ダンジョンテストプレイヤー

島地 雷夢

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「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 ケイトは逃げる。「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 脇目も振らずに逃げる。「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 前だけを見据えて逃げる。 息が絶え絶えになっても逃げる。 足が鉛のように重くなっても逃げる。 喉の奥がからからに乾いても逃げる。 目の前が霞んできても逃げ続ける。「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 悪態を吐く余裕も、もうない。 しかし、止まる訳にはいかない。 死の淵が直ぐ真後ろに待ち構えているのだから……。










 時は一日遡る。「何か、人気だな」 ケイトは『千変万化・中辛』から出て、ダンジョンの一角を一瞥する。 そこには、二回目のテストプレイも無事に終え、一週間前に一般公開された新ダンジョンの入口がある。『駆け出し御用達』と『千変万化』の入口とは違い扉ではなく、転移陣の描かれた床となっている。大きさとしては、人が十五人は片足をはみ出さず余裕で立っていられる程だ。 ダンジョン名は『ゴーレムハント(仮)』から『ゴーレムイレイザー』へと変更。転移陣の横の石板にはダンジョン特有の操作説明……ではなく物語が、春斗及びミーネによる壮大なスペクタクルかつ少年心をくすぐるストーリーの冒頭が書かれている。 転移陣に乗れば専用の広間へと移動される。その際に専用スーツに着替えさせられる。広間には中央に元の広間へと戻る転移陣が、八隅にはそれぞれのステージへと続く転移陣が敷かれている。その転移陣の横にはボスの似顔絵が彫られた石板が設置されており迷う事はない。 因みに、初めて挑戦する者はこの広間ではなくチュートリアルステージに強制的に移動される。チュートリアルステージではバイザーに操作説明が表示される。しかも、その操作が必要になった際に表示される親切設計だ。因みに、この操作説明は文字だけではなく、音声でも行われる。音声はアオイの声を収録した者を使用している。 そして、チュートリアルステージのボスはある程度の弱体化が為され、最大チャージ弾を当てれば大きく仰け反り、暫く行動不能になるようになった。この調整により、チュートリアルステージで躓く者は殆どいない。 チュートリアルステージを終えれば、八ステージを選べるようになる。どのステージから挑んでも大丈夫で、八ステージにはスーツの強化アイテムが隠されている。そして、ボスを倒せば魔法弾の種類が増える仕組みとなっている。八つ全てをクリアすると最終ボスが待つステージが三つ解禁される。 今、『ゴーレムイレイザー』に挑んでいる者は主に二種類に別れる。 一つは、そのストーリーに見せられて挑んでいる者。ステージ中にもゴーレムが喋ったりして物語の補完をしてくる。物語の世界に移入し、存分に楽しむ事を目的としている。 もう一つは、アイテム狙いの者だ。クリアタイムで貰えるアイテムが変動するので、全てのアイテムを取る為に何度も挑戦し、最適な攻略ルートを見付けて効率よく進めていく。物語は軽視しがちでもある。 さて、この『ゴーレムイレイザー』。挑んでいるのは何も冒険者だけではない。物語が好きな幼い子供、それに少年心を忘れていない町に住む大人達がこぞって挑んでいるのだ。割合としては冒険者が四に対して町人は六だ。死ぬ事がない、怪我をしても完全回復する仕様の外、スーツによって身体能力が向上するので安心して挑めるのが大きいようだ。 冒険者が『ゴーレムイレイザー』に挑み、それを町の酒場で話したのが事の発端だ。先ずは少年の心を持つ大人達が冒険者と一緒にダンジョンへと向かって挑んだ。次に子供達が大人と冒険者に守られながらダンジョンへと赴き、わいわいがやがやとダンジョンを楽しんだ。 ここ最近では、ダンジョンまでのボディガードの依頼がある。町自体が依頼している者で個々人ごとではなく、ダンジョンへと赴く町人全員の護衛と言う内容だ。ダンジョンへ向かう理由は当然『ゴーレムイレイザー』に挑む為だ。 町人がダンジョンに赴く事が多くなった事で、ダンジョンまで乗り合い馬車が通れるように道を敷く計画も持ち上がっていたりする。移動時間の短縮にもつながり、定期便を設定すればある程度の時間の融通と町の収益が図れるようになるのが主な理由だ。「さて、俺は町に戻るかな」 ケイトは軽く伸びをして、アイテムの詰まったバッグを背負ってダンジョンを後にする。 町へと戻ったのは夕刻に差し掛かった頃で、そのまま宿へと直行。アイテムは明日換金する事に決め、宿の夕食までベッドに横になって休息を取る。 夕食の時間になり、食堂へと向かう。「あ、ケイトー、こっちこっちー」 先にミーネが来ていたようで、手招きをしてケイトを呼び寄せる。ケイトはミーネと相席し、おひやを持って注文を訊きに来た女将にケイトはコケーンの唐揚げとパン、それに野菜のスープを、ミーネはクロックバニーのソテーとリゾットに林檎を二つ頼む。「いただきます」「いただきまーすっ」 それぞれ注文したものが運ばれ、手を合わせてから食事を始める。「そう言えば、そろそろ春斗達新しいダンジョン作り始めるんだって」「そうなんだ」「うん。今日一緒だったアオイちゃんが言ってた」「そっか」 クロックバニーのソテーを頬張るミーネに、スープを口の中に運ぶケイトは適度に相槌を打つ。 この頃、アオイはケイトの下だけではなくミーネの下にも通うようになっている。ケイトとミーネが一緒の時は三人で行動するが、二人が別々の依頼を受けていたりするとアオイはどちらか一方へついて行く。今日アオイは町で依頼をこなしていたミーネと一緒にいたようだ。「今度はどんなんだろうね」「さぁ? まぁ、また俺達の常識の範疇を越えるものが出来るってのは分かるな」「そだね」 などと会話を繰り広げながら、夕食を進めていく。 コケーンの唐揚げは下味がしっかりとついており、外はカラッと、中はジュワっとしていて口当たりがよい。少し脂っぽいが滋味溢れる野菜のスープがいい感じに洗い流してくれる。 クロックバニーのソテーもきちんと筋を切り、マリネされて柔らかな仕上がりとなっており、一噛み一噛みあまり力を入れずとも噛み切れる程だ。リゾットはトマトベースで細かく刻まれた玉ねぎと人参が入っており、程よい酸味が食欲をそそってくれる。 林檎は相変わらず口の中の水分を奪っていくが、ミーネは気にした素振りを見せず笑顔で頬張っていく。勿論、彼女もテストプレイの謝礼で春斗の世界の林檎を貰い、口にしている。しかし、それでもこちらの林檎に不満を覚えていない。 ミーネ曰く「口の中の水分持っていく感覚も何か面白いよね」だそうだ。「ごちそうさまでした」「ごちそーさまでしたっ」 食事を終え、手を合わせて席を立つ二人。そのまま各々の部屋には戻らず談話室で暖炉に当たりながら少しばかりのんびりとする。 体が温まりいい感じに眠気が出て来たので、そろそろ頃合だとケイトとミーネはそれぞれの部屋へと戻る。「じゃあ、ケイトまた明日ね」「おぅ」 挨拶を交わして部屋に戻り、二人は就寝。 翌日。「さて、今日も『千変万化・中辛』に挑むか」 朝食を食べ終え、ミーネに今日も公園で一緒に食べられない事を告げたケイトは一人ダンジョンへと向かう。 朝が早い事もあり、最初の大広間にはまだ町人の姿はない。冒険者の姿がちらほらと見えるくらいだ。 ケイトは『千変万化・中辛』の扉を開け、奥へと進んで行く。「…………あれ?」 ある程度進み、ケイトは違和感を覚える。何時もならば扉を開けると階段で、十数段下れば地下一階層に足を踏み入れる。 しかい、今回は十数段下り終えても地下一階層に辿り着かない。不安に表情を少し曇らせながらも、ケイトは降りていく。 段数は三十。何時もの約二倍に増えていた階段を下り終え、ケイトは地面を踏み締め、辺りを見渡す。 そして、一言。「何処だ、ここ?」 ケイトは、見知らぬ場所に出たのだった。

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