなっていってしまうので、嗅覚にダメージを受けてしまうからだ。なので、普通に地上で店を構えるよりもダンジョン内で店を出した方が商売として成り立ちやすいのだった。「でもね、時々だけど。やっぱりいるんだよ」「いるって?」「盗人。代金払わずに商品持ち逃げする人間がさ。あたしらって見た目は似てるけど人間じゃないからね、そんな相手にきちんと代金支払う義理が無いって思ってるのかな……」 目を伏せながらシーフェはぽつりと呟く。その様子からトウカは今までシーフェが商売をしてく中で決して楽しくやっているだけではない事を悟る。商売をやっていれば、不逞の客も当然出てくる。 なまじ人間同士の商売ではないので対等の扱いではなく、威圧を込めての相手ではなかったのだろうか? 人間はモンスターを見れば即攻撃に移る。自分の身を守る為に。 実際、トウカもそうであった。精霊はモンスターのように自ら襲う事はないとは言え、人外に変わりないのだ。なので人間は知らず知らずに見下しているのかもしれない。 そう思ってしまうと、トウカは人間に対して悲しく思ってしまい、シーフェに対して人間であった自分に何かしてやれる事はないだろうか? と思い、まずは慰めようと声を掛けようとする。「まぁ」 しかし、トウカが慰めようと声を掛ける前に、シーフェは言葉を発する。「盗んだ瞬間に、あたしら精霊は盗人をぷちゅんってするんだけどね」 シーフェは笑みを浮かべるが、どうも洒落にならない事を言ってしまっている。しかも、トウカから見ればシーフェの浮かべている笑みは何やら黒く、そしてどろどろとしているような感じがしていた。「ぷ、ちゅん……?」「そう、ぷちゅんってね……」 シーフェは黒い笑みを浮かべたままトウカの言葉に頷き、更に笑みを深くする。「……………………………………………………潰すんだよ」 決して大きくはない、どちらかと言えば蚊の鳴くように小さな呟きをしかと捉えたトウカは身の震えを感じ、ちょっと分かり合えないかな、と即座に考えを改め、慰めるのを諦めた。「…………あたしらが丹精込めて作ったものを代償も無く手に入れようなんて甘いんだよ。これだから人間は。それ相応の対価を支払わなければならないんだよ」「あ、あのシーフェさん?」 くっくっくっ、と肩で笑うシーフェが黒々しい雰囲気へと変貌してしまった事に対して、トウカは躊躇いがちになりながらも現実に引き戻そうと努力をする。言っている事は決して間違ってはいないのだが、それでも人間で農家の息子であったトウカからすれば理解に苦しむ事でもあった。「……え? どしたの?」 黒い雰囲気を一瞬で体内に収めたシーフェはきょとんとして唇の端が引くついているトウカに対して首を傾げる。「あ、いえ。何でもないです……」 元に戻ったシーフェに先程の発言について突っ込みは入れないトウカであった。「えっと、何の話をしてたっけ? ……あぁ、ここで商売する理由と盗人に対しての制裁についてだっけか」 さらっと制裁と口にしたシーフェに更に口の端が引くついたが、難とか体裁を取り繕うトウカは、この時点でシーフェに対して抱いていた落ち着いた感じ、と言うのは微塵の欠片も無く消え失せていた。「まぁ、でも。そんな事があってもあたしらは人間相手に商売をして生計を立てないといけないんだよね。だから今ここに来たんだよ」 と、シーフェは先程の黒い笑みとは違う朗らかな笑みを浮かべる。「……でも、この階層をさっきから右往左往してるんだけどね、全然人間に出くわさないんだよ……」 が、その笑みを直ぐ様消してシーフェは布の上に置かれた商品に目を落として肩を落とし、溜息を吐く。「それは……お疲れ様です」 ここがダンジョンでない事、そしてダンジョンだと知れれば人間が普通に闊歩するであろう事も知らないトウカはまぁ、当然だろうと思いながらも落胆するシーフェに労いの言葉を掛ける。 ここでトウカはシーフェがこのダンジョン地下一階を右往左往していると言う点に注目をするべきであった。もしそこをもう少し突っ込んでいれば、彼はこのダンジョンから地上へと繋がる出口への道を知る事が出来た。 だが、如何せん先程の農家の息子にしては難解な専門的な知識の攻撃によって微妙ながら判断が甘くなってしまい、特に頭の隅にさえも残らなくなってしまっている。 明日にでもセイルを連れて出口に行けた可能性を不意にしてしまったが、後の祭りである。「…………だからさ~」 落としていた視線をゆらりと上げ、トウカに若干滲みよりながらシーフェはすがるように彼の肩を掴む。「トウカくん、何か買って行ってくれな~い? 開店初日に売上ゼロって結構挫けるんだよ~。お願い~、あたしを挫けさせない為にも~」 若干涙目になりながらトウカをこのダンジョンでの最初の客にしようと頼み込むシーフェ。「あ、すみません。お金ないです」「何ですと~っ!」 トウカ素直に所持金ゼロを宣言し、シーフェは口を開いて驚愕する。「あ、でもゴーストならそうだよね。トウカくんの反応見てるとゴーストだって事忘れるわ」 が、直ぐに納得するシーフェであった。「だったら、何か売って、それで買ってよ」「まぁ、それなら。僕も欲しいのがありますし」「ほうほう、何が欲しいんだい?」 初めての客になり得ると分かったシーフェはふんふんと頷く。「まずはナイフですね。ホーンラビットを解体したいんで。あとは、枯木とかの火が点きやすいのと、マッチとか火が熾せる奴が欲しいです」「ふんふん、成程ね~。それだったら、こんなのがあるけど」 と、シーフェは布の上に置かれた商品の一つを拾い上げてトウカの目の前に持ってくる。 それは四角くなっており、中央部には溝があり、そしてその溝の周りを保護するかのように突起が円形に広がっている。また、側面の一つにつまみのようなものが付いている。「何ですかこれ?」 トウカは見た事もないものに目を見張り、シーフェは説明に移る。「これはね、火の精霊が作った渾身の一品で、コンロって言うんだ」「コンロ?」「まぁ、見ててよ。まずはこのつまみを時計回りに捻ると」 シーフェはコンロと呼ばれる物品を地面に置くと、側面についているつまみを捻る。すると、溝から火がぽっと噴き上がった。「えっ!? 何ですかこれ!?」「だから、コンロだよ。火の精霊が自分の力を込めて作ったんだよ。これさえあれば、火を熾すのなんて簡単簡単。欠点は火の勢いの最大がこれで固定されてる事と、長時間点けてると火の勢いは弱くなる事だけど、そう言う場合は手間を掛けるけど焚き木に火を点けて下さい。あと、時間を置くように休ませれば元の勢いを取り戻すと言う燃料いらずの永久性も備えているんだよ」「凄いですよこれっ!」 まさに人知を超えた一品に目を輝かせるトウカ。その様子にシーフェは鼻を高くする。 現在の人間からすれば、似たような装置は作り出せるのだが、燃料は必要となってくるので、永久機関を持っている火の精霊お手製のコンロはダンジョンの宝箱の中身で言う所では神宝のワンランク下の霊宝に位置する程に貴重な物品となっている。「けど、これってかなりの値段なんですよね? とてもじゃないですけど買えません。クラダケだってそんな高値で売れる訳じゃないですし」 今持っている品――書きかけの地図を裏に記している山の地図に鉛筆、方位磁石、クラダケ二十本、水筒、バッグを売っても絶対に買えないだろう事が予測された。 フライパン、三叉、ホーンラビットを入れていないのは前者二つはこれからも必要になるものであり、後者は捕まえるのに苦労するモンスターとなっており、おいそれと売る事が出来ないからである。「あ、そこは気にしなくていいよ。ここでの初めてのお客さん、それも初めてのゴーストのお客さんなんだから、かなり割引するよ」 しかし、トウカの杞憂を打ち破るかの如くシーフェは軽い調子で値引きを宣言する。「えっとね、具体的には」 そう言ってトウカが小脇に抱えていたホーンラビットをかすめ取ると、商品の一つであろうナイフを手に取りホーンラビットの首と手足の先を刎ね、皮を剥ぐ。 そして内臓を取り出して骨と肉とに手際よく切り分け、肉の半分をトウカに返し、骨と毛皮以外の残りの部分を何時の間に用意したのか大きめの皿の上に乗せる。「ホーンラビットの骨と内臓と毛皮に手足と頭、それと肉を半分。あと、トウカくんの持ってるクラダケの半分でいいや」「えっ!? そんなんでいいんですか!?」 あまりにも破格な交換にトウカは度肝を抜かれる。「いいのいいの。ホーンラビットの骨は土の精霊が薬とか道具作るのによく使うし、毛皮も精霊がなめせばそれなりの価値が生まれる。あと、ホーンラビットの中で一番美味しい手足の先と内臓、脳味噌は個人的に食べたかったし。クラダケは付け合せに丁度いいって思ったからついでだけど」 今まで捨てていた部分が実は一番の美味である事を初めて知ったトウカだが、それでもコンロと呼ばれる道具と等価であるかと問われれば否と答えるしかない。そこまでの不釣り合いな交換が行われようとしているのだ。「まぁ、気にしたら負けだしさ。ここはあたしの気持ちが変わらないうちに二つ返事でもいいから了承しといた方がいいよ? 精霊って気まぐれな生き物だからさ」「えっと、じゃあ、それでいいです……」 自分にとっては不都合の無い条件であったので、躊躇いはしたもののトウカはホーンラビットの大部分とクラダケ十本とでコンロを手に入れた。食料は減ってしまったが、今日を凌ぐだけならば充分な量でもある。「よし、商談成立だね。これでコンロはトウカくんのものだ」 と、シーフェはにかっと気持ちのいい笑みを浮かべ、コンロをトウカに手渡す。トウカはホーンラビットの肉をフライパンの上に乗せ、空いた手でコンロを掴む。「あ、あとね。ナイフとかは必要ないよ。解体が必要なら、毛皮とかあたしに売る時についでにやっちゃうから」「あ、そうなんですか?」「うんうん、素人が皮剥ぐと、余計な肉とか脂肪とかもこそげ落としちゃうからね。あと、骨も欠ける可能性があるし」 シーフェは別にトウカの負担を和らげようと提案したのではなく、単に素材の質を落とさない為の提案であった。が、それでもトウカにとっては有り難い提案であった。「と言うか、もしかしてシーフェさんって暫くここにいるんですか?」「そりゃいるよ。商売する為にここに来たんだもん。だから、何か欲しいのとか売りたい物とかがあればあたしの所に来てよね。今日明日はこの場所で店構えてるからさ」「はい、分かりました。これからもよろしくお願いしますね」「うん、こっちもよろしく」 礼儀正しく頭を下げるトウカに倣うようにシーフェも頭を下げる。「では、そろそろ行きますね」「じゃあ、またのご来店を~」 トウカは軽く頭を下げて背を向け隠し部屋の扉へと向かい、シーフェは手を振って彼を送り出した。

「ゴースト、ダンジョンで生活する。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く