ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

過去

 ダンジョン『アクアリウム』が一般公開され早三週間が経過した。 結局の所、人魚時の女性の上に関しては色々と意見を交わした結果、当人が上に来ている服そのままという形に落ち着いた。ついでに男性の方も同じ仕様にした。 魔物や魚についての説明は『アクアリウム』に入ると同時に目にモノクルを装着されるようにし、対象をモノクルで見れば詳細が表示される仕組みだ。 更に、一回目のテストプレイ時にミーネから筋肉痛になりやすいとの指摘を受け、スタート地点に複数のフライトータスなどの大きめな生き物を用意し、それ等に乗って遊泳する事も出来るようにしている。 この『アクアリウム』の入口は泉そのもので、思い切って飛び込む事によって向かう事が出来る。 因みにこの『アクアリウム』、子供連れの家族に好評なのに加えて女性にも人気を博している。 その理由はダイエットに持って来いな環境だからだ。自分だけで泳ぐとなるとそれなりに力が必要で、普段は使わない筋肉も駆使しなければならない。そうなると消費エネルギーも多くなり、結果脂肪の燃焼を助ける事となる。 道が整備され、馬車が行き交うようになったので、動くのが辛くても帰るのが楽だと言うのも利点である。まぁ、自分の家までは歩かなければならないが。 自身の健康の為、美容の為にと連日女性が多く訪れている。 さて、『ゴーレムイレイザー』と『アクアリウム』が公開された事により、訪れる町人の数も増えた。それによって、一つ気付かされたことがある。 それが休憩スペースとトイレの重要性だ。 冒険者は主にダンジョン内で休憩したり用を足したりするのがほぼ常識となっている。が、町人はそうではない。トイレを探して歩き回ったりしていた。特に子供連れの家族に多く見られ、歩き疲れた子供を休ませようと休憩スペースを探したりもしていた。 冒険者の常識=ダンジョンでの常識と捉えてしまっていた春斗とアランは反省し、直ぐ様休憩スペースとトイレを設置した。 休憩スペースにはおよそ二百名が余裕で入れ、テーブルと椅子を用意している。椅子は子供用のものも当然用意しており、ベビーチェアも完備。 トイレは男女別にしており、それぞれ三十名が同時に用を足せる作りとなっている。水洗式でウォシュレットも備わっており、抗菌作用もばっちりの素材で出来ている。この世界の住人にとって水洗式、ウォシュレットは衝撃的なものだった。使い方はきちんと扉の内側に貼り付けられている。 ここまで大きなトイレの掃除は春斗とアラン、それにアオイだけでは無理なのでスライムに任せている。毎日二回、決まった時間に汚れを食べて綺麗にしている。なので衛生面の心配はいらない。 因みに、トイレ掃除用のスライムには専用の通路が存在し、そこから直接トイレに赴く。 この世界ではかなり過剰ではあるが、休憩スペースとトイレを確保した事により、より多くの人がダンジョンに訪れるようになった。 最近では、このダンジョンの噂を耳にしてわざわざ遠くから赴いた冒険者や城勤めの騎士団も潜っていたりする。 これからどんどん知名度が上がれば、色々と問題も起こって来るだろう。そう言った問題を想定しての仕掛けは『千変万化』を作成した時点で用意してあるので、心配はいらない。「よしっと」 春斗は作業を終えてモニターを消し、軽く伸びをする。「あぁ~、完成した~」 首を時計回りにゆっくり回し、肩を揉む。 新たなダンジョンが春斗とアランの手によって丁度完成した所だ。アランは少し前に自分の作業を終了しており、先に席を外して就寝している。 炬燵に顎を乗せた春斗は、ふと視線を横に向ける。そこにはテレビとゲーム機が置かれている。 居住空間に置かれている家具や食料などは、初めは存在していなかった。ダンジョンを作成、拡張する毎にポイントが貰え、そのポイントを消費して得た品々だ。ゲーム機も、そしてゲームソフトもポイントとの交換で入手した。 今の所、ポイントは潤沢に存在している。何せ『千変万化』を作った事によって大量に稼ぐ事が出来たからさ。正直な所、生活するだけならばもうダンジョンを作る必要が無く、ポイントだけで衣食住が賄える状態だ。 それでも、春斗とアランはダンジョン作成をやめたりしない。誰でも安全に楽しめるダンジョンを作るのが彼等の目的であり、生き甲斐になっているからだ。 アランは、ダンジョンを楽しんでくれる人を笑顔にしたいと、そしてもっと笑顔になって貰いたいという理由から。楽しんでくれているのを見ると、彼女も自然と笑顔になる。 対する春斗は、最初は単にゲームの世界を再現したかったからダンジョンを作り始めた。だが、次第にその思いよりも膨らんで行き、割合を多く占めるようになった願いがある。 アランに笑顔を浮かべて欲しい。そんな願いだ。 初めて出逢った時、彼女の目は死んでいた。この世に救いはないとばかりに、諦めた眼だった。そして、アランは春斗を拒絶した。言葉にした訳ではないが、見えない壁を作ってしまったのだ。 そんなアランとは、最初こそ少し距離を置き、個別にダンジョン作成の練習をした。作成の練習でもポイントは手に入り、それで食料や衣類、布団を入手した。 ある程度練習し、日用品を揃えて一息吐いた春斗は、流石にアランと仲良く……まではいかなくてもある程度は気兼ねなく会話が出来るくらいの仲にならないといけないと思った。 二人はその時の段階でダンジョンの外に出る事が出来なかった。なので、ずっと一緒に過ごしていくとなるとこの関係は互いにストレスを蓄積させる様なものだった。 多くの人は拒絶されたり、いないものとして扱われる事に精神的苦痛を感じる。春斗の場合、それが顕著に表れる。 彼には兄がいる。兄は頭がよく小、中、高と成績は学年上位を維持し、大学は難関私立大学へと進んだ。その後は大手の企業に勤めてエリート街道を順調に進んでいる。 そんな兄がいるから、両親は弟である春斗にも同じような期待を持った。持ってしまった。兄と春斗は違うと認識せずに。 春斗は頭が悪い訳ではない。だが、別段といい訳でもない。期待をしていた両親は最初こそ次があると励まし、次にヒステリーに怒り、終いには完全に期待しなくなった。それはどうせやっても無駄だ、だからやるなと言う本人の意思を無視した言動や行動に現れた。中学三年生の頃には、彼をいないものとして扱う日も多くなり、高校は寮のある所へと進学した。 春斗と言う人間の否定。当時思春期に差し掛かっていた春斗にとって両親のこの対応が今もなお尾を引いている。 そして、兄も問題があった。 どうしてお前はこんな事も出来ないんだ? こんな事も出来ないなんて俺の弟じゃない。 俺に話し掛けるな。 俺と関わるな。 頭ごなしに拒絶され、兄は大学に入ると同時にまるで春斗から離れるかのように家から出て一人暮らしを始めた。 家に、春斗の居場所はなかった。家族に拒絶され、いない者として扱われ、胃に穴が開くような毎日を送った。高校に入学してからは、家族と顔を合わせる頻度がガクンと落ち、精神的に落ち着いてきた。だが、家族と顔を合わせると気分が悪くなり、吐き気を催してしまう。 大学にも進学したが、入学金は高校の頃にアルバイトをして溜めた貯金で払っており、学費は奨学金とアルバイトで稼いだ給金を当てている。 忙しい。それでも、家にいるよりは楽。そんな日々を過ごしていた。 ある日、食料を買い込んでおこうと玄関を開けて、異世界フレグルへと迷い込んだ。元の世界に戻る方法が分からないと知ると、春斗は安堵した。 もう、家族と会う事も無い、と。それだけで春斗の精神は安らぎを覚えた。 しかし、アランの態度に少しずつ精神を削られて行った。家族程ではないにしろ、他人に拒絶されるのは心に来るものがあった。 どうすればいいか? そう思った春斗はおもむろにテレビとゲームソフト、ゲーム機をポイントで入手した。 ゲームソフトはパズルゲーム。二人対戦が出来るものだ。 覚悟を決めた春斗はアランを半ば無理矢理にゲームに誘い対戦をした。 初めは操作方法も碌に分からず、一方的に負けていたアラン。だが、春斗の説明もあり、次第に勝ち星を上げていき、終盤にはアランが連勝するまでになった。 そうなる過程で死んでいた目に活力が戻り、笑顔を浮かべるようになった。そして、春斗を拒絶しなくなった。 心から笑顔を浮かべるアランの姿に、春斗はほっと息を吐いた。これで、精神的苦痛を味合わなくて済む、と。 しかし、そんなアランの笑顔はゲームをしている最中に泣き顔へと変わっていった。 目元を擦り、嗚咽を漏らす彼女に戸惑いを覚えながらも、春斗は事情を聴いた。 そして、アランの過去を知った。彼女が泣いたのは、楽しい気分になって、家族と一緒にいた時の事を思い出してしまったからだった。 それを訊いて、春斗は自分を恥じた。苦しんでいたのは、何も自分だけではない、と。同じような苦しみではないが、自分とは違う苦しみを背負っている人もいるのだ、と。 知らなかったとは言え、自分への苦しみを和らげる為に取った行動が、結果的に彼女の辛い記憶を思い出させてしまった事を。 春斗は泣くアランをあやした。嗚咽は次第に静まり、涙も止まった。 そして、春斗も自分の過去をアランに語った。 互いの傷、苦しみを理解した二人。 その一件から、春斗とアランの距離は縮まった。二人共気兼ねなく、遠慮のない関係となった。 辛い過去を歩んだアランには笑顔でいて欲しい。そう言う思いも込めて、春斗はダンジョンを作成している。 一番最初にポイントで入手したゲーム機を見て、春斗はふと思い出して少しセンチメンタルな気持ちになる。「……さぁ、今日はもう寝よっと」 流石に疲れが溜まっていたので、感傷に浸る事を避け、春斗は寝室へと向かう。

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