ゴースト、ダンジョンで生活する。

島地 雷夢

ゴースト、茸を採取する。

「ないなぁ」 トウカは手にした紙に鉛筆を走らせながらダンジョンの壁際を進んで行く。 彼の眉間には少々皺が寄り始めているが、別に不機嫌と言う訳ではなく、不機嫌よりも焦りが生じてきているから皺が形成され始めたのだ。 現在、トウカは一人でダンジョンを歩いている。セイルは隠し部屋に置いてきた。 トウカとセイルが偶然入り込んだ隠し部屋はそこそこの広さがあり、人で換算すれば二十人は余裕を持って入る事が出来る。トウカは隠し部屋の天井、壁、地面を隅々までフライパンで叩き、罠が無いかどうかの検査を行った。 結果は罠は無いと言う事だった。また、部屋の奥の片隅にはなんと水が湧いており、小さな池を形成させていて水の心配をする必要が無くなった。 罠が無く扉もあって外敵の侵入を防ぐ事が出来る安全かつ水の補給も容易に行える場所なので、その隠し部屋を休息場所として活用する方針にした。 ただ、それでもセイル一人を隠し場所に待機させるのは心配であったトウカはそこの宝箱に入っていた武器を護身用に彼女に持たせた。 宝箱に入っていたのを初めて見た時は立てられた棒だと二人は思った。 トウカがその棒を掴んで引っ張ると、明らかに箱の中に収納出来ない程の長さを持った先が三つに分かれた槍が取り出されたのだ。所謂三叉と呼ばれる武器だが、トウカは武器自体の知識が乏しいので分からなかったが、セイルには一目で分かった。 人魚は自衛の為に海底の珊瑚や海に住む生物の骨を加工して武器を作成する。その他にも、海に沈んだ難破船で手に入れた人間の武器も活用する。なので、セイルには武器の知識があったのだ。 自衛の為に武器を持っている人魚だが、セイルも人間に襲われる直前まではコウテイクジラと呼ばれる海で最大の大きさを誇るモンスターの死骸の肋骨を削り出して作った短槍を持っていたのだが、人間からの不意打ちを受けた際に手から零れ落としてしまったので、このダンジョンで目を覚ました時に手に持っていなかったのだ。 セイルは始め三叉はトウカが持つべきだと主張した。それはダンジョン内――二人はここがダンジョンであるとまだ知らない――を探索してくると彼が言ったので、それならば安全な場所で待機する自分よりも危険が伴うだろうと勧めたのだが、トウカはそれを断った。確かに、ダンジョン内を探索するのは危険だが、それでもトウカは空中を移動出来るのである程度ならば危険の回避も容易に出来る。 しかし、セイルは陸上では真面に移動が出来ない。更に安全である隠し部屋で待機すると言う事だが、トウカが出て行った後に何者かが入ってくる可能性も無きにしも非ずだ。 その場合はセイルは唯一の出入り口を塞がれた状態になってしまい、移動も出来ずにとても危険な状態に陥ってしまう。 なので、セイルには相手をより牽制出来るように三叉を持たせたのだ。また、三叉はリーチがあるので動けずとも近付けさせないようにする事が可能となっている。 トウカはセイルにそう言い含め、充分に納得させてセイルに三叉を持たせたのだ。 また、トウカが隠し部屋に入る際には扉を四回ノックすると言う合図も取り決め、ノックも無く、または四回以外のノックの回数で扉が開いた場合は警戒をするようにとセイルに忠告した。 隠し部屋から出て扉を閉め、その扉に目印として近くに落ちていたほぼ同じ大きさの石を九個をトウカから見て扉の右端に十字になるように配置し直した。 トウカが隠し部屋を出て探索を始めたのには二つ目的がある。 一つは出口を捜す事。セイルの傷が癒えれば元の住処へと帰らなければならないので、またゴーストとなったトウカは村に帰れないので他の住みやすそうな場所を捜す為にもダンジョンから出なければならない。 彼女の傷が治ってからではなく、今のうちに捜し出して、その道順を記録しておく方が時間の節約にもつながると言う事でダンジョンを移動している。 ダンジョンを探索するトウカは農村近くの山の地図、本人も知らなかったがバッグの奥底に眠っていた鉛筆、方位磁石、そしてこのダンジョンで手に入れたフライパンを手にしている。背負ったバッグには隠し部屋で中身を補給した水筒が入っている。 水筒は探索に置いて水分補給は必要なので外せず、方位磁石は方角を知る為に必要。 フライパンは力の弱くなってしまった自分の唯一の自衛手段として持って来ている。 包帯はセイルに全部使ってしまったのでもう在庫が無い。 山の地図に関して言えばこの場では役に立たないが、それは地図が記されている面の話で、彼は現在裏返しにしている。裏は何も書かれずに真っ白な状態であるが、これが現在役に立つのだ。 トウカはただダンジョンを探索するのではなく、簡易的にだが地図を作っている。 隠し部屋のある空間を疑似的に中心とし、そこから現在北へと向かっていき、移動と同時に地図の裏側に鉛筆を走らせている。 鉛筆を持っていたのが功を成している。もしなければ自分の記憶と作った目印だけ探索となっていて、隠し部屋へと帰るのにも一苦労する所であった。 地図さえあれば、そこにどのような目印を作ったのかも記載出来、どの方位に進んで行けばいいのかも容易に分かる。また、フライパンで壁や地面を叩いて発見した罠の位置も記せるので危険が減る。 地図を作製しながらダンジョンを進むが、一向に出口らしきものが見当たらない。 ただ、それだけ広い空間なのだろう、とトウカは焦らずじっくりと捜す事にしている。どちらにしろセイルの傷を癒す方が最優先事項であるので、時間がそれなりに掛かる事は必至である。 ただ、そんなトウカでも焦りは生じている。「……ないなぁ」 先程呟いた言葉をまた口から漏らすトウカ。別に出口が見つからないから呟いたのではない。「食料、ないなぁ……」 鉛筆を走らせていた地図から目を離し、辺りを見渡すトウカ。しかし、そこには植物は無く、無機物によって作られた通路の壁と天井、地面があるのみだ。 ダンジョン探索する二つ目の理由。それは食料調達だ。水の心配はなくなったが、食料は心許なかった。と言うよりも食料は無かった。 水のみでの生活は多少ならば生き永らえる事は出来るが、体力が落ち、出口へと辿り着く前にばててしまう確率を上げてしまう。 そうならない為にも食料を捜しているのだが、現在全く持って見付からないでいる。少なくともトウカのバッグが見付かっているので、彼が集めていた山菜を入れた籠もここに落ちている筈なので少なくとも山菜と言う食料はあるのだが、今の所見付かっていない。 行く道すがらを隈なく確認しているのだが、茸はおろか苔さえも生えていない。ここまで何もないと逆に不安になって焦りが生じてしまい、トウカは眉間に皺を寄せている。 せめて茸一本だけでもあればいいのに、と思いながら地図を記して進んで行き、二つの分かれ道の内、左を選んで少し進んだトウカの視界の端に、漸く待望のものを捉える事が出来た。「あ、あれはっ」 若干来た道を戻って、トウカはそちらに視線を向けると少々速度を上げて向かった。 トウカが向かった先は小部屋のようになっている円形の空間となっており、そこの地面と壁に星形の黒い笠をした茸が密集して生えていた。「――クラダケだ」 トウカはその茸がクラダケだと分かると、満面の笑みを浮かべ、まず地図にこのクラダケが群生している場所を記し、そしてバッグから水筒を取り出し、それとフライパンと共に地面に置いて茸狩りを開始した。 クラダケの採取方法は結構簡単なもので、星型の笠の中央部分――石突の真上に当たる部分を指先でぐいっと押すと菌糸を伸ばしている部分が下手な傷を負わせる事も無く簡単にはがれる。採取したクラダケは空になったバッグへと詰め込んでいく。「にしても」 クラダケの笠を押しながら笑みを浮かべていたトウカはその笑みを消し、首を捻る。「クラダケって確か光の差し込まない場所じゃなきゃ成育出来ない筈だよな。でも、ここ明るいんだけど」 光源はないが、それでも色と形が分かる程に明るいこの内部空間で暗闇で生育するクラダケがここまで群生しているとは思えなかった。なので、トウカは明るい場所で群生しているクラダケに疑問を覚えた。 トウカは一つ、クラダケの生態について誤解をしている。 クラダケは光の差し込まない場所でしか生育出来ないとされているが、それは少々違っている。正確には、太陽光の差し込まない場所でしか生育出来ないである。太陽光が発する紫外線にはクラダケの成長、養分の吸収を阻害する効果がある。 なので太陽光さえなければ、ランタンの灯った鉱山内やヒカリゴケが群生して明るくなっている洞窟でもクラダケは発育していく事が出来るのだ。「…………まぁ、いっか。食料が手に入るんだから」 トウカはクラダケの笠を押したまま暫し熟考して答えを出そうとしたが、それを考えるよりも食べる分の収穫を優先させた。 二十本程のクラダケを収穫したが、それは群生しているクラダケの百分の一にも満たない数である。 ここまで生えているのならば、暫くは食料の心配をしなくても大丈夫だろうとトウカを安心させる。二十本のクラダケをバッグに仕舞うが、それでもバッグにはまだまだ余裕が残されている。 バッグから溢れるくらいに採らなかったのには訳があり、それは他にも食材を見付ける事が出来るかもしれないので、その分の枠を確保する為に二人で食するのに必要最低限の数だけを採取したのだ。 クラダケを収穫し終えたトウカはバッグを背負い、バッグの紐にぶら下げるように水筒を通す。フライパンと鉛筆、地図を持って更に奥へと進む。 それから暫く道なりに進んで行くが、他の食料は見付からない。洞窟内ではそうそう都合よく食料を得る事は出来ない。やはり植物が育つには日光による光合成も必要になってくるので、植物自体が少ないのも原因であり、また洞窟内に潜む動物も気配が擦れば即座に隠れたり逃げたりするので食料調達は容易ではないのだ。 ただ、それは普通の洞窟等の事である。ここは普通の洞窟ではなく、ダンジョンなのだ。 ダンジョンには植物や動物だけでなく、宝箱も存在し、そしてダンジョンモンスターも蔓延っている。 ダンジョンモンスターは普通のモンスターと違う点がまだある。それは、見付けた相手が例え格上であろうとも一部を除いて逃げる事はないと言う事だ。 普通ならば生存確率を上げる為にも格上の相手と相対した際には逃げるのが理に適っているのだが、どうしてだかは不明だがダンジョンモンスターは逃げる事はせず、逆に立ち向かっていくのだ。 トウカがダンジョンを移動して数時間が経過しているが未だに自分以外のダンジョンモンスターに遭遇していないのは運がいい。 このダンジョンの地下一階において生まれたてのゴーストはそこに生息するダンジョンモンスター十二種類の中でも弱い部類に位置する。ゴーストよりも弱いダンジョンモンスターは僅か二種類しか生息していない。 出会っても逃げる事が無いダンジョンモンスターも倒せば食料になるのだが、トウカが自分よりも格下のモンスターに出逢わなければ、逆に餌となってしまうだろう。なので、今の今まで他のダンジョンモンスターに遭遇していないのは本当に運がいいのだ。 しかし、そんな幸運も長くは続く事は無かった。「ん?」 トウカが進んでいる先十メートルに位置している三つの分かれ道のどちらかから何かがこちらに向かってくる音が聞こえたのだ。それは通路の天井と壁、地面に反響してトウカの耳に入って来るが、重々しい音ではなく、たったったっ、と軽快でやや早めの音である。 地図と鉛筆を一旦クラダケを仕舞っているバッグの中へと入れ、フライパンを両手で持って横に構え、息を殺してゆっくりと音のする方へと向かう。 近付くにつれて、その音が三つの分かれ道の内、左の道から聞こえてくるのが分かった。 分かれ道まで五メートルと言う距離まで近づいたトウカは、左の道から音を発していた主が現れるのを確認した。 それは体長三十センチ程で、四足で歩行し、全身の体毛が焦げ茶色をしている。 丸まった尻尾をふりふりとさせており、後ろ足は跳ぶ為に前足よりも発達していて筋肉がついている。長い耳がぴんと天井に向けて直立していて、紅く充血しているように見える両の眼の間には一本の鋭利な角が生えている。 そして閉じた口からは仕舞い切れていない前歯が覗いている。「ホーンラビットだ」 トウカはその動物――いや、モンスターの名前を知っていた。ホーンラビット。角の生えた兎は畑荒らしとして有名なモンスターであり、トウカも何度か相手にした事のあるモンスターである。 また、ホーンラビットの肉は栄養が他の動物の肉よりもないが、貴重な蛋白質を得る手段としてよく食べていた。 なので、トウカは目の前に現れたホーンラビットを仕留めようと考える。 ホーンラビットならば簡単に捕まえる事が出来るだろうと生前の記憶がゴーストとして生まれ変わったトウカに無意識のうちに告げてくる。 ただ、トウカは知らない。 このダンジョンにおいて、少しではあるが、ホーンラビットは生まれたてのゴーストよりも強いと言う事を。


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