幽魂のマスカレイド

島地 雷夢

「あ、あった」 俺はゾンビ犬に投げていた携帯電話を発見して手に取り状態を確認。電源は普通に点くし、操作不良も無い。電波が届いていないのはここが異世界だからだろうな。 つまり。動作面に於いて異常はないって事だ。結構な速度での投擲だったけど、この頃の携帯電話と言うのは結構壊れにくくなっているみたいだ。「……ただ、液晶にヒビ入ってるのなぁ」 流石に液晶画面に蜘蛛の巣状のヒビが入っている。ただ、それによって画面が見えないって訳じゃない。左上が少し見にくいってだけで、主要な場所は見えるから問題ないかな。あと、折り畳んだ状態での投擲だったからヒンジの部分は無事だった。『ほぅ、それが汝のけいたいでんわと言う通信機器か』 近くを漂うイクロックが俺の携帯電話を覗き込むように確認してくる。「うん。ここでは使えないけどね。って、携帯の事も知ってるんだ」『以前の契約者も持っていてな。やはりここでは使えない様子だったが』「やっぱ電波は届かないからねぇ。……まぁ、ネットに繋がないアプリとかなら使えると思うけど」『あぷり?』「知らない?」『知らん』 携帯電話の事は知っていてもアプリの事は知らないみたいだ。「簡単に言えば……相手と連絡を取る以外にも気になった事を調べたり暇な時間つぶしが出来る遊びが出来たり、メモを取ったり、色々な事が出来るものって感じかな?」 出来るだけ分かりやすく言ってはみたが、この説明で合っているかどうかは不明だ。アプリの定義なんて知らないし。取り敢えずインストールして付加出来たり、アンインストールで消せるものを言ってみた。 こんな拙く根拠のない説明を受けたイクロックは、ほうほうと頷く。『ほぅ、汝のけいたいでんわには様々な機能が付いているのだな』「いや、流石にスマホには負けるけど」『すまほ?』「この携帯よりも優れた奴」『成程』 まぁ、携帯もスマホも一概にどちらが優れているかって言えないんだけどね。人によって好みが分かれるし、使用頻度によっては携帯で済む人もいる。そんな俺もネットとかはあまり見ないし、殆ど家族と友達との連絡用と化しているから携帯で充分なんだよな。『して、ツナギユウキよ。この後はどうする?』 携帯電話を仕舞うと、イクロックが俺に尋ねてくる。「この後はって?」『ここでもう暫く休息を取るか、今直ぐ召喚陣まで向かうか等、今後の方針を決めておく必要があるだろ』「あぁ」 成程。確かに、イクロックの言葉通りだ。俺の今後の行動をある程度決めておかないとな。俺としては少しでも早く元の世界に戻りたい。こんなゾンビの跋扈する世界は本当に御免だ。「召喚陣まで行こう。このくらいの疲れ具合なら移動しても問題ないと思うし」『あい分かった。では、我が召喚陣まで道案内をしよう』 そんな訳で、俺達は召喚陣へと向けて移動する事にした。 イクロックを先頭に、森の中を突き進む。ゾンビの気配があったら即座にイクロックが反応してくれるそうなので、あまり周りに気を回さなくて済む。 これは精神的に結構助かっていて、少しは取れたとは言えまだ疲労が溜まってるこの身体で周囲に気を配ると嫌でも緊張する。すると、疲労は更に多く溜まってしまう。移動時の筋肉疲労だけで済むのは、有り難いものだ。 流石にほぼ丸腰のまま三日も、下手するとそれ以上歩くのは自殺行為だったので途中、村に立ち寄って旅の必需品を揃える。 この村は俺が最初にいた場所で、既に人はいない。全員が物言わぬ死体と化しており、相変わらずの腐臭と時折民家からゾンビとして俺達をお出迎えしてくれた。 まず、イクロックを被ってゾンビを全員倒し、安全を確認してから物資の調達に入る。 食料は生の奴は既に腐っていて蠅がたかっており、パンもカビが生えて食べられそうになかった。無事だったのは乾燥食料だけで、それも村の倉庫に仕舞われていたものだけだ。この倉庫には乾物だけが仕舞われており、何かしらの非常事態に備えての食料庫として機能していたのだろう。 その倉庫に入っている干し肉、干し果実、乾パンなどを村の民家から失敬したリュックにどんどん詰め込んで行く。流石に全部は持っていけないので、無理のない範囲での最大を入手。 水に関しては井戸があったのだが、そこには骨や腐肉が散乱していてとてもじゃないが飲めそうにも無かったので断念した。一応、酒蔵っぽい所に酒は置いてあったが、それを呑むのは色々と危険だったので手を伸ばさなかった。 しかし、よく見て見れば酒蔵の隅っこに果実のジュースが入った瓶がいくつか転がっていた。この世界の文字は俺には読めなかったが、イクロックが読めたのでアルコールではないと分かった。なので、水分に関してはこれらを拝借。 あとは着替え一日分と方位磁石、ここらの地図、ライターっぽい着火装置と鉛筆、それに包帯と傷薬も手に入れ、準備が整った。「じゃあ、行くか」『うむ』 既に薄く雲がかかっている空は暗くなってきているが、ここで一泊する気はさらさらない。こんな臭いのきつい場所で休むのは逆に変に疲れてしまうだろうと思い、出発を開始する。 俺は地図を広げ、鉛筆と方位磁石を手に持って人の作りし道を行く。流石にこの村は世捨て人の集まりと言う訳ではないので、きちんと村の外へと向かう道が存在していた。 イクロックの解読によって、ここがコンデュール村と分かり、地図のその場所に鉛筆で丸を描いて印をつける。これで何処に向かっているか一目で分かる。イクロックの案内はあるとは言え、依然と地形が変わっている可能性があるので地図は持っていて損はないとの事。 因みに、この村もイクロックの記憶には無いものだそうで、以前は存在しなかったらしい。どうやらイクロックが目覚めてから長い年月が経ってしまっているようだ。 ただ、召喚陣のある都市は名前も位置も変わっていないそうなので、安心して目的地へと向かう事が出来るのが救いか。 道中、やはりゾンビと化した人や動物が襲い掛かってきたが、イクロックの力を借りて無傷でやり過ごす事が出来ている。ここのゾンビ達は皆倒すと灰になっていく。 そもそも、この世界のゾンビの定義とは何なのだろうか?「なぁ、ここのゾンビってどんな存在なんだ?」 召喚陣へと向かう旅の二日目の夜、焚き火に当たりながら俺はイクロックに質問をぶつける。『そうだな。一言で言えば、呪われた存在だな』「呪われた?」『うむ。そもそも自然発生するものではないし、そう言った種族もいない。ある種の呪いによって、死後もその魂が死体に宿ったままの状態を指す』 何か、悲惨だな。死んでも生まれ変わる事も出来ず、かと言ってあの世に行く事も出来ずに現世を彷徨い続けるのか。『この呪いは伝播してな。先日も言ったが、腐肉人に殺されると同じ腐肉人になる。それは死した際に呪いが浸蝕してくるからだ』「ゾンビに殺されるとゾンビになる、と言うのは呪いが流れ込んでくるからなのか」『うむ。して、呪いから解放するには呪いに蝕まれた肉体を原型を留めずに壊すか、魂自体を抜き出すしかない。汝は今の所、後者の方法で腐肉人を無力化している』「成程……もしかして、あの光の珠って」『魂だ』 そうか、あの光の珠は魂だったのか。俺はそれを体から無理矢理引き抜いて、呪いの充満した肉体から解放していた。『して、その呪いの発生源なのだがな。一つではなく複数存在する』「複数?」『うむ。一つは、そう言った呪術を嗜む者によって人を生き返らせようとした場合だ。禁術指定されている筈だからおいそれと実行は出来ないが、底知れぬ執念で為す者がどの時代にもおる』 うわっ、こんなファンタジー世界だとそんな奴やっぱりいるんだ。後の被害を考えないで、自身の欲とかに駆られて視認を甦らそうとする人。当人以外だとはた迷惑以外の何者でもないよな。「もう一つは、ある魔物に殺される事によってだ』「あ、魔物ってやっぱりいるんだ」『汝の世界にはいないのだったな。この世界にはいるよ。魔物の場合は悔いや憎悪と言った負の感情を食べる奴が人を攫い、殺して腐肉人へと変える。腐肉人の魂は負の感情を撒き散らしているらしいからな、恰好の餌なんだろうよ』 それはそれは……ゾンビにされた人は報われないな。これから先、そんな魔物に出遭う事無く無事に元の世界に戻れる事を祈ろう。『因みに、この二つによって発生する腐肉人が原因で増える事はまずない』「そうなの?」『前者は禁術発動をある道具で感知出来、それにより被害が少ないうちに腐肉人を討伐隊を組んで一気に滅する。被害は精々村一つが無くなる程度で済むか』「村一つって、結構な被害だと思うけど?」『そうか? 主要都市や国そのものが腐肉人によって滅ぼされるよりはいいと思うが』「そうだけどさ……」『では続けるぞ。後者の場合は、魔物が腐肉人を巣穴から出さないように注意を払っている為、伝播する事がほぼない。運悪く巣穴から出た場合に被害が出るくらいだが、そんなのは稀だな。魔物自体が人里離れて同族以外生息していない場所にいると言うのもあり、人里に下りてくる前に魔物に連れ戻されるだろうて』 禁術の場合はそれを感知して直ぐに討伐隊がゾンビを一掃する。魔物の場合は半恒久的な餌になるから逃がさないようにしてる。なのでゾンビの大量発生が起こる可能性は限りなく低い。 でも。俺が出遭う生き物全てがゾンビ化しているから、その限りなく低い可能性にぶち当たってしまったんだろうな。……何て運がないんだ俺。「そう……で、それらがゾンビ発生の原因なんだ」『うむ。だが、これらで全てではない。あと一つある』「まだあるのか」『それが、恐らく今回の腐肉人の発生の原因だろう』「それって?」『契約者の力によるものだ』「契約者?」『今の汝と同じ、仮面に宿りし者と契約を交わした者の事だ』 俺と同じ、仮面との契約者が?『我と同じ仮面に宿りし者は幾人かおり、それぞれが得意な力を有している。その中でも、質の悪い輩がいてな、殺さずに、触れただけで腐肉人へと変えるのだ。道中に生きたものを見ていないからな、そいつが絡んでいるとみて間違いない』「……おいおい」 ちょっと待ってくれよ。そんなヤバい奴がいるの? 今まではゾンビに殺されなければOKだったけど、今この瞬間から仮面被った奴に触られないようにと言う要注意項目が一つ増えてしまった。事前にその情報を知らなかったらと思うと背筋がぞっとするので、正直イクロックには感謝だ。 これから先、そいつに出遭わないように神に祈るか。『そいつは人知れぬ場所に封じられている筈なのだが、何かの拍子に発掘でもされて、誰かと契約したのだろう』「発掘した奴恨んでいい?」『別に構わんが、恨んだところで現状を変える事は出来んぞ?』「ですよねー……」 もし、過去に戻れるんだとしたらそいつをぶん殴って仮面を粉々に叩き割ってやるのに。後悔先に立たずとはこの事か。…………いや、自分が仕出かした事じゃないから違うか。 兎にも角にも、そいつがこの世界をゾンビで溢れさせて何をしようとしているか分からないけど俺は元の世界に戻る事だけを考えよう。 この世界を見捨てる事になるけど、それは仕方がない。俺はこの世界の住人じゃないから愛着なんてないし、知人も当然いない。この世界の為に立ち上がる義理なんてどこにもない。 そもそも、一個人が頑張ったって覆るとは思えないしな。ゾンビ相手にチートな能力があったとしても、身体を狙われたら俺も仲間にされるのに変わりないし。そんな危険を冒す必要は皆無だ。 願わくば、ゾンビを発生させた奴と出逢いませんように。召喚陣がきちんと機能して元の世界に戻れますように。そして……。「流石に、召喚陣のある都市にはゾンビが溢れていませんように」『運が避ければ生きた人間が防衛線を敷いているかもしれんが、最悪は腐肉人で溢れ返っているだろうな。その事を念頭に置いておいた方がいい』「…………りょーかい」 イクロックの言葉に少し肩を落としつつ、そろそろ眠くなってきたので横になる。 これ以上厄介毎に巻き込まれずに、ってのは高望みだと分かってるけど、思わずにはいられないよ。

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