ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

02

 春斗とアランの居住空間。 ダンジョンを作成する部屋(炬燵部屋)から繋がっている別室…………というよりも、廊下。そこから二階へ上がる為の階段やトイレや洗面台、風呂へと続く扉が存在する。 そんな廊下のど真ん中で、デフォルメされた可愛らしい熊の顔がプリントされたパジャマに身を包むアランが仁王立ちをし、ジャージ姿で正座をしている春斗を見下ろしている。「で、春斗。何か言う事はありませんか?」「え、えっと~……」 青筋を浮かべ、声質も固くなっているアランに春斗はやや視線を逸らし、じんわり汗をかきながらぽつぽつと供述する。「実は、アランにもアオイにも内緒で作っているダンジョンがあってね」「ほぅ」 その言葉に、アランの右眉の端が跳ね上がる。自分だけではなく、娘のように接しているアオイにまで内緒なのは、何かやましい企みでもあるのか? と春斗を思い切り睨みつける。「で、でもね。このダンジョン達、完全に自分用に製作してるんだよ」 春斗は急いで弁明する。確かに、ダンジョンを作っているのは訪れる人に安全で楽しんでもらいたいが為だ。 ただ、それでも春斗には欲求があった。出来る事なら、よりゲームの中の世界を再現して遊んでみたい、と。 そこで、彼はアランとアオイが寝静まってから一人でこそこそと自分専用のダンジョンを作成していった。 つい先日出来たのが『千変万化・裏』だ。最初にケイトにテストプレイをして貰った時のようにアイテムの持ち込みは不可。罠も一度何かで触れなければ可視化されない仕様となっている。 それに加えて、ダンジョンの床にはマス目が設置されており、そのマスを移動する、もしくは何かしらのアクションをした際同様に魔物も相対的に動くシステムを搭載している。更に、『ゴーレムイレイザー』のようにライフゲージを導入、モンスターを倒して経験値を取得しレベルを上げ己を強化するシステムまでも組み込まれている。 アイテムは一件拾っただけでは大まかな種別しか分からないようにデフォルメされ、実際に装備、もしくは発動させなければ判別出来ないようにした。更に、定期的に食料を補給しなければ空腹状態になり、移動する毎にライフゲージが減っていく仕様にまでした。その場で足踏み、もしくは移動や行動が一定回数に達せばライフゲージが回復する仕組みまで取り入れた。 春斗にとって、彼個人にとって満足の行く出来となった。実際にプレイして、これだと胸を躍らせ、暇を見付けては『千変万化・裏』へと突入するようになった。 ただ、彼は自分専用のダンジョンを一つ作っただけでは満足しなかった。 次なるダンジョンを作ろうと、昨日から取り組み始めていたのだ。 それが、ケイトが入り込んでしまったダンジョンだ。 春斗は切々とアランに語っていく。「今回、ケイトくんが迷い込んじゃったのは、そのうちの一つで、ゾンビが蔓延る洋館を探索して脱出するってゲームの再現をしようと思って」「ほぅ」「で、まず洋館を完成させてからゾンビを配置して、他の敵も配置して、あとは明日皆寝静まってから続きをしようってそのまま放置しちゃったんだよ」「ほぅ」「どうせ誰も入れないんだからわざわざ隔離しなくてもいいかなぁ、って思ってね」「ほぅ」 同じ受け答えをするアランの口元がひくつき始める。 本来、作業途中のダンジョンは隔離処理をしなければならない。隔離処理をしなければダンジョン探索中の者が迷い込んでしまう危険があるからだと『ダンジョン作成の基礎知識』の注意事項に赤文字で記載されていた。 作業中は強制的に立ち入り禁止になるのだが、作業を普通に終わらせてしまうとシステムが完了と誤認してしまう。それを阻止する為に隔離処理をしなければならないのだ。 実際、今まで作ってきたダンジョンは『千変万化・裏』も合せて作業の途中で手を離す場合は隔離処理をしていた。 しかし、昨日の春斗は油断していた。 どうせ新しいダンジョンで、何処にも繋がっていないんだから隔離処理しなくてもいいや、と。 今まで作ったダンジョンはどれも地続きには繋がっていない。扉や転移陣を設置し、別の次元に用意してあるそれぞれのダンジョンへと向かわせるようにしている。 地続きのダンジョンの拡張作業や階層増加ならまだしも、別の次元にダンジョンを作っているのだから普通に終わらせても支障はないだろう、と春斗は思ってしまったのだ。 その結果が、今回の事故だ。「……で、そのまま放置したからかな。『千変万化・中辛』へ一定の時刻に入ると作りかけのゾンビ洋館に迷い込むようになってて……どうやらこのゾンビ洋館の作成コードをシステムが『千変万化・中辛』のコードと勘違いしちゃったみたいで」「ほぅ」「それの影響で、ゾンビ洋館が『千変万化・中辛』に繋がっちゃったみたいです、はい」「ほぅ」 もし、あの時間にケイトが潜ったダンジョンが『駆け出し御用達』や『ゴーレムイレイザー』、『千変万化』の他の難易度ならば作りかけのゾンビ洋館へと迷い込む事は無かっただろう。そして、僅かでも潜る時間がずれていればやはりゾンビ洋館へは辿り着かず、『千変万化・中辛』に進んでいた事だろう。 供述を終え、恐る恐る春斗はアランの表情を見る。「あの……アラン?」「何ですか?」「………………………………怒ってる?」「当たり前ですっ!」 くわっと牙をむき、目を怒らせてアランは春斗を叱りつけに掛かる。「あなたがきちんと隔離処理をしていなかったからケイトくんが死ぬほど怖い目に遭ったんでしょうが! この世界のゾンビは本当に洒落にならない存在だと『異世界フレグルの常識』に書いてありましたよね⁉ 聖職者が一定期間毎に浄化しないとたちまち世界はゾンビで溢れ返るって赤文字で注意書きされてましたよね⁉ ダンジョンには出現させないようにしましょうって大きく記載されてましたよね⁉」「で、でもゾンビの特性は完全に無くしてたから、殺されてもゾンビにはならない、よ?」「だから何ですか! そんなのは春斗しか知らないでしょう! ケイトくんは知らなかったんですよ! ケイトくんはゾンビに囲まれて仲間にされるって怖がってたんですからね! あまつさえゾンビ遭遇時の演出が死ぬような目に遭っても強制転移がされないようなものだったらしいですよ! 必要以上に恐怖を味あわせてしまったんですよ⁉ そこの所分かってるんですか⁉」「はい! ごめんなさい!」「謝る相手が違うでしょう!」 怒声を飛ばすアランの横を脱兎の如くすり抜け、炬燵のある部屋へと即座に赴く。「ケイトくん! 本当に、ほんっとうに、ごめんなさいっ!」 炬燵の中に閉じこもっているケイトに向けて、誠心誠意謝罪の気持ちを込めた言葉と共に春斗は土下座をする。 しかし、そんな春斗の決しな謝罪はケイトの耳には入ってこなかった。
 ――何故なら。
(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ) 恐怖で取り乱していたとは言え、アランに抱き着き、胸に顔を埋めて幼子のように泣き叫んでいたケイト。そんな事実がある程度落ち着いた瞬間に羞恥となって襲い掛かってきて身悶えをしているからだ。 炬燵の中で丸まり、くねくねとうごめき心の中で叫んでいるケイトの顔が赤いのは、決して炬燵の中が熱いからだけではない。

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